35 / 36
夏 3
夏の拾 パインシロップのオーギョーチー
しおりを挟む
『おいなり荘』は稲荷神社の鎮守の森の中にある。
稲荷神社自体が少し高い位置にあることと、囲まれている木々のおかげで日差しも弱まり、気温も他に比べると数度は低い。
夏の昼間でも、他の場所よりは遥かに過ごしやすかった。
「暑い……」
だからと言って、夏が暑くないという訳ではない。
酷暑日となるとさすがに厳しくなってくる。身体の丈夫なビクターでも、ぐったりとするほどだった。
ビクターは縁側の日陰になっている部分でダレていた。
上半身裸で縁側に腹ばいで寝そべっている。直接腹を縁側の床板に付けていると、ひんやりとして気持ちいいのだ。
傍らにはスマホ。
よく見ている青肌ヒーロー系Vtuberの長時間雑談放送を流しているが、虚ろな目にそれが映っているか怪しい。
たまに物音がすると耳だけが動くが、ほとんど身動きすらしなかった。
「……ダメだ。このまま溶けて腐りそうだ」
焦点の定まってない目のままで、ぽつり呟く。
さすがにこのままダレまくってるのは人としてダメになると、何もしたくない気持ちを振り切って無理やり身体を起こした。
「何か元気になる食べ物を食べよう」
何か少し食べたいけど、しっかりとしたものは食べたくない。そう考えて、思いを巡らす。
「……オーギョーチーあったよな?」
思いついた物に食欲が刺激され、鼻先を軽く舌で舐めると作るために立ち上がった。
オーギョーチー。
台湾の愛玉子という木の実から作るスイーツだ。
見た目も味もゼリーのような感じだが、それよりも更にあっさりとした味わいで暑い日には最適だった。
実はこれはビクターの地味な好物の一つだ。
ビクターが前にいた世界にも同じような食べ物があり、懐かしさもあっていつでも食べられるように常備している。
前の世界では手のひらサイズのイチジクのような果物を乾燥させ、こちらのオーギョーチーと同じ様な手順で作る。
砂糖が高価なため甘みを付けず食べていたため、デザートというよりは胃腸の薬という側面が強かった。それでもつるりとした食感がビクターの好みだった。
水さえあれば作れることと、軽く保存にも向いているため、旅に持ち歩いていたりもしてた。
今の世界と前の世界。
こういった植物や動物、細菌などに類似性があること多い。学者に言わせるとそれは、はるか昔から互いの世界で転移を繰り返していた証拠らしい。
だが、そんなことを言われてもビクターはよく分からない。
そういうものなのかと、漠然と思うくらいだ。
「あったあった」
保存食を入れている棚を漁り、ビクターは一つの小袋を取り出す。
中には胡麻のような小さな粒が大量い入っていた。
これがオーギョーチーの元に愛玉子の種だ。
あまり見かけるものではないが、輸入食材店でたまに売られている。ビクターは近所の業務用スーパーに時々入荷するのを狙って買っていた。
植物の種を乾燥させたものなので、簡単に腐るようなものではなく多めに買って保存しておいても問題ない。
オーギョーチーの材料はこの種と常温の水だけ。
分量は種が50グラムに対して水が1.5リットル。
出来上がりの量は、だいたいその水の量そのままだ。
まず愛玉子の種を、目の細かい布巾か、水に浸けても破れないキッチンペーパーで包む。
あまり目が粗いものだと種の殻が混ざるので注意。
カルシウム分が無いと上手く固まらないので、使う水は水道水か、ミネラルウォーターなら硬水のもので。
そして、隙間から種がこぼれて水に混ざらないように注意しながら、ボウルなどに溜めた水の中でモミモミする。
「……」
ひたすら水の中でモミモミ……。
ビクターが無言でモミモミしていると、甘えている犬っぽい。今も上半身裸のため、さらに犬っぽく見えた。
すると段々と水にトロミが出てくる。
愛玉子の種からペクチンという成分が溶けだしてきて、固まるらしい。
ペクチンというのはジャムなどが固まる時にも作用する、植物性の成分だそうだ。
このペクチンに整腸効果があるため、オーギョーチーは美容に良いと言われていた。
「こんなもんかな?」
ひたすらモミモミして、水が全体的にトロリとしたら完了。もったいないのでしっかり絞って種を引き上げる。
全体をかき混ぜて馴染ませ、あとは冷やせば完成だ。
「シロップは、パインシロップがあるな」
ビクターは冷蔵庫にオーギョーチーを入れるついでに、シロップがあるか確認した。
このパインシロップもビクターの手作りだ。
非加熱のシロップで、丸ごとのパイナップルを買って食べた時に食べきれなかった残りで作った物だった。
パイナップルと同量の氷砂糖をガラスの容器に入れ、冷蔵庫でゆっくりと溶かしたものだ。
パイナップルの水分だけで作っているし、加熱していないので風味もいい。日持ちがしないのが唯一の欠点だ。
オーギョーチーと言えばレモンシロップが王道らしいが、十分にその代わりになるだろう。
あとは冷えるまで待つだけ。
……待つだけでしばらくすることが無いと考えると、途端に暑さがぶり返してくる気がしてくる。
「……冷えるまで、風呂場で水浴びするかぁ」
そう呟いて、ビクターはタオルを持って風呂場へと向うのだった。
しばらくして、水浴びをしてまだ全身の毛が湿気っている状態で、ビクターはオーギョーチーの仕上げに取り掛かった。
格好は上半身裸のままだ。パンツに短パン、首にはタオルをかけている水泳客のようなスタイルで作業を始める。
冷蔵庫から取り出すと、その動作だけでボウルの中のオーギョーチーはフルフルと震える。見事にゼリー状に固まっていた。
それを大きなスプーンで掬って、適当に器に盛る。
そこにシロップをかけた。
以上で完成だ。
ビクターはそれを持ってまた縁側に移動した。
まだ湿っている全身を乾かす意味もあるが、広い場所で少しでも風に当たりたかった。
縁側に腰掛け、庭を眺めながらパインシロップのオーギョーチーを口に入れる。
ほとんど癖のない、水そのもののような風味のオーギョーチー。それに甘くそれでいて酸味のあるパイナップルのシロップが絡み合う。
口の中に清涼感が溢れる。
自然とビクターの口元は緩んだ。
「まだまだ暑いなぁ」
冷蔵庫にはまだオーギョーチーの残りがある。
そのことを思い浮かべ、ビクターはちょっとだけ酷暑を乗り切れる気がしてきた。
稲荷神社自体が少し高い位置にあることと、囲まれている木々のおかげで日差しも弱まり、気温も他に比べると数度は低い。
夏の昼間でも、他の場所よりは遥かに過ごしやすかった。
「暑い……」
だからと言って、夏が暑くないという訳ではない。
酷暑日となるとさすがに厳しくなってくる。身体の丈夫なビクターでも、ぐったりとするほどだった。
ビクターは縁側の日陰になっている部分でダレていた。
上半身裸で縁側に腹ばいで寝そべっている。直接腹を縁側の床板に付けていると、ひんやりとして気持ちいいのだ。
傍らにはスマホ。
よく見ている青肌ヒーロー系Vtuberの長時間雑談放送を流しているが、虚ろな目にそれが映っているか怪しい。
たまに物音がすると耳だけが動くが、ほとんど身動きすらしなかった。
「……ダメだ。このまま溶けて腐りそうだ」
焦点の定まってない目のままで、ぽつり呟く。
さすがにこのままダレまくってるのは人としてダメになると、何もしたくない気持ちを振り切って無理やり身体を起こした。
「何か元気になる食べ物を食べよう」
何か少し食べたいけど、しっかりとしたものは食べたくない。そう考えて、思いを巡らす。
「……オーギョーチーあったよな?」
思いついた物に食欲が刺激され、鼻先を軽く舌で舐めると作るために立ち上がった。
オーギョーチー。
台湾の愛玉子という木の実から作るスイーツだ。
見た目も味もゼリーのような感じだが、それよりも更にあっさりとした味わいで暑い日には最適だった。
実はこれはビクターの地味な好物の一つだ。
ビクターが前にいた世界にも同じような食べ物があり、懐かしさもあっていつでも食べられるように常備している。
前の世界では手のひらサイズのイチジクのような果物を乾燥させ、こちらのオーギョーチーと同じ様な手順で作る。
砂糖が高価なため甘みを付けず食べていたため、デザートというよりは胃腸の薬という側面が強かった。それでもつるりとした食感がビクターの好みだった。
水さえあれば作れることと、軽く保存にも向いているため、旅に持ち歩いていたりもしてた。
今の世界と前の世界。
こういった植物や動物、細菌などに類似性があること多い。学者に言わせるとそれは、はるか昔から互いの世界で転移を繰り返していた証拠らしい。
だが、そんなことを言われてもビクターはよく分からない。
そういうものなのかと、漠然と思うくらいだ。
「あったあった」
保存食を入れている棚を漁り、ビクターは一つの小袋を取り出す。
中には胡麻のような小さな粒が大量い入っていた。
これがオーギョーチーの元に愛玉子の種だ。
あまり見かけるものではないが、輸入食材店でたまに売られている。ビクターは近所の業務用スーパーに時々入荷するのを狙って買っていた。
植物の種を乾燥させたものなので、簡単に腐るようなものではなく多めに買って保存しておいても問題ない。
オーギョーチーの材料はこの種と常温の水だけ。
分量は種が50グラムに対して水が1.5リットル。
出来上がりの量は、だいたいその水の量そのままだ。
まず愛玉子の種を、目の細かい布巾か、水に浸けても破れないキッチンペーパーで包む。
あまり目が粗いものだと種の殻が混ざるので注意。
カルシウム分が無いと上手く固まらないので、使う水は水道水か、ミネラルウォーターなら硬水のもので。
そして、隙間から種がこぼれて水に混ざらないように注意しながら、ボウルなどに溜めた水の中でモミモミする。
「……」
ひたすら水の中でモミモミ……。
ビクターが無言でモミモミしていると、甘えている犬っぽい。今も上半身裸のため、さらに犬っぽく見えた。
すると段々と水にトロミが出てくる。
愛玉子の種からペクチンという成分が溶けだしてきて、固まるらしい。
ペクチンというのはジャムなどが固まる時にも作用する、植物性の成分だそうだ。
このペクチンに整腸効果があるため、オーギョーチーは美容に良いと言われていた。
「こんなもんかな?」
ひたすらモミモミして、水が全体的にトロリとしたら完了。もったいないのでしっかり絞って種を引き上げる。
全体をかき混ぜて馴染ませ、あとは冷やせば完成だ。
「シロップは、パインシロップがあるな」
ビクターは冷蔵庫にオーギョーチーを入れるついでに、シロップがあるか確認した。
このパインシロップもビクターの手作りだ。
非加熱のシロップで、丸ごとのパイナップルを買って食べた時に食べきれなかった残りで作った物だった。
パイナップルと同量の氷砂糖をガラスの容器に入れ、冷蔵庫でゆっくりと溶かしたものだ。
パイナップルの水分だけで作っているし、加熱していないので風味もいい。日持ちがしないのが唯一の欠点だ。
オーギョーチーと言えばレモンシロップが王道らしいが、十分にその代わりになるだろう。
あとは冷えるまで待つだけ。
……待つだけでしばらくすることが無いと考えると、途端に暑さがぶり返してくる気がしてくる。
「……冷えるまで、風呂場で水浴びするかぁ」
そう呟いて、ビクターはタオルを持って風呂場へと向うのだった。
しばらくして、水浴びをしてまだ全身の毛が湿気っている状態で、ビクターはオーギョーチーの仕上げに取り掛かった。
格好は上半身裸のままだ。パンツに短パン、首にはタオルをかけている水泳客のようなスタイルで作業を始める。
冷蔵庫から取り出すと、その動作だけでボウルの中のオーギョーチーはフルフルと震える。見事にゼリー状に固まっていた。
それを大きなスプーンで掬って、適当に器に盛る。
そこにシロップをかけた。
以上で完成だ。
ビクターはそれを持ってまた縁側に移動した。
まだ湿っている全身を乾かす意味もあるが、広い場所で少しでも風に当たりたかった。
縁側に腰掛け、庭を眺めながらパインシロップのオーギョーチーを口に入れる。
ほとんど癖のない、水そのもののような風味のオーギョーチー。それに甘くそれでいて酸味のあるパイナップルのシロップが絡み合う。
口の中に清涼感が溢れる。
自然とビクターの口元は緩んだ。
「まだまだ暑いなぁ」
冷蔵庫にはまだオーギョーチーの残りがある。
そのことを思い浮かべ、ビクターはちょっとだけ酷暑を乗り切れる気がしてきた。
0
お気に入りに追加
330
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
少年、その愛 〜愛する男に斬られるのもまた甘美か?〜
西浦夕緋
キャラ文芸
15歳の少年篤弘はある日、夏朗と名乗る17歳の少年と出会う。
彼は篤弘の初恋の少女が入信を望み続けた宗教団体・李凰国(りおうこく)の男だった。
亡くなった少女の想いを受け継ぎ篤弘は李凰国に入信するが、そこは想像を絶する世界である。
罪人の公開処刑、抗争する新興宗教団体に属する少女の殺害、
そして十数年前に親元から拉致され李凰国に迎え入れられた少年少女達の運命。
「愛する男に斬られるのもまた甘美か?」
李凰国に正義は存在しない。それでも彼は李凰国を愛した。
「おまえの愛の中に散りゆくことができるのを嬉しく思う。」
李凰国に生きる少年少女達の魂、信念、孤独、そして愛を描く。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる