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ただいま、皇都②

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 空が茜色に染まる頃。
 長い眠りから覚めた俺は、上半身を起こした。寝過ぎたせいか、腰の辺りがじくじくと痛みを訴える。

「水飲も」

 相方の用意してくれた水差しを口に含む。中身はいつもの井戸水だ。
 突然の来訪に驚いた胃腸が小さな雷鳴を轟かせる。
 そして三分の一ほどになったそれを元の場所へ戻したタイミングで、部屋の施錠がカチリと動いた。

「あ、お帰り。レオ」
「ただいま。もう起きて大丈夫なの」
「逆に寝過ぎて身体が痛いくらい……ん? 美味しそうな匂いがする」
「お腹空いてるかなって思って下でもらってきた。今食べれる?」
「食べる食べる! あ、レオは」
「俺はさっき下で食べた。はい」

 手渡された器は温かかった。
 中は牛らしきブロック肉と不揃い野菜を煮込んだシチュー。
 スプーンで掬って口に運べば、いつも食べてる味が口いっぱいに広がる。

「そうだ。少なくなってた調味料買っておいたから。ここに置いとくね」
「はふっ。有難う、凄く助かる!」

 俺の荷物の傍に置いて立ち上がったレオの耳が、夕陽に照らされて、きらりと光る。

「あれ、レオってピアスしてたっけ」
「グノー達に勧めてもらった宝飾品店で買ったんだ。似合うかな」

 レオが恥ずかしそうに頬を搔く。
 普段の仕草なのにそれでも絵になるのだから美形は本当に凄い。

「凄く似合ってる」
「良かった。これ、実はペア商品でさ、ユニにも似合うかなって買ってきたんだ」

 そう言って差し出されたのは、彼の物とは色違いのピアスだった。
 緑色の小石を嵌めただけの非常にシンプルなデザインである。
 個人的にはかなり好みだ。

「中央の石は願い石って言って、長く身につけるとその人の願いが叶うんだって。……どうかな」
「こういうの結構好き」

 主張しすぎてないのに、ちゃんと存在感がある。俺の中のユニもどうやら喜んでいるようだった。
 そりゃあ、前回のお玉プレゼントに比べたら雲泥の差だろう。

「良かった。お揃いみたいで申し訳ないけど貰ってくれるかな。あ、なんだったら早めの誕生日プレゼントで」
「誕生日プレゼント……」
「あ。もしかして他のが欲しかったりした?」
「え……違う違う! 嬉しくて」

 改めて礼を告げると、レオは安堵したように表情を緩めた。

「じゃあ後でもいいんだけど、俺がピアスの穴開けてもいい? 道具ももってるからさ」
「あ、うん。お願い」

 たったそれだけの事なのに、花が咲いたように微笑むレオが眩しい。
 そんなにピアスを開けるのが楽しいのだろうか。
 すると紙袋を漁っていた彼の手が止まり、「あ」と唇を開ける。

「どうかした?」
「これ、ユニにって預かってたんだ」
「四つ葉のペンダント? 誰から?」
「……ルディ」

 レオ曰く、出掛けに彼とオズに出会い、なし崩し的に買い物に行って渡されたそうだ。

「世話になったお礼だって」
「そんなのいいのに……というか彼、駆け出しなのに大丈夫なのかな」

 駆け出しの冒険者は基本金がない。
 食費、宿泊代、武器整備費、通行税、月々の支部保険代。
 俺達もそうだったが、ほぼトントンで娯楽や遊興費に使える金額なんて夢のまた夢なのだ。
 心配する俺に、何故かレオが面白くなさそうな顔をする。

「問題ないみたいだよ。口止めと慰謝料と謝礼で暫くは懐が温かいって本人が言ってたし」
「口止めと慰謝料と謝礼?」

 口止めは、ダンジョンとして残りの二つは一体何だ。

「慰謝料は……調査部隊からの無体に対してと謝礼は聞き取りへの調査協力金なんだって」
「珍しいね」

 本来なら命令を無視した罰則、或いは不問に処す程度になる筈だ。

「まあ何かあるんだろうね。あのオズがシブマス命令で彼の護衛についてたくらいだし」
「オズが?」

 突然の名前に、僅かに息が詰まる。
 一条星夜から本来のオズに戻った。
 喜ばしい。大変喜ばしい事なのに俺の心は何処か複雑だった。

「(こんな事になるなら一発、いや十発くらい殴れば良かったかな)」
「あ、でもオズも少し変だったんだよね」
「変?」
「宝飾品店にいる間も、独り言みたいな事をぶつぶつ言ってて」
「アイツが変なのは今更じゃない?」
「……それもそうだね!」

 日頃の行いを思い出してか、レオもそうだと考え直す。

「あともう一つ」
「なに?」
「俺は気付かなかったんだけど、グノーがさ、ルディの様子が可笑しいというか違和感を感じるって言ってた」

 具体的には説明できないけど、とレオが言う。

「それはちょっと心配だね」

 何せあんな事があった後だ。
 落ち着いて症状が出始めたとしても可笑しくない。加えてこの世界には平民向けの精神科医なんていない。
 頼れる仲間も……彼を見捨てて囮にした屑しかいない。
 ないない尽くしだ。
 もし彼が自死でも選んだ場合、この世界がどうなるかも分からないわけで、最悪俺達全員が消えるなんて可能性も無きにしもあらず。

「……ユニは優しいね」
「ふぁっ!?」

 レオの利き手が俺の頬に触れる。

「けど俺はユニの方が心配だよ。本当に大丈夫?」

 彼の翠眼に真っ直ぐ見つめられ、不覚にも心臓が跳ねる。

「だ、大丈夫だよ。俺には皆がいるし! 全然元気っ!」
「皆……うん、そうだね」
「(なんでそんな悲しそうな顔するんだろう?)」
「ユニ、俺は……いや、なんでもない。明日は仕事だからゆっくり休んで」
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