二度目の人生は、地雷BLゲーの当て馬らしい。

くすのき

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新たな脅威④

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 支部内が一気に湧いた。
 恐慌、驚愕、混乱。耐えきれなくなった一部が逃走をはかり、それに釣られるように数人が後に続く。
 中に残ったのは職員と出遅れた者、硬直した者、赤いのっぺらぼうの顔先にいた冒険者達だけだ。
 我が目を疑う事件に俺の心臓は絶えず早鐘を打ち、全身からは波が引いたように血の気が引いていく。
 あれは一体何だ。
 疑問符が脳内を占め、魔物とは異なる鉄錆の臭いに酸い物が込み上げる。
 自然と現場を避けるように動いた目が仲間達を捉えたその時、俺は無意識に彼等の元へ駆け出していた。

「皆!」
「ユニ、大丈夫だった!?」

 到着して直ぐ、真っ青なレオが俺の肩を掴んだ。

「お、俺は大丈夫。皆は」
「見ての通りだ。しっかしとんでもねえのが現れたな」
「新種というのも頷けル。文字を残すあたり知性は窺えるが誰に対してかは解らン。全体か或いは此方側に知り合いでもいたカ」
「――いや、あんなエキセントリッククレイジーな魔物と知り合いなんて普通いないんじゃないかな」
「だな。ぱっと見、心当たりのありそうな奴もいなさそうだ」

 冷静に会話を重ねるレオが、そっと俺の手を握る。微かだがその手は震えていた。

「あ、あの」
「ルディ君?」

 何時の間にか反対隣に陣取っていたルディが、俺の裾を軽く引く。
 その不安げな表情と上目遣いに、不謹慎にも愛らしさと庇護欲が刺激される。

「な、なんで皆さんそんなに落ち着いているんですか」
「単純に経験とまだ今は次が来ないと考えているからだな」
「なんですかそれ」
「いいか。知性があろうがなかろうが、魔物は狡猾で残忍だ。そういう奴は必ずと言っていいほど獲物を甚振る。まるでそれが主食みてえにな」
「な、なるほど」

 という事は少しの間は安全ということだ。ほっと胸をなで下ろすと、ラムが次の爆弾を投下する。

「けどまあそれほど長くはないと思うがな。それとこれから支部から聴取を受けるだろうが、その後は全員速やかに長期間用の食糧と装備を整えておいた方がいい」
「へ」
「オレの予想が正しけりゃ、間違いなくあの魔物の射線上にいた冒険者は外に出されるだろうからな」
「どっ、どうして!?」
「民間人を巻き込まない為ダ」

 納得のいかないルディ同様、俺も暫しの間、疑問符を飛ばしていたが、彼等の意図に気付き、下を向く。
 手段はどうあれ、街に魔物が侵入した。そして冒険者と職員を殺し、あの宣戦布告ともとれるメッセージ。
 この中の誰かを恨み、または執着している可能性が極めて高い。
 もし“次”の交戦が街中で起こった場合、民間人が犠牲になる。したらばその怒りは何処に向くか。
 間違いなく、支部と冒険者だ。
 ただでさえ魔物増加の件で、俺達の心象が悪いこの状況を、支部はなんとしても避けようとする。
 農作物の摘心と同じだ。
 苗の内にそれを繰り返す事で、縦ではなく横への生長を促し、果実等の収穫量を増やす。
 用は不要なものを取り除くのだ。

「仮に冒険者狙いであれば外に出してしまえば一時的に住民の安全は守れる上に、次の備えまでの時間稼ぎにもなる、か」
「そんな!! 支部は俺達を守ってくれないんですか!?」
「支部はあくまで冒険者の身元保証と依頼主との橋渡し役に過ぎないよ。もし保護するとしたら」

 お貴族様の親類縁者だけ。
 吐き捨てるように言ったレオの顔は酷く険しい。

「レオ?」
「あっ、ごめん。大丈夫」
「あ、あ……っ」

 顔面蒼白のルディが、膝から崩れ落ちる。周囲を一瞥すると、聞き耳を立てていた、若しくは自力で思い至った連中も同様だった。残りは――。

「怖いわ」
「大丈夫だ。俺がいる」
「けど」
「お前の事は俺が命を賭けて護る!」
「アンタ……」

 夫婦らしい男女や、恋人達が丁寧に死亡フラグを建設していた。

「無事生き残ったらその時は冒険者なんか辞めて二人で暮らそう」
「ええ。アンタとなら何処へだって」

 よく血生臭い現場でキスが出来るな。やや呆れ顔で視線を逸らすと、傍らのレオの顔に、驚愕の色が乗っていた。

「レオ?」
「あ、いや、なんでもない。なんでもないよ!」
「とにかく聴取が終わり次第、オレ達は二手に分かれて門の前に集合だな」
「まっ、待ってください!」

 幾分か持ち直したルディが、必死の形相で俺達に縋り付く。

「僕も、僕も連れていってください!」
「え、あの」
「まあそうなるわな」
「決して、決して足手纏いにはなりません。だから!……だから置いていかないで」

 弱々しい懇願に不覚にも胸が高鳴る。流石ヒロイン(♂)。

「どうすル、リーダー」
「そこで俺に訊く!? いやまあそうなるか。そうだね……彼は兎も角、オズと一緒に行動していたから。彼がついてくるなら戦力的には悪くない提案だとは思う」
「へぁ!?」
「どうしタ、オズ」
「い、いやなんでもね、ねえよ!」
「……そういう事だ。良かったな」
「あ、ありがとうございます!」










 結果的にラムの予想は、九割正解した。ただ――。

「すみません。もう一回、言ってもらえますか。シブマス」

 氷点下の中、裸で放り出されたような冷たさが身体を突き刺す。

「そこの兄ちゃん、ユニ・アーバレンストだけ置いていけ、と言った」

 無慈悲な命令が支部長室に響き渡った。
 
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