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一条 星夜
しおりを挟む佐竹 紫は、俺の名前だ。
「ユニ君?」
「っ、なんでもありません!」
我に返った俺は、即、顔を背けた。
多分見られてはいない。
奴もまた俺の動揺を、カミングアウトアウトの衝撃と解釈したようで気まずそうに言葉を紡ぐ。
「その、驚かせてしまってごめんね」
ごめんじゃない。
同姓同名の別人だと思っていた相手が実は屑元彼で、年齢は三つ下だったのに何故か五十五歳と答えて、曰く俺はやっぱり死んでいて、俺にした仕打ちを後悔してるときた。
そのあまりの情報量の多さに俺の脳味噌は理解を拒み、心は悲しみ、怒り、戸惑い、屈辱が綯い交ぜとなって渦を巻く。
だがしかし、俺は糾弾したい衝動を理性で押さえこんで平静を装う。
「いえ、大丈夫……です」
「そう?」
「少し整理しましょう。取り敢えず星夜、さんは何処まで此方の記憶がありますか」
「申し訳ない。そのオズ君とやらの記憶は全くないんだ」
「……ちょっと待って。全部ですか?」
星夜は困ったように頬を搔く。
対して俺は頭を抱える。
完全に想定外だ。いや俺がそうだからてっきり彼もそうだと思い込んでいた。
「どうしたんだ、ユニ君。具合でも悪い?」
「星夜さんって武術の心得等はあります?」
「武術? いや、ないけど」
「最悪……」
「最悪?」
「ハァ。さっき説明しましたよね。俺達は冒険者で、魔物を狩ったりする職業だって。此処というか街や村を一歩出れば外は基本魔物の巣窟なんですよ」
星夜の顔が見る見るうちに青褪める。
「た、助けを呼んだりは。はぐれた仲間がいるんだよね!?」
「恐らく依頼主を村を送り届けている最中な筈なので帰還を待つにしても日数がかかりますし、留まるのは危険です」
「じゃあどうすれば」
「覚悟を決めて進むしかないでしょうね。俺はさっきも言った通り、対象の支援や妨害を主とした後衛なので、正直、貴男を守る余裕はないです」
「そんな!……いやすまない」
「別に構いません。これは希望的観測ですが、行商の使う道で行商人や他の冒険者に出会えれば生存の確立は上がると思います」
「そっか」
「取り敢えず大まかな現在地と道順を説明するので頭に叩き込んでください」
手近な枝で、地面に絵を書いていく。
森、行商ルート、ヒューリ村。
時に注意点を交えながら、明日のルートと敵に遭遇した際の大まかな行動を伝える。
「以上です。ここまでで不明点や質問はありますか?」
「いや、特には。ただ」
「ただ?」
「あ、いや、気を悪くしないでくれるかな……その、随分と落ち着いているなって」
「一応冒険者してますから。それに貴男の事は納得した訳じゃありません。あまりにもキャラが違いすぎて、様子見してるだけです」
「そんなに違うのかい?」
「天と地ほどには」
そう言って以前のオズの人物像と俺に向けてきたヘイトの数々を聞かせると、星夜は「うわぁ」と口元を引き攣らせた。
一体どの口が言うのだろう。
仄暗い感情が胸の内に巣くう。
「もし通行人か俺の仲間と合流出来た時は、周囲に記憶喪失になったと告げる事をおすすめします。間違っても一条星夜とは名乗らず、今後はオズ・ベアリングズとして生きていくことを強く提案しておきます」
「え、でも」
「逆の立場なら、同行相手の中身がいきなり異世界の人間になったと告げられたら貴男はどう思います? 距離を取られるだけならまだマシでしょう。けど一度その筋の人の耳に入れば貴男は立派に実験対象か、排除すべき異端者なんですよ」
「異端者……」
「正直、此処に他に第三者がいたら俺は遠慮なく距離を取ってます」
星夜の顔が辛そうに歪んだ。
歓喜に沸く反面、罪悪感で胸が痛む。
「っ、」
「……そっか。そうだよね。うん、色々とごめんね」
「すみません。口が過ぎました」
「いや、いいんだ。寧ろはっきり言ってもらえて助かるよ」
何でそういう事をさらっと言うんだ。
拳を握る手に力がこもる。
「あの、幾つか質問してもいいですか」
「俺が答えられる範囲なら全然構わないよ」
「貴男の居た日本はどんな国ですか」
「そうだね。ここみたいに魔物は居なくてそれなりに治安の整った国かな」
「平和なところなんですね」
「どうだろう。人同士の諍いはそれなりにあるし、良い国かは微妙だと思うよ」
「貴男は嫌いなんですか」
「昔は好きだったよ。けど紫のいないあの世界はもうどうでもいいかな」
「っ、」
やっぱり別人ではないだろうか。
「そんなにお、紫さんが好きだったんですか?」
「そうだね。――好きだった」
星夜の目が微かに揺れる。
「……酷い仕打ちをしたのに?」
「ハハッ、耳が痛いな。あの頃の俺はさ、周囲に持て囃されて天狗になってたんだよ。支えてくれた紫を家政婦か奴隷のように思ってて、日の目を浴びる場所に彼は邪魔だから金を渡して捨てたんだ」
「心底軽蔑する最低さですね」
「ね。しかも元妻に指摘されるまで自覚出来なかったんだから我ながら糞野郎だよ」
「奥さんに?」
火の粉の爆ぜる音が嫌に響く。
「離婚の前日、私を通して誰を見てるのって泣きながら怒鳴られたんだ」
手中のカップが絶えず波紋を作る。
「雷に打たれたって感じだった」
「な、んでそこで紫さんになるんですか」
「目の前に過去の交際相手の写真ばら撒かれて、『この内の誰かなんでしょ、そんなに好きならその女と結婚すれば良いじゃない』って言われてさ。その時、気付いた」
「なに、を」
「なんで紫の写真がないんだってさ。女の写真は何枚もあるのに真っ先に思ったのがそれ。けどその時にストンと腑に落ちたんだ。俺は彼を一番愛してたんだって」
「気のせいじゃないですか」
発した声は笑えるくらい震えていた。
喜びでも悲しみでもない。
怒り。
「そう思うよね。けど過去の交際相手を振り返ったら皆何かしら紫の面影があって、あぁこれは間違いないなって確信したんだよ」
「確信……」
「同時に仕出かした罪の大きさにも気付いて死にたくなった。それで妻と離婚して、彼を捜そうとした矢先に病気が発覚したんだ」
「じゃあその後に亡くなったんですか」
「いやその時はまだ。三ヶ月の余命宣告宣告を受けて、なんとか紫の消息を調べたんだけど彼は既に亡くなっていてね」
「生きていたら復縁を迫るか最期を看取って欲しかったんですか?」
「どうだろう……あの頃はただただ会いたかったから」
そう語る星夜の横顔は、とても一途な人に見えた。
「……どうだか」
「ユニ君?」
「いえ、なんでもないです。差し支えなければ紫さんの死因を訊いても?」
「虚血性心疾患。まぁ突然死ってやつだよ」
「そうですか」
じゃあ俺はあのゲームを投げたあと死んだというわけだ。
「彼の死亡が判明した後はじゃあそのまま」
「いや、せめて遺品だけでも分けて貰おうと思って当時のルームシェア、あ、一緒に住んでた人を捜したんだ」
心臓が、どくりと跳ねる。
「けどその人も死んでてさ」
「死ん、でた」
「そう。紫の一回忌の日に後追いしてた」
「ど……して」
アイツには本命がいた筈なのに。
なんで。
どうして。
猛烈な吐き気に俺は口元を押さえた。
「調べたらその彼が紫の恋人で……ってどうしたの、ユニ君!? もしかして体調悪い?」
「え」
「顔、凄い真っ青だよ!?」
「大丈夫、です。色々混乱してて。すみません、ちょっと頭冷やしてきます」
返事を待たず、忌避剤の範囲内で星夜と距離を取る。もうこれ以上、話しを聞きたくなかった。
「(何が一体どうなってんだよ)」
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