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最悪な二人旅

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 翌朝、暗雲立ち篭める心とは裏腹に、空は憎々しいほど晴れていた。
 まだ初夏には早い時分だというのに燦々と照りつける太陽と、風に巻き上げられた土、踏みしめた植物の青臭さが全身を攻撃する。
 滲み出た汗を拭い、俺は辺りを警戒する。
 二歩後ろで雛もとい、同行者の星夜が吞気な声をあげた。

「ユニ君、そんなに気を張らなくていいんじゃないかい?」
「そう思うなら先頭はお譲りしますよ。土や植物に擬態する魔物に襲撃されないよう頑張ってください」

 声の冷たさで失言だと察した星夜は、息を詰めると魔物について尋ねてくる。

「その魔物ってヤバイの?」
「脅威度で言えばそれほど高くありません。けどっ!」

 足を止めて短剣を振り下ろすと、一拍遅れで潰れた蛙のような音が鼓膜を揺らす。

「これの別名は初心者殺しっていって気付かずに踏むと靴底を貫通する棘を出すんですよ。んでその血の臭いを嗅ぎつけて他の魔物が寄ってくるってのがよくあるパターン」
「うへぇ」

 蜥蜴型のそれを目にした彼が嫌悪感を露わにする。

「なので大抵の冒険者はこれを見分けて歩けますが、現在の貴男ではそれも難しいと思いますので、俺の歩いた場所以外は踏まないようにした方がいいですよ」

 頷いた星夜を見ないまま、土葬を終えた俺は歩みを再開する。本来は火葬か細切れ土葬しておくべきなのだが、都度やっている余裕のない今は略式でいく。
 そして掌に残る生々しい、生き物の命を絶つ感触に、寒気と吐き気が同時に襲いかかるが今は気力で全て捻じ伏せた。なにせ吐いたら最後、鳥への馳走と生存リスクの上昇だ。
 苦い唾を飲み下し、蜥蜴ハンターとして進んではひたすら短剣を振り下ろす。

「ユニ君、もし良ければ俺がそれ埋めようか?」
「いえ。それよりも何時でも剣を抜けるようにしておくか、抜いて持っていてください」
「俺、剣術とかからっきしだよ!?」
「知ってますし、期待してません。いざという時に身を守るために持てと言ってるんです。知能ある生き物なら刃物を持つ相手に安易に突っ込もうとはしないでしょう?」
「たっ、確かに」

 ハッタリならばと剣を構えた星夜の不格好さに、本当にオズとしての記憶がないのだと、まざまざと見せつけられる。

「全身に力が入りすぎです。それだと疲労の元になるんで、剣は横に持つくらいの感覚でいいですよ」
「そっか。そうだよね」

 鼻を搔いた星夜に、昔の思い出が過る。
 かつて付き合う前に数回目にした、照れ隠しや誤魔化しに使う仕草だ。
 俺は頭を振って、索敵と始末に集中する。
 いまは余計な感情に心を乱されている場合じゃない。
 ややあって引け目を感じたらしい星夜が控えめに申し出る。

「良ければ剣貸そうか。それと埋めるだけなら俺が」
「お気持ちだけ受け取っておきます」

 振り返らず答える。
 一見、魅力的な提案だが、大して鍛えていない後衛が長剣片手に動くのはそれだけで体力が削られるし、土葬を任せて距離が開くのは正直いただけないからだ。

「あ、じゃあ俺に出来る事があったら何でも言って」
「有難うございます。では私語は慎んで頂けると有り難いです。敵の索敵に引っ掛かるリスクは少しでも減らしたいので」
「う。すみません」
「……ハァ。けど疲れて休憩が欲しい時は躊躇わず申告してください」
「解った!」

 眉間に深い縦皺を刻む。
 記憶の中の星夜と現在の星夜の乖離が凄まじい。実はパラレルワールドの星夜ではないかと思えて仕方ない。

「ユニ君?」
「何でもありません。ちゃんと着いてきてください」


 太陽が真上に昇った頃、草叢から街道に出た。

「ユニ君、これっ! 人と馬と車輪の跡だよね!!」

 地面に残る比較的新しい足跡に、星夜が嬉々として叫ぶ。初めて遊園地に訪れた燥ぐ子供のようなそれに肩の力が抜ける。
 足跡の数は三人分と馬車一台。
 轍の乾き具合から察するに完成して然程経過していない。恐らくレオ達のものだろう。

「急げば追いつけるんじゃない!?」
「……歩幅を見てください」
「歩幅?」
「実演します。まずは普通の歩き。……それでこれが競歩。ではどちらの足跡が彼等のものと近いですか」
「えっと……競歩?」
「正解です。この足跡の持ち主達は恐らく競歩に近しい速度で進んでいます。ではここで問題。彼等に追いつこうとするなら、俺達はどう動けばいいでしょうか」
「走る、かな?」
「ええ、そうです。それもかなり早く。魔物がいるかもしれないこの場所で、です」

 要約:お前は陽気な自殺志願者か。
 怒りも軽蔑もなく、穏やかに告げてやれば、星夜はようやっと意図に気付く。

「重ね重ね申し訳ない」
「一度休憩を挟みましょう。水分補給してください」

 荷物から水の入った皮袋を渡す。
 最初の頃は躊躇していた星夜だが、今では慣れたようで温い水をごくごくと飲み下した。

「ユニ君もどうぞ」
「どうも」
「それにしても魔物、出ないね。あ、別に出て欲しいってわけではないよ」
「解ってます。……けど確かに可笑しいですね。大森林に向かう前は阿呆みたいに沢山出てきたのに」

 警戒を差し引いても一匹も出会さないのは流石におかしい。思考を巡らせていると、ふと視線に気付き、顔を上げる。

「何ですか?」
「いや、その年でしっかりしてるなあって」
「普通ですよ」
「そんな事はないよ。俺がユニ君くらいの時は生意気なクソガキだったし」

 本当にな。
 口には出さず、心の中で深く同意する。

「お世辞はいいので、次はこの街道を進みます。あの蜥蜴は多分居ないと思いますが気を付けて損はないので隊列は今まで通りで。あと貴族、いやいいか。冒険者とかと会ったりしたら基本タメ口で会話してください」
「なんでだい?」
「諸説ありますが、個人的には伝達系等の簡略化と冒険者自体が学のない粗暴な人間の集まりだから、でしょうか。彼等の多くは基本支配階級を毛嫌いしていて、貴族の使う敬語にも強い嫌悪感を持っている事が多いんですよ。だからうっかり敬語を使ったりすると忽ち敵認定されます」
「え、でもユニ君は」
「俺はそこまで悪感情は持っていないですし、仕事で敬語を使う場合もあると割り切ってますから」
「うん。なんていうか不思議な世界だね」
「ぼ、いえ、なんでもないです」

 危ねえ。うっかり坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと口走るところだった。

「兎も角! 人のいる場面ではタメ口。俺も次からそうしますので」
「別に今からタメ口でも俺は構わないけど」
「……考えておきます」

 付き合っていた頃はタメ口だったからこそあまり使いたくない。

「休憩が終わったら野営出来る場所を捜して休みましょう」
「え、まだ日が高いよ」
「だからこそです。早めに腰を据えておかないと夜は冷えますし、貴男、いえ、オズの体と違って俺のような後衛はそんなに体力ないんです」
「な、なるほど。あ~……こういう時サバイバルグッズや車があればいいのに」
「無茶言わないでくださいよ」




 そんなやり取りを交わしながら、俺達は一日半かけてヒューリ村に辿り着いた。
 不思議な事に道中ずっと魔物に遭遇する事はなく、ただ村の入り口前にて待機していたレオに抱き締められた時、子供のように泣いてしまったのは一生の不覚だ。
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