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SIDE:レオ (キス描写有り)
しおりを挟む始まりは小鬼との戦闘だ。
何時ものように糊口を凌ぐ為、魔物退治に出たその日、俺達は奴等の奇襲に合った。
巧妙に隠された穴蔵からの襲撃。
決して油断していたわけじゃない。その時は少しばかり隊列を崩していて、魔物――ゴブリン――に先手を許してしまった。
そして衝撃はそれだけではなかった。
棍棒が眼前に迫る中、普段声を荒げる事の少ないユニが珍しく取り乱した。
元々不測の事態に陥りやすい冒険者には皆少なからず経験のある状況だが、彼のそれは少々異なっていた。
まるで幽霊に遭遇したかのように顔を青くさせ、茫然と立ち尽くしていたのである。
慣れた小鬼退治で。
明らかな異常事態だった。
どうにか戦線を立て直そうと仲間のラムが後退を促すも、ユニは一瞬だけ我に返って今度は空中を眺め、その場に倒れ伏した。
あの時ほど肝が冷えた事はない。
ラムとグノーも同様だったようで、気付けば俺達はユニを守るべく無我夢中で小鬼の群れを屠り続けた。
そして野営時、パーティーリーダーとして問題の把握につとめる為、細心の注意を払い、俺はユニ本人に問い質した。
俺を実の兄のように慕う彼ならきちんと説明してくれる。そう思っていた。
だが返ってきた答えはやんわりとした拒絶だった。よく見れば全身が強張っており、踏み込んで欲しくないと身体で訴えていた。
気付けば話したくなったら話すよう口に出してしまったが、心底安堵したその表情を見てしまったらそれ以上何も言えなくなってしまった。が、全く気にならないかと言えばそんな訳はなく、悶々としながらホームタウンに帰還した。
まあ何を言いたいか、つまり人間は隠されると暴きたくなる生き物だということだ。
故に終始彼を気に掛けつつ、その行動を洗っていった結果、二つの違和感に気付いた。
一つは、魔物の死骸及び欠損部位に対し、異様に恐れを抱くこと。
二つ目は、調理の際に味付けが若干異なっていたこと。
以上の二点である。
最もそれ以上探る前に、ユニから同行を拒否され、再び頭を悩ませていた最中、通りかかった酒場通りにて俺は呼び止められた。
声の主は知り合いの冒険者だった。
朝から飲み歩いていたようで顔面は赤く、身体からは強いアルコールの香りを放っていた。どうやら話し相手を求めていたらしく、俺は半ば無理矢理酒場に引っ張りこまれた。
通された店内はまだ営業時間前なのか、俺達以外の客の姿はなく、グラスを磨いていた蝶ネクタイの似合う強面のマスターが此方を睨めつけた。
「……まだ開店前だ」
「いーじゃんいーじゃん。ゴーディー、エール二つよろ~」
「……はぁ」
言っても無駄だと思ったのか、顔馴染みの頼みなのか、ゴーディーことマスターは踵を返し、エールの準備を始める。
「すまない。マスター」
「良い。お前さんはどうせソイツに捕まった口だろう。エールの料金はコイツにツケておくといい」
「え~。ゴーディーちゃん酷い~」
「ちゃん付けはやめろ」
カウンターに陣取った彼の隣に腰をおろす。すると一分も経たず、並々と注がれたエールが差し出された。
「で、最近どーよ」
「どう、とは?」
「なんかあんだろ。何々が上手くいったとか、これがダメだったとかよぉ」
「あ~……まぁぼちぼちとしか」
「か~っ! つまんねえ! じゃあお前んとこのチビは?」
「チビって、ユニのこと?」
心臓が、どきりと跳ねる。
「そーそー。そのユニよ。もう抱いたか?」
「ゴブッ! 何言ってるんだよ」
「なんだまだか」
「あのさ、俺にとってユニは弟みたいなものだし、ユニも俺を兄として慕ってるだけだからそういう風に言うのは止めてくれ」
「ア~そういう感じなのな」
男は呆れ顔のまま、ジョッキを傾ける。
「そういう感じ?」
「いい、いい。それよか肴になるような話題はないもんかね」
「話題……になるかは解らないけど少し不思議な話しはあるかな」
「ほぅ」
俺は知り合いの話しと偽ってユニの事を話す。
「はぁ? 戦闘中に仲間の様子が可笑しくなったが、ソイツは訊いても答えず、けど今まで何ともなかった魔物の死骸を恐れて、料理の味つけが若干変わったぁ? なんだそりゃ」
「不思議だよね。しかも俺、正解聞いてないんだ。君ならどう推理する?」
「答えなしかよ! そうさなぁ……まず考えられるとしたら戦闘中になんかされたか、過去のトラウマがフラッシュバックしたかじゃね?」
「俺もそう思ったけど違うみたい」
「マジか。ならスキルの獲得とかじゃね?」
「スキル?」
スキルとは生まれ持った才とは異なり、討伐・訓練・学習・適性により花開くとされる能力を総称した単語だ。
「考えられるとしたらな。ま、俺も噂ぐれえしか聞いた事ねえけど。なんでも昔、獲得したスキルがテメェを害するもんだったとかで廃業した冒険者がいたんだと」
「廃業……」
「ソイツももしかしたらそうかもな。死骸や欠損部位なら臭覚だが、味付けも変わってんなら味覚の喪失も考え――どうした、レオ」
「あ、いやなんでもない。ありがとう。凄く参考になったよ」
「そうか? ま、正解が解らねえのはもやっとするが肴にゃ悪くなかったぜ。今度その知り合いに会ったら答え聞いといてくれや」
「あ、うん」
「そうだ。もしその知り合いもまだ明らかにしてねえなら今の話しして、辛いもんでも食わすか、此処の丘公園にでも連れてけってアドバイスしとけ」
「そ、そうだね。伝えておくよ」
「? じゃ今度はこっちの話しだな」
「え、あ、いや、それはちょっと」
「遠慮すんな、遠慮すんな。あ、ゴーディーちゃん。エール追加なー」
*・*・*
「飲み過ぎた。頭痛い」
太陽が地平線に隠れた頃、ようやく男から解放されたレオは、ふらつく体を叱咤して定宿に帰還した。
階段を登り、建て付けの悪い扉を開ける。
二台の寝台以外大した家具の無い空間は狭く、一つしかない窓からは月明かりが床を照らしている。室内に灯りはなく、中は冬の外のように冷たく静まり返っている。
自分のものではない寝台を見やれば、人の気配を感じてか、膨らみが僅かに揺れた。
「ん、誰」
「ごめん。起こしちゃ……!?」
「なんで」
緩慢な動作で上半身を持ち上げたユニが、半覚醒の眼でレオを見上げた刹那、その目から大粒の涙を零れ落とす。
「ど。どうしたの、ユニ」
俺は頭痛を忘れてユニの元へ駆け寄った。が、酒に酔った覚束ない足取りでは真っ直ぐ向かう事は出来ず、最終的にユニの寝台横で転んでしまう。
「あいたたたっ。ごめん」
「……なんで浮気したの?」
「え?」
はらはらと涙を流したまま、ユニの両手が俺の顔を掴む。
「何を言ってるの、ユニ?」
「やっぱり女の方がいいの?」
「ちょっと待って。一旦落ち着こう、ね?」
仰ぎ見たユニの瞳は心ここにあらず。目が合っているのに此方を見ていない状態だ。
「俺は浮気なんてしてないし、男と飲んできただけだよ」
「……嘘つき」
「嘘なんて、んぐっ!」
否定の言葉をユニの唇が塞いだ。
重ねられた唇。
一瞬何が起こったのか理解出来なかった。その隙を突いて、口腔内に侵入したユニの舌が俺の舌へ絡みつく。ちゅくちゅくと耳を塞ぎたくなるような水音と鼻に抜ける音が室内に充満する。
気付けばユニの手は俺の首の後ろに回されていて、俺はがっちりと捕獲されていた。
「ん、ふっ、んぅ」
ほんのりと甘い唾液、生温かい哺乳類の舌。他人の一部がテリトリーを占領し、蹂躙する嫌悪すべき状況なのに、この時の俺は不思議とその考えには至らなかった。
たっぷり三拍ほどして、リップ音を上げながら、ユニの唇が離れていく。その途中、糸を引くように続いていた唾液の線がぴつりと切れた。
「はぁ、はぁ。ユ……ニ」
酸欠で忙しない心拍数が更にその速度を増す。視線の先には潤んだ瞳で俺を見るユニ。
――その筈なのに目の前の人物は知らない誰かのように酷く艶めかしい。
「こんなに、愛してるのに」
「っ、」
仲間に、弟のように思っていた彼にこんな感情を抱いてはいけないと頭では解っているのに、下半身に熱が集っていくのをどうしても止められない。
そうこうしている間に、此方に接近しようとしたユニの手がベッド縁から滑り落ち、体勢を崩す。
「危ないっ!」
「……痛い」
抱きとめた際、鎧と頭を打ったらしいユニが、俺の胸部をたんたんと叩く。
その可愛らしさに少しだけ笑った。
「ごめんごめん」
「う~」
「あぁ、泣かないで泣かないで」
「なんで浮気したのに優しくすんだよぉ」
「いやそもそも俺、浮気してないからね」
「した」
「何時?!」
「カフェで女の肩抱いてた」
「いやいやいや、それ二年も前の依頼の話しだよね。ほら、付き纏っているストーカーを炙り出すやつ。ユニも覚えてるよね?!」
「そんなの知らないぃぃ。うわぁああん」
「ええぇ……」
俺の口の中に残ったアルコールに酔ったのか、本格的に愚図りだしたユニを慰める。
「嫌い、嫌い、皆嫌い」
「はいはい。俺は大好きだよ」
「浮気した癖にぃい」
「そっかそっか。傷付いたんだね、ごめん」
「絶対に許さない」
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「やだやだ、今日は一人で寝る!」
「そうだね。じゃあベッド行こうね」
小さな子を寝かしつけるようにあやしながら、寝台に置くと始めは嫌がっていたユニも睡魔には勝てず、眠りの世界に旅立つ。それを見届けて自分の寝床に腰掛けた刹那、忘れていた頭痛が俺を襲った。
「いっつ」
今日はもう寝てしまおう。
きっとユニも疲れていたのだろう。
そうだ。そうに違いない。
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