人虎は常に怪奇な騒動に巻き込まれる 

東堂大稀(旧:To-do)

文字の大きさ
上 下
4 / 42

4 置いてあるものを勝手に触らない 後

しおりを挟む
 「それに触らないください!!」

 慌てた声がかかった。
 声の方を見ると支配人がいた。

 仕立ての良いスーツを着て、髪をぴっちりオールバックにした痩躯の中年だ。
 いかにも神経質そうで、他の従業員が掃除したところを指先で擦って「まだホコリが付いてますね」とかやりそうな感じだ。
 オレとは確実に仲良くはなれないタイプ。
 実際、オレに対して常に不審げな目を向けている。

 「ごめんごめん」

 ハンドルを回しながら言う。やっぱり何も起こらないな。ちょっと楽しくなってきた。

 「やめていただけますか!」

 支配人が駆け寄ってくる。いや、壊さないよ?回してるだけだし。
 何も起こらないけどオレが壊したわけじゃないぞ?

 支配人の顔が怒りで赤くなってきたので、オレは手を止める。
 怒りっぽいのはサービス業に向いてないんじゃないか?ピリピリしてると下で働く者にまで影響出るぞ?
 サービスに影響が出たらホテルとしては致命的だぞ?

 オレはハンドルから手を離して、両手を上げ、もう触ってないと分かり易くジェスチャーしてみせる。なんか今にも胸倉に掴みかかってきそうな雰囲気だった。

 「で、これ、なに?」
 「貴重な物なのです!」

 口調が荒い。やっぱりサービス業に向いてないよ。

 「いや、なに?」

 貴重な物かどうかなんて聞いてない。
 支配人は一度大きく息を吸うと、気を落ち着かせるためか、片手でネクタイを締めるような動作をした。

 「これは、アルモニカです。グラスハーモニカとも呼ばれています。十八世紀に発明されヨーロッパで流行した楽器です。濡らした手を回転部分のガラスに擦りつけることで音を発します。十九世紀前半には製造されなくなり、約百年、八十年代にアメリカで復興されるまで幻の楽器と言われておりました。しかし、これはその幻と言われていた百年間に製造された可能性が高く、歴史的にも大変価値があるものです」

 なんかマニュアル丸暗記みたいな解説ありがとう。

 「なるほどね。楽器なのか」

 濡れた手でガラスを擦る楽器ね。どんな音がするんだろう?
 ちょっと興味あるけど、演奏したら支配人の血管が切れそうなのでやめておく。気が向いたら深夜にでもやってみよう。

 「本来はショーケースに入れて展示しておくものなのですが、オープニングレセプションで演奏していただく予定なのでこちらに置いてあります。お触れにならないようにおねがいします」

 あきらかに警戒されたなー。
 やっぱり仲良くはなれそうにないな。オレはいつでもフレンドリーでウエルカムなんだけどな。

 自分の言葉にオレが素直に返事を返さないのが気に食わないか、支配人はオレの顔を睨みつけるように見てくる。
 オレはそれにニッコリと笑顔で返した。
 支配人はあきらめた様に大きくため息をついた。

 客の前でため息とか、支配人がやることじゃないよな。

 「お部屋の準備ができました。ご案内します。オーナーはまだ手があかないそうでして、お会いできるのは夜になるそうです。準備ができましたら連絡をさせていただきますので、お部屋でお待ちください。ご夕食はホテル内のレストランで取れるように手配しておきますが、和、洋、中などのご希望はございますでしょうか?」
 「中華」

 即答する。和食は家で食えるし、洋食は気分じゃない。
 困ったときは中華。これは全世界共通の安全パイだよな。

 「承りました。中華レストランを利用できるようにしておきます。まだオープン前の研修期間中ですので、食材が限られておりますがご了承ください。場所は……」
 「それは分かるから大丈夫」

 だてに暇つぶしにパンフレットを読んでいたわけじゃない。主要施設の位置関係は把握してる。
 仕事でも必要な知識だしね。

 「そうですか。では、十七時より準備させていただきますので、それ以降にいらしてください。その時に店の料理人にお声掛けをお願いします」
 「わかった」

 依頼人……このホテルのオーナーと一緒に食事とかにならなくて良かった。そういうの面倒で嫌いなんだよな。
 食事は楽しんで食いたい主義だ。
 ただ、オープン前なら客はオレ一人になるのだろう。それはそれで寂しい。
 誰か一緒に食事してくれる女性を準備してくれとか言ったら、この支配人はブチ切れるだろうか?
 試してみたい衝動もあるけどやめておこう。
 さっきのコーヒーをくれた美人を誘ったら来てくれないかな?

 「お風呂は、申し訳ありませんが大浴場はご利用できません。お部屋のものをご利用ください」
 「はいはい」

 そりゃ、そうだよな。研修期間に大浴場に湯を張るほど無駄なことはないだろう。なんでも湖に臨む露天風呂があるらしくてちょっと入ってみたかったけどな。
 もし仕事がオープンまで伸びたら入れるかな?
 いや、話を聞いたら依頼を断って帰るつもりだったんだ。

 依頼の二股はルール違反だし、あのキザ男と一緒に仕事はしたくない。

 「何か他にご質問はありますか?」
 「近くにスマホを買えるところがないかな?ちょっと事情があってぶっ壊れてね」

 スマホがないと色々面倒だ。暇つぶしもできやしない。

 「スマートフォンですか……。あいにく未だ、このあたりにはこのホテルしかございません。車で三十分ほどかけて近くの街に行く必要がございます。ただ……その代わりと言いますか、館内と主要な場所に設置されている無料Wi-Fiの届く範囲限定になりますが、客室に設置された内線兼用の端末をスマートフォン代わりにお使いいただけます」

 そんなサービスがあるのか。内線兼用というのもありがたいな。

 「へえ。じゃ、それを持ってたらそちらからの連絡もそれに?」
 「はい。持ち歩いていただけますと、連絡がスムーズになりますので私どももありがたいです」
 「じゃあ、そうさせてもらう」

 とりあえず、スマホの問題は無くなったな。
 まあ、仕事を断って帰るまでの繋ぎだが。

 「他にご質問は?」
 「たぶん、ない」

 今の時点ではね。

 それにオレが知りたいことはオーナー様に会った時に分かるはずだ。それまでは、ゆっくりさせてもらおう。
 一応、リゾートホテルだ。オープン前で中途半端にしか揃ってないみたいだけどな。

 「では、お部屋に案内させていただきます。お荷物はあちらの物が全てですか?」

 支配人は先ほどまでオレが座っていたソファーの横を指した。そこには一個のキャリーバックが置かれていた。
 もちろんオレの荷物だ。
 たいしたものは入っていない。着替えと、仕事用のスーツだけ。

 「そうだ」
 「では、ご案内します」

 支配人はオレの荷物を持ち、先に進んでいく。オレはその後を追いかける。
 エレベーターで上がり、案内された部屋は上層階のジュニアスイートの部屋だった。
 
 二人掛けのソファーやダイニングテーブルが並ぶ広々としたリビングルーム、併設されているベッドルームにはキングサイズのベッドが二つ並んでいる。
 窓は全て湖に面しており、景色も良い。

 まあ、どんなに良い部屋でも依頼を断るとなったら使わずに帰ることになるんだろうが。

 「では、後程オーナーの準備ができましたら連絡させていただきます。それまでごゆっくりお過ごしください」

 一礼すると支配人は忙しそうに出て行った。

 さて、まずはシャワーを浴びるか。
 タオルで拭ったが、オレの腕からはまだ怪物の血の匂いがしている。スッキリさせたい。
 それから、周囲の散策でもするか。

 オレは部屋の窓から見える景色に目を向ける。
 そこには大きな湖と、その周囲の木々が広がっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

【完結済】僕の部屋

野花マリオ
ホラー
僕の部屋で起きるギャグホラー小説。 1話から8話まで移植作品ですが9話以降からはオリジナルリメイクホラー作話として展開されます。

アポリアの林

千年砂漠
ホラー
 中学三年生の久住晴彦は学校でのイジメに耐えかねて家出し、プロフィール完全未公開の小説家の羽崎薫に保護された。  しかし羽崎の家で一ヶ月過した後家に戻った晴彦は重大な事件を起こしてしまう。  晴彦の事件を捜査する井川達夫と小宮俊介は、晴彦を保護した羽崎に滞在中の晴彦の話を聞きに行くが、特に不審な点はない。が、羽崎の家のある林の中で赤いワンピースの少女を見た小宮は、少女に示唆され夢で晴彦が事件を起こすまでの日々の追体験をするようになる。  羽崎の態度に引っかかる物を感じた井川は、晴彦のクラスメートで人の意識や感情が見える共感覚の持ち主の原田詩織の助けを得て小宮と共に、羽崎と少女の謎の解明へと乗り出す。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

【短編集】エア・ポケット・ゾーン!

ジャン・幸田
ホラー
 いままで小生が投稿した作品のうち、短編を連作にしたものです。  長編で書きたい構想による備忘録的なものです。  ホラーテイストの作品が多いですが、どちらかといえば小生の嗜好が反映されています。  どちらかといえば読者を選ぶかもしれません。

[全221話完結済]彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる

野花マリオ
ホラー
ーー彼女が語る怪異談を聴いた者は咲かせたり聴かせる 登場する怪異談集 初ノ花怪異談 野花怪異談 野薔薇怪異談 鐘技怪異談 その他 架空上の石山県野花市に住む彼女は怪異談を語る事が趣味である。そんな彼女の語る怪異談は咲かせる。そしてもう1人の鐘技市に住む彼女の怪異談も聴かせる。 完結いたしました。 ※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。 エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。 表紙イラストは生成AI

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...