人虎は常に怪奇な騒動に巻き込まれる 

東堂大稀(旧:To-do)

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22 浴場のお湯を汚さない 中

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 「麻衣子さん!?」

 フロント担当にして期間限定セフレの麻衣子さんだった。
 麻衣子さん!?なにしに?
 というか、こんなところに来て大丈夫なのかよ?
 ちょっと嬉しいが、他の連中に見られたら、色々とバレる可能性が高いんじゃないか?

 オレの返した声は上ずってたかもしれない。
 ちょっとテンパり気味で考えを巡らしてたら、麻衣子さんの姿が見えた。

 全裸だ。
 風呂だもんな!当然!!
 オレのテンションは一気に上がった。

 麻衣子さんはタオルを片手に持ってるが、それで身体を隠そうともしない。
 露天風呂の中のオレを見つけると、にっこりほほ笑んだだけだ。

 そのまま歩いてくる。フロント担当を見た目で選んだんだろ?と言いたくなるくらい見事なスタイル。
 麻衣子さんはバランスの良い身体をしてるんだよな。
 細すぎず程よく肉付きもよくて、特に腰から尻にかけてのラインがオレ好みだ。褒めまくってたら尻フェチって言われたけどな!

 オレは思わず舐めるように麻衣子さんの全裸を見つめてしまった。
 これってお互い様だよな?オレも全裸だし。

 「こんなところに……」

 「来ていいのかよ?」と言いながら立ち上がろうとして、オレは下半身にお湯の抵抗を感じて立ち上がるのを途中で止める。
 オレの意思に関係なく、下半身が元気になっていた。

 それを見られるのは、ちょっと、なんとなく、恥ずかしい。
 ここのところ毎晩お相手をしてもらっていて今更だと言われそうだけど、それでも気恥ずかしさがある。
 発情期の色ガキみたいに見られるのは嫌だ。

 オレは立ち上がろうと浮かした腰を、もう一度落として露天風呂に浸かり直した。

 「こんなところに来て大丈夫なのかよ?」

 言い損なった言葉を無かったことにして、最初から言い直す。

 「貸切なんだから誰も来ないし、密会場所には良いと思わない?」
 「……確かに」

 麻衣子さんの身体を目で追ってるせいで、思考がまとまらないので適当に返しておく。
 もう来ちゃってるんだから考えるだけ無駄だしな。うん、今を楽しもう。

 麻衣子さんが露天風呂の浴槽に入ってくる。
 かかり湯くらいしろなんて無粋なことは言わない。言っちゃいけない。
 オレの視線の高さに麻衣子さんの股間やお尻がやってくる貴重な瞬間なんだ、そんなことを言ってる場合じゃない。
 オレの視線に明らかに気が付いてるんだろうが、麻衣子さんは嫌な顔一つせずに視線を受け入れ、オレの横に並んで座った。

 座る瞬間にちらりと湯の中のオレの股間を見て口元を緩めた気がするが、気にしないでおこう。

 「良いお湯ね」
 「うん」
 「景色も良いわね」
 「うん」
 「胸ばかり見るのやめてくれるかしら?あなた、尻フェチでしょ?」
 「うん」
 「このエロガキ」
 「うん」

 タオルで髪をまとめてるから、うなじも見えて艶っぽくていいよな。
 さて、ここからどうするのが一番洗練された良い男ぽい感じに見えるんだろうか?
 すでに胸とか尻とか股間とかガン見してる時点で手遅れな気もするが、そこはなんとか良い感じに持っていきたい。今は生唾を飲み込むのも必死に我慢してる。

 オレが無言でこういう場合のカッコイイ態度を思案しているのを、麻衣子さんが見ている。
 オレの顔を見ているように見えるが、視線は少しズレている。顔ではなく肩を見ている?

 オレは違和感を感じた。

 目の前にいるのは、間違いなく麻衣子さんだ。

 しかし、オレは間違いなく麻衣子さんに違和感を感じている。
 視線だけじゃない。何かが、ズレている。

 見た目も、声も、表情も、臭いも、間違いなく麻衣子さんだ。
 しかし、違う。

 「あら?気が付いちゃった?さすがね」

 麻衣子さんの視線は俺には向いていない。厳密に言えばオレには向いているんだが、オレの顔は見ていない。
 その視線は湯の中のオレの股間に向いていた。
 オレもその視線の先を見ると……なるほど、は正直だわ。
 そんなところでオレの感情を判別しないで欲しい。

 確かに違和感を感じたせいで、色々と萎えちゃったけど。

 「双子か?」
 「違うわよ?私は私。証明に虎児くんが好きな体位でも答えればいい?」

 悪戯っぽく笑う。

 「洗脳?」

 オレの言葉に、麻衣子さんは手で湯を弄んで笑みを強めるだけだった。

 ただの冗談の可能性もあるが、しかしオレは何故かこの麻衣子さんが昨日までの麻衣子さんと違う存在だと感じていた。

 洗脳。
 ふと思いついて口にしたが、麻衣子さんの態度でオレが言い当ててしまったことを悟る。

 肉体は変わっていない。オレの記憶と何一つ差異はない。
 それなのに何か変わっていると感じて、精神的な部分を疑ったのだ。

 しかし、洗脳を自覚していてこんなにリラックスしていることはあり得るんだろうか?
 感情すらもコントロールされているのか?

 オレが悩んでいる間、麻衣子さんは露天風呂を楽しんでいた。オレが何を考えていても構わないといった雰囲気だ。
 実際、どうでもいいのかもしれない。

 「それで、オレに近付いてきたということは、何か目的があるんだろ?」

 麻衣子さんが、小さく笑みを浮かべる。そして、そっとオレの股間に手を伸ばしてオレの一部を握り締めた。

 「貴方に最後の思い出を作ってあげようと思ってね」

 麻衣子さんの細い指が、蠢く。オレは思わず眉を寄せた。

 ね。オレが殺される前提かよ。物騒すぎるわ。
 オレをもてあそびながらそういう物騒なことは言わないでいただきたい。マジで、そこ、弱点だから。

 麻衣子さんからは殺気は感じない。オレに危害を加えそうな気配はない。
 だが、それで安心できるわけではない。感情すらコントロールできるなら、殺意も無く殺せるようにできるかもしれない。

 オレが大事な部分を人質に取られて身動きできずにいると、麻衣子さんは表情を緩めた。

 「ふふ……冗談よ」

 そう言いながらも、オレを弄ぶ手は止めてくれない。その動きは激しくなってくるが、オレはそれに反応を示すことはなかった。

 「……そうね、私はメッセンジャーに選ばれたの」
 「ここのオーナーを狙ってる連中だな?」

 それ以外ありえないが、確認は大事た。

 「はね、ちょっと復讐がしたいだけだそうよ」
 「……名前は?」

 麻衣子さんは、オレの問い掛けに答えてくれなかった。

 「だから、取引。貴方は見逃す、私たちは虎児くんにこれ以上の危害を加えない。どうかしら?」

 すっと、オレに密着する。
 そして、オレの肩に唇を落とした。

 「ねえ、肩と足のお肉を抉られたって聞いたんだけど、どうやって治したの?」

 ああ、肩に感じた妙な視線の理由はそれか。
 オレの肩の皮膚はキレイなまま。とても今日の午前中に怪物に齧られたなんて思えないだろう。

 「さあね」

 麻衣子さんだって、オレの問い掛けに答えてくれなかったんだ。オレが答える義務はない。

 「そう、秘密なのね」

 オレの返答に、麻衣子さんは短く残念そうに息を吐いた。
 触れているオレの一部を少し強めに握られたんだが、答えなかった仕返しだろうか?

 「虎児くんは計画を失敗に導く、イレギュラーらしいわよ。邪魔されると目的を果たせない可能性もあるから、そのために交渉しておきたかったそうよ」

 そんなことを言われてもな。

 「えらく評価が高いんだな?」
 「自分の側に引き込もうにも上手くできなかったらしいわよ。それで殺しちゃおうとたちを差し向けても、簡単に返り討ちにされちゃったらしいわね」

 味方にできなかったら殺しちゃおうなんて、どんだけヤバい奴なんだよ?
 しかし……。

 「引き込もうと?そんなことされた覚えがないんだが?」

 誰かにそういった事をされた記憶はない。
 少しでもそういう素振りを見せる人物がいれば、記憶に残っているはずだ。

 「やったらしいわよ?私みたいに洗脳しようとしたんじゃないかしら?」

 まったく記憶にないな。
 オレが気が付かないレベルで他人を洗脳できるってことか?
 それだと……このホテルやばくないか?下手するとオーナー以外全て洗脳済みなんてことも。いや、それ以前に……。

 「……谷口も洗脳されてるのか?」

 谷口が洗脳されて、自ら協力して姿を消したのなら、足取りがつかめなくなったのも当然だな。

 「谷口?ああ、虎児くんと一緒に来てた人ね?」

 麻衣子さんが不思議そうな顔でオレを見つめる。
 その表情で分かった。谷口のことは知らないようだ。

 「私が託かってきたのは、貴方に何もせずに帰って欲しいってことだけね。その谷口さんのことは知らないわ。受け入れるなら、お風呂を上がってからすぐに帰ってくれるかしら?」

 谷口の身柄はオレが手を引くための交渉材料にされるんだと思ったけど、そういう訳ではないらしい。
 交渉役の麻衣子さんが知らないということは、別の手段に利用されるのか?

 そうなると……嫌な考えになりそうだから、考えるのは後回しにするか。

 「もう一時間ほどでここは襲撃されるそうよ。本当は明日、オープニングのお客様が入ってから皆殺しにする予定だったらしいんだけど、虎児くんの所為で早まったそうよ。虎児くんは本当にお邪魔虫なのね」

 理由は分からないが、オレのお陰で死ぬ人間の数が減ったらしい。

 オレ、すごくね?
 オレはおとりになるためにウロウロと出歩いてただけなんだけどな。それが邪魔になってたのか。
 どこぞのキザ男より有能なんじゃね?

 「さて、これで私のお仕事は終わりね。虎児くんとセフレになっていて良かったわ。そのおかげでこの役目をする代わりに虐殺から逃がしてもらえるんだもんね」

 ああ、このホテルの従業員も皆殺しにする予定なのか……。
 そりゃ、オープニングレセプションに来る客を皆殺しにする予定だったのなら、従業員もタダでは済まないよな。
 あれか?坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって奴か。
 オーナーに関連する奴ら全てを憎んでいるのだろう。そこに理性はないな。厄介だ。

 「終わりって、オレまだ聞きたいことがあるんだけど……」

 オレは話を終わらせようとした麻衣子さんを引き留めた。

 「ダメよ。私は伝言以外は何も知らないし、知ってても口止めされてるわ」
 「そうか。でも最後の思い出は作ってくれるんだろ?」

 もうちょっと、悪足掻きをしてみよう。
 会話をして、引き出せる情報は引き出しておきたい。麻衣子さんがそれ以上の情報を与えられてないとしても、何らかの手掛かりがあるかもしれない。 

 「萎えちゃってるのに何を言ってるのかしら?」
 「イテッ!!」

 グリッとやられたグリッと!
 そういや、この人、噛みついたり嗜虐趣味があるんだった。急所を握られた状態ってマジでヤバくね?

 「こ、こ、こ、んなことされたら立つもんも立たないじゃねーか……」
 「いい女の裸を前にして萎えちゃってる礼儀知らずがいけないのよ?」

 オレ、マゾじゃないんだけどな。軽く噛まれるくらいは可愛く感じるけど、急所攻撃はやめていただきたい。

 麻衣子さんがオレの正面に移動してくる。
 向かい合わせにオレの膝の上に乗ると、片手をオレの首に回した。もう片方の手はオレの股間をまだ握っている。オレが胸を揉もうとしたら、首筋に爪を立てられた。

 その痛みと、挑発するような視線の意味は、オレに動くなと言っているのだろう。征服欲が強いのか、あえてオレをマグロにして責めるのもやられたな。

 ちらり、赤く濡れた舌が唇から覗いた。
 仕事用の薄化粧が逆に艶やかだった。

 オレの唇に、麻衣子さんの唇が重なる。
 潜り込んできた舌をオレも出迎え、絡めた。
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