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目を開けたらBLゲームの中でした。

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 おめでとうございます。
 貴男は、前世の記憶を取り戻しました。

「それ、今じゃなきゃ駄目ぇ!?」

 赤か緑か選択を問う昔のCMばりに叫んだ俺は、祝いの画面表示を通過して襲いかかってきた棍棒を寸でのところで避けた。
 次いで右手斜め前、見覚えのない金髪男性が棍棒の持ち主へ長い刃物を振り下ろす。

 ザシュっと肉を絶つ生々しい音。
 一拍、傷口から噴き出した紺碧の血液が頬にかかり、吐き気を催す鉄錆の香りが鼻を劈く。

 目の前で化物が殺された。
 幼い子供くらいの身長に鮃顔の化物だ。
 大きく裂けた口を限界まで開き、人には有り得ない老緑の肌、瞳孔のない赤い瞳が大きく見開かれていた。

 自分が今何をされたのか、彼或いは彼女には到底理解が及ばなかっただろう。
 たったの一振り。その一振りで化物の一生が幕を閉じた。支えを失った身体は、ゆっくりと地面に落ち、その周辺では青い水溜まりがじわじわと領土を広げ、嫌でも現実を叩きつける。

「なに、これ」

 漏らした言葉は喘ぎにも似ていた。
 がらんどうな化け物の瞳と目が合い――そして衝撃が走る。
 濁り硝子に映る俺が『俺』ではなかった。

 本来の年齢より二回り下。大人と子供の中間、濃い茶髪に同色の瞳の青少年。
 肌は健康的に焼けているが今は青い。顔立ちについても印象に残り辛い平凡な作りをしており、唯一の特徴らしい特徴は鼻の上の雀斑くらいだろう。

 服装に至ってもそうだ。肌触りのいいダウンジャケットは何処へやら。薄汚れた皮の外套を羽織っていた。ただ身窄らしいとは異なり、隙間から覘くベルトの部分にな様々なものを下げている。色違いの、香水瓶に似たフォルムの瓶や、銃刀法違反に抵触する短剣。加えて右手には耳垂れの形をした長い木の杖を携えている。ぱっと見、魔法使いのコスプレが一番近い。

「何してやがる。さっさと下がれ!」

 前方から放たれた怒鳴り声に我に返る。
 発言者は海賊映画を彷彿とさせるがっしりとした体格に、非常に悪役じみた印象の男性だ。こちらも金髪同様、見覚えはない。

「聞いてんのか、ユニ!!」
「へ?」

 男の鋭い目が俺、いや青少年を睨む。
 気づけばメッセージウインドウの姿はなく、視界正面では化物と彼等による凄惨な命の奪い合いが行われていた。
 込み上げてきた酸い物を堰きとめんと掌で口元を覆った刹那、脳内にプッシュ通知のような音と共に、消失したあの半透明な画面が再び出現する。


 貴男にとっては、地雷のBLゲーム

 『Bind』の世界へようこそ

 当て馬キャラではありますが、

 どうか二回目の人生を

 心ゆくまでお楽しみください


「なんだよ、これ」

 頭の中が煮立った油のように熱い。心臓が早鐘を打ち、比例して息も上がっていく。
 視界がぶれて定まらない。誰かがまた何か叫んでいるが今の俺にはそれすら耳に届かず、故障した携帯端末のように俺の意識はそこでぱったりと途切れた。




 覚えている直近の記憶はクリスマスだ。
 あの日、俺は繁華街にいた。急遽残業となった恋人の為に、彼の好物を買うためだ。
 夕焼け空には色とりどりの電飾が瞬き、往来では浮つき顔の人々が帰路につく。
 最後に彼行きつけの喫茶店で珈琲豆を買えば終わり。そんな時だった。

 硝子一枚隔てた先のカウンター席。
 ほぼ指定席にしているそこに恋人を見た。此方に背を向けているが間違いなく恋人だ。
 近寄ろうと一歩踏み出した矢先、彼の隣にいた若い女が彼に撓垂れかかる。
 手にした買い物袋が床に落ちた。
 天国から地獄とは、まさにこの事なのだろう。

 何よりショックだったのは彼が女を振り払わなかった事だった。それどころか女の肩に手を置き、酷く親しげだ。
 何時の間にか俺は爪が突き刺さるほど掌を握り締めていた。身体中が震え、腹の底が煮えくり返る。硝子板には吊り目を更に上げ、醜くなった自分がいた。

 もし俺に少しの勇気と度胸があれば二人の元に乗り込み、頬の一つでも叩いていただろう。だが意気地のない俺には土台無理な話しである。やれる事といえば、ほんの少しの意趣返しだけ。

 画面の割れた携帯端末のレンズを掲げ、揺れる指でシャッターを切る。続けてトークアプリを開き、恋人とのやりとりを表示する。

『残業で遅くなる』
『本当にごめん』
『明日は休みだから帰ったらいっぱいイチャイチャしよう』
『愛してるよ、紫』

 受け取った時は愛しさが込み上げたそれが、今はどの言葉より薄っぺらい。
 俺は鸚鵡返しの愛の言葉を消去し、代わりに先程取った写真を載せる。
 本命様と末永くお幸せに。さよなら。
 別れの言葉を打ち終え、視点を二人に戻す。すると通知が届いたのだろう恋人、いや元恋人が女に断りを入れて携帯を操作する。

 面白いほど狼狽えてくれた。
 揃いのスマホを落とし、幽霊にでも遭遇したかのように青ざめた顔で俺を見た。その姿に不覚にも笑ってしまう。昼ドラ俳優の浮気男の演技と全く同じだったのだ。
 買い物袋を拾い、踵を返す。

 ――恋人は追ってこなかった。
 解りきっていた事だが、心の何処かでまだ期待している自分がいて本当に嫌になる。
 ツンとする鼻を啜り、俺は家路を急ぐ。




 電車で二駅先の高層マンション。
 その七階が俺の自宅だ。
 景観、広さ、利便性。元恋人と二人、熟考に熟考を重ねた2LDKの愛の巣は今、不気味なほどの静謐さに包まれていた。今朝方は二人並んで出た温かい家だったのに、現在は俺の心と同じくらい冷えている。

 途端、ポケットの中の携帯が震え始めた。
 画面を見れば、元恋人の名前。
 何を今更と着信拒否のボタンを押し、買い物袋をゴミ箱に叩きつける。
 そのままリビングを抜けて俺は自室の扉を潜った。先にあるのは六畳ほどの洋室だ。

 無駄な小物を極力排したモデルルームのような空間、その収納棚を開き、キャリーケースを探す。途中、見覚えのない紙袋を床に落ちる。

「何これ? ゲーム?」

 中身はスヴィッチ専用のゲームソフトだった。開封前のパッケージには中心に可愛らしい少年とその周りに六人の美形が描かれていた。当然ながら俺に購入した覚えはない。
 裏面を見る。
 それを見て俺は限界まで目を見開いた。


 プレゼント!! 見つけたら一緒にプレイしようぜ(^_^)

 元恋人の字だった。


「……巫山戯んな!」


 気付けばソフトを床に叩きつけていた。
 甲高い音を上げて転がるそれに、視界が滲む。悔しい、悲しい、腹立たしい。色んな感情が渦を巻き、俺は顔面を手で覆った。

 そして話しは冒頭に繋がるというわけだ。
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