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過去のオズと報告会

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「……と、いう事があったんだよ」

 帰還して直ぐ、俺達は経緯説明という名の事情聴取を受けた。
 場所は以前借りた大変趣のある空き家だ。
 三脚ある椅子に俺、オズ(中身は星夜)、リモが座り、残りは周りを囲んでいる。
 聴衆は何れも皆、動揺と驚愕を顔に貼り付け、時が止まったように停止中。その中でオズもとい星夜の乾いた笑みが嫌に響く。
 その面を見れば強い疲労が滲み、五年は老け込んだような暗い影が落ちていた。かくいう俺も極度の緊張と疲労から着席の姿勢維持すらキツい状態だ。
 少しでも早く切り上げようと他の質問の有無を尋ねると、肯定か否定か判別つかない答えがレオから返ってきた。
 情報処理が追い着いてこないのだろう。
 エビルトレントに攫われた仲間がダンジョンに引き込まれ、攻略してきたはいいものの、片方は呪いか何かの影響で記憶を失い、その状態のまま、道中魔物との遭遇なく無事に帰還した。改めて整理すると我ながらとんと意味の分からない状況だ。それでも九割事実なので何とも言えないところだけれど。
 取り敢えず雰囲気を変えるべく、荷の中に潜ませていた花を取り出し、依頼主の前に置いた。

「それ……取ってきてくれたんですか!?」
「ダンジョンの奥に咲いていたので、摘めるだけ摘めました。依頼品で合ってますか?」
「ちょっと失礼。――はい、はい! 少し大きいですが確かにこれです!」
「でかした、ユニ!」
「いってぇ!」

 ラムの張り手に打たれた背中が、じんじんと痛む。すっかり状態異常:混乱から抜け出せたようだ。他メンバーも彼に続く。

「だがこれでは足りないだろウ?」
「そうですね。けど在庫がないわけではないですし、あ。これ渡してきても」
「構いません。俺達も仲間内で確認したい事がありますから」
「有難うございます。すぐに戻ります」

 薬花を手に出て行った彼が離れたのを見計らい、レオが口火を切る。

「――しかし記憶喪失か。困ったね」
「だな。話しを聞く限り、ダンジョンボスからの呪いと見るのが妥当だろうよ」
「呪い?」
「ああ。魔物の中にゃ毒を扱う個体もいる。ダンジョンボスともなりゃあ呪術を使ったとしても何ら不思議じゃねえよ……つうか調子狂うな」
「ハハッ。以前の俺が誠に申し訳ない」
「お、おゥ」

 心底恐れ戦いた様子のグノーが、一歩後退る。まあ彼等目線でいえば傍若無人が皮を被ったような人間が突然綺麗なガキ大将となって帰ってきたのだから無理はない。
 横目に見つつ、俺は手の中の器を唇につける。味蕾を通じてやや口当たりの重い白湯の苦味が広がり、体全体に染みわたる。
 決して美味ではないが、その温かさに緊張の糸が優しく解け、少しだけ瞼が重くなる。

「戦闘についても何も?」
「えっと、」
「構えは完全に素人だったよ。知識も俺が教えた以外はすっぱ抜けてる」
「マジカ……」
「そうなんだ。出来れば君達から見て俺はどこの出身でどう育ったのか訊いてもいいだろうか?」

 これも事前に打ち合わせ済みだ。
 他者への記憶喪失を印象づけると同時に、同村出身者のレオと付き合いの長いラム達ならば以前のオズ像を違和感なく聞き出せる。
 そしてあわよくば彼等に生き方指南を押し付け、俺への接触を極力減らしたかった。
 始まったオズの過去話が体感五分を過ぎた頃、あの眠りに落ちる前特有の気持ちよさに俺は徐々に船を漕ぎ出す。
 そうして何回か過ぎた辺りで狭い視界がぐらりと揺れた。直後、温かくて大きな手が体に触れる。

「おっと」
「ナイスキャッチ、レオ」
「え、どうかしたの!?」
「大丈夫、緊張の糸が切れただけ。寝室に寝かせてくるよ」

 何やら話し声がするが、今の俺はこの快感に抗えない。辛うじて誰かにお姫様抱っこしてもらってて、揺れから何処かへ移動しているのだけは察した。

「んぅ、降りる」
「あっ、待って。もう少しだから」
「……浮気者」
「何で!?」

 途端、ドアの蝶番の軋む音が鳴り、空気の流れによって運ばれた埃臭さが鼻腔を擽る。
 そのあまりの臭さに温もりに鼻を押し付ければアイツとは違う匂いがした。

「違う匂いがする」
「あ~、ちょっと汗臭かった。ごめんね。ベッドまではあとちょっとだからもう少し我慢して」

 行動を抗議と解釈した温もりは足早に進むが、更に揺れて不快感が増した。
 が、それも数秒で今度は長い板と薄い布の間に降ろされた。
 此処も臭くて寒い。暖を求めて離れようとした温もりに抱きつき、顔を押し付ける。
 ちょっぴり汗の香りはするが、安心する匂いだ。

「ゆ、ユニ!?」
「寒い」
「分かった、分かったから。一回手を離そ、上掛けあげるからさ」

 何か言っているようだが、どうでもいい。俺は今寒いのだ。
 絶対に離すまいと力を込める俺に、溜め息をついた温もりが、ごそごそと何かを漁り、俺の上に掛布のような物を置いた。

「ほら、これなら温かいでしょ」
「ん……この匂い好き」
「っ、」

 すんすんと嗅いだそれは、陽だまりの匂いがした。包まるようにすると、息を飲む音がして一拍後には温もりさんだろう誰かが慌てて出て行くような気配がした。







*・*・*
(以下、レオSIDE)


 バタンと思いの外、強くなりすぎた開閉音に三対の目が注がれる。心臓が早鐘を打ったように騒がしく胸が痛い。

「どうした!?」
「いや、何でもない。何処まで話した?」

 顔に集った熱を散らすように軽く頭を振り、彼等の元へ足を向ける。

「あー……、ビアの村ダ」

 グノーが気まずそうに視線を横へやる。

「……そう」

 燻っていた熱が急速に冷えた。
 ビア村。
 それは俺とオズの出身地で、今はもう無と化した名前だった。

「聞き覚えもない?」
「いや、すまない」
「ならあの出来事、貴族と言う名の外道に蹂躙された村人や君の妹の事も」
「蹂躙!?」

 初耳だと彼は驚愕を露わにする。
 俺は組んだ指の力を強める。
 目を瞑れば今でも昨日の事のようにあの光景が浮かび上がる。
 醜い豚のような貴族が『弱者は強者の糧となって当然』と宣い、鷹狩りでも行うかの如く両親を、村人を、友人を惨殺した地獄を。

「あの日も今日のように良く晴れててさ、俺と君はおつかいを頼まれていたお陰で難を逃れたんだ。戻った時の火に焼かれた村は今でも忘れられないよ」
「そんな、ことが」

 喘ぐように呟くオズ。
 だがやはり何処か他人事のようで、思い出す素振りは一切ない。それが少し羨ましくて恨めしい。

「その後は通りかかった商人が親戚のいる村まで逃がしてくれてね。後日、風の噂で故郷が亡くなったあの一件は村を襲う魔物を倒す為に偶然通りかかった貴族令息が駆けつけたけど時既に遅しって悲劇のエピソードにされて、犯人は罰せられる事も無く今ものうのうと贅沢三昧だよ」
「……酷い」
「本当にね」
「訴えようとは」
「やった所で良くて握り潰されるか、悪くて殺されるよ。だから大人達は俺達に馬鹿な事は考えず忘れて生きろと何度も言った」
「つまり泣き寝入りってことじゃないか。まるでドラ、いや、何でもない」
「それほど身分の壁は高いんだよ」

 実際割と良くある事だ。
 不当な税の徴収で平民を攫い、その親兄弟へ冤罪に着せて隷属させる。

「まあ兎も角そういった経緯もあって君は強さに固執。今日まで、いやこの前までよく俺に勝負を挑んでいたというわけなんだ」
「それは、とても申し訳ない」
「いいよ、それほど気にしてない。君の気持ちも理解出来ないわけじゃなかったし」

 喉が乾いた俺はテーブルにあったユニの飲みかけの白湯に口を付ける。若干温くなったそれは胸中と同じくらい苦かった。

「じゃあそういう理由で俺は冒険者になったのか」
「半分正解ダ」
「半分?」
「オメェはあの外道を地獄に落とす為に、時々奴の敵対貴族の手伝いをしてたんだよ」
「俺が!?」
「本当に記憶が飛んでんだな」

 何とも言えない表情でラムが告げる。

「だがこれからどうする?」
「これからとは?」
「オメエの身の振り方だよ。記憶も無い、戦闘経験も消えてる。その状態でどう生きていくつもりだ」
「あ」
「取り敢えず街までは護衛がてら連れていくからその間までに考えておいた方が良いぞ」
「ラム」

 ラムの正論にグノーが待ったをかける。

「その言い方はよろしくなイ。オズ、グノーも意地悪を言っているわけではないのダ。それに形はどうあれお前とユニはダンジョン制覇者ダ。個人的にはその報酬を貰えるまでは冒険者を続けた方がいイ。その為に必要であれば街までの道中で稽古をつけてやってもオレは構わなイ」
「グノーさん」
「さんをつけるな気持ちが悪イ」
「アッ、ハイ」
「ユニを守ってくれた礼ダ」

 俺も深く同意する。

「同郷として俺も助力は惜しまないよ。そして俺からも、ユニを助けてくれて有難う」
「あ、いや」

 自分が行ったという認識がないオズは戸惑っていたが、ラムがその背を叩く。

「そう一々狼狽えんな。……冒険者は受けた恩を忘れねえ。今日は休んで、やる気があんなら道中、オレ達が色々教えてやるよ」
「っ、宜しく頼む!」
「その顔でメソメソすんなっての。ま、オレ達の大事な弟分をありがとうな」

 大事な弟分。
 その言葉を耳にした途端、何故か胸の奥がざわついた。

「(なんだろう、この気持ち)」
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