人虎は常に怪奇な騒動に巻き込まれる 

東堂大稀(旧:To-do)

文字の大きさ
上 下
3 / 42

3 置いてあるものを勝手に触らない 前

しおりを挟む
 黒峰湖ホテル・ピックノワールは、山々に囲まれた黒峰湖畔に建つ自然の美しさを楽しめる観光ホテルです。
 雄大な眺めを楽しめる二十階建てファミリー向けの本館に加え、数寄屋造りの純和風建築の別館でゆったりとした特別な時間をお楽しみいただくこともできます。
 だ、そうです。以上、パンフレットより。

 オレはそのホテル・ピックノワールのロビーにいた。
 ほとんどの家具や設備には埃避けの白いシーツみたいな布がかけられていて、使える状態になってるのはオレが今座っているソファーとテーブルのワンセットのみ。

 なんというか、すっごく寂しい。
 まだ昼間だから寂しい程度で済んでいるが、夜なんて絶対お化け屋敷みたいな雰囲気にちがいない。

 壁際にあるアンティークぽいガラス花瓶にも花は活けられてないし、照明も半分ぐらいしかついてない。そしてもちろん、人がいない。

 このホテルのオープンは約一週間後の週末の予定だった。

 オープン間近と言うことで時々研修をしている従業員は通るが、もちろん接客してくれるわけじゃない。
 オレをここに通した支配人も、お部屋の準備をしますと言ったきり消えてしまった。

 かれこれ三十分は待ってるよな?
 フロントで研修をしていた、ちょっと性格がキツそうなオレ好みの美人が気を利かせてコーヒーを出してくれたが、もう空になってる。

 コーヒーが入っているのは自販機用のロゴの入った紙コップだ。
 給湯室すら稼働していないのだろう。
 近くに自販機はなさそうだから、離れたところの職員用の自販機で買って来てくれたのかもしれない。
 あの美人さんを次に見かけたらお礼を言っておこう。オレにコーヒーを渡した後は、どこかへ行ったっきり戻ってくる気配すらないけど。

 フロント脇にあったホテルのパンフレットを読むのも飽きたぞ。
 スマホがあれば暇つぶしができるのだが、オレのは銃弾を受け止めて壊れたままだ。投げ捨てたので、たぶん、車の後部シートにでも転がっているだろう。

 谷口のを奪っておけばよかった……。

 「ふにゅーーーーー!」

 ため息と欠伸が混ざった叫びを上げて、オレはソファーに背を預けた。

 異形の怪物に襲われ、キザ男たちと出会った後、オレはこのホテルに移動していた。
 あのキザ男たちはオレの予測通り、仕事関係の人間だった。

 キザ男はそのことを知っていたが、オレの実力が見たくて他の連中には黙っていたらしい。
 「すまないね」とキザったらしい微笑みを浮かべながら言われた。
 いや、すまないじゃねーよ。オレ、銃で撃たれてたんだが?

 どうやら仕事の依頼主が依頼の二股をしていたらしく、オレとキザ男は仕事仲間ということになるらしい。
 ……絶対に、嫌だけどな。

 だが、まあ、あの異形の怪物は気になるし、依頼人への義理もあるので、とりあえず話だけは聞いておこうと思った。
 そのためだけに、依頼主がいるこのホテルに移動してきたのだった。

 移動はあの連中が少し離れたところに停めていた車でした。

 谷口は壊れた車を修理業者に引き取ってもらうために、あの場で待たせることにした。谷口は修理業者と共に近くの駅のある町まで行って、そのまま帰る予定だ。

 大したことが無い仕事だと思って谷口を連れてきたが、予想に反してかなりヤバい仕事らしい。

 元々ただの運転手のつもりで連れて来たし、車が無くなった以上は帰らせるのが正解だろう。それに、話を聞いたら依頼をキャンセルしてオレも帰るつもりだ。
 依頼の二股はルール違反だろう。

 たまに複数のチームで組んで仕事をすることもあるが、そういう場合は事前に連絡するのがお約束だ。

 あの異形の怪物の死体はというと、キザ男に任せて放置してきた。
 まだ依頼内容すら聞いてないオレの知ったこっちゃない。

 「はぁ……」

 新しく出来るリゾートホテルで仕事なんて、休暇みたいなもんだと思ってたんだがなぁ……。

 オレはやるせない気持ちを誤魔化すために、立ち上がった。
 このまま暇を持て余してたら、余計な事まで考えそうだ。
 外に出たらまずいかな?

 ロビーの大きな窓からは庭越しに湖が見える。
 こういうの何て言うんだ?オーシャンビューが海の眺めだからレイクビューか?
 庭の端の方では庭師が黙々と植木を刈っている。見学に行ったら邪魔かな?

 適当に歩き回り、ロビーのすぐ脇のロビーラウンジに入ってみる。
 家具に埃除けの白い布がかかっているので、めくってみた。

 ヨーロッパ風の高級家具なんだろうな。ソファーに張ってある生地も目の詰まったしっかりした布地で高そうだ。

 今いるロビーは本館一階。
 一階にはフロントとロビー、ロビーラウンジの他に、湖を臨む天然温泉の大浴場があるそうだ。以上、パンフレットより。

 そういや支配人はオレが泊まる部屋を準備にし行ったみたいだけど、まさか純和風の別館の方じゃないだろうな?
 オレの家がそういう感じだから、どうせ泊まるなら洋室が良い。

 仕事をする場所との兼ね合いもあるだろうけど、希望が言える状況なら洋室にしてもらおう……って、言おうにもその支配人がまったく現れないんだけどなー。
 ホント、どこまで行ったのやら。

 ロビーラウンジのちょっと高い位置、ステージみたいになってるところに登ってみる。
 真ん中にある大きい布がかかってるやつはグランドピアノだな。見るからにシルエットで分かる。
 じゃあ、この小さいのは何だろう?

 オレはピアノの横にある物を見る。
 小さいと言っても一抱えは十分にある。オレの腹くらいの高さで電子ピアノにしては小さい。
 布をめくってみたが、それでもよくわからない。

 テーブルみたいな足の有る、四角い木箱?なんだこれ。

 木箱状になってるものの蓋を開けてみる。
 かなり古いものみたいだ。蓋にガタがきてる。
 箱の中にはガラスのお椀みたいなものが並んでいた。ホント、なんだこれ?

 ガラスのオブジェだろうか?
 ガラスの椀が大きいのから小さいのまで重ねられている。
 お椀状の物は真ん中に穴が開いているらしく、中心を鉄の棒が貫いて箱に固定されていた。

 箱の横にはハンドルが付いているので、このガラスのオブジェは回転するらしい。
 オレはハンドルを回してみる。ガラスのオブジェが回転したがそれだけだ。それ以外何も起こらない。
 ハンドルが少し重いが、それはハンドルの根元にゴムベルトが取り付けられていて床に置かれたモーターに繋げられていたせいだった。
 本来手回しする物を、最小限の改造でモーターで自動で回せるようにしたということだろう。

 マジでなんだこれ?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

アポリアの林

千年砂漠
ホラー
 中学三年生の久住晴彦は学校でのイジメに耐えかねて家出し、プロフィール完全未公開の小説家の羽崎薫に保護された。  しかし羽崎の家で一ヶ月過した後家に戻った晴彦は重大な事件を起こしてしまう。  晴彦の事件を捜査する井川達夫と小宮俊介は、晴彦を保護した羽崎に滞在中の晴彦の話を聞きに行くが、特に不審な点はない。が、羽崎の家のある林の中で赤いワンピースの少女を見た小宮は、少女に示唆され夢で晴彦が事件を起こすまでの日々の追体験をするようになる。  羽崎の態度に引っかかる物を感じた井川は、晴彦のクラスメートで人の意識や感情が見える共感覚の持ち主の原田詩織の助けを得て小宮と共に、羽崎と少女の謎の解明へと乗り出す。

タクシー運転手の夜話

華岡光
ホラー
世の中の全てを知るタクシー運転手。そのタクシー運転手が知ったこの世のものではない話しとは・・

歩きスマホ

宮田 歩
ホラー
イヤホンしながらの歩きスマホで車に轢かれて亡くなった美咲。あの世で三途の橋を渡ろうとした時、通行料の「六文銭」をモバイルSuicaで支払える現実に——。

ショートホラーストーリー「帰宅途中に」

『むらさき』
ホラー
短い短編です。帰宅途中などに読んでもらうと幸いです。

【ホラー】バケモノが、いる。 ー湖畔の森ー

鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
大学四年生の夏休み、七虹(ななこ)はH県のS高原にいた。 頼りない自分を変えたくて、たったひとりで、新しい世界に飛び込むために。 そこで出会ったのは、椿(つばき)という人懐っこい少女と、大和(やまと)という美少年。 謎の多い椿と大和、そして『グロススタジオ』という会社のメンバーと合流した七虹は、湖のある森の中のログハウスで過ごす。 その夜、湖に行った宿泊客のひとりが姿を消す。 その湖には、人間を喰う『人魚』がいるという噂があった……。 * 超弩級のB級ホラー(バトル要素もある)です。 志知 七虹(しち ななこ) /主人公 木瀬 椿(きせ つばき) 大和 柊(やまと ひらぎ) /謎の多い少女と少年 仁藤 健太(にとう けんた) /グロススタジオの責任者 四条 剛樹(しじょう ごうき) 伍川 圭助(ごかわ けいすけ) 六人部 雄一(むとべ ゆういち) /グロススタジオの関係者(男) 一ノ宮 蓮絵(いちのみや はすえ) 三井 果蘭(みつい からん) /グロススタジオの関係者(男)

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

【完結済】僕の部屋

野花マリオ
ホラー
僕の部屋で起きるギャグホラー小説。 1話から8話まで移植作品ですが9話以降からはオリジナルリメイクホラー作話として展開されます。

処理中です...