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第三章

「あの淫乱猫にはめられた……」

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 二週間後。

 その日、王都はお祭り騒ぎだった。
 一人の英雄の誕生に街は浮かれ、喧騒に満ちていた。

 二週間前にダンジョンが溢れたという知らせを受けた時は、王都に住むほとんどの者たちが少なくない被害を覚悟していた。

 特に王都の外壁に近い部分に住む庶民たちは死すら覚悟し、避難施設で肩を寄せ合って震えていたのだ。
 外壁の外に作っていた畑も、簡易的な壁でしか守られていない家畜も全て失う覚悟だった。

 冒険者も軍人たちも総出で防衛に当たり、何割かは死亡し、ケガ人も多数出るはずだった。

 しかしいざ騒動が終わってみれば、何の被害もなかったのだ。
 防衛に当たる予定だった者たちも、まるで妖精に騙されたような、納得のいかないような不思議な顔をして無傷ですぐに帰ってきた。
 話を聞けば、戦闘すらなかったらしい。

 そして、数日後に事の顛末が国より発表された。

 それによると、確かにダンジョンは溢れたが、一人の男によってすべての魔獣が討伐されたらしい。
 それを聞いた者たちは、死んだと言われていた賢者が生きていて、討伐に乗り出してくれたのではないかとうわさを流した。
 ダンジョンから溢れた魔獣を単独で討伐できる者など、件の賢者以外に思い当たらなかったからだ。

 ダンジョンから溢れる魔獣は、少なくとも数万匹。
 大規模な魔法を使える人間でなければ一人で討伐するなど不可能なのだから、そのように思い込んでしまうのも仕方ないことだろう。

 だが、すぐにその噂も撤回される。
 なんでもその男は冒険者で、しかも剣士だというのだ。

 初心者ダンジョンを攻略し、運よく魔剣を手に入れた冒険者。
 彼がダンジョンコアから授けられた規格外の魔剣を駆使し、討伐したのだった。

 魔剣は国宝級であれば、一個師団……数千の軍人を殲滅できるほどの力を有していると言われている。
 だが、国宝級であってもその程度しかない。
 溢れた魔獣が軍人より弱いとしても、数万をすべて倒すほどの力はない。
 ならば繰り返し使えばいいだけではないかと思うかもしれないが、中に蓄えられた魔力が切れると、魔剣はただの剣に成り下がるのだ。
 そして、再び魔力が溜まるまで数日を必要とする。
 その間は、普通の剣士と変わらない戦いになってしまう。

 このことから、今回、ダンジョンから溢れた魔獣たちを討伐した魔剣は、国宝級以上であることは、容易く予測できた。
 秘宝級、もしくはさらに上の伝説級の魔剣ということになるだろう。
 まさに、規格外の魔剣だった。

 今日この日、その魔剣を携えた冒険者に国家褒章が授与される。
 これで街がお祭り騒ぎにならない方がおかしいだろう。

 王都に住む住人から誰一人も被害を出さず、すべての魔獣を撃退した英雄。
 新たな伝説の体現者。
 
 その誕生に、街は沸き返っていた。

 そして当の本人は……。

 「あの淫乱猫にはめられた……」

 締め切った部屋の片隅でそう呟くのだった。



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