人虎は常に怪奇な騒動に巻き込まれる 

東堂大稀(旧:To-do)

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30 散らかさない 後

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 その音の発生源はロビーラウンジ。
 そこの一段高くなっている、ステージのような場所。

 オレが音の発生源に目を向けると、そこにはアルモニカを演奏する白づくめの少女の姿があった。
 あいつ、まだこの周辺をウロチョロしてやがったのかよ。
 オレが泣いて……ちょっと落ち込んでる間にどこかに逃げたと思ってたんだが。

 澄んだ音色。
 アルモニカの音は家族風呂で放送を通して聞いた音よりも心地良く聞こえた。

 不快に感じるギリギリの快感は相変わらずだが、音に厚みというか、複雑さがある。
 音楽鑑賞なんて崇高な趣味はオレには無いが、それでもスピーカーを通しての音と生演奏の違いを感じられた。

 「……あいつが演奏してたのかよ」

 演奏家もちゃんといて、この少女も演奏できたんだと考えるよりは、最初からこの少女が演奏していたと考えた方がしっくりくる。
 どうもあの放送自体、襲撃に利用していた感じもあるしな。

 家族風呂で聞いた放送では、たしか世界に数人の著名な演奏家とか言っていた記憶があるが、それは適当な偽装だろう。
 年齢的に考えて、少女が名の売れた演奏家であるはずがない。

 オレは少女を一瞬だけ睨み付け、すぐに視線を戻す。
 今のオレはゾンビに囲まれている。気配だけでもある程度対処ができるが、よそ見できる余裕はあまりない。

 戦闘に生演奏BGMとかどこの映画だよ?
 あの少女は敵側。
 だとすれば、この音楽はゾンビたちを奮い立たせる応援の音楽なのだろうか?

 オレは引き続きゾンビたちの頭を潰していく。
 飛び散る血飛沫。肉片。

 澄んだ不気味さのあるアルモニカの音が、汚らしい打撲音とゾンビの悲鳴を引き立たせる。

 オレは黙々とゾンビを倒していくが、戦いに集中すればするほど、アルモニカの音色が気になっていく。
 研ぎ澄まされた精神が、どうしても音を拾ってしまう。

 その内に、オレは家族風呂で聞いた放送のアルモニカの音と、今聞いている生演奏との違いが気になった。

 「……音が足りないな……」

 呟きながらも、オレはゾンビの頭を潰す。

 放送で聞いた音色には、虫の音とも蚊の羽音ともつかない音が混ざっていたはずだ。
 それが、今のアルモニカの音には無い。

 そういや、虫の音は日本人にしか聞こえないって話を聞いたことがあるな。
 日本人と外国人では虫の音を認識する脳の範囲が違うせいだとか。

 日本人は虫の音として聞き取るため認識できるが、外国人は雑音の一種として聞いているので認識できないとか。
 つまり人間の脳は、無意識に必要な音と不必要な音をより分けるフィルターが備わっているという説だ。

 それから、携帯電話で虫の音は聞こえないって話もあるな。
 携帯電話は人間の声を伝えるのに特化していてその周波数に絞って機能させているので、そこから外れる周波数の虫の音は聞こえないとか。

 周波数。
 犬笛という物を知っているだろうか?
 人間には聞こえない周波数の音を鳴らし、聞き取れる犬にだけ反応させて指示を出す道具。

 獣化した時のオレの耳も、人間には聞こえない周波数の音を聞き取れる。だとしたら、あれは人間に聞こえない音だったのか?

 種族が違うなんて極端な話じゃなくても、モスキート音というのがある。
 人間は年を取ると聴力が衰えて聞き取れる音の範囲が狭まってしまう。その結果、若い時だけ聞こえる音というのが出て来てしまう。
 その音が蚊の羽音の様なので、モスキート音と言われている。

 これもやはり、聞き取れる周波数の違いだ。

 ……聞き取れるはずなのに、聞き取れない音か……。

 「そんなこと、考えてる場合じゃないだろ」

 オレは自分の思考がバカバカしくなって、呟いた。
 戦うことに集中しないといけない状況なのに、どうしてもその考えが気になった。

 認識できない物を使って人間を操る技術が持て囃された時代があったらしいな。

 サブリミナル効果ってやつだ。
 
 人間の認識の範囲外で知覚させることで人を操る技術。
 映画のたった一コマ、一秒にも満たない瞬間に「ジュースを飲め」「ポップコーンを食べろ」という命令を紛れ込ませると、その映画を上映した劇場のジュースとポップコーンの売り上げが上がったという実験で知られていた。

 昭和の時代には本当に効果がある様に扱われていたが、現在はデマでそんな効果はないという意見の方が多数派のはずだ。

 でも、今でも広告やテレビ放送での使用を禁止している国も多いらしい。

 「聞こえない音。放送。サブリミナル……。敵の洗脳……。揃い過ぎてるな」

 ここまで揃うと、ミスリードのために準備されたヒントみたいだな。
 でも、まあ、調べてみる価値があるか。

 そういや、オレはゾンビたちがやってくる直前までこのホテルが停電してないことを疑ってたんだっけ。
 放送に何か効果を乗せるなら、停電させるわけにいかないよな。

 ……疑いのピースが揃い過ぎて、本当に気持ち悪い。罠ぽい。

 だが、気になる。
 
 「どうせ他に手掛かりなんてないんだからな」

 今のところ敵の手掛かりはない。
 闇雲に探し回るより、何をすればいいか、目的を決めた方が動きやすくなる。
 
 「これで、終わり!」

 オレは思考しながら、最後の一撃を放った。
 
 目の前で頭を潰されて倒れていくゾンビ。
 そいつが倒れた後には、開けた視界だけがあった。

 これでゾンビは一掃された。
 床に倒れる、頭を潰された無数のゾンビの死体。
 そして、床に広がる赤黒い液体。それはゾンビが生きていた証だ。
 やっぱり、ゾンビの死体って表現は変だよなぁ。

 オレはロビーラウンジのステージのような場所に目を向けた。
 少女の姿は消えていた。

 オレが最後のゾンビに手を掛けた瞬間にアルモニカの音が止んでいたから、まあ、予想通りだ。
 ゾンビたちを葬っていたオレの爪が自分に向かうのを恐れて逃げたのだろう。

 「じゃ、館内放送を管理してる場所を目指してみるか」

 オレが歩き出すと、血に濡れた床は湿った音を立てた。
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