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大森林ダンジョン、おかわり①
しおりを挟む明明後日の早朝。
普段通り日銭を稼ぐべく、俺達は支部の扉を押し開ける。入った直後、運動部の部室にも似た刺激臭が鼻を劈き、中は武装した冒険者で溢れかえっていた。
その中でも依頼を張ったボードの周辺は特に酷く、自らが得をせんと同業達が足下の妨害、罵声を繰り出し、まるで救援物資の奪い合いのような惨状が広がっている。
どうにかならないものかとげんなりしつつ、目線を横にずらせば、争奪戦を勝ち抜いた冒険者達が受付側に整然と列を作る。
まさに動と静。
毎度ながら少しの異質さを感じながら、その真ん中にて、落ち着かない様子の職員と目が合った。
「疾風迅雷の皆さん。こっち、こっちです!」
うだつの上がらなさそうな彼が利き手を上げ、駆け寄ってくる。
「突然すみません。まだ依頼は受けていませんよね?」
「そうだが何かあったのカ?」
「良かった。皆さんをお連れするよう支部長に言われているんです。着いてきてもらえますか?」
「構わんが何の件だ」
「ダンジョン報酬についてじゃないかな」
「私からは何とも。兎に角速やかに通せとしか伺ってもおりませんので」
「……うわぁ」
僅かに表情の揺れた彼に、星夜以外の全員が面倒くさい事態だと察した。
「え、どういう事?」
「お前なぁ。用件無しの至急って言や、十中八九碌なことじゃねえって分かれよ」
「なるほど」
星夜が納得したタイミングで、近くで聞き耳を立てていた一団がわざとらしく声を上げる。
「なんだぁ? いまあの品行方正で有名な疾風迅雷ちゃんがこれからシブマスに絞られちまうって聞こえたがオレの聞き間違いか?」
「嘘だろ。信じられねぇ」
文面のみなら困惑と衝撃と捉えられるが、口調は明らかに俺達を嘲り笑うものだった。顔も悪意に満ち、醜さに拍車をかける。
「何あれ、気分悪いね」
「仕方ねえよ、オズ。アイツら、元々性根が腐ってんだがその自覚がねえんだ。クエスト評価もそのせいで悪いと注意されてんのに、相手方に非があると思い込んで始末に負えねえしな」
「なっ!?」
「喧嘩売ってんのか!」
売ったのは其方だろうに。煽り耐性の低い彼等は輝かしい頭皮に青筋を刻み、自らの得物に手を掛ける。抜かなかったのは一抹の自制心か、傍らに佇む職員の目を気にしてか。射殺さんばかりに俺達を睨んでいる。
一触即発。
職員の彼が注意をするが、血気盛んな彼等は軋むほどに奥歯を擦り、やがてリーダー格らしき男が殺気を解いた。
それどころか友好的な顔となり、声を弾ませる。
「ハッハッハッ。冗談だよ冗談」
「リーダー!」
「オメエ等も熱くなるな。こんなもん、よくあるじゃれ合いだろ」
リーダーと違い、手下達は憤懣遣る方ない様子だが、表立って異を唱える事はしない。
「つう訳だ。今度酒でも飲もうぜ」
「お前等とカ」
ご免だとグノーが顔を顰める。
だが男は意にも介さず、俺へと目線を送り、その汚い眼を意味深に細めた。
欲の孕んだ、嫌な目だ。
「ユニちゃんも怖がらせて悪かったな。どうだ、今度個人的に飲まねえか。旨い酒とツマミ出す良い店知ってんだ」
「遠慮しとく」
「引き抜きは止めてもらえるかな?」
男の視線から守るようにレオが男と俺の間に立つ。
「相変わらずお兄ちゃんは過保護なこった」
「っ、俺は兄じゃない」
「へいへい。っと列が動いたな。引き留めて悪かったな。じゃあな」
それだけ言うと男達は背を向けた。
するとラムが小声で俺に話し掛ける。
「……ユニ。暫くは一人で行動するな」
「ん、解った」
「レオ。そんな顔をするナ」
「えっと、ユニ君、大丈夫?」
「問題ないよ」
何とも後味の悪い中、職員に促された俺達もその場を後にした。
案内された先は前回と同じ支部長室だ。
「疾風迅雷の皆さんをお連れしました」
「おーう」
これまた変わらず紙山の奥から支部長の野太い声が聞こえてくる。だが、前は腕だった次のコマンドが、今日はどういう訳か、席を立つに変更されていた。
職員が一礼して退室したのと同時に、彼は顔の前で片手を縦にする。
「また急にすまねえな」
「いえ。それより俺達に何か」
「いやお前達ってより、正確にはそこの坊主だな」
「俺、ですか?」
支部長、シブマスの精霊眼が俺を映す。
なぜ、そこで俺?
何かやらかした記憶は全くないぞ。
「あぁ、いや坊主がやらかした訳じゃねえ。寧ろその逆だ」
「逆?」
「坊主の手を借りてぇんだ」
俺は、ぱちぱちと目を瞬かせる。
「シブマス。ちょっと待て、意味が解らねえ。順序立てて話してくれ」
「あぁ、そうだったな。すまねえ」
ラムの制止に、シブマスは一つ息をつく。
そして――。
「大森林のダンジョンに派遣してたチームとの連絡が途絶えた」
更なる爆弾を投下した。
「最後の連絡は、報告と問題が異なる。解けない、だった」
「いや待て待て待テ。それで何でユニを呼ぶに繋がル!?」
「坊主はノーミスクリアしたんだろ」
「そうですけど」
「調査チームを構成する時、頭脳担当に坊主と同じ問題を解かせたが、全て初見で突破した者はいなかった」
「はい!?」
開いた口が塞がらない面々に、シブマスは構わず言葉を紡ぐ。
「他に解けそうな者は生憎出払っていてな、呼び戻すとなると一週間はかかっちまう」
それでは遅い、と彼が言う。
「すまんが坊主には此奴と一緒に攻略に向かってほしい」
向かってくれないか、ではなく、向かってほしい。拒否権のない命令だ。
そして此奴と呼ばれ、俺達の前に音もなく、あの黒髪執事が現れる。
「待ってください。二人だけで行かせるって正気ですか!?」
レオが声を荒げる。
「彼はどう見ても戦闘要員ではないでしょう!」
「……フッ」
「何が可笑しい?」
「あ、いえ。失礼。私より弱い者が何を仰っているのかと思いましたら、つい」
「貴様、!」
レオが一歩前に出ると同時に、彼の喉元に細剣の鋒が突きつけられる。
「レオ!」
「テメェ、何してやがる!」
「ほら、この程度すら見切れない」
「ロキ」
シブマスに諫められた執事、ロキは渋々と剣を降ろす。
「悪いな。だが腕が立つのは判っただろ。少しの間、坊主を貸してくれや」
断れない。
気まずい沈黙が流れる事一拍、最初に口火を切ったのはグノーだった。
「それ、オレ達が着いていってもいいカ。待っているのは性に合わン」
「……己は構わんが」
シブマスがロキに目配せする。
「命の保証はしませんよ」
「構わねえよ。なっ、レオ」
「……あぁ、俺達全員でダンジョンに行く」
「え、俺も!?」
完全に他人事でいた星夜が、情けない声を出す。
「オメエはいま疾風迅雷の臨時メンバーだろうが。当たり前だろ!」
「えええ」
「では三時間後に門の前に集合ということで。皆様、短い間とは思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
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