30 / 42
30 散らかさない 後
しおりを挟む
その音の発生源はロビーラウンジ。
そこの一段高くなっている、ステージのような場所。
オレが音の発生源に目を向けると、そこにはアルモニカを演奏する白づくめの少女の姿があった。
あいつ、まだこの周辺をウロチョロしてやがったのかよ。
オレが泣いて……ちょっと落ち込んでる間にどこかに逃げたと思ってたんだが。
澄んだ音色。
アルモニカの音は家族風呂で放送を通して聞いた音よりも心地良く聞こえた。
不快に感じるギリギリの快感は相変わらずだが、音に厚みというか、複雑さがある。
音楽鑑賞なんて崇高な趣味はオレには無いが、それでもスピーカーを通しての音と生演奏の違いを感じられた。
「……あいつが演奏してたのかよ」
演奏家もちゃんといて、この少女も演奏できたんだと考えるよりは、最初からこの少女が演奏していたと考えた方がしっくりくる。
どうもあの放送自体、襲撃に利用していた感じもあるしな。
家族風呂で聞いた放送では、たしか世界に数人の著名な演奏家とか言っていた記憶があるが、それは適当な偽装だろう。
年齢的に考えて、少女が名の売れた演奏家であるはずがない。
オレは少女を一瞬だけ睨み付け、すぐに視線を戻す。
今のオレはゾンビに囲まれている。気配だけでもある程度対処ができるが、よそ見できる余裕はあまりない。
戦闘に生演奏BGMとかどこの映画だよ?
あの少女は敵側。
だとすれば、この音楽はゾンビたちを奮い立たせる応援の音楽なのだろうか?
オレは引き続きゾンビたちの頭を潰していく。
飛び散る血飛沫。肉片。
澄んだ不気味さのあるアルモニカの音が、汚らしい打撲音とゾンビの悲鳴を引き立たせる。
オレは黙々とゾンビを倒していくが、戦いに集中すればするほど、アルモニカの音色が気になっていく。
研ぎ澄まされた精神が、どうしても音を拾ってしまう。
その内に、オレは家族風呂で聞いた放送のアルモニカの音と、今聞いている生演奏との違いが気になった。
「……音が足りないな……」
呟きながらも、オレはゾンビの頭を潰す。
放送で聞いた音色には、虫の音とも蚊の羽音ともつかない音が混ざっていたはずだ。
それが、今のアルモニカの音には無い。
そういや、虫の音は日本人にしか聞こえないって話を聞いたことがあるな。
日本人と外国人では虫の音を認識する脳の範囲が違うせいだとか。
日本人は虫の音として聞き取るため認識できるが、外国人は雑音の一種として聞いているので認識できないとか。
つまり人間の脳は、無意識に必要な音と不必要な音をより分けるフィルターが備わっているという説だ。
それから、携帯電話で虫の音は聞こえないって話もあるな。
携帯電話は人間の声を伝えるのに特化していてその周波数に絞って機能させているので、そこから外れる周波数の虫の音は聞こえないとか。
周波数。
犬笛という物を知っているだろうか?
人間には聞こえない周波数の音を鳴らし、聞き取れる犬にだけ反応させて指示を出す道具。
獣化した時のオレの耳も、人間には聞こえない周波数の音を聞き取れる。だとしたら、あれは人間に聞こえない音だったのか?
種族が違うなんて極端な話じゃなくても、モスキート音というのがある。
人間は年を取ると聴力が衰えて聞き取れる音の範囲が狭まってしまう。その結果、若い時だけ聞こえる音というのが出て来てしまう。
その音が蚊の羽音の様なので、モスキート音と言われている。
これもやはり、聞き取れる周波数の違いだ。
……聞き取れるはずなのに、聞き取れない音か……。
「そんなこと、考えてる場合じゃないだろ」
オレは自分の思考がバカバカしくなって、呟いた。
戦うことに集中しないといけない状況なのに、どうしてもその考えが気になった。
認識できない物を使って人間を操る技術が持て囃された時代があったらしいな。
サブリミナル効果ってやつだ。
人間の認識の範囲外で知覚させることで人を操る技術。
映画のたった一コマ、一秒にも満たない瞬間に「ジュースを飲め」「ポップコーンを食べろ」という命令を紛れ込ませると、その映画を上映した劇場のジュースとポップコーンの売り上げが上がったという実験で知られていた。
昭和の時代には本当に効果がある様に扱われていたが、現在はデマでそんな効果はないという意見の方が多数派のはずだ。
でも、今でも広告やテレビ放送での使用を禁止している国も多いらしい。
「聞こえない音。放送。サブリミナル……。敵の洗脳……。揃い過ぎてるな」
ここまで揃うと、ミスリードのために準備されたヒントみたいだな。
でも、まあ、調べてみる価値があるか。
そういや、オレはゾンビたちがやってくる直前までこのホテルが停電してないことを疑ってたんだっけ。
放送に何か効果を乗せるなら、停電させるわけにいかないよな。
……疑いのピースが揃い過ぎて、本当に気持ち悪い。罠ぽい。
だが、気になる。
「どうせ他に手掛かりなんてないんだからな」
今のところ敵の手掛かりはない。
闇雲に探し回るより、何をすればいいか、目的を決めた方が動きやすくなる。
「これで、終わり!」
オレは思考しながら、最後の一撃を放った。
目の前で頭を潰されて倒れていくゾンビ。
そいつが倒れた後には、開けた視界だけがあった。
これでゾンビは一掃された。
床に倒れる、頭を潰された無数のゾンビの死体。
そして、床に広がる赤黒い液体。それはゾンビが生きていた証だ。
やっぱり、ゾンビの死体って表現は変だよなぁ。
オレはロビーラウンジのステージのような場所に目を向けた。
少女の姿は消えていた。
オレが最後のゾンビに手を掛けた瞬間にアルモニカの音が止んでいたから、まあ、予想通りだ。
ゾンビたちを葬っていたオレの爪が自分に向かうのを恐れて逃げたのだろう。
「じゃ、館内放送を管理してる場所を目指してみるか」
オレが歩き出すと、血に濡れた床は湿った音を立てた。
そこの一段高くなっている、ステージのような場所。
オレが音の発生源に目を向けると、そこにはアルモニカを演奏する白づくめの少女の姿があった。
あいつ、まだこの周辺をウロチョロしてやがったのかよ。
オレが泣いて……ちょっと落ち込んでる間にどこかに逃げたと思ってたんだが。
澄んだ音色。
アルモニカの音は家族風呂で放送を通して聞いた音よりも心地良く聞こえた。
不快に感じるギリギリの快感は相変わらずだが、音に厚みというか、複雑さがある。
音楽鑑賞なんて崇高な趣味はオレには無いが、それでもスピーカーを通しての音と生演奏の違いを感じられた。
「……あいつが演奏してたのかよ」
演奏家もちゃんといて、この少女も演奏できたんだと考えるよりは、最初からこの少女が演奏していたと考えた方がしっくりくる。
どうもあの放送自体、襲撃に利用していた感じもあるしな。
家族風呂で聞いた放送では、たしか世界に数人の著名な演奏家とか言っていた記憶があるが、それは適当な偽装だろう。
年齢的に考えて、少女が名の売れた演奏家であるはずがない。
オレは少女を一瞬だけ睨み付け、すぐに視線を戻す。
今のオレはゾンビに囲まれている。気配だけでもある程度対処ができるが、よそ見できる余裕はあまりない。
戦闘に生演奏BGMとかどこの映画だよ?
あの少女は敵側。
だとすれば、この音楽はゾンビたちを奮い立たせる応援の音楽なのだろうか?
オレは引き続きゾンビたちの頭を潰していく。
飛び散る血飛沫。肉片。
澄んだ不気味さのあるアルモニカの音が、汚らしい打撲音とゾンビの悲鳴を引き立たせる。
オレは黙々とゾンビを倒していくが、戦いに集中すればするほど、アルモニカの音色が気になっていく。
研ぎ澄まされた精神が、どうしても音を拾ってしまう。
その内に、オレは家族風呂で聞いた放送のアルモニカの音と、今聞いている生演奏との違いが気になった。
「……音が足りないな……」
呟きながらも、オレはゾンビの頭を潰す。
放送で聞いた音色には、虫の音とも蚊の羽音ともつかない音が混ざっていたはずだ。
それが、今のアルモニカの音には無い。
そういや、虫の音は日本人にしか聞こえないって話を聞いたことがあるな。
日本人と外国人では虫の音を認識する脳の範囲が違うせいだとか。
日本人は虫の音として聞き取るため認識できるが、外国人は雑音の一種として聞いているので認識できないとか。
つまり人間の脳は、無意識に必要な音と不必要な音をより分けるフィルターが備わっているという説だ。
それから、携帯電話で虫の音は聞こえないって話もあるな。
携帯電話は人間の声を伝えるのに特化していてその周波数に絞って機能させているので、そこから外れる周波数の虫の音は聞こえないとか。
周波数。
犬笛という物を知っているだろうか?
人間には聞こえない周波数の音を鳴らし、聞き取れる犬にだけ反応させて指示を出す道具。
獣化した時のオレの耳も、人間には聞こえない周波数の音を聞き取れる。だとしたら、あれは人間に聞こえない音だったのか?
種族が違うなんて極端な話じゃなくても、モスキート音というのがある。
人間は年を取ると聴力が衰えて聞き取れる音の範囲が狭まってしまう。その結果、若い時だけ聞こえる音というのが出て来てしまう。
その音が蚊の羽音の様なので、モスキート音と言われている。
これもやはり、聞き取れる周波数の違いだ。
……聞き取れるはずなのに、聞き取れない音か……。
「そんなこと、考えてる場合じゃないだろ」
オレは自分の思考がバカバカしくなって、呟いた。
戦うことに集中しないといけない状況なのに、どうしてもその考えが気になった。
認識できない物を使って人間を操る技術が持て囃された時代があったらしいな。
サブリミナル効果ってやつだ。
人間の認識の範囲外で知覚させることで人を操る技術。
映画のたった一コマ、一秒にも満たない瞬間に「ジュースを飲め」「ポップコーンを食べろ」という命令を紛れ込ませると、その映画を上映した劇場のジュースとポップコーンの売り上げが上がったという実験で知られていた。
昭和の時代には本当に効果がある様に扱われていたが、現在はデマでそんな効果はないという意見の方が多数派のはずだ。
でも、今でも広告やテレビ放送での使用を禁止している国も多いらしい。
「聞こえない音。放送。サブリミナル……。敵の洗脳……。揃い過ぎてるな」
ここまで揃うと、ミスリードのために準備されたヒントみたいだな。
でも、まあ、調べてみる価値があるか。
そういや、オレはゾンビたちがやってくる直前までこのホテルが停電してないことを疑ってたんだっけ。
放送に何か効果を乗せるなら、停電させるわけにいかないよな。
……疑いのピースが揃い過ぎて、本当に気持ち悪い。罠ぽい。
だが、気になる。
「どうせ他に手掛かりなんてないんだからな」
今のところ敵の手掛かりはない。
闇雲に探し回るより、何をすればいいか、目的を決めた方が動きやすくなる。
「これで、終わり!」
オレは思考しながら、最後の一撃を放った。
目の前で頭を潰されて倒れていくゾンビ。
そいつが倒れた後には、開けた視界だけがあった。
これでゾンビは一掃された。
床に倒れる、頭を潰された無数のゾンビの死体。
そして、床に広がる赤黒い液体。それはゾンビが生きていた証だ。
やっぱり、ゾンビの死体って表現は変だよなぁ。
オレはロビーラウンジのステージのような場所に目を向けた。
少女の姿は消えていた。
オレが最後のゾンビに手を掛けた瞬間にアルモニカの音が止んでいたから、まあ、予想通りだ。
ゾンビたちを葬っていたオレの爪が自分に向かうのを恐れて逃げたのだろう。
「じゃ、館内放送を管理してる場所を目指してみるか」
オレが歩き出すと、血に濡れた床は湿った音を立てた。
1
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する
黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。
だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。
どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど??
ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に──
家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。
何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。
しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。
友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。
ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。
表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、
©2020黄札
怪異相談所の店主は今日も語る
くろぬか
ホラー
怪異相談所 ”語り部 結”。
人に言えない“怪異”のお悩み解決します、まずはご相談を。相談コース3000円~。除霊、その他オプションは状況によりお値段が変動いたします。
なんて、やけにポップな看板を掲げたおかしなお店。
普通の人なら入らない、入らない筈なのだが。
何故か今日もお客様は訪れる。
まるで導かれるかの様にして。
※※※
この物語はフィクションです。
実際に語られている”怖い話”なども登場致します。
その中には所謂”聞いたら出る”系のお話もございますが、そういうお話はかなり省略し内容までは描かない様にしております。
とはいえさわり程度は書いてありますので、自己責任でお読みいただければと思います。
不動の焔
桜坂詠恋
ホラー
山中で発見された、内臓を食い破られた三体の遺体。 それが全ての始まりだった。
「警視庁刑事局捜査課特殊事件対策室」主任、高瀬が捜査に乗り出す中、東京の街にも伝説の鬼が現れ、その爪が、高瀬を執拗に追っていた女新聞記者・水野遠子へも向けられる。
しかし、それらは世界の破滅への序章に過ぎなかった。
今ある世界を打ち壊し、正義の名の下、新世界を作り上げようとする謎の男。
過去に過ちを犯し、死をもってそれを償う事も叶わず、赦しを請いながら生き続ける、闇の魂を持つ刑事・高瀬。
高瀬に命を救われ、彼を救いたいと願う光の魂を持つ高校生、大神千里。
千里は、男の企みを阻止する事が出来るのか。高瀬を、現世を救うことが出来るのか。
本当の敵は誰の心にもあり、そして、誰にも見えない
──手を伸ばせ。今度はオレが、その手を掴むから。
【全64話完結済】彼女ノ怪異談ハ不気味ナ野薔薇ヲ鳴カセルPrologue
野花マリオ
ホラー
石山県野薔薇市に住む彼女達は新たなホラーを広めようと仲間を増やしてそこで怪異談を語る。
前作から20年前の200X年の舞台となってます。
※この作品はフィクションです。実在する人物、事件、団体、企業、名称などは一切関係ありません。
完結しました。
表紙イラストは生成AI
ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿
加来 史吾兎
ホラー
K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。
フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。
華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。
そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。
そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。
果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。
鈴ノ宮恋愛奇譚
麻竹
ホラー
霊感少年と平凡な少女との涙と感動のホラーラブコメディー・・・・かも。
第一章【きっかけ】
容姿端麗、冷静沈着、学校内では人気NO.1の鈴宮 兇。彼がひょんな場所で出会ったのはクラスメートの那々瀬 北斗だった。しかし北斗は・・・・。
--------------------------------------------------------------------------------
恋愛要素多め、ホラー要素ありますが、作者がチキンなため大して怖くないです(汗)
他サイト様にも投稿されています。
毎週金曜、丑三つ時に更新予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる