1 / 98
目を開けたらBLゲームの中でした。
しおりを挟むおめでとうございます。
貴男は、前世の記憶を取り戻しました。
「それ、今じゃなきゃ駄目ぇ!?」
赤か緑か選択を問う昔のCMばりに叫んだ俺は、祝いの画面表示を通過して襲いかかってきた棍棒を寸でのところで避けた。
次いで右手斜め前、見覚えのない金髪男性が棍棒の持ち主へ長い刃物を振り下ろす。
ザシュっと肉を絶つ生々しい音。
一拍、傷口から噴き出した紺碧の血液が頬にかかり、吐き気を催す鉄錆の香りが鼻を劈く。
目の前で化物が殺された。
幼い子供くらいの身長に鮃顔の化物だ。
大きく裂けた口を限界まで開き、人には有り得ない老緑の肌、瞳孔のない赤い瞳が大きく見開かれていた。
自分が今何をされたのか、彼或いは彼女には到底理解が及ばなかっただろう。
たったの一振り。その一振りで化物の一生が幕を閉じた。支えを失った身体は、ゆっくりと地面に落ち、その周辺では青い水溜まりがじわじわと領土を広げ、嫌でも現実を叩きつける。
「なに、これ」
漏らした言葉は喘ぎにも似ていた。
がらんどうな化け物の瞳と目が合い――そして衝撃が走る。
濁り硝子に映る俺が『俺』ではなかった。
本来の年齢より二回り下。大人と子供の中間、濃い茶髪に同色の瞳の青少年。
肌はそこそこ健康的に焼けているが今は青い。顔立ちについても印象に残り辛い平凡な作りをしており、唯一の特徴らしい特徴は鼻の上の雀斑くらいだろう。
服装に至ってもそうだ。肌触りのいいダウンジャケットは何処へやら。薄汚れた皮の外套を羽織っていた。ただ身窄らしいとは異なり、隙間から覘くベルトの部分には様々なものを下げている。色違いの、香水瓶に似たフォルムの瓶や、銃刀法違反に抵触する短剣。加えて右手には耳垂れの形をした長い木の杖を携えている。ぱっと見、魔法使いのコスプレが一番近い。
「何してやがる。さっさと下がれ!」
前方から放たれた怒鳴り声に我に返る。
発言者は海賊映画を彷彿とさせるがっしりとした体格に、非常に悪役じみた印象の男性だ。こちらも金髪同様、見覚えはない。
「聞いてんのか、ユニ!!」
「へ?」
男の鋭い目が俺、いや青少年を睨む。
気づけばメッセージウインドウの姿はなく、視界正面では化物と彼等による凄惨な命の奪い合いが行われていた。
込み上げてきた酸い物を堰きとめんと掌で口元を覆った刹那、脳内にプッシュ通知のような音と共に、消失したあの半透明な画面が再び出現する。
貴男にとっては、地雷のBLゲーム
『Bind』の世界へようこそ
当て馬キャラではありますが、
どうか二回目の人生を
心ゆくまでお楽しみください
「なんだよ、これ」
頭の中が煮立った油のように熱い。心臓が早鐘を打ち、比例して息も上がっていく。
視界がぶれて定まらない。誰かがまた何か叫んでいるが今の俺にはそれすら耳に届かず、故障した携帯端末のように俺の意識はそこでぱったりと途切れた。
覚えている直近の記憶はクリスマスだ。
あの日、俺は繁華街にいた。急遽残業となった恋人の為に、彼の好物を買うためだ。
夕焼け空には色とりどりの電飾が瞬き、往来では浮つき顔の人々が帰路につく。
最後に彼行きつけの喫茶店で珈琲豆を買えば終わり。そんな時だった。
硝子一枚隔てた先のカウンター席。
ほぼ指定席にしているそこに恋人を見た。此方に背を向けているが間違いなく恋人だ。
近寄ろうと一歩踏み出した矢先、彼の隣にいた若い女が彼に撓垂れかかる。
手にした買い物袋が床に落ちた。
天国から地獄とは、まさにこの事なのだろう。
何よりショックだったのは彼が女を振り払わなかった事だった。それどころか女の肩に手を置き、酷く親しげだ。
何時の間にか俺は爪が突き刺さるほど掌を握り締めていた。身体中が震え、腹の底が煮えくり返る。硝子板には吊り目を更に上げ、醜くなった自分がいた。
もし俺に少しの勇気と度胸があれば二人の元に乗り込み、頬の一つでも叩いていただろう。だが意気地のない俺には土台無理な話しである。やれる事といえば、ほんの少しの意趣返しだけ。
画面の割れた携帯端末のレンズを掲げ、揺れる指でシャッターを切る。続けてトークアプリを開き、恋人とのやりとりを表示する。
『残業で遅くなる』
『本当にごめん』
『明日は休みだから帰ったらいっぱいイチャイチャしよう』
『愛してるよ、紫』
受け取った時は愛しさが込み上げたそれが、今はどの言葉より薄っぺらい。
俺は鸚鵡返しの愛の言葉を消去し、代わりに先程取った写真を載せる。
本命様と末永くお幸せに。さよなら。
別れの言葉を打ち終え、視点を二人に戻す。すると通知が届いたのだろう恋人、いや元恋人が女に断りを入れて携帯を操作する。
面白いほど狼狽えてくれた。
揃いのスマホを落とし、幽霊にでも遭遇したかのように青ざめた顔で俺を見た。その姿に不覚にも笑ってしまう。昼ドラ俳優の浮気男の演技と全く同じだったのだ。
買い物袋を拾い、踵を返す。
――恋人は追ってこなかった。
解りきっていた事だが、心の何処かでまだ期待している自分がいて本当に嫌になる。
ツンとする鼻を啜り、俺は家路を急ぐ。
電車で二駅先の高層マンション。
その七階が俺の自宅だ。
景観、広さ、利便性。元恋人と二人、熟考に熟考を重ねた2LDKの愛の巣は今、不気味なほどの静謐さに包まれていた。今朝方は二人並んで出た温かい家だったのに、現在は俺の心と同じくらい冷えている。
途端、ポケットの中の携帯が震え始めた。
画面を見れば、元恋人の名前。
何を今更と着信拒否のボタンを押し、買い物袋をゴミ箱に叩きつける。
そのままリビングを抜けて俺は自室の扉を潜った。先にあるのは六畳ほどの洋室だ。
無駄な小物を極力排したモデルルームのような空間、その収納棚を開き、キャリーケースを探す。途中、見覚えのない紙袋を床に落ちる。
「何これ? ゲーム?」
中身はスヴィッチ専用のゲームソフトだった。開封前のパッケージには中心に可愛らしい少年とその周りに六人の美形が描かれていた。当然ながら俺に購入した覚えはない。
裏面を見る。
それを見て俺は限界まで目を見開いた。
プレゼント!! 見つけたら一緒にプレイしようぜ(^_^)
元恋人の字だった。
「……巫山戯んな!」
気付けばソフトを床に叩きつけていた。
甲高い音を上げて転がるそれに、視界が滲む。悔しい、悲しい、腹立たしい。色んな感情が渦を巻き、俺は顔面を手で覆った。
そして話しは冒頭に繋がるというわけだ。
218
お気に入りに追加
650
あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる