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大森林ダンジョン、おかわり⑩
しおりを挟む渡された杖を胸の前に掲げる。
続いて何が起きてもいいよう呪文詠唱の準備をし、入口を注視する。
その間、耳も研ぎ澄ませるが、辺りに魔物の鳴き声はおろか足音、剣撃の音すらない不気味なほどの静寂。
一秒が一分。一分が三分。
時間の感覚が曖昧となり、嫌な想像ばかりが炭酸ガスのように脳内に泡立ち、俺の心拍数を高めていく。
怖い。早く戻ってきて欲しい気持ちと、何か不測の事態があったのではと考えて一度きつく目を閉じる。
迷いは一秒。俺は極力音を立てないよう息を殺して、杖を補助代わりに入口まで這った。そして恐る恐る幕を捲りあげる。
朝焼けの光が目を突く。そのあまりの眩しさに視界を細めながら周囲を窺うと、前方に火の番らしきロキの背中が見えた。ただ真っ直ぐ正面を向いているかと思いきや、その頭部だけは右斜め後方に傾き、何かを観察しているようだった。
釣られるように其方を追えば、レオ達の姿が目に入る。右隣のテント前にて全員困惑した様子で立っていた。
先程の悲鳴と何か関連があるのか。身を乗り出した刹那、杖が滑ってしまい、地面に落ちる。
土と草の香りがダイレクトに伝わってきた。
「おや。大丈夫ですか」
落下した杖の音に気付いたロキが振り返る。取り敢えず愛想笑いでも、と面を上げると同時に俺の左手側に誰かが近付いた。
驚き、見上げた先には不機嫌な星夜、違った。仁王立ちのオズがいた。
本当に星夜が消えたんだろうか。
見つめ、いや睨み合う事一分。
此方の状態を察した彼は、面倒臭気に舌を鳴らし、立ち去――るでもなく、何故か俺の脇の下に手を入れ、肩に担ぐ。
「ぐえっ」
胃が圧迫され、中の物が迫り上がる。だがそんな俺の状況など気にも留めないオズは歩を進める。
そうして右のテント付近まで行き、此方に気付いたレオへと俺を放る。
「っと。オズ、危ないだろ」
「五月蝿え。テメェのオンナから目ぇ離してんじゃねえよ」
「ふぁっ!?」
陸に打ち上がった魚のように口を開閉する俺とレオに、オズは一つ鼻を鳴らして踵を返す。
「あ~……なんかごめんね」
「う、ううん。それよりさっきの悲鳴はもしかして此処から?」
「それは」
「? 消去法で言うならこの中にルディって子が居るんだよね」
「いやまぁ、そうなんだけど」
俺の問いに煮え切らない様子のレオは、グノー達に目線をやる。
「ハァ……起きたみてえだから飯の差し入れついでに話し聞きに行ったんだが、オレの顔を見るなり悲鳴をあげたっつーわけよ」
「なるほど。つまりラムの顔に驚いたと。良かった。俺、てっきり皆が魔物に襲撃されたんじゃないかって」
「心配かけてすまねえな」
「ううん。それよりどうしようか」
同意したグノーが後ろ頭を搔く。
「念の為、オレ達も顔を見せたんだがすっかり脅えて話しにならなイ。だからロキに一度変わるか否かしようと思っていたんだが」
今の状態では無理だろうというのが三人の見解らしい。加えてルディが自害または自傷に及んだ場合を想定して、三人とも下手に手出し出来ず、かと言って放置も出来ずにいたというわけだ。
ふむ、と顎に手を添える。顔面は兎も角、俺達の中で最もケア能力のあるグノーが拒否されるとは頗る珍しい。
何か良い案はないものか思案していると、息をついたラムが俺を見た。
「取り敢えず、レオ。ユニを寝かしてこい。ユニもまだ本調子じゃねえんだろ。安静にしてろ」
「わっ。グノーもだけどそのワシャワシャ子供扱い止めてよ」
レオの腕の中で前髪を整える俺に、今度は二人がかりでワシャってくる。
「ちょっ、二人とも!」
「ふ、ふふっ」
「レオまで酷い!」
「ごっ、ごめ。くくっ」
う~……と唸り声を上げたその時。
「煩い!」
テントの内側から少年の声がした。怒鳴りながらも泣いてる悲しい声だ。
少しだけ胸が抉られる。
気付けば俺はグノーに尋ねていた。
「あの子の装備はあの中にあるの?」
「いや、念の為に俺達のテント二……おイ、まさカ」
「そのまさか。レオ、下ろして」
じっと見上げた俺にレオは渋い顔をする。
「大丈夫。少し顔を見せるだけ」
「……ちょっとだけだよ」
「解った。あ、水袋もちょうだい」
受け取った水袋を手に、幕を捲る。
「ちょっと失礼するね」
「は、入ってこないで。ヒィッ!」
俺の訪問に、桃髪の少年の喉が引き攣る。彼は本物の幽霊でも前にしたかのようにテント奥へ後退った。
そして自分で自分を搔き抱くように縮こまる。無理もない。
エビルトレントに犯され、次に覚醒したと思ったら、ちょっと悪人面が様子を窺い、その後に楽しそうな会話が聞こえてきて、その一人が水袋片手に這って近付いてくる。
――控えめに言って最高にトラウマ追加案件だ。だが俺も今は歩けないのでそこは仕方ない。
「怖がらせてごめんね。水持ってきたんだ」
既に手遅れ感は否めないが、敵意はないのだと出来るだけ穏やかに微笑む。
「ちっ、近付いてこないで」
……駄目だった。
「うん、これ以上は寄らない。寄らないからせめて水だけでも受け取ってもらえるかな。ほら、何にも入ってないでしょ」
水袋の中身を一口含み、無害を印象づけてルディへと差し出す。が、やはり彼は微動だにしない。
「此処に置いておくから飲んだら外に出してくれればいいから」
「……っ」
「ごめんね。こんな這って近付かれたら誰でも怖いよね。けど俺もあのダンジョンで、その色々あってさ、今ちょっと腰が抜けて歩けないんだ」
「え」
ルディ少年が恐る恐る顔をあげる。
暗がりだが、やはりその顔はパッケージの中央にいた男の子だった。
年はユニの一つか二つ下。相手の庇護欲を擽る一方、表現し難い魅力を醸し出す美少年だ。
例えるなら兎だろうか。
肩口で切り揃えた桃色の糸のような髪に、晴れた空のような瞳が水の膜が張って、ゆらゆらと揺れていた。
ヒロインというのも納得のヴィジュアルだ。
正直、関わり合いになりたくなかったが、傷付いた子供を見て見ぬ振りできるほど俺も冷酷ではない。
「それじゃあ俺は行くから。あ、さっきの悪人面の人は俺の仲間で、見た目と違って全然良い人だから」
じゃあね、と回れ右しようと腕に力を入れたその時、ルディ少年が「あ」と小さく声を漏らす。
「どうかし……!」
「う、うぅ」
ルディ少年の目から大粒の涙が零れ落ちていた。
「うん。泣いちゃえ泣いちゃえ」
「う、うわぁーん」
頑張って抱き締めると、彼は堰を切ったようにわんわんと泣き始めた。
ようやく安心出来たのだろう。
服ごと皮膚を掴む手が若干痛かったが、そこはなんとか耐えた。
*・*・*
「ずびばぜん」
「いいよいいよ。ほら、いっぱい泣いて喉渇いたでしょ」
「ありがどうございます」
すっかり警戒を解いたルディは、受け取った水をちびちびと飲み下す。
「(ちょっと水分補給するハムスターに似てるな)」
「あの」
「あ、ううん。そういえば自己紹介してなかったね。俺はユニ・アーバレンスト。君と同じ冒険者で、疾風迅雷に属してる付与術士だよ」
「プハッ。ぼっ、僕も付与術士です。ルディ・リアリースって言います」
更なる共通項の判明に、ルディの声色が一段弾む。その後、他愛ない雑談とあの味のない食事を交えながら、俺はルディの身の上とダンジョンにいた経緯を聞き出した。
曰く彼は隣町の冒険者で、支部から大森林へは接近禁止を通達されていたが、組んだ仲間の一人が良い稼ぎになるからとやって来たとのこと。
その仲間はルディを囮にする形で見捨て、俺の一度目同様ダンジョンに拉致されたらしい。そこで調査部隊と合流し、一緒に攻略を目指したけれど、なかなか問題に正解出来ず、その度にあの罰ゲームのような形で部隊全員に姦され、ようやっとボス部屋に辿り着いた。そして何が起こったのか判らぬまま部隊全員が殺されて、エビルトレントにひたすら犯されたのだという。
なんだその欲張りバリューセットならぬ不憫満点セットは。俺より酷ぇ。
頭を抱える俺に、ルディは気遣うように問いかける。
「ユニさん、どこか具合でも」
「……大丈夫。本当によく頑張ったな」
頭を撫でてやれば、擽ったそうにしながらも嬉しそうに目を細める。
彼には幸せになってもらいたい。
そんな想いで何かと彼の世話を焼いた。焼いたのだが、やり過ぎたのか。皇都に戻るまで親鳥の後に続く雛よろしく、俺を慕い、何故かレオと険悪になっていた。
「ねぇ。ちょっとユニに近付きすぎじゃないかな?」
「ヒッ。ユニさん、助けて」
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