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朝勃ちと戦闘狂
しおりを挟む後の悔いと書いて後悔。
俺は今、その言葉を心から理解した。
草木も眠る丑三つ時、背後より感じる他人の寝息と体温、そして――臀部に密着するフル勃起の一物に俺は一人、壁と虚無顔耐久レースを開催している。
いやまあ、朝勃ちとは男性における自然現象の一つであり、確かレム睡眠時に身体各所の運動で、定期的に海綿体内に血液を送ることによる勃起力のメンテナンス、又はストレス解消行為だと解っているつもりだが……出来れば今出ないで欲しかった。
意識はほぼ紫な俺だが、ユニの心も残ってる訳で、その状態で且つ背後にフル勃起の想い人である。もはやお約束のように俺のチンポも釣られ勃起をかましている。抜け出して自慰しようにも拘束されているため、下履きの内側にてただただ存在を主張し続ける様は、この上なく恥ずかしい。
「レオ。ねぇ、起きて」
「ん……もう、少し」
「ぐえっ」
俺の一回り以上ある大きな腕に力が入る。
更に抱き枕に足を絡めるように、拘束は悪化の一途を辿る。より強く灼熱の棒を押しつけられ、鼓膜は喘ぎに近い声を拾う。
『紫、気持ちいい?』
アイツとの情事が頭にちらつく。
俺は下唇を噛み、レオの太股を力の限り叩いた。
「痛い……何? !?、うわぁあああ!」
半覚醒から覚醒に切り替わった途端、悲鳴を上げたレオが距離を取ろうとして後ろに落ちた。とても鼓膜が痛い。
耳を押さえて振り返れば、成熟したトマトよりも赤く、陸に打ち上げられた魚のように口を開閉する恐慌状態のレオがいた。
人間、自分より狼狽える相手を前にすると冷静になるというのは本当のようだ。
「あの、大丈夫?」
「っ。本当ごめん!」
「!? いや土下座しなくていいよ。昨日は少し寒かったし、落ちないよう配慮しての事だって解ってるからね! それに……その……下の方は自然現象だから」
気にしないで、と言いかけて『あ、最後のはフォローに見せかけた追撃じゃん』と思い至る。
「あ、あ……」
「うん。ごめん。今のは俺が悪かった」
「お。俺、頭を冷やしてくる!」
そう言って、レオは色んな所にぶつかりながら寝室を出ていき、室内は軈てまた静寂が帰ってくる。
一人取り残されたそこで、俺は自身のペニスを見る。性懲りも無くまだ上を向いた愚息だ。
「……何時になったら吹っ切れるんだろ」
*・*・*
馬の蹄と轍が後方に伸びる。路面の土は軟らかく、進む度にその長さを広げていく。
太陽が昇り始めた頃、俺達は村を出た。
道は昨日決めたルートだ。
大森林に向かう道は三つあり、一つは北付近にある魔物の巣を越える道。一つは東に寄って巣を避けた上で進む荒れ道。最後に行商人等が使用する比較的安全な遠回り平坦の計三種類だ。
今回、選んだ道は後者。
尤も比較的安全といってもモンスターと全く遭遇しないわけはなく、前者二つに比べればマシという程度のものだ。その証拠にヒューリを出立して数時間、既に俺達は四度ほど魔物の群れに襲われていた。
遠くを見渡すと褐返(かちかえし*漆黒よりも深い紺色)の塊のような原生林が僅かに顔を覗かせている。あれが大森林だ。
まだまだ到着には時間がかかる。
因みに隊列は、真ん中に御者リモの馬車を据え、左前はレオ、左側面にグノー、右前方はオズ、右側面にラム、最後尾に俺。
視線の通る前方周囲は彼等が警戒してくれているので、さほど負担はないが絶対の保証もないため、殿も中々気の抜けないポジションである。
時折、オズ以外のメンバーがそれとなく話しを振りながら先を進む。
「良い天気で良かった」
「そうだナ。雨の日は最悪ダ」
「服も靴もドロドロだからね」
「俺も雨は嫌いです。水汲みもそうですが、酷いと畑が水浸しになってしまいますから」
同意しつつ、リモを窺う。
一見吞気に思える行為だが、こういった雑談は旅を行う上で必須事項だ。
と、いうこと過度のストレスは肉体に負荷がかかり、パフォーマンスの低下に繋がるからだ。特に動物である馬は感受性が高く、御者であるリモの緊張をダイレクトに繁栄する。いざという時、動けません!ではお話しにならない。だからこそ定期的に代わる代わる話し掛ける。
「あの、ユニさん。不躾でなければ質問してもいいですか」
リモの質問に了解を示しながら、俺はラムの並び、交代にラムが後方に下がる。
「ユニさんて魔法使いなんですよね。麻痺の魔法は拝見しましたが水や炎のような魔法は使えるんですか?」
「残念ながら分野が違うので難しいですね」
「分野が違うとは?」
「炎など自然現象を魔力によって具現化する者を魔法使い、俺のように精霊の力を借り受けて使う者は呪術師と分類されます」
「へぇ。同じだと思ってました」
「たりめーだろうが」
終始不貞腐れていたオズが首だけ振り返り、吐き捨てる。
「魔法使いなんざ、貴族にも教会にも稀にしかいねぇ。んなもん平民が持ってたらこうして冒険者どころか五体満足でいられねぇよ」
今までと違い、声には怨嗟のようなものが詰まっていた。レオ達が口を噤んだのできっとオズの過去に何かあったせいだろう。
リモも察したようで話題を変えて呪術師の内情について訊いてくる。
「そうですね。例えばリモさんが誰かを呪いたいほど憎んでいたとして念じて相手に呪詛をかけて害することは出来ますか?」
「無理です」
「その通りです。けれど精霊との親和性の高い人間であればきちんとした教えと供物を捧げればそれをある程度可能にします。俺の使う麻痺がそれですね」
「少し怖いですね。あ、ごめんなさい!」
「構いませんよ。人が未知のものを恐れるのは生物として当たり前の反応です。ただ俺の場合は他に比べて一番親和性の低い付与術士なのでやれる事は対象への軽微な支援と麻痺などの妨害が主ですので界隈では小物な方です」
「つまりはこの中じゃお荷物ってこった」
「オズ!」
「あ゛、本当の事じゃねえか」
からからと笑うオズに内心舌打ちし、こういった不快感を煽る行為も減点にするといいですよとリモに助言する。
オズが抗議するが知ったことではない。
道中で幾つ貯まるのか楽しみですね、と満面の笑みを返しておいた。
「……お出ましダ」
緊迫感を含んだグノーの声に直ぐさま、全員が視線の先を辿り、武器を構える。
場所は左側面の遠くの草むら。
三頭の狼とそれに跨がったゴブリン、通称ゴブリンライダー一体に、手下だろうゴブリンが七体ほど隠れていた。
ゴブリンはさておき、跨がられた狼はナイトレイドと呼ばれる魔物だ。日本狼をベースにしたような見た目だが、毛皮は夜を溶かしたように黒く、鋭い牙が特徴的だ。ただ体躯は普通の狼以上もあり、顔の邪悪さにおいては、ゴブリンに引けを取らない。
奴等は俺達が気付くと、隠密をやめて駆けだした。ナイトレイドの速度を見るに三分もかからない内に到達してくるだろう。
「チッ。厄介だな」
「ナイトレイドは俺とオズで抑える、残りはグノーとラム。ユニはいつも通り支援と妨害を頼む」
「了解!」
「俺様に命令するんじゃねぇ!」
指示通りリモを除いた全員にテンションアップと速度上昇(小)を付与する。
続けてリモと馬車を下がらせ、俺は横について手頃な石を集め、簡易スリングの用意をする。倒す為の武器ではなく、万が一近付かれた際の威嚇、足止め用だ。
そうこうしているとレオとオズが駆け出し、中距離にグノーとラムが動き、交戦に入った。
「グルァアアア」
「うっせえ!」
ナイトレイドに向け、オズが片手剣を投げる。剣は三匹の内、一匹。ゴブリンライダーの狼の頭に命中し、血飛沫が走る。
だがそこでオズの猛攻は止まらない。
腰の物から取り出した鋼糸。時代劇の殺し屋を彷彿とさせるようなその見事な糸捌きでゴブリンライダーの首を鮮やかに絞めては、奴等の群れに突貫する。
「オラオラオラァ、死にてえ奴から、かかってこいやぁ」
「ギ、ギャガァアアア!!」
刺すように、舞うように。
言動は兎も角、闘うオズの姿は恐ろしく、されどゾッとするほど美しい。
「ヒャッハー。弱ぇ、弱すぎんぜ!」
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