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26 テーブルマナーを守ろう 前
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オレはフラフラになりながらも、気絶している赤鬼こと谷口を縛って芋虫状態した。
いつ意識を取り戻すか分からないから、赤鬼の拘束は最優先だった。
縛るのに使ったのは、近くにあった消火栓の消火用ホースだ。
世界一不運な男が映画でビルからバンジージャンプするのにも使ったものだから、頑丈さでは定評があるんだろう。そう簡単には引き千切れないはずだ。
本当にグルグル巻きにしてあるからそう簡単には千切れないだろう。
縛り終わると、オレはその場に座り込み息を大きく吐いた。
血が足りない。
腹減った。
なんとか立ち上がり、脱衣場まで移動するとそこに置いてあったビールやジュースを片っ端から喉に流し込んだ。
せめてもう少し月齢が進んでくれていれば、回復も早いのにな。
どれだけ飲んでもすぐに吸収されてしまうのか、腹に溜まる感覚が無い。固形物が欲しいな。
できれば肉。
デカい肉の塊が露天風呂の所に芋虫状態で転がってるが、あれを食うわけにいかないしな。
とりあえず、風呂場から出たら食堂に向かうか。
何んでもいいから、食いたい。
……それにしても静かだ。
阿鼻叫喚の事態になるかと思ったが、オレの耳が拾える範囲では悲鳴の一つも上がっていない。
襲撃は無かったのか?
皆殺しにはされてない?
先ほどの館内放送で流された音楽が合図だと思ってたんだが、オレの予想が外れていたのか?
それならいいんだが。
放送はとっくに止まっていた。
色々と必死になっていたせいか、気が付いたら何も聞こえなくなっていた。
突然途切れたという違和感はなかったので、自然な感じで終わったのだろう。
今いる家族風呂や大浴場があるエリアは、ホテルの端の一番静かな位置にある。
そのせいで悲鳴が聞こえてこないだけかもしれない。リゾートホテルだけあって、このホテルは防音が行き届いているしな。
逆に言えば、この家族風呂で大騒ぎしても気付かれにくいということだろう。
だからこそ、敵はオレと赤鬼を戦わせる場に選んだのか。
……支配人が黒幕とかないよな?
家族風呂に入れたがっていてわざわざ小動物系の男性従業員を配置までして誘導したのは、支配人だ。
いや、支配人も操られていたと考えた方が妥当か?
水分補充したおかげで、少しだけ体調は戻った。
だが、まだ足りない。
とにかく肉、肉が食いたい。
オレは頭の中のホテルの地図を探る。
ここから一番近い肉がありそうな場所は、ロビーラウンジかな?
軽食しか出せない場所だが、ハムくらいはあるだろう。明日から客が入るということで、食材の搬入も済んでいるはずだ。
ロビーに向かうか。
オレは最後のビールを口に流し込み、缶を投げ捨てた。
服……着ないとマズイよな?めんどくせぇ。獣化するとしばらくは何故か服を着るのが鬱陶しく感じるんだよな。
獣化の悪い副作用だ。
仕方がなしに血塗れの身体をざっとシャワーで洗ってから服を着てサンダルを履いて、家族風呂を出る。
風呂があるエリアを出ても、静かだった。
不気味なくらいだ。人がまったくいない。
オレは歩みを進める。
ロビーに近付いた時、どこかから血の臭いがした。
ああ、やっぱり虐殺は始まっていたのか。近付くまで感じられなかったのは、高品質の空調のおかげか?
この感じ、かなり多くの人数が殺されてるな。
血の匂いで現場の特定も容易だ。これだけ殺しているなら、犯人の追跡もできるだろう。
「……まあ、メシが先だ」
オレはスルーすることにした。
流石に今は無理だからね。何か先に食わないと、満足に動けない。
今だって、時々足の力が抜けてコケそうになるんだ。
オレはそのままロビーへと向かった。
ロビーにもロビーラウンジにも、人の気配はなかった。何者かが潜んでいる気配もない。
ここに居た人間は、逃げられたのかな?
いや……そういう希望は持たないでおこう。
麻衣子さんは皆殺しと言っていた。何らかの手段でこのホテルから出られないようにしているかもしれない。
現時点でこのホテルにいたのは、ホテルの関係者ばかり。
オーナーや支配人の命令を騙れば、全員を一か所に集めることも可能だ。
ロビーラウンジには、何事も起こっていないようにテーブルや椅子が整然と並んでいた。
そして、一番目立つ一段高くなった場所には、例の楽器だ。
アルモニカ……だっけ?
オレが家族風呂で赤鬼と格闘していた時に演奏されていた楽器だ。
箱状になった部分の蓋が開いており、中のガラスのお椀を重ねたオブジェのような物が見えていた。
「……そういや……どこにいったんだ?」
疑問に思って、オレは思わず呟いた。
ほんの少し前まで、この楽器を演奏していたはずだ。
演奏者はどこにいったんだ?
それに、演奏を中継していた連中は?
どこかに連れ去られたんだろうか?
演奏者は完全に巻き沿いだよな。
無事なことを祈っておこう。
オレはロビーラウンジを抜け、調理場に入る。
小さな調理場だが、それなりの設備はあるようだ。これは期待できるな。
オレは調理場奥の冷蔵庫を開ける。
業務用の大きい冷蔵庫には、あまり食材は入っていなかった。
ロビーラウンジだけあって、ケーキやフルーツなんかが多く入ってると思ったが、それらは無かった。
そりゃそうか。そういう生ものは明日の朝にでも運び込まれるのだろう。
有ったのは真空パックされたソーセージやベーコン、あとは卵くらいだ。
日持ちがして小さな調理場でもすぐに調理できるものくらいだ。手間がかかる物はメインの食堂の調理場で加工して持ち込むのかもな。
まあ、これで十分か。
オレはありったけのソーセージとベーコンを両手に抱えて持ち出す。
ロビーラウンジのテーブルに持ち出した物を置き、椅子に座る。
座る時に少し足が震えた。
体力の限界だな。
ソーセージのパックを破り、手掴みで一本取りだす。
大丈夫だ。風呂上がりだから手はキレイだ。
ソーセージはどこかの牧場の手作り品らしい。さすがにリゾートホテルだけあって良い食材を使ってるな。
この地方で作られたものだろうか?
「いただき……」
オレが大口を開けて食らいつこうとした時。
「お腹を壊すわ」
不意に、声がかかった。
いつ意識を取り戻すか分からないから、赤鬼の拘束は最優先だった。
縛るのに使ったのは、近くにあった消火栓の消火用ホースだ。
世界一不運な男が映画でビルからバンジージャンプするのにも使ったものだから、頑丈さでは定評があるんだろう。そう簡単には引き千切れないはずだ。
本当にグルグル巻きにしてあるからそう簡単には千切れないだろう。
縛り終わると、オレはその場に座り込み息を大きく吐いた。
血が足りない。
腹減った。
なんとか立ち上がり、脱衣場まで移動するとそこに置いてあったビールやジュースを片っ端から喉に流し込んだ。
せめてもう少し月齢が進んでくれていれば、回復も早いのにな。
どれだけ飲んでもすぐに吸収されてしまうのか、腹に溜まる感覚が無い。固形物が欲しいな。
できれば肉。
デカい肉の塊が露天風呂の所に芋虫状態で転がってるが、あれを食うわけにいかないしな。
とりあえず、風呂場から出たら食堂に向かうか。
何んでもいいから、食いたい。
……それにしても静かだ。
阿鼻叫喚の事態になるかと思ったが、オレの耳が拾える範囲では悲鳴の一つも上がっていない。
襲撃は無かったのか?
皆殺しにはされてない?
先ほどの館内放送で流された音楽が合図だと思ってたんだが、オレの予想が外れていたのか?
それならいいんだが。
放送はとっくに止まっていた。
色々と必死になっていたせいか、気が付いたら何も聞こえなくなっていた。
突然途切れたという違和感はなかったので、自然な感じで終わったのだろう。
今いる家族風呂や大浴場があるエリアは、ホテルの端の一番静かな位置にある。
そのせいで悲鳴が聞こえてこないだけかもしれない。リゾートホテルだけあって、このホテルは防音が行き届いているしな。
逆に言えば、この家族風呂で大騒ぎしても気付かれにくいということだろう。
だからこそ、敵はオレと赤鬼を戦わせる場に選んだのか。
……支配人が黒幕とかないよな?
家族風呂に入れたがっていてわざわざ小動物系の男性従業員を配置までして誘導したのは、支配人だ。
いや、支配人も操られていたと考えた方が妥当か?
水分補充したおかげで、少しだけ体調は戻った。
だが、まだ足りない。
とにかく肉、肉が食いたい。
オレは頭の中のホテルの地図を探る。
ここから一番近い肉がありそうな場所は、ロビーラウンジかな?
軽食しか出せない場所だが、ハムくらいはあるだろう。明日から客が入るということで、食材の搬入も済んでいるはずだ。
ロビーに向かうか。
オレは最後のビールを口に流し込み、缶を投げ捨てた。
服……着ないとマズイよな?めんどくせぇ。獣化するとしばらくは何故か服を着るのが鬱陶しく感じるんだよな。
獣化の悪い副作用だ。
仕方がなしに血塗れの身体をざっとシャワーで洗ってから服を着てサンダルを履いて、家族風呂を出る。
風呂があるエリアを出ても、静かだった。
不気味なくらいだ。人がまったくいない。
オレは歩みを進める。
ロビーに近付いた時、どこかから血の臭いがした。
ああ、やっぱり虐殺は始まっていたのか。近付くまで感じられなかったのは、高品質の空調のおかげか?
この感じ、かなり多くの人数が殺されてるな。
血の匂いで現場の特定も容易だ。これだけ殺しているなら、犯人の追跡もできるだろう。
「……まあ、メシが先だ」
オレはスルーすることにした。
流石に今は無理だからね。何か先に食わないと、満足に動けない。
今だって、時々足の力が抜けてコケそうになるんだ。
オレはそのままロビーへと向かった。
ロビーにもロビーラウンジにも、人の気配はなかった。何者かが潜んでいる気配もない。
ここに居た人間は、逃げられたのかな?
いや……そういう希望は持たないでおこう。
麻衣子さんは皆殺しと言っていた。何らかの手段でこのホテルから出られないようにしているかもしれない。
現時点でこのホテルにいたのは、ホテルの関係者ばかり。
オーナーや支配人の命令を騙れば、全員を一か所に集めることも可能だ。
ロビーラウンジには、何事も起こっていないようにテーブルや椅子が整然と並んでいた。
そして、一番目立つ一段高くなった場所には、例の楽器だ。
アルモニカ……だっけ?
オレが家族風呂で赤鬼と格闘していた時に演奏されていた楽器だ。
箱状になった部分の蓋が開いており、中のガラスのお椀を重ねたオブジェのような物が見えていた。
「……そういや……どこにいったんだ?」
疑問に思って、オレは思わず呟いた。
ほんの少し前まで、この楽器を演奏していたはずだ。
演奏者はどこにいったんだ?
それに、演奏を中継していた連中は?
どこかに連れ去られたんだろうか?
演奏者は完全に巻き沿いだよな。
無事なことを祈っておこう。
オレはロビーラウンジを抜け、調理場に入る。
小さな調理場だが、それなりの設備はあるようだ。これは期待できるな。
オレは調理場奥の冷蔵庫を開ける。
業務用の大きい冷蔵庫には、あまり食材は入っていなかった。
ロビーラウンジだけあって、ケーキやフルーツなんかが多く入ってると思ったが、それらは無かった。
そりゃそうか。そういう生ものは明日の朝にでも運び込まれるのだろう。
有ったのは真空パックされたソーセージやベーコン、あとは卵くらいだ。
日持ちがして小さな調理場でもすぐに調理できるものくらいだ。手間がかかる物はメインの食堂の調理場で加工して持ち込むのかもな。
まあ、これで十分か。
オレはありったけのソーセージとベーコンを両手に抱えて持ち出す。
ロビーラウンジのテーブルに持ち出した物を置き、椅子に座る。
座る時に少し足が震えた。
体力の限界だな。
ソーセージのパックを破り、手掴みで一本取りだす。
大丈夫だ。風呂上がりだから手はキレイだ。
ソーセージはどこかの牧場の手作り品らしい。さすがにリゾートホテルだけあって良い食材を使ってるな。
この地方で作られたものだろうか?
「いただき……」
オレが大口を開けて食らいつこうとした時。
「お腹を壊すわ」
不意に、声がかかった。
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