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第三章

「それで、結局何をしたんだ?」

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 アルベルトとナイは、謁見が終わった直後から『精霊の庵』に逃げ込んでいた。
 どんな状況になっているかは分からないが、隠れておくのが得策だと思ったからだ。

 「こんなところに引きこもってて、孤児院の連中に迷惑が掛からないだろうな?」

 そう言いながら、アルベルトは薄く美しいグラスからワインを喉へと流し込む。
 アルベルトにワインの良し悪しはよくわからないが、それでもここで出されるわずかに甘いワインはお気に入りだ。

 アルベルトは謁見の間を出て直後から姿をくらませているため、そのことで知り合いなどに迷惑が掛からないか心配していた。
 特に、何の抵抗手段も持たない孤児院のことが気にかかっていて仕方ない。

 「貴族たちには恥をかかせたが、庶民相手に恥の上塗りをするほどバカではあるまい」
 「だがな」
 「あの魔剣を扱えるのがアルベルトだけという可能性がある間は、お主の不興を買うような真似はしないだろう。安心しろ」

 皿に盛られた肉をナイはフォークで乱暴に突き刺す。
 ナイはマナーを一通り知っているが、仲間以外の人目がないのにわざわざ守るつもりはなかった。
 本当なら両手で掴んで食べるのが好きなのだが、そこまですると流石のアルベルトも怒る。
 孤児院で小さな子供の面倒を見ていたアルベルトは、食事を作ったものに対する感謝を伝える意味でのマナーには厳しかった。

 「この肉は美味いな」
 「南の森にすむ歩行鳥です。気に入っていただけましたか?お嬢様」

 テーブルの上に並んでいる料理はシルキーのデントン嬢の手によるものだ。
 妖精の庵にいるときは彼女が料理を作り、給仕までしてくれるのだった。

 ナイの言葉によるとデントン嬢は複数いるらしいが、アルベルトはいまだに一人しか見たことがない。
 外見がすべて同じだそうなので、毎回別のデントン嬢だという可能性はあるが、今のところまったく不都合はないため、アルベルトは見分けるのはあきらめていた。

 「ワインをもう少しいかがですか?若旦那様」
 「たのむ」

 アルベルトもこうやって給仕されるのにも慣れてきた。
 なんでもシルキーであるデントン嬢は認めた人間の世話をするために生まれた妖精だそうで、断ったりすると存在価値が揺らいでしまうそうだ。言いなりになるしかない。
 料理も貴族風とはいえ粗野な感じのもので、アルベルトとナイの好みに合わせてあって肩ひじ張って食べるようなものではなかった。
 ただ、食材だけは聞いたことがないものばかりなので、高価なものなのだろう。

 「それで、結局何をしたんだ?」

 腹が満ちて落ち着いたところで、アルベルトは謁見の時から感じていた疑問を口に出した。
 ずっと気になってはいたのだが、緊張と混乱でいっぱいっぱいで今まで尋ねられるほどの気持ちの余裕がなかったのだ。
 謁見の間から出て精霊の庵に来た直後など、アルベルトは緊張で真っ蒼になっており、しばらく口をきけなかったほどだ。
 
 「何とは?」

 ナイは平然と返した。

 「魔剣に何か仕込んでたんだろ?お前らしい、性格の悪そうなのを。オレたちが出た後に大騒ぎになってたぞ」
 「ダンジョンコアから与えられた物は、与えられた者の手を離れたら呪いを放って元の持ち主の下に戻ろうとするという話は知ってるな?」
 「謁見の時のも言ってたな?」
 「うむ」

 頷きながら、ナイは大口を開けて指先サイズの黄色いフルーツを放り込む。
 ナイの言ったことは事実だ。
 ダンジョンコアの性質なのか、どこのダンジョンから与えられた物でも、個人装備であればそういった性質を持っている。
 常識外れの機能を持った武器や魔道具を、持ち主以外に使えないようにしているのだろう。

 「我はその性質をあの魔剣にも持たせただけだ。いわば、あれが本当にダンジョンコアから与えられた魔剣に見えるように施したカモフラージュだな」
 「それは分からないでもないが……問題は何が起こったかってことで」

 ダンジョンコアのものと同じ性能を持たせられるナイの魔法の腕前には舌を巻くが、今はそれは問題ではない。
 アルベルトはどうせまた常識外れの話を聞かされるのだろうと、わずかに乾き始めた喉をワインで潤した。

 「アルベルトの手から離れてしばらくすると、重みが増して人間には持てない重さになる。その後、我とアルベルト以外には触れられないように結界が張られる。それだけだ」
 「それだけ?呪いがあるんじゃないのか?」

 アルベルトはナイの言葉を素直に信じない。
 ナイのことだからてっきり、質の悪い最悪の呪いをかけているのではなないかと思っていたのだ。素直に信じるわけがない。
 呪いと言っているが、それは魔法の一種である。
 特に悪意を持って間接的に発動するものを指していることが多い。

 「呪いの魔剣など、お主は持ちたいのか?自分に対しては発動しないとわかっていても、誰かを不幸にするかもしれぬ剣だぞ?」
 「それは確かに嫌だが……」

 言われたとおり、確かに呪われた剣というのは持っていたくない。不幸が滲み出ている気がする。

 「だから、我はあの魔剣に『祝福』を施したのだ!」

 フォークを振り回しながら、ナイは自慢げに言った。

 「祝福?」
 「真実の祝福だ!自ら真実を語りたくなる、最高の祝福だぞ!」
 「……それって、下手な呪いより質悪くないか?」

 人は真実だけで生きていけるものではない。
 できるだけ真面目に生きようとしているアルベルトでも、嘘や秘密は両手に余るほどある。
 特に最近は大きな秘密を抱えて、嘘をつくことも増えた。
 もちろん、ナイのせいだ。

 「なにが質が悪いのだ?嘘をつくことなく生きることは人々の望みだろう?まあ、絶対に解呪できないがな。なにせ呪いではなく祝福なのだから解呪の対象外だ!!どんな偉大な神官を連れてきても無理だぞ!」

 ククク……と、声を殺してナイは笑う。
 その悪意のある笑みに、アルベルトは大きくため息をつくのだった。
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