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3 置いてあるものを勝手に触らない 前
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黒峰湖ホテル・ピックノワールは、山々に囲まれた黒峰湖畔に建つ自然の美しさを楽しめる観光ホテルです。
雄大な眺めを楽しめる二十階建てファミリー向けの本館に加え、数寄屋造りの純和風建築の別館でゆったりとした特別な時間をお楽しみいただくこともできます。
だ、そうです。以上、パンフレットより。
オレはそのホテル・ピックノワールのロビーにいた。
ほとんどの家具や設備には埃避けの白いシーツみたいな布がかけられていて、使える状態になってるのはオレが今座っているソファーとテーブルのワンセットのみ。
なんというか、すっごく寂しい。
まだ昼間だから寂しい程度で済んでいるが、夜なんて絶対お化け屋敷みたいな雰囲気にちがいない。
壁際にあるアンティークぽいガラス花瓶にも花は活けられてないし、照明も半分ぐらいしかついてない。そしてもちろん、人がいない。
このホテルのオープンは約一週間後の週末の予定だった。
オープン間近と言うことで時々研修をしている従業員は通るが、もちろん接客してくれるわけじゃない。
オレをここに通した支配人も、お部屋の準備をしますと言ったきり消えてしまった。
かれこれ三十分は待ってるよな?
フロントで研修をしていた、ちょっと性格がキツそうなオレ好みの美人が気を利かせてコーヒーを出してくれたが、もう空になってる。
コーヒーが入っているのは自販機用のロゴの入った紙コップだ。
給湯室すら稼働していないのだろう。
近くに自販機はなさそうだから、離れたところの職員用の自販機で買って来てくれたのかもしれない。
あの美人さんを次に見かけたらお礼を言っておこう。オレにコーヒーを渡した後は、どこかへ行ったっきり戻ってくる気配すらないけど。
フロント脇にあったホテルのパンフレットを読むのも飽きたぞ。
スマホがあれば暇つぶしができるのだが、オレのは銃弾を受け止めて壊れたままだ。投げ捨てたので、たぶん、車の後部シートにでも転がっているだろう。
谷口のを奪っておけばよかった……。
「ふにゅーーーーー!」
ため息と欠伸が混ざった叫びを上げて、オレはソファーに背を預けた。
異形の怪物に襲われ、キザ男たちと出会った後、オレはこのホテルに移動していた。
あのキザ男たちはオレの予測通り、仕事関係の人間だった。
キザ男はそのことを知っていたが、オレの実力が見たくて他の連中には黙っていたらしい。
「すまないね」とキザったらしい微笑みを浮かべながら言われた。
いや、すまないじゃねーよ。オレ、銃で撃たれてたんだが?
どうやら仕事の依頼主が依頼の二股をしていたらしく、オレとキザ男は仕事仲間ということになるらしい。
……絶対に、嫌だけどな。
だが、まあ、あの異形の怪物は気になるし、依頼人への義理もあるので、とりあえず話だけは聞いておこうと思った。
そのためだけに、依頼主がいるこのホテルに移動してきたのだった。
移動はあの連中が少し離れたところに停めていた車でした。
谷口は壊れた車を修理業者に引き取ってもらうために、あの場で待たせることにした。谷口は修理業者と共に近くの駅のある町まで行って、そのまま帰る予定だ。
大したことが無い仕事だと思って谷口を連れてきたが、予想に反してかなりヤバい仕事らしい。
元々ただの運転手のつもりで連れて来たし、車が無くなった以上は帰らせるのが正解だろう。それに、話を聞いたら依頼をキャンセルしてオレも帰るつもりだ。
依頼の二股はルール違反だろう。
たまに複数のチームで組んで仕事をすることもあるが、そういう場合は事前に連絡するのがお約束だ。
あの異形の怪物の死体はというと、キザ男に任せて放置してきた。
まだ依頼内容すら聞いてないオレの知ったこっちゃない。
「はぁ……」
新しく出来るリゾートホテルで仕事なんて、休暇みたいなもんだと思ってたんだがなぁ……。
オレはやるせない気持ちを誤魔化すために、立ち上がった。
このまま暇を持て余してたら、余計な事まで考えそうだ。
外に出たらまずいかな?
ロビーの大きな窓からは庭越しに湖が見える。
こういうの何て言うんだ?オーシャンビューが海の眺めだからレイクビューか?
庭の端の方では庭師が黙々と植木を刈っている。見学に行ったら邪魔かな?
適当に歩き回り、ロビーのすぐ脇のロビーラウンジに入ってみる。
家具に埃除けの白い布がかかっているので、めくってみた。
ヨーロッパ風の高級家具なんだろうな。ソファーに張ってある生地も目の詰まったしっかりした布地で高そうだ。
今いるロビーは本館一階。
一階にはフロントとロビー、ロビーラウンジの他に、湖を臨む天然温泉の大浴場があるそうだ。以上、パンフレットより。
そういや支配人はオレが泊まる部屋を準備にし行ったみたいだけど、まさか純和風の別館の方じゃないだろうな?
オレの家がそういう感じだから、どうせ泊まるなら洋室が良い。
仕事をする場所との兼ね合いもあるだろうけど、希望が言える状況なら洋室にしてもらおう……って、言おうにもその支配人がまったく現れないんだけどなー。
ホント、どこまで行ったのやら。
ロビーラウンジのちょっと高い位置、ステージみたいになってるところに登ってみる。
真ん中にある大きい布がかかってるやつはグランドピアノだな。見るからにシルエットで分かる。
じゃあ、この小さいのは何だろう?
オレはピアノの横にある物を見る。
小さいと言っても一抱えは十分にある。オレの腹くらいの高さで電子ピアノにしては小さい。
布をめくってみたが、それでもよくわからない。
テーブルみたいな足の有る、四角い木箱?なんだこれ。
木箱状になってるものの蓋を開けてみる。
かなり古いものみたいだ。蓋にガタがきてる。
箱の中にはガラスのお椀みたいなものが並んでいた。ホント、なんだこれ?
ガラスのオブジェだろうか?
ガラスの椀が大きいのから小さいのまで重ねられている。
お椀状の物は真ん中に穴が開いているらしく、中心を鉄の棒が貫いて箱に固定されていた。
箱の横にはハンドルが付いているので、このガラスのオブジェは回転するらしい。
オレはハンドルを回してみる。ガラスのオブジェが回転したがそれだけだ。それ以外何も起こらない。
ハンドルが少し重いが、それはハンドルの根元にゴムベルトが取り付けられていて床に置かれたモーターに繋げられていたせいだった。
本来手回しする物を、最小限の改造でモーターで自動で回せるようにしたということだろう。
マジでなんだこれ?
雄大な眺めを楽しめる二十階建てファミリー向けの本館に加え、数寄屋造りの純和風建築の別館でゆったりとした特別な時間をお楽しみいただくこともできます。
だ、そうです。以上、パンフレットより。
オレはそのホテル・ピックノワールのロビーにいた。
ほとんどの家具や設備には埃避けの白いシーツみたいな布がかけられていて、使える状態になってるのはオレが今座っているソファーとテーブルのワンセットのみ。
なんというか、すっごく寂しい。
まだ昼間だから寂しい程度で済んでいるが、夜なんて絶対お化け屋敷みたいな雰囲気にちがいない。
壁際にあるアンティークぽいガラス花瓶にも花は活けられてないし、照明も半分ぐらいしかついてない。そしてもちろん、人がいない。
このホテルのオープンは約一週間後の週末の予定だった。
オープン間近と言うことで時々研修をしている従業員は通るが、もちろん接客してくれるわけじゃない。
オレをここに通した支配人も、お部屋の準備をしますと言ったきり消えてしまった。
かれこれ三十分は待ってるよな?
フロントで研修をしていた、ちょっと性格がキツそうなオレ好みの美人が気を利かせてコーヒーを出してくれたが、もう空になってる。
コーヒーが入っているのは自販機用のロゴの入った紙コップだ。
給湯室すら稼働していないのだろう。
近くに自販機はなさそうだから、離れたところの職員用の自販機で買って来てくれたのかもしれない。
あの美人さんを次に見かけたらお礼を言っておこう。オレにコーヒーを渡した後は、どこかへ行ったっきり戻ってくる気配すらないけど。
フロント脇にあったホテルのパンフレットを読むのも飽きたぞ。
スマホがあれば暇つぶしができるのだが、オレのは銃弾を受け止めて壊れたままだ。投げ捨てたので、たぶん、車の後部シートにでも転がっているだろう。
谷口のを奪っておけばよかった……。
「ふにゅーーーーー!」
ため息と欠伸が混ざった叫びを上げて、オレはソファーに背を預けた。
異形の怪物に襲われ、キザ男たちと出会った後、オレはこのホテルに移動していた。
あのキザ男たちはオレの予測通り、仕事関係の人間だった。
キザ男はそのことを知っていたが、オレの実力が見たくて他の連中には黙っていたらしい。
「すまないね」とキザったらしい微笑みを浮かべながら言われた。
いや、すまないじゃねーよ。オレ、銃で撃たれてたんだが?
どうやら仕事の依頼主が依頼の二股をしていたらしく、オレとキザ男は仕事仲間ということになるらしい。
……絶対に、嫌だけどな。
だが、まあ、あの異形の怪物は気になるし、依頼人への義理もあるので、とりあえず話だけは聞いておこうと思った。
そのためだけに、依頼主がいるこのホテルに移動してきたのだった。
移動はあの連中が少し離れたところに停めていた車でした。
谷口は壊れた車を修理業者に引き取ってもらうために、あの場で待たせることにした。谷口は修理業者と共に近くの駅のある町まで行って、そのまま帰る予定だ。
大したことが無い仕事だと思って谷口を連れてきたが、予想に反してかなりヤバい仕事らしい。
元々ただの運転手のつもりで連れて来たし、車が無くなった以上は帰らせるのが正解だろう。それに、話を聞いたら依頼をキャンセルしてオレも帰るつもりだ。
依頼の二股はルール違反だろう。
たまに複数のチームで組んで仕事をすることもあるが、そういう場合は事前に連絡するのがお約束だ。
あの異形の怪物の死体はというと、キザ男に任せて放置してきた。
まだ依頼内容すら聞いてないオレの知ったこっちゃない。
「はぁ……」
新しく出来るリゾートホテルで仕事なんて、休暇みたいなもんだと思ってたんだがなぁ……。
オレはやるせない気持ちを誤魔化すために、立ち上がった。
このまま暇を持て余してたら、余計な事まで考えそうだ。
外に出たらまずいかな?
ロビーの大きな窓からは庭越しに湖が見える。
こういうの何て言うんだ?オーシャンビューが海の眺めだからレイクビューか?
庭の端の方では庭師が黙々と植木を刈っている。見学に行ったら邪魔かな?
適当に歩き回り、ロビーのすぐ脇のロビーラウンジに入ってみる。
家具に埃除けの白い布がかかっているので、めくってみた。
ヨーロッパ風の高級家具なんだろうな。ソファーに張ってある生地も目の詰まったしっかりした布地で高そうだ。
今いるロビーは本館一階。
一階にはフロントとロビー、ロビーラウンジの他に、湖を臨む天然温泉の大浴場があるそうだ。以上、パンフレットより。
そういや支配人はオレが泊まる部屋を準備にし行ったみたいだけど、まさか純和風の別館の方じゃないだろうな?
オレの家がそういう感じだから、どうせ泊まるなら洋室が良い。
仕事をする場所との兼ね合いもあるだろうけど、希望が言える状況なら洋室にしてもらおう……って、言おうにもその支配人がまったく現れないんだけどなー。
ホント、どこまで行ったのやら。
ロビーラウンジのちょっと高い位置、ステージみたいになってるところに登ってみる。
真ん中にある大きい布がかかってるやつはグランドピアノだな。見るからにシルエットで分かる。
じゃあ、この小さいのは何だろう?
オレはピアノの横にある物を見る。
小さいと言っても一抱えは十分にある。オレの腹くらいの高さで電子ピアノにしては小さい。
布をめくってみたが、それでもよくわからない。
テーブルみたいな足の有る、四角い木箱?なんだこれ。
木箱状になってるものの蓋を開けてみる。
かなり古いものみたいだ。蓋にガタがきてる。
箱の中にはガラスのお椀みたいなものが並んでいた。ホント、なんだこれ?
ガラスのオブジェだろうか?
ガラスの椀が大きいのから小さいのまで重ねられている。
お椀状の物は真ん中に穴が開いているらしく、中心を鉄の棒が貫いて箱に固定されていた。
箱の横にはハンドルが付いているので、このガラスのオブジェは回転するらしい。
オレはハンドルを回してみる。ガラスのオブジェが回転したがそれだけだ。それ以外何も起こらない。
ハンドルが少し重いが、それはハンドルの根元にゴムベルトが取り付けられていて床に置かれたモーターに繋げられていたせいだった。
本来手回しする物を、最小限の改造でモーターで自動で回せるようにしたということだろう。
マジでなんだこれ?
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