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12 イライラを他人にぶつけない 前

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 今回の雇い主であるホテルオーナーとの初顔合わせは、和やかなムードで終わった。

 ……なわけがない。
 どことなくギスギスドロドロした感じで無理やり終わらせた。
 あのキザ長谷川は苦手なタイプだ。

 たぶん、インテリぶっているが、あいつも脳筋だぞ。
 強敵を見つけてぶっ潰す瞬間を思い浮かべてワクワクするタイプだ。
 そういう奴は何度も見ているので直感で分かる。

 とりあえず、オーナーの了承も得て、明日からオレは自由に動いて敵の正体を調べることになった。

 そのためにこのホテルの全ての場所への出入りの自由をちゃんと取り付けてある。
 それにかこつけて従業員スペースでナンパしたりはしないからな!

 オレがホテルの部屋のドアの前に立つと同時に、ピーと短い電子音がして鍵が開く。

 オレが持っている客室備付けの端末が鍵の代わりをしていて、キーレスで開錠が可能になっていた。

 ホテルの端末ではなくBluetooth機能があるスマホなら専用アプリをダウンロードし、パスを登録すれば同じように鍵として使えるらしい。
 いかにもリゾートホテルと言う金のかけ方だね。
 もちろん普通のカードキーも使用できるので、端末のバッテリー切れなどの問題が出た時のためにカードキーも持ち歩いてくれとは言われたが、あまり出番はなさそうだ。

 オレが部屋に入りリビングに入ると、嫌なものが目に入った。

 「あ、虎児さん」

 なにが「あ、」だよ。
 何でこいつがこの部屋にいるんだよ?
 オレは露骨に眉を寄せて嫌な顔を作ってやった。

 部屋の中には谷口がいた。
 しかも全裸だ。

 いや、違うか。サングラスだけは身に付けている。 
 バスタオルを首に掛け、髪が湿っているので風呂上りだろう。なら、サングラスを掛けるなよ。
 そもそも、その首のバスタオルで隠すべきところを隠せ。オレの前でブラブラさせてるんじゃねぇ!

 オレが真面目に仕事して疲れて戻って来たのに、リラックスしやがって。

 「……自分の部屋に戻れ」

 オレはそれだけ言うと睨みつけて無言の圧力をかける。
 だが、谷口は軽く首を傾げるだけだった。

 「え?オレの部屋?」
 「取ってもらってるんだろ?ここはオレの部屋だぞ?」
 「え?ベッドも二つありますよ?」
 「……」

 オレは頭を抱えた。

 「……まさか、同室だとか言わないよな?他の部屋なんて山ほどあるだろ?まだこのホテルはオープン前なんだぞ?客も入ってないんだから、どこでも泊まりたい放題だろ!?」
 「えっ……。ここに案内されましたよ?」

 こいつを同室にした犯人はあの支配人か?そうだな?そうに違いない。
 ケチりやがって。

 「今からでも別の部屋を……」
 「えー。そんな無駄な事をしなくても良いじゃないですか。こんなに広いのに。それにもうシャワーを浴びちゃいましたから、今から服を着て移動するなんて嫌です」
 「口答えするな!つうか、パンツ履け!!」
 「オレ、部屋では裸で過ごす主義なんです。裸族なんですよ」
 「知るか!!」

 オレが怒鳴っても、谷口は部屋を移動する気が無いらしくソファーに座ってテレビを点けた。
 こいつ、オレのこと舐めてるだろ?叩きのめして放り出してやる……。

 と、思ったものの、全裸の男に触れるなんて嫌だ。
 殴って気絶させても担ぎ上げないといけないし、意識のあるままで抵抗されて組み合うなんてのも嫌だ。

 服を着てる時に全力で叩きだしてやる……。

 「だいたい、虎児さんは人を遠ざけ過ぎなんですよ。本部でも一人で離れに引きこもってて、他の人とあんまり接しないし。たまにはこうやって一緒の部屋で誰かと過ごすのも良いじゃないですか」
 「うるせえ」

 こいつ、故意犯わざとだな。おせっかいめ。

 谷口の言う本部と言うのは、騒動処理人の本部のことだ。
 本部はトップであるオレのクソ親父の邸宅の敷地内にあるので、つまるところ、オレの家でもある。
 
 オレの家には裏山に面した離れがあり、そこが丸ごとオレの部屋代わりだった。
 オレが離れには限られた人間以外出入りさせないので、谷口はコミュ障の引きこもりだと思い込んでいるんだろう。

 オレ、大学ではけっこう社交的なんだぞ?日本画専攻の大虎とか言われて、割と有名人だ。
 家にいる連中は頭がおかしいから関わりたくないだけなんだよ。

 それに、オレの本質を知ってる人間じゃないと、身内でも色々騒ぎになりそうだしな。

 「今日だけだからな」

 オレは大きくため息をつきながら、そう宣言した。
 谷口は、満足そうに口元を歪めた。
 きっと、サングラスの下の人の良さそうな目も笑っているのだろう。見えないけどな。
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