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道案内

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 ギルド内酒場の一角。
 大して中身の減っていない柑橘ジュースの傍に使い古したペンが、ころんと転がる。

「あ~……終わったぁ」

 激務を終えたサラリーマンのように、俺は精も根も尽き果てたような声を放つ。
 机上には飲み物と筆記用具の他に、何枚もの紙の切れ端が散らばっている。よく見れば全ての表面はほぼ数字と数式が書き殴られ、僅かな隙間もない。
 これはクエストの点数を求めたものだ。
 受注数と昇級所要期間、その他諸々を代入し、各クエストの数値を割り出す。
 より正確性を求めるため、一杯の酒を餌に幾人かの同業から快くデータを提出してもらい、結果、メモ用紙の在庫と懐は軽くなったものの、サンプル数は厚くなった。
 そして導き出した点数目安は、
 警護……+3~5
 配達……+1~2
 採集……+1~3
 討伐……+1~4
 納品……+1~3
 ――となる。
 因みになぜ目安なのかは、白磁から銅、銅から黒鉄等の違いや各難易度及び前衛後衛を考慮してだ。
 今日ほど計算ソフトを求めた日はないだろう。凝り固まった筋肉を解すように揺らした首が鈍い音を上げる。横目に、サンプルデータの一人が奇怪な視線を送っていたが、気にしない。

「残り半分強か」

 銅までの昇級必要点数は凡そ400~500前後、黒鉄は800~900前後。間違いでなければ銀までは1600~1700前後となる。
 その上で疾風迅雷の現在点数は半分弱も満たしていなかった。
 溜め息が空気に溶け、疲労した脳は今後のルートを導き出す。
 効率重視なら警護連続だが、その実、一番拘束時間が長く、コンスタントな受注は厳しい。次点は討伐だが、魔物の素材納品もセットで狙えるが、距離と出会える魔物を加味しても微妙なラインだ。残りは――あまり大差はない。要するに可も無く不可も無くといったところ。

「問題はレオ達をどう誘導するかだよな」
 
 多くのソロ含む冒険者は生きていく為、その日一番実入りの良い依頼を選択する。当然安全を重視すればそれだけ収入は低くなる。
 人差し指の爪でリズムを刻む内、背後で人の気配を感じる。

「……ゲッ」

 振り向いた先に、バツの悪そうな顔で佇む星夜がいた。
 俺の機嫌が二割増しで下降する。極力視界に入れたくない顔だったが、理由はそれだけではない。
『紫、一生のお願い!』
 当時疑う事をしなかった俺に何十回と一生の頼みを繰り返したあの碌でもない時と瓜二つだったから。

「……どうしたの?」

 紡いだ声の冷たさに星夜が怯える。
 きっと彼は俺の虫の居所が悪いだけだと考えているのかもしれない。

「邪魔をしてすまない。だが今俺が頼れる相手が君しかいなくて」

 あの頃と変わらない台詞。
 怒りの積み木が一つ、また一つと積み重なっていく。同時に幾ら反省を口にしても人の本質はそう簡単に変わらないと認識した。
 どうせこの後に続く言葉も昔同様、『お金貸して』か『どうしても欲しい物がある』のどちらかに決まっている。

「……んだ」
「は?」
「だから……なんだ」
「聞こえない。ちゃんと言って」
「~~っ。宿の場所が解らないんだ」
「――――は?」

 心底恥ずかしそうな尻窄みの告白を聞いた俺の脳が一瞬理解を拒む。
 今、コイツは何と言った?
 宿の場所が解らない?
 何で?

「――ごめん。もっかい言って」
「宿の場所が解らないんだ」

 良かった。聞き間違いではなかった。
 いや何も良くねぇや。

「俺の記憶違いならごめん。レオ達から手書きの地図貰ってたよね?」
「そうなんだけどあれ読めなくて。それに此処からの道は書いてないんだよ」
「……人に訊かなかったんですか?」
「そうしようとは思ったんだけど、皆話し掛けた途端、怒り出すか逃げてしまって。ここにはスマホのナビもないから」
「あ~……」

 そういえばコイツ、というかオズ本人があの性格だから全方位に嫌われてた。
 彼の今の状態を例えるなら便利ツールを奪われた現代人が極悪人の顔とそっくりな所為で異国の地で助けてもらえないようなもの。
 つまり割と詰んでる。

「忙しそうなところ本当に申し訳ないのだが助けてはもらえないだろうか」

 嫌です――と正直言いたい。
 だがしかしここで断った場合、更なる面倒が降りかかりそうで拒否るに拒否れない。

「……ハァ。宿までだから」
「っ。ありがとう!」
「片付けるから少し待ってて」
「あ、手伝うよ。うわぁ、数字がいっぱい。もしかして何かの計算中だった?」
「もう完了したのでお構いなく。ほら、さっさと行くよ」


 仕方なく星夜を伴い、支部の扉を出る。
 まだ正午を過ぎた辺りともあり、外は幾つもの店が開いているが、出入りする者はちらほらで、道の方も人の数は少ない。
 歩き出すと靴底を通して不快な感触が伝う。朝方まで雨が振っていたようだ。
 地面には轍の跡に浅いの水溜まりがそこかしこに形成され、土と泥が混じり合って最高に汚らしい。加えて少し粘度もあり、そこそこ歩きにくくなっていた。

「まずは右」
「右だね」
「?」

 問題なく移動する俺に対し、星夜の方は水溜まりを避ける方に意識の大半を費やしているせいか、進む速度は若干遅い。

「……何してんの」
「水溜まりを踏みたくなくて」

 にへらと相好を崩す彼に苛立ちを覚える。

「その愉快な歩き方だと目的地に着く頃には夜になるよ」
「ごめん。なるべく急ぐから」

 そう言いつつ、速度に変化はなく、目線も地面から逸れることはない。僅かに足を止めた俺は、彼を待たず歩みを再開する。何度か星夜が静止の声を掛けてくるが無視した。

「次は三つ先の十字路を左」
「え、待って、何?」
「……いい加減にしてよ」
「あ、ごめ」
「改める気のない謝罪は要らない。それより俺が教えたルート今言ってみて」
「え、最初は右で次は………あ」

 予想通りまるで記憶していなかった。ふつふつと怒りが湧き、声にまでそれが乗る。

「ねえ、これは誰の為の案内?」
「……俺の為」
「そうだね。それで今の貴男の態度は客観的に見てどう思う?」
「良くない」

 詰め寄った俺に、流石に悪いと思った星夜はすまなそうに目を伏せる。かつての立場逆転に俺の中の優越感と加虐心がムクムクと育ち、暗い喜びが心を染めていく。
 だがその瞬間、地面の汚い水鏡に映る嗤う自分に気付き、愕然とした。

「……っ」
「ユニ君?」
「何でもない。いい? 支部を出て右折、その後、瓶のマークがある看板の店を左折して、三つ先の十字路を左であとは道なり! はい、復唱!」
「え、あ。右折して瓶マークの左、三個先の十字路を左に曲がってあとは道なり」
「若干、いやまあいいや。――それからさっきはごめん」
「あ、いや君は何も悪くない。ちゃんと聞いてなかった俺が悪いんだ」

 相変わらずしまりのない笑顔だが、今はそれを見るのが少し辛い。

「……なんでそんなに水溜まりを嫌がるの?」
「ガキだった頃、母親の恋人から水溜まりの中に頭突っ込まれて殺されかけたんだ。それ以降どうにも苦手意識が消えなくてさ」
「っ」

 そんな話し、俺は知らない。

「まあ普通は信じられないよね。ごめんね、不快な話し聞かせて」

 『アンタはあの人とアタシを繋ぐ証として産んであげたんだから、役割通り、ちゃんとあの人とアタシを繋げなさい!』
 母親の声が脳内に再生され、胸がぎゅうぅと締めつけられる。

「……不快じゃない」

 目に力を入れ、星夜の手を掴んで引く。

「少しゆっくりめに歩くから」
「――ありがとう。ユニ君は優しいね」
「……優しくなんてない」

 復讐したいのに、自分の醜さを直視した瞬間、線の前で踏みとどまった臆病者だ。
 我ながら酷い半端具合に泣きたくなる。

「ユニ君、もしかして泣いてる?」
「泣いてないっ!」

 自由な方の手で目元を拭い、一つ目の十字路を越えた時――。
 右手側にある道具屋らしき店のドアが、括り付けたベルを鳴らしながら開く。

「じゃあ、また来るよ。マスター……あれ、ユニ?」
「レオ!?」
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