上 下
29 / 42

29 散らかさない 中

しおりを挟む
 食事をしたことで体調は戻って来ている。
 それでも大量に血を失った影響はまだ残っており、万全とは言い難い。感覚的には、六割と言ったところか。

 今が夜だったことが、せめてもの救いだな。
 夜はバケモノであるオレの時間。月の満ち欠けと同じように、昼と夜はオレの生理に影響を与える。

 そのことが……オレをさらに苛立たせる。
 だけど、今は、それが役に立ってくれる。

 オレが気配の主たちを待ち構えていると、ロビーに人影が入って来た。
 女か……。

 ロビーに入って来たのは、女性の集団だった。
 ざっと見て、数十人。全員がこのホテルの制服を着ている。

 今までと同じでいかにもモンスターじみた見た目の連中がやって来ると思っていたが、外見は人間そのものだった。

 「…………予算不足の映画かよ」

 オレは思わず半笑いで吐き捨てた。

 予算のないB級映画で多くのモンスターを出そうとすればこれだろう。ちょっとした特殊メイクで怪物として認識してもらえるしな。

 ゾンビ。
 人間が見た目そのままに変化した怪物。
 顔色と動きが人間離れしているだけ。

 敵さんも予算不足か?
 それとも低コストで量産したってことか?いや、コストとかの概念があるのかは知らないけど。

 「なんか……間抜けだな」

 ホテルの中はしっかり明かりが点いている。
 当然ながら、夜と言っても明るい。
 そんな中をゾンビが歩いてくるのだから、間が抜けて見えた。

 やっぱ、ゾンビは薄暗い中を歩いてこないと迫力が無い。

 そういや、敵の連中はホテルを制圧したのに照明とかそのまんま放置してるんだな。まったく停電する気配がない。
 こういう場合、外部へ連絡取られないように手っ取り早く通信系を断つために電源を殺したりするんだが……。

 だとしたら……。

 「たすけて……」
 「いたい……」
 「……つらいの……」

 焦点の合っていないどころか黒目がどこかに行ってしまった目、死斑が浮かぶ青白い肌。
 何かにすがろうとしているような、頼りない歩き方。

 口々に助けを求める言葉を伝えてくる。
 なんだよ、今、何かを思いついた気がしたのに、気を取られて忘れちゃったじゃないか。

 「うざいな」

 オレはその姿を見つめ、吐き捨てた。
 ゾンビらしい悲痛な姿だが、同情して近付けばガブリと噛みついてくるのだろう。
 定番過ぎる。

 それにしても、女ばっかりかよ。
 ひょっとしてオレって、女に優しいやつだと思われたのか?女なら手加減するとでも?

 確かにオレは、期間限定セフレの麻衣子さんが洗脳されてると知っても殺そうとしなかった。白づくめの少女に手をかけても殺さなかった。

 だからと言って女に甘いと思われたら困るな。
 オレの基準は自分との関わりの深さだ。深い関りを持っていないやつらは、正直どうでもいい。
 普段は紳士を気取って女性に優しくするようにしているが、命の危険があるような状態でマナーを気にする気はない。

 それだけに、自分でもなぜあの少女が殺せなかったのか疑問なのだが……。
 まあいい。気の迷いだ。

 「……あなたの、おにくをちょうだい……」
 「たべれば、いやされるの……」
 「くわせろ!」
 「にくを、くわせろ!」
 「くわぜろぉぉおおお!!」

 ロビーに入って来たゾンビたちの一団は、そんなことを言いながら絶叫し、走り出した。

 「なるほど、そういう設定なのか」

 ゾンビって、色々な設定があるよな。
 人間を襲う理由付けも様々だ。
 どうやらここにいる連中は、人間を食うと痛みが癒されるって設定らしい。

 「くわせろ!!」
 「うるせーよ、近付くな」

 オレは走り寄って来るゾンビたちを、回し蹴りで一気に払い飛ばす。

 まだ死にたててで腐ってないからか、それとも見た目がゾンビなだけで死んでないのか。
 どっちか分からないがゾンビから腐臭はしない。
 だからと言って近付かれて気分の良いものではない。

 それに中にはすでに食事済みなのか、口の周りを血で汚している連中もいる。
 ホテル内に漂ってる血の臭いは、こいつらが撒き散らしているらしい。

 オレの回し蹴りで吹っ飛ばされたゾンビは壁に打ち付けられ、鈍い音と共に骨が折れ、肉が潰れる。
 血も飛び散って壁や床を汚した。

 「なんだ、見た目がゾンビなだけで生きてたのか?」

 壁に打ち付けられたゾンビの内、手足の骨折程度のやつらは再び立ち上がった。
 だが、内臓や頭に損傷があるような……致命傷を負ったやつらは復活してこない。

 つまり、ゾンビなのに死ぬ直前までは生きていたということなのだろう。
 言い回しが変だし、それはゾンビと呼べるのかって問題はありそうだけど。

 ただ、ケガの痛みは感じていないらしく、死んだゾンビ以外は流血しながらも平然としている。

 「じゃあ、頭を潰すのが一番手間がかからないな」

 ムカデと一緒だ。
 特に量を捌かないといけない時は、それに限る。

 ゾンビは量産型怪物なのだろう。
 まだまだ押し寄せてくる気配がある。
 オレの感覚が確かなら、百人以上はいそうだ。

 このホテルの従業員は、三百人ほど。
 清掃員や警備員などの派遣業者はいるだろうし、明日オープンってことで出入りの業者などもいた可能性もある。
 今日は休んでいる者、夜間勤務者やフレックスですでに帰宅していた者なども考えて増減はあるだろうが、まあおおよそそれくらいの人数はいたと考えていいだろう。

 どうやら敵さんはオレを倒すために使える人員の半分ほどを割いてくれたらしい。
 豪気だね。

 オレもその心意気に答えないといけないな。

 「来いよ」

 オレはゾンビたちを挑発する。

 「くわせろ!」
 「にくを、ぞうもつを、のうを、くわせろ!」

 オレの挑発に、後からロビーに入って来たゾンビたちも押し寄せてくる。
 丁寧に行こうか。

 オレは拳を突き出す。
 足技は雑になるし、大人数の敵向きじゃないからな。

 「まず、一体」

 オレはゾンビの一体の頭を殴り割った。

 人間の頭蓋骨って意外と固いんだよ。上手く殴らないと叩き割るのは難しい。
 固定されているのならともかく、立って歩いてるやつだと首が殴った力を逃がしてしまうからな。
 ゾンビは血を撒き散らしながら膝を折ってその場に崩れ落ちた。

 オレは殴った勢いそのまま、身体を反転させて近くのゾンビの側頭部に裏拳を叩きこむ。
 ゾンビは吹っ飛ぶが、頭蓋骨はちゃんと割れてくれたらしい。血と脳漿が帯を引いて宙に弧を描いた。

 返り血がオレの身体を汚す。
 血の臭いが、オレの鼻を突く。

 オレが殴る瞬間を狙って、背後から別のゾンビが襲い掛かってくる。
 その動きは人間の動きとしても素早い。獣の動きだ。
 まったく、オレのイメージするゾンビの動きじゃない。

 唾液に濡れた歯を剥いてオレの肩に噛みつこうとするのを避け、オレは肘をそいつの後頭部に打ち込んだ。
 鋭い鈍器と化したオレの肘は骨と共に首の肉を断ち、動脈を裂いたのだろう、真っ赤な血を噴水の様に噴出した。

 むせ返る血の臭い。
 オレの白い髪が赤く染まっていく。

 風呂での戦いの後、服を着る前にざっと血をシャワーで洗い流したのに台無しだ。

 オレに群がって来るゾンビたち。
 襲い掛かってくる手を、歯を避けながら頭を潰していく。

 それでも次々とどこからか集まって来るゾンビの数は、減っているように見えない。

 百人じゃ、済まなさそうだな。
 オレの頑張りを評価して、増員されたか?

 「…………いや、これは……」

 三十人ほど倒した時、オレは気が付いた。

 これ、オレも虐殺の片棒を担がされてるよな?
 
 敵の目的は、ホテルの関係者の皆殺し。
 目的が達せられるなら、手段は問わないのだろう。

 それなら一番効率が良いのは、同士討ち。
 つまり、今のオレたちの状況だ。

 敵は殺す予定だった連中に簡単な改造を施してオレにぶつけるとことで、オレに処刑人の役割とさせている。

 「クソっ」

 オレは噛み付こうとしてきたゾンビの頭をまた潰す。
 それに気が付いたからと言って、オレにできることは襲い掛かってくる連中を殺すことだけ。

 手を緩めれば、オレが負ける。
 それこそ、敵の思う壺だ。

 オレという強敵を倒した後はゾンビ同士で潰し合いをさせればいいだけ。
 強い洗脳を施せるのだから、敵はそれが出来るはずだ。
 
 それなら、オレがゾンビを全滅させて、敵も潰した方が意味がある。
 オレもスッキリするしな。

 不意に。

 フォンという、スピーカーのハウリング音のような音が鳴った。

 「なんだ?」

 オレはまた館内放送かと思って舌打ちをする。
 だが、それは違っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい
ファンタジー
 メソポタミア辺りのオリエント神話がモチーフの、ダークな異能バトルものローファンタジーです。以下あらすじ  超能力を持つ男子高校生、鎮神は独自の信仰を持つ二ツ河島へ連れて来られて自身のの父方が二ツ河島の信仰を統べる一族であったことを知らされる。そして鎮神は、異母姉(兄?)にあたる両性具有の美形、宇津僚真祈に結婚を迫られて島に拘束される。  同時期に、島と関わりがある赤い瞳の青年、赤松深夜美は、二ツ河島の信仰に興味を持ったと言って宇津僚家のハウスキーパーとして住み込みで働き始める。しかし彼も能力を秘めており、暗躍を始める。

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

怪異相談所の店主は今日も語る

くろぬか
ホラー
怪異相談所 ”語り部 結”。 人に言えない“怪異”のお悩み解決します、まずはご相談を。相談コース3000円~。除霊、その他オプションは状況によりお値段が変動いたします。 なんて、やけにポップな看板を掲げたおかしなお店。 普通の人なら入らない、入らない筈なのだが。 何故か今日もお客様は訪れる。 まるで導かれるかの様にして。 ※※※ この物語はフィクションです。 実際に語られている”怖い話”なども登場致します。 その中には所謂”聞いたら出る”系のお話もございますが、そういうお話はかなり省略し内容までは描かない様にしております。 とはいえさわり程度は書いてありますので、自己責任でお読みいただければと思います。

不動の焔

桜坂詠恋
ホラー
山中で発見された、内臓を食い破られた三体の遺体。 それが全ての始まりだった。 「警視庁刑事局捜査課特殊事件対策室」主任、高瀬が捜査に乗り出す中、東京の街にも伝説の鬼が現れ、その爪が、高瀬を執拗に追っていた女新聞記者・水野遠子へも向けられる。 しかし、それらは世界の破滅への序章に過ぎなかった。 今ある世界を打ち壊し、正義の名の下、新世界を作り上げようとする謎の男。 過去に過ちを犯し、死をもってそれを償う事も叶わず、赦しを請いながら生き続ける、闇の魂を持つ刑事・高瀬。 高瀬に命を救われ、彼を救いたいと願う光の魂を持つ高校生、大神千里。 千里は、男の企みを阻止する事が出来るのか。高瀬を、現世を救うことが出来るのか。   本当の敵は誰の心にもあり、そして、誰にも見えない ──手を伸ばせ。今度はオレが、その手を掴むから。

ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿

加来 史吾兎
ホラー
 K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。  フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。  華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。  そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。  そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。  果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。

鈴ノ宮恋愛奇譚

麻竹
ホラー
霊感少年と平凡な少女との涙と感動のホラーラブコメディー・・・・かも。 第一章【きっかけ】 容姿端麗、冷静沈着、学校内では人気NO.1の鈴宮 兇。彼がひょんな場所で出会ったのはクラスメートの那々瀬 北斗だった。しかし北斗は・・・・。 -------------------------------------------------------------------------------- 恋愛要素多め、ホラー要素ありますが、作者がチキンなため大して怖くないです(汗) 他サイト様にも投稿されています。 毎週金曜、丑三つ時に更新予定。

夜のトトロの森で真っ黒なおじさんに追いかけられた話

Yapa
ホラー
夜、おれは虫とりに行った。そしたら、真っ黒おじさんに追いかけられた。

処理中です...