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第三章

「どのような貴族らしい下種なことを仕掛けてくるか楽しみだ!」

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 王級の控えの間でアルベルトは椅子に座ってあらぬ方向を見つめていた。

 「……どうしてこうなった……」

 部屋の片隅で、椅子に座って項垂れている。
 なれない状況に顔色は悪く、今にも逃げ出しそうな雰囲気だ。

 今、この部屋の中にいるのはアルベルトとナイだけだった。
 彼らはこれから王城の謁見の間で開かれる、国家褒章授与式のためにここで待たされているのだった。

 控えの間と言っても豪華な部屋で、アルベルトの住処アパルトマンの十倍以上の広さがある。
 壁は無駄に豪華な布の壁紙が張られ、いたるところに美術品が飾られていた。

 部屋の中心にはくつろげるようにソファーセットが置かれているが、アルベルトはそこに座って待つように言われたのにも関わらず、どうしても座る気になれず、角に置かれた椅子に座っていた。
 そこは本来は客人が連れてきた従者が控えているための席なのだが、ソファーに座っているよりはまだそこの方が落ち着くのだ。

 「いいかげんにこちらに来て茶を飲め」

 ナイは相変わらずのマイペースだ。
 ソファーに座り、白磁のカップを手に紅茶を飲んでいる。
 わずかに刺繍の入った真っ白なローブを着ている。よく見る魔術師の正装のように見えるが、白というのは珍しい。
 彼女の漆黒の髪が引き立ち、美しく輝いて見えた。

 「……汚しそうだから嫌だ」
 「小心者め」

 この控えの間に入ってから、幾度となく繰り返したやりとりだった。

 孤児院出身で、そのまま冒険者になったアルベルトには、とにかく部屋が豪華すぎた。
 気後れしてしまい、汚したり壊した時の弁償が怖くてまともに触れることすらできない。どれもこれも繊細で華奢な作りで、布張りのソファーは破れそうだし、白磁のカップは薄くて握りつぶしそうだ。
 ナイは小心者と罵るが、普通の庶民感覚なだけだろう。

 <アルベルトが座っている頑丈そうな椅子も、普通の冒険者が一生かかっても買えないものなのだがなぁ……>

 内心でナイは呟くが、さすがにそれを口に出すことはない。
 それを言ってしまえば、アルベルトはずっと立って待つことを選択してしまうだろう。

 <まあ、妖精の庵の家具に比べれば数段落ちるのだがな>

 『知らぬが平穏』という言葉があったな、と、ナイはため息をついた。
 妖精の庵の家具や小物は、こんな控えの間のものとは比べ物にならない価値のある品ばかりだ。アルベルトはそれを今まで普通に扱っていたのだから、この程度で気後れする必要がない。
 アルベルトは知らずに使っていたのだけだろうが、ナイの目からは今更過ぎた。

 それに……。
 ナイは、アルベルトを横目で眺める。
 アルベルトは豪華な正装を着ていた。艶やかな黒一色の三つ揃えだ。装飾は最小限で、アルベルトの立派な体格を生かすようにデザインされている。
 国家褒章授与が決まった後に、慌ててあつらえたものだ。

 ダンジョンから溢れた魔獣たちを討伐した後に、日もおかず王家から報奨金が支払われた。
 そしてそれを持ってきた使者から、『謁見がある可能性が高いため、早めに正装を作っておくように』と言われ、正装を作れる貴族用の服屋への紹介状まで渡されたのだった。

 要するに、その報酬を使って謁見用の正装を作れという意味だった。

 しかし、ナイはそれを完全に無視した。

 <あの正装の価値を知ったら、驚いて脱ぎ始めるかもしれんな>

 慌てて全裸になるアルベルトを想像して、意地悪な笑みを浮かべる。
 アルベルトの正装は、妖精の庵を管理しているシルキーのデントン嬢が準備したものだった。
 ナイが『人間が手に入れられる素材で』という条件をつけたため常識の範囲に留められているが、それでもとんでもない価値の服に仕上がっていた。

 問題は、人間が手にできる範囲の素材であるものの貴重な素材を使っているため、よほど詳しい者でもない限り価値が分からないところだろうか。
 宝石を見たことがなく価値を知らない者にとっては、宝石はただのキレイな石に過ぎない。
 貴重すぎると、価値が分からなくなるのはよくあることだ。

 さらに、ナイの手によって数々の防御に特化した魔法が付与されている。
 国宝級の魔剣で切りかかられても傷一つ付けることはできないだろう。
 全身鎧よりも防御力ははるかに高い。

 <過剰装備だが、これから何が起こるか分からないからな。必要な装備だな>

 ナイがそんなことを考えていると、ノックの音が響いた。

 「ひゃい!!」

 アルベルトが間の抜けた返事を返す。
 かなり緊張しているらしい。

 「さあ、お楽しみの時間だな。どのような貴族らしい下種なことを仕掛けてくるか楽しみだ!」

 ナイの発言に、アルベルトは顔を青くしたのだった。


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