人虎は常に怪奇な騒動に巻き込まれる 

東堂大稀(旧:To-do)

文字の大きさ
上 下
14 / 42

14 お仕事の邪魔をしない 前

しおりを挟む
 カーテンを開けっぱなしにしていたので、朝日に起こされた。
 まだ六時か……。

 早朝だというのに、大きな窓から差し込む光はすでに強い。夏の日差しだな。
 エアコンが効いているのにジリジリ肌を焼いてる気すらする。大きく欠伸をしてベッドで上半身を起こす。
 前髪を掻き上げると、指先からこぼれるオレの白い髪が朝日を反射してキラキラと輝いていた。

 大きな窓から目に入ってくるのは、湖と新緑の山々だ。
 さすがリゾートホテルだけあって、風景は良い。ホテル周辺で泥臭い淀んで腐ったような事件が進行しているとしても、自然が心地いいのは変わらないよな。ダムで作った人工湖だけど。

 オレの寝起きの頭はいつも少しボケている。基本、オレは夜行性なんだよ。
 それを無理して朝型に切り替えてるから、スッキリとした目覚めにはなりにくいんだ。悪意を向けられたりしたら一瞬で目が覚めて飛び起きられるんだけど、そんな起こされ方はしたくない。

 心地いい雰囲気の中で少し寝ぼけつつトイレに行こうとして、そこで一気に不快な気分になった。
 隣のベッドに、妙な芋虫が転がっていた。
 手足を縛られ、口に猿轡さるぐつわをされた谷口だ。
 パンツ一枚の姿で、谷口は気持ちよさそうに眠っていた。

 「えーと」

 事件性は無さそうだよな?
 つうか、こんな近くで事件が起こっててオレが目を覚まさないはずがない。

 …………そう言えば、オレ、夜中に何かした気がする。
 たしか夜中に轟音が聞こえて来て目を覚まして……隣のベッドが原因だと気付いて……寝ボケながら……。

 そうだ、谷口のイビキだ。
 こいつ、デカい図体に似合う爆音の様なイビキをかいてやがったんだ。
 それに気付いたオレは、半分寝ボケながらクッションを投げ付けた。それでも谷口は起きないので、目に付いたカーテンを留める紐で猿轡をかませた。
 それを寝たまま谷口が外そうとしたので、同じくカーテンを留める紐で手足を縛ったのだ。

 ……って、完全にオレの犯行だな。
 
 「なさけねーな。これくらいの紐なら解くか千切るかしろよ」

 とりあえず、責任転嫁をして一人で呟いてみる。だが、それで状況が変わる訳でもない。
 オレは谷口をそのままにして、トイレに入った。

 「さて、と」

 トイレに腰掛け、用を足しながらオレは考える。
 谷口は縛ってから目を覚ましてない感じだし、縛ってある紐を解いて何事も無かったような素振りをすれば問題ないかな?

 手足に縛った後が残るだろうが、気付かれても惚けておけばバレないだろう。
 そうしよう。

 「んんんんんん!ぅーーーーー!」

 そう考えた途端に、トイレの外から盛大に喚き声が上がった。
 ちっ、このタイミングで目を覚ますのかよ。もう少し待ってろよ。

 どうやら谷口が起きてしまったらしい。
 さて、この部屋は密室。中にはオレと谷口しかいない。犯人はどう考えてもオレだ。
 誤魔化しようがない。

 頭を軽く掻いてから、トイレの水を流してオレは外に出た。

 途端に、非難の喚き声と、オレを責める視線が突き刺さる。

 「あー。すまん。イビキがうるさかった」

 オレはちゃんと謝罪ができる人間だからな。まず謝っておこう。

 「んんんっ!うううう!!」
 「ちゃんと謝っただろ?」

 謝ったというのに、谷口はさらに喚き散らした。
 
 「イビキをかく谷口が悪い」
 「ううううう!」
 「何言ってるか分かんねーよ」
 「んんっ!」
 「言いたいことがあるなら、ちゃんと言えよ」
 「うんんん!!」

 寝ていたのだから当然だが、谷口はサングラスをしていない。柴犬の様な目を潤ませて、オレに何かを訴えかけている。
 明らかに、オレを責めてるな。
 そういう面倒な奴は、放置だ放置。

 オレは谷口を放置して、朝食を食べることにした。
 文句を言われながら飯を食うなんて嫌だからな。解放は朝食の後でいいだろう。

 朝食はルームサービスで頼めるように手配してあると支配人が言っていたので、内線代わりの端末を操作してルームサービスを頼む。
 電話を掛けるわけではなく、タッチパネル方式で便利だ。

 武士の情けで二人分のモーニングセットを頼み、オレはシャワーを浴びることにした。

 そしてシャワーから出たところでタイミングよく、来訪を告げるチャイムが鳴った。

 「はいはい」

 オレがドアを開けると、カートを引いた男性の客室係がいた。

 「お料理をお持ちしました。失礼します」

 にこやかに挨拶して、客室係はカートを部屋の中に運び込む。
 カートの上にはモーニングセット。
 喫茶店なんかのしょぼいトーストじゃなく、籠に大量に入ったパン、皿に盛られたオムレツや焼いたソーセージなどの料理、サラダにフルーツなど盛りだくさんだ。
 ただのオレンジジュースすら美味そうに見える。

 オレはそれをワクワクしながら見つめた。

 だが、客室係は部屋に入った途端に、顔を曇らせた。
 客室係は一か所を見つめてから、スッと視線を逸らした。

 逸らした瞬間まで視線を向けられていたのは、ベッドの上だ。

 しまった……。
 谷口を縛ったままだった。

 谷口は失態を見られたくないのか身体を丸めているが、あんな巨大な身体が目立たない訳が無い。
 しかもこちらに背を向けているせいで、カラフルな背中の刺青が丸見えだ。目立ちまくる。

 最悪なことに、オレはシャワーから上がって来たばかり。つまり、半裸で腰にバスタオルを巻いているだけの状態だったりする。

 「あー、えーと」
 「お気になさらずに。私は何も見ていません」

 ホテルの部屋は客のプライベートスペースだ。部屋の中で見たことは口外しないのはホテルマンの基本中の基本である。あくまで基本だけど。

 このホテルも例にもれず、まだオープン前だというのにしっかりと教育されているのだろう。
 客室係は引き攣りながらも笑顔を浮かべて言ってくれた。

 だが、その気遣いがキツイ。
 むしろ、言い訳させてくれ。

 A・犯罪の現場
 B・特殊な性癖
 さて、どちらだと思われたんだろう?
 オレの名誉のためにぜひ犯罪の現場だと思っておいて欲しい。マジで、頼むから。犯罪なら噂されても問題ないから。

 客室係は何度か手を滑らしたりしながらもテーブルの上に配膳を済ませ、部屋から出て行った。
 最後にオレを見る目は完全に怯えていた。
 部屋を出てドアを閉めた直後に廊下を走る音がしたから、慌てて管理職にでも報告に行くんだろう。支配人が上手く処理してくれることを祈ろう。

 とりあえず、飯だな……。
 オレはほんのちょっと自尊心に傷を受けながら、まだ湯気を上げている朝食を食べることにした。
 
 うるさい奴の呻き声に邪魔されるのは嫌だからな、大音量でテレビを点ける。
 もちろん視線もテレビに固定。食事中は谷口の方には向けない。

 ゆっくり朝食を食べてから身支度をし、部屋を出る寸前で谷口を解放した。

 「最っ低だな!クソガキ!!」

 解放した瞬間に、吐き捨てるように言われた。
 いや、元々お前がオレの部屋に勝手に押しかけてきて、夜中に轟音でイビキをかき始めたのが原因だろ?

 オレは谷口に目もくれず、手を軽く振って答える。

 「さっさと帰れよ?」
 「帰りますよ!」

 今にも胸倉を掴んできそうな勢いだが、そんなことはしてこない。
 実力差を理解している証拠だ。弱い犬ほど吠えるもんだ。

 オレは直接的に何かをしたことはないが、谷口はオレとの実力差をしっかりと理解している。
 そのオレが今回の仕事は厄介だと言い、谷口が足手纏いになると宣言した。

 その状況で居残るほど谷口はバカではない。
 素直に帰ってくれるだろう。

 バイバイという意味を込めてもう一度軽く手を振ると、オレは部屋を出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

アポリアの林

千年砂漠
ホラー
 中学三年生の久住晴彦は学校でのイジメに耐えかねて家出し、プロフィール完全未公開の小説家の羽崎薫に保護された。  しかし羽崎の家で一ヶ月過した後家に戻った晴彦は重大な事件を起こしてしまう。  晴彦の事件を捜査する井川達夫と小宮俊介は、晴彦を保護した羽崎に滞在中の晴彦の話を聞きに行くが、特に不審な点はない。が、羽崎の家のある林の中で赤いワンピースの少女を見た小宮は、少女に示唆され夢で晴彦が事件を起こすまでの日々の追体験をするようになる。  羽崎の態度に引っかかる物を感じた井川は、晴彦のクラスメートで人の意識や感情が見える共感覚の持ち主の原田詩織の助けを得て小宮と共に、羽崎と少女の謎の解明へと乗り出す。

トゴウ様

真霜ナオ
ホラー
MyTube(マイチューブ)配信者として伸び悩んでいたユージは、配信仲間と共に都市伝説を試すこととなる。 「トゴウ様」と呼ばれるそれは、とある条件をクリアすれば、どんな願いも叶えてくれるというのだ。 「動画をバズらせたい」という願いを叶えるため、配信仲間と共に廃校を訪れた。 霊的なものは信じないユージだが、そこで仲間の一人が不審死を遂げてしまう。 トゴウ様の呪いを恐れて儀式を中断しようとするも、ルールを破れば全員が呪い殺されてしまうと知る。 誰も予想していなかった、逃れられない恐怖の始まりだった。 「第5回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました! 他サイト様にも投稿しています。

限界集落

宮田 歩
ホラー
下山中、標識を見誤り遭難しかけた芳雄は小さな集落へたどり着く。そこは平家落人の末裔が暮らす隠れ里だと知る。その後芳雄に待ち受ける壮絶な運命とは——。

歩きスマホ

宮田 歩
ホラー
イヤホンしながらの歩きスマホで車に轢かれて亡くなった美咲。あの世で三途の橋を渡ろうとした時、通行料の「六文銭」をモバイルSuicaで支払える現実に——。

【完】意味が分かったとしても意味のない話 外伝〜噂零課の忘却ログ〜

韋虹姫 響華
ホラー
噂話や都市伝説、神話体系が人知れず怪異となり人々を脅かしている。それに対処する者達がいた。 エイプリルフールの日、終黎 創愛(おわり はじめ)はその現場を目撃する。怪異に果敢に立ち向かっていく2人の人影に見覚えを感じながら目の当たりにする非日常的光景────。 そして、噂の真相を目の当たりにしてしまった創愛は怪異と立ち向かうべく人並み外れた道へと、意志とは関係なく歩むことに────。 しかし、再会した幼馴染のこれまでの人生が怪異と隣り合わせである事を知った創愛は、自ら噂零課に配属の道を進んだ。 同時期に人と会話を交わすことの出来る新種の怪異【毒酒の女帝】が確認され、怪異の発生理由を突き止める調査が始まった。 終黎 創愛と【毒酒の女帝】の両視点から明かされる怪異と噂を鎮める組織の誕生までの忘れ去られたログ《もう一つの意味ない》がここに────。 ※表紙のイラストはAIイラストを使用しております ※今後イラストレーターさんに依頼して変更する可能性がございます

真名を告げるもの

三石成
ホラー
松前謙介は物心ついた頃から己に付きまとう異形に悩まされていた。 高校二年に進級をした数日後、謙介は不思議な雰囲気を纏う七瀬白という下級生と出会う。彼は謙介に付きまとう異形を「近づくもの」と呼び、その対処法を教える代わりに己と主従の契約を結ぶことを提案してきて…… この世ならざるものと対峙する、現代ファンタジーホラー。

岡●県にある●●村の●●に関する話

ちょこち。
ホラー
岡●県の、とある村について少しでも情報や、知ってる事がある方が居れば、何卒、教えて頂けると幸いです。

処理中です...