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大森林ダンジョン、おかわり⑨

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 目が覚めると、見覚えのあるテントの内側があった。
 一時停止からの三回瞬き。
 ――映像に変化はない。
 幻覚の類ではなさそうだ。
 はて、と記憶を遡ること暫し、あのボス部屋での一件を想起する。同じタイミングで腰から下に鈍痛が走る。
 喉から声にならない声が出た。
 歯を食い縛り、僅かに和らいだ頃を見計らって頭部だけを左右に振る。
 テント内は大の大人二人が密着して寝れる程度の狭さだ。
 俺の他に人はおらず、テントの薄い布越しに当たる光の向きを見るに、外は陽が昇ってまもなくといったところだろう。
 次いで上掛けの下で手を動かし、着衣の有無を確認して安堵する。
 履いてた。
 そして外に向けて呼びかけるべく、口を開こうとした刹那、声でなく乾いた咳が表に出た。
 口中の渇き具合から察するに多分、相当長く気絶していたのだろう。
 数回発した辺りで人の足音が鳴り、控えめに入り口の幕が開いた。

「目が覚めたカ」
「グ、ノ。ケホッ、ケホッ」
「無理に喋らなくていイ。今、水を持ってくるから待っていロ」

 一旦下がったグノーが、一分もかからず水袋を手に戻ってくる。
 仰向けのまま、彼を見る。
 発語、服装、容姿。
 全てが俺の知るグノーその人だ。
 であれば近くにラムとレオがいる。
 腕の力だけで起き上がろうとするも、それに気付いたグノーに叱られ、仕方なく介助の手を待つ。

「ほラ。ゆっくり飲メ」
「ん……」

 皮袋の温い水が五臓六腑に染みわたる。五口ほど飲み下した辺りでようやく渇きが癒え、普通に発声出来るようになった。

「はぁ、生き返った」
「もっと飲むカ?」
「いい。それよりグノー、此処どこ? ダンジョンじゃないみたいだけど」
「大森林の前ダ。あれから少しあってナ。順を追って説明すると」

 そう言うと、グノーは掻い摘まんで出来事を語り始めた。
 それを要約するとこうだ。
 俺の気絶後、頭に血が昇ったレオが暴走→頭痛に苛まれたオズの記憶喪失回復→共闘の末、エビルトレント撃破→俺&桃髪少年救出→部屋の隅で調査部隊全員の死骸発見し、火葬→ロキの判断によりダンジョン核破壊→崩壊したダンジョンから俺達を連れて脱出。
 そういう流れらしい。

「トレントにヤられていたのは、ドッグタグから駆け出しの冒険者と判明しタ。名前はルディ。それ以外は不明ダ。本人が起き次第、尋問するそうダ……どうした、ユニ」
「ごめん。ちょっと情報量が多すぎて処理しきれない。取り敢えずこれだけ訊かせて。レオ、皆は無事なの?」
「あア。全員無事だ。……おい!」

 安堵とともに脱力した俺を、グノーが支える。

「良かったぁ」
「じゃあ次はオレから。身体の調子はどうダ?」
「あ、うん。ちょっと腰が抜けて立てないけど元気だよ」
「……そうカ。腹は減ってないカ」
「ううん。今のところは――っ」

 空気を読まない腹の爆音が、テント内に流れた。

「やっぱりお腹減ったかも」
「待っていロ。スープを持ってくル」
「うん、ありが……いや、ちょっと待って。それ誰が作ったの!?」
「なんだ、その顔ハ。流石にオレとラムは作らン。レオがやってくれタ」
「そっか。それなら安心……ん?」

 それは本当に安心と断言していいのだろうか。俺が長考に入った隙に、彼は外に置いた荷物で綺麗に背もたれを作ると、再度外へ出て行った。
 一人取り残される俺。
 そうして大体五分ほど経過した頃、スープを温め終わったらしいグノーが幕を上げる。

「あ、お帰……り」
「これ、グノーに言われて」

 そこにいたのは、グノーではなく、レオだった。ただ今は明るい表情はなりを潜め、お通夜のような翳りを落とした顔で俺と目を合わせてくれない。
 その姿に、つきんと胸が痛む。

「そっち、行っていいかな」
「どっ、どうぞ」

 思いの外、声が上擦った。
 レオは手が届くすれすれの場所に腰掛け、スープの入った椀を渡してくれる。魔物か何かの肉団子の入ったスープだ。指の腹を通して、熱すぎず温すぎない最適の温度が伝わってくる。
 レオは何も言わない。
 テント内に気まずい空気が漂い、潤った筈の喉がまた渇き出す。
 何か。何か言わなくては。
 起き抜けの働かない頭を必死で稼働させ、話題を探す中、意外にも先に話し掛けたのはレオだった。

「ごめんっ!」
「……へ」
「本当にごめん」
「え、え。ちょっと待って。何でレオが謝るの?」

 俺の問いに、レオは自身の手を強く握り締める。

「約束、守れなかったから」
「やくそく」

 『次はあんなことにならないよう絶対に守るから』

「レオは守ってくれたよ」
「守れてない。全然守れてないよ」
「そんなことは、」

 ない、と言おうとして悲しげに眉尻を下げたレオが視界に入った瞬間、言葉に詰まった。

「情けない、リーダーでごめん」
「っ。レオは情けなくなんかない!」

 気付けば俺は声を荒げていた。

「レオは確かに俺を助けてくれたじゃん!」
「けど」
「けどもだってもないの! レオは俺とあのルディって子を確かに助けたの。救ってくれたの!」

 世の中生きていれば言葉通りにいかない時だってままある。
 それでも彼は約束を守ろうと必死に努力してくれた。助けてくれた。
 それを感謝こそすれ、責める謂れも、ましてや彼に謝罪されることなんてただの一つも無い。

「いい。それ以上言ったら」

 ぐおおお。
 グノーの時より激しい腹の爆音が鳴り響いた。しかも三回である。
 蛸が茹だるよりも早く、俺の全身が赤く染まる。

「~~っ」
「……ふ、ふふっ。あ、ごめん。ご飯にしようか」
「……うん」

 レオに笑顔が戻った喜びと羞恥が心の中で鬩ぎ合う。
 ううう、と唸り声を上げていると、レオが俺の手にあった椀を取り上げ、代わりに肉団子とスープを入れたスプーンを此方に向ける。

「はい」
「じ、自分で食べれるよ」
「駄目。ずっと寝てたんだから、はい」

 何故か先程よりも良い笑顔を送られている。

「ユニ。あーん」
「……っ、あーん。むぐ」
「どう、美味しい?」
「……凄い。全然味がしない」
「あれ? ちゃんと塩胡椒入れたんだけど。ごめん。もう一回」
「いい。次ちょうだい」

 もはやヤケクソ、雛鳥のように口を開けて待つ俺にレオは優しげに目元を緩め、次の一口を掬った。
 そうして完食し終え、血糖値の上昇による眠気に襲われた頃――。

「きゃああああ」

 テントの外側から絹を裂くような悲鳴が鳴り響いた。

「え、なに、なになに!?」
「……見てくる。ユニは此処にいて!」
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