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37 部屋を散らかさない 後
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そういや、ホテルオーナーはどこに行ったのだろう?老人たちと一緒にここにいて、殺される寸前だったはずだ。
長谷川に救出されたのか。
「ねえ、あれ」
不意に後ろから聞こえた声に、オレの背筋がビクリと跳ねる。
気配を感じなかった。
何回目だよ?オレの背後を取れる人間なんて、滅多にいないんだぞ。
「…………お前も来たのか……」
オレはできるだけ平静を装って言ったつもりだが、動揺してちょっと声が震えてしまった。
「…………」
オレの言葉に返事が無く、オレはゆっくりと振り向いた。
そこにいたのは佐夜子だ。
ホテルオーナーの親にレイプされ、壊れてバケモノになってしまった存在。
老人の姉であり、肉体を少女にまで巻き戻し、永遠に少女の姿を保ち続ける座敷童と呼ばれる怪物。
オレは佐夜子を見つめる。
佐夜子は、塔の形に積まれた死体を感情のない瞳で見つめていた。
こいつは、オレと同じバケモノなのだ。
オレと同じ……。
オレの心臓が高鳴る。
頭に血が上る。
「あれ」
小さな呟きと同時に、佐夜子の瞳がオレの方を向いた。
深淵の様な、光のない瞳。冷たい冷たい、海の底の色。
オレの心はその視線に射貫かれる。
「あれ、見て」
視線をオレに向けたまま、佐夜子は何かを指差している。
視線を向けられ、見つめ合うことに耐え切れなくなって、オレはこれ幸いと佐夜子の示している場所に視線をずらした。
「…………メモ?」
オレは誤魔化すように少し声を張った。
佐夜子の指先は、老人の口元を指していた。そこには、小さく折り畳まれたメモが挟み込まれていた。
佐夜子は、この老人の死体をどんな気持ちで見ているのだろう?
老人の話では、佐夜子は老人の姉のはずだ。
なのに、死体を見ても彼女の顔は感情を浮かべない。声色にも、何の変化も無い。
「回りくどいことをしやがって」
このメモは長谷川の仕業なのだろう。
きっとオレを試してるんだろうな。そうじゃなきゃ、もっとわかりやすい場所に置いておくはずだ。
メモを見つけられなかったら、注意力が足りないとか言って、オレのことをバカにするつもりだったに違いない。
オレは老人の口からメモを取り出す。
女性ならともかく、老人の口をこじ開けるなんてオレの趣味じゃないんだが。
「…………屋上か……」
メモを読み、オレはため息混じりに呟いた。
メモには「屋上に来い」とだけ書かれていた。呼び出しといて、場所を変えるとかありえないだろう?キザな男ってのはだいたい、自己中だ。マナーがなってないよな。
女の自己中は可愛く感じるのに、男にやられると不愉快でしかない。
このホテルの屋上はヘリポートがある。
別にオーナーがプライベートヘリを持ってるとか、客がヘリで乗り付けるためのものじゃない。
そういう客もいるのかもしれないが、主に救急医療用ヘリコプターのためのヘリポートだ。
ここは山間部。
急病などで救急車を呼んでも、すぐには駆け付けてもらえない。
そんな状況ではホテルやレジャー施設の営業には差し障りがあるため、ドクターヘリ用のヘリポートを設置しているのだった。
ヘリポートはヘリコプターが発着できるくらいだから、当然ながら広いスペースが空けられている。
なるほどね。長谷川の考えていることはすぐに予想できた。
「キザ野郎、このどさくさに紛れてオレと戦いたいってか?」
力こそ全てみたいな業界にいると自然と戦闘狂になるらしくて、無暗やたらと戦いたがるやつが多いんだよな。
長谷川も最初からオレを挑発してたし、オレと戦いたがってたんだろう。
今の状況なら、死体が一つ増えても何の問題にもならないから、オレと戦うチャンスだと考えてもおかしくない。
まったく、オレみたいな平和主義には生きにくい業界だな。
「行くの?」
佐夜子がオレを見つめて問いかけてくる。
「ここまでやったんだからな、全員殺してやるよ」
オレは視線を逸らしたまま、答えた。
また目を見てしまうと、迷ってしまいそうになるから。
「あなたは、死なないのね?」
「ああ、死ぬのはオレ以外だ」
オレは目を合わせず、他の感覚を総動員して佐夜子の動きを感じ取る。だが、佐夜子に変化はない。
実質的に「お前も殺す」と宣言しているのに、佐夜子に感情の動きを感じない。
「そう、それは素敵ね」
「え?」
素敵。
それは、心を惹かれるということ。感情の動きを表す言葉。
オレは驚いて逸らしていた視線を、佐夜子に向けた。
だが…………彼女はもう、そこに居なかった。
オレが視覚以外の感覚を総動員して存在を捉えていたはずなのに、佐夜子は消えていた。
神出鬼没。
字面の通り、人じゃないモノたちの所業だ。
オレは彼女の存在が感じられないのを、少し寂しく思っていた。
長谷川に救出されたのか。
「ねえ、あれ」
不意に後ろから聞こえた声に、オレの背筋がビクリと跳ねる。
気配を感じなかった。
何回目だよ?オレの背後を取れる人間なんて、滅多にいないんだぞ。
「…………お前も来たのか……」
オレはできるだけ平静を装って言ったつもりだが、動揺してちょっと声が震えてしまった。
「…………」
オレの言葉に返事が無く、オレはゆっくりと振り向いた。
そこにいたのは佐夜子だ。
ホテルオーナーの親にレイプされ、壊れてバケモノになってしまった存在。
老人の姉であり、肉体を少女にまで巻き戻し、永遠に少女の姿を保ち続ける座敷童と呼ばれる怪物。
オレは佐夜子を見つめる。
佐夜子は、塔の形に積まれた死体を感情のない瞳で見つめていた。
こいつは、オレと同じバケモノなのだ。
オレと同じ……。
オレの心臓が高鳴る。
頭に血が上る。
「あれ」
小さな呟きと同時に、佐夜子の瞳がオレの方を向いた。
深淵の様な、光のない瞳。冷たい冷たい、海の底の色。
オレの心はその視線に射貫かれる。
「あれ、見て」
視線をオレに向けたまま、佐夜子は何かを指差している。
視線を向けられ、見つめ合うことに耐え切れなくなって、オレはこれ幸いと佐夜子の示している場所に視線をずらした。
「…………メモ?」
オレは誤魔化すように少し声を張った。
佐夜子の指先は、老人の口元を指していた。そこには、小さく折り畳まれたメモが挟み込まれていた。
佐夜子は、この老人の死体をどんな気持ちで見ているのだろう?
老人の話では、佐夜子は老人の姉のはずだ。
なのに、死体を見ても彼女の顔は感情を浮かべない。声色にも、何の変化も無い。
「回りくどいことをしやがって」
このメモは長谷川の仕業なのだろう。
きっとオレを試してるんだろうな。そうじゃなきゃ、もっとわかりやすい場所に置いておくはずだ。
メモを見つけられなかったら、注意力が足りないとか言って、オレのことをバカにするつもりだったに違いない。
オレは老人の口からメモを取り出す。
女性ならともかく、老人の口をこじ開けるなんてオレの趣味じゃないんだが。
「…………屋上か……」
メモを読み、オレはため息混じりに呟いた。
メモには「屋上に来い」とだけ書かれていた。呼び出しといて、場所を変えるとかありえないだろう?キザな男ってのはだいたい、自己中だ。マナーがなってないよな。
女の自己中は可愛く感じるのに、男にやられると不愉快でしかない。
このホテルの屋上はヘリポートがある。
別にオーナーがプライベートヘリを持ってるとか、客がヘリで乗り付けるためのものじゃない。
そういう客もいるのかもしれないが、主に救急医療用ヘリコプターのためのヘリポートだ。
ここは山間部。
急病などで救急車を呼んでも、すぐには駆け付けてもらえない。
そんな状況ではホテルやレジャー施設の営業には差し障りがあるため、ドクターヘリ用のヘリポートを設置しているのだった。
ヘリポートはヘリコプターが発着できるくらいだから、当然ながら広いスペースが空けられている。
なるほどね。長谷川の考えていることはすぐに予想できた。
「キザ野郎、このどさくさに紛れてオレと戦いたいってか?」
力こそ全てみたいな業界にいると自然と戦闘狂になるらしくて、無暗やたらと戦いたがるやつが多いんだよな。
長谷川も最初からオレを挑発してたし、オレと戦いたがってたんだろう。
今の状況なら、死体が一つ増えても何の問題にもならないから、オレと戦うチャンスだと考えてもおかしくない。
まったく、オレみたいな平和主義には生きにくい業界だな。
「行くの?」
佐夜子がオレを見つめて問いかけてくる。
「ここまでやったんだからな、全員殺してやるよ」
オレは視線を逸らしたまま、答えた。
また目を見てしまうと、迷ってしまいそうになるから。
「あなたは、死なないのね?」
「ああ、死ぬのはオレ以外だ」
オレは目を合わせず、他の感覚を総動員して佐夜子の動きを感じ取る。だが、佐夜子に変化はない。
実質的に「お前も殺す」と宣言しているのに、佐夜子に感情の動きを感じない。
「そう、それは素敵ね」
「え?」
素敵。
それは、心を惹かれるということ。感情の動きを表す言葉。
オレは驚いて逸らしていた視線を、佐夜子に向けた。
だが…………彼女はもう、そこに居なかった。
オレが視覚以外の感覚を総動員して存在を捉えていたはずなのに、佐夜子は消えていた。
神出鬼没。
字面の通り、人じゃないモノたちの所業だ。
オレは彼女の存在が感じられないのを、少し寂しく思っていた。
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