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36 部屋を散らかさない 前
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チンと、エレベーターが到着を告げる。
開いていく扉から見えるのは、非常灯だけが灯る薄暗い廊下。オレは周囲を気に掛けることもせず、堂々とエレベーターを降りた。
ご招待いただいたからな。邪魔な小細工はないと思ってたんだ。
予想通り、待ち伏せとかは無い。
ちなみにオレが乗って来たエレベーターは従業員用。
地下駐車場からオーナールーム近くまで直接移動できる、実質オーナー専用エレベーターだ。特別扱いが好きそうな連中の象徴みたいなもんだな。
モニターから聞こえた、あの声……。
あれは、間違いなくキザ長谷川の声だった。
キザ長谷川はボディーガードとしてホテルオーナーを守っていたはずだ。
なのに、あの老人はホテルオーナーを捕まえていた。
どうせ長谷川たちボディーガードは他の連中と同じく操られ、何もできないままホテルオーナーを奪われたんだろう。
それは、まあ、予想の範囲だ。
むしろ真っ先にホテルオーナーもろとも怪物に殺されてると思ってたからな。
すっかりもう居ないものとして考えてた。
だけど、キザ長谷川は生きていた。
あのくぐもった声。あれは、あいつも怪物化してる可能性が高いと思う。
なのに、長谷川はオレの名を呼んでいた。
そして、操っていた老人を、たぶん、殺した。
人間を怪物に変えるほどの強力な洗脳を跳ね除け、自我を保ってる?それとも、別な理由があるのか?
なんにせよ、キザ長谷川はオレをご使命だ。
すべてを終わらすためにも、やつらがいる所に行ってみるしかないだろう。
そう思って、オレは今、オーナールームに向かっている。
「めんどくせぇ……」
歩きながら、オレは呟く。
どう考えても面倒なことにしかならないじゃねーか。
それが分かっているのになんでわざわざオーナールームに向かっているかと言えば……意地なんだろうなぁ。
今更引くに引けないというか、もう全部自分の手で終わらせてスッキリしたいというか。
自分でもバカだと思う。
…………それに、あの少女……佐夜子を殺してやらないといけない。
「さて」
オレはオーナールームのドアの前に着くと、一度深く深呼吸をする。
ドアに付いている『Owner Room』と書かれた金色のプレートが、非常灯の小さな光を反射して輝いていた。
ノックすべきか?
蹴破って入る状況とは、ちょっと違う気がするな。
軽くノックしてみたが、返答はない。
「……白石だ」
名乗ってみても、反応はない。
なんだよ、せっかく来てやったのに。
「誰かいないのか!?」
招いたくせに、無視とはいい根性だ。
結局、オレはドアを蹴破った。
蹴破ったドアは蝶番が千切れて部屋の中へと吹っ飛んでいく。
キレてないぞ?ちょっとイラついてるだけだ。
「……ほう……」
オレは思わず感嘆の声を漏らした。
むせ返るような血の臭い。一歩進み入れば、絨毯は湿った音を立てる。
臭いに敏感なオレが気付けなかったのは、今やホテル全体に血の臭いが満ちていたからだ。しかし、床どころか壁や天井まで真っ赤に染まったこの部屋の中は、さらに強い臭気に満ちていた。
部屋の中には、奇妙なオブジェがあった。
壁に設置された間接照明の灯りに照らされ、闇に浮かび上がっている。
壊され千切られ捻じれ、絡み合って一つの塔になった三つの死体。
クリスマスツリーの様に、鋭角の三角形になるように積み上げられているのは何の冗談だろうか?
明らかに見て取れる、人間の身体。
それらは執拗に壊されていて、死体の塔を作った人間がいかに怨嗟を込めて作り出したかよく分かる。
材料の中に異質な牛の頭と馬の頭が混ざっているのがシュールだった。
塔の頂点には、老人の頭。
この事件の主犯だ。
クリスマスツリーなら星の位置だな。
恨みに歪んだ顔なのに、オレにはどこか誇らしげに見えた。
……殺されたのに誇らしげってのは変か?いや、これがコイツの最終目的だ。
オレに殺される予定だったのが、ほんのちょっと狂っただけ。大筋では予定通りだったのだろう。
それなりに納得のいく死だったに違いない……。
「ちっ」
悔しさから、オレの舌は鳴った。直後に、オレの心の中に疑問が浮かぶ。
……オレは、何を悔しがっているのだろう?
自分で自分の感情がよく分からない。
悔しいと思えるほど、オレはこの事件の幕引きを自分でしたかったのか?
それとも不幸に塗れた老人の人生を、望む通りに終わらせてやりたかったのか?
まあ、深く考えても仕方がない。
オレは胸のモヤモヤを大きな吐息と共に吐きだし、気分を切り替える。
「さて、オレを招いてくれた奴はどこだ?」
老人と牛頭と馬頭を殺した犯人。
オレに「待ってる」と言った奴。
あの声は、日本ボディーガード財団のキザヒゲ野郎こと長谷川だった。
くぐもった声で判断しにくくても、ここに居る連中でオレのことをわざわざフルネームで呼ぶやつなんて限られている。間違いない。
開いていく扉から見えるのは、非常灯だけが灯る薄暗い廊下。オレは周囲を気に掛けることもせず、堂々とエレベーターを降りた。
ご招待いただいたからな。邪魔な小細工はないと思ってたんだ。
予想通り、待ち伏せとかは無い。
ちなみにオレが乗って来たエレベーターは従業員用。
地下駐車場からオーナールーム近くまで直接移動できる、実質オーナー専用エレベーターだ。特別扱いが好きそうな連中の象徴みたいなもんだな。
モニターから聞こえた、あの声……。
あれは、間違いなくキザ長谷川の声だった。
キザ長谷川はボディーガードとしてホテルオーナーを守っていたはずだ。
なのに、あの老人はホテルオーナーを捕まえていた。
どうせ長谷川たちボディーガードは他の連中と同じく操られ、何もできないままホテルオーナーを奪われたんだろう。
それは、まあ、予想の範囲だ。
むしろ真っ先にホテルオーナーもろとも怪物に殺されてると思ってたからな。
すっかりもう居ないものとして考えてた。
だけど、キザ長谷川は生きていた。
あのくぐもった声。あれは、あいつも怪物化してる可能性が高いと思う。
なのに、長谷川はオレの名を呼んでいた。
そして、操っていた老人を、たぶん、殺した。
人間を怪物に変えるほどの強力な洗脳を跳ね除け、自我を保ってる?それとも、別な理由があるのか?
なんにせよ、キザ長谷川はオレをご使命だ。
すべてを終わらすためにも、やつらがいる所に行ってみるしかないだろう。
そう思って、オレは今、オーナールームに向かっている。
「めんどくせぇ……」
歩きながら、オレは呟く。
どう考えても面倒なことにしかならないじゃねーか。
それが分かっているのになんでわざわざオーナールームに向かっているかと言えば……意地なんだろうなぁ。
今更引くに引けないというか、もう全部自分の手で終わらせてスッキリしたいというか。
自分でもバカだと思う。
…………それに、あの少女……佐夜子を殺してやらないといけない。
「さて」
オレはオーナールームのドアの前に着くと、一度深く深呼吸をする。
ドアに付いている『Owner Room』と書かれた金色のプレートが、非常灯の小さな光を反射して輝いていた。
ノックすべきか?
蹴破って入る状況とは、ちょっと違う気がするな。
軽くノックしてみたが、返答はない。
「……白石だ」
名乗ってみても、反応はない。
なんだよ、せっかく来てやったのに。
「誰かいないのか!?」
招いたくせに、無視とはいい根性だ。
結局、オレはドアを蹴破った。
蹴破ったドアは蝶番が千切れて部屋の中へと吹っ飛んでいく。
キレてないぞ?ちょっとイラついてるだけだ。
「……ほう……」
オレは思わず感嘆の声を漏らした。
むせ返るような血の臭い。一歩進み入れば、絨毯は湿った音を立てる。
臭いに敏感なオレが気付けなかったのは、今やホテル全体に血の臭いが満ちていたからだ。しかし、床どころか壁や天井まで真っ赤に染まったこの部屋の中は、さらに強い臭気に満ちていた。
部屋の中には、奇妙なオブジェがあった。
壁に設置された間接照明の灯りに照らされ、闇に浮かび上がっている。
壊され千切られ捻じれ、絡み合って一つの塔になった三つの死体。
クリスマスツリーの様に、鋭角の三角形になるように積み上げられているのは何の冗談だろうか?
明らかに見て取れる、人間の身体。
それらは執拗に壊されていて、死体の塔を作った人間がいかに怨嗟を込めて作り出したかよく分かる。
材料の中に異質な牛の頭と馬の頭が混ざっているのがシュールだった。
塔の頂点には、老人の頭。
この事件の主犯だ。
クリスマスツリーなら星の位置だな。
恨みに歪んだ顔なのに、オレにはどこか誇らしげに見えた。
……殺されたのに誇らしげってのは変か?いや、これがコイツの最終目的だ。
オレに殺される予定だったのが、ほんのちょっと狂っただけ。大筋では予定通りだったのだろう。
それなりに納得のいく死だったに違いない……。
「ちっ」
悔しさから、オレの舌は鳴った。直後に、オレの心の中に疑問が浮かぶ。
……オレは、何を悔しがっているのだろう?
自分で自分の感情がよく分からない。
悔しいと思えるほど、オレはこの事件の幕引きを自分でしたかったのか?
それとも不幸に塗れた老人の人生を、望む通りに終わらせてやりたかったのか?
まあ、深く考えても仕方がない。
オレは胸のモヤモヤを大きな吐息と共に吐きだし、気分を切り替える。
「さて、オレを招いてくれた奴はどこだ?」
老人と牛頭と馬頭を殺した犯人。
オレに「待ってる」と言った奴。
あの声は、日本ボディーガード財団のキザヒゲ野郎こと長谷川だった。
くぐもった声で判断しにくくても、ここに居る連中でオレのことをわざわざフルネームで呼ぶやつなんて限られている。間違いない。
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