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春 2

春の漆 ホタルイカのぬた

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 ビクターはイカも食べるし、タコも食べる。

 前の世界ではイカもタコも食べ物ではないという認識だった。
 漁村では食べていたのかもしれないが、店に並んでいるのすら見たことがないものだった。
 もし海に近い国に住んでいたならどちらも食べ物でないという認識になって毛嫌いしていたかもしれないが、見たことすらほとんどなかったため抵抗はなかった。
 そのおかげか、こちらの世界に来てから初めて食べたときも素直に受け入れられた。

 「今年はホタルイカが安いな」

 スーパーの魚売り場で色々眺めながら、ビクターは呟いた。

 春と言えばホタルイカのシーズンだ。
 大好きという訳ではないが、旬の時期に見かけるととりあえず買いたくなるくらいには好きだ。
 特に富山産のホタルイカは大きく、釜茹でで売られている物もふっくらとしていて柔らかくて美味しそうだ。
 その代わりに他の産地より少し値段が高いが、それだけの価値はある。

 「今日はホタルイカを酢味噌で……。いっそ、ぬたにするか」

 ぬたというのは、要するに酢味噌和えだ。
 他の食材も入れて作るので、酢味噌を付けて食べるだけより味わいに変化が付いて楽しめる。

 ビクターは茹でてあるホタルイカを買って帰ると、さっそく調理を始めた。
 まずは下処理だ。

 ホタルイカは小さいながらも硬い部分がある。
 目玉、軟骨、くちばし。
 丸ごと口に放り込んで食べたいので、先に取り除かないといけない。
 取り除くのは指でもできるが、慣れてないなら毛抜きを使った方が良い。

 目は茹でてあると摘まんだだけでポロリと取れる。茹でている間に取れている物も多くあるくらいだ。

 次に軟骨。
 イカの耳?……とにかく頭だか腹だか分からない部分についている耳かヒレのようなものが付いている方を上に向ける。
 耳のところから縦に走っている黒い筋のようなものがあるところの内側に軟骨があるので、足との付け根に毛抜きを突っ込んで引っ張り出して取り除いた。

 くちばしは足の生えているところの中心にある。
 これも毛抜きで摘まんで引き抜いてしまう。

 茹でたホタルイカの下処理はこれで終了だ。

 他に合える食材は、わけぎ……がベストだが今日は無いので青ネギで代用。食べやすい長さに切ってさっと湯に通すくらいに軽く湯掻いて冷ましておく。
 薄揚げを少量、さっと焼いてサクサクした食感になるようにする。これも食べやすい大きさに切っておく。

 ちょうど独活うどがあったので、皮を剥いて短冊切りにして酢水に晒して軽く灰汁を抜いた。
 剥いた独活の皮は捨てずに刻んで同じく酢水に晒す。これは刻んでキンピラにすると、ほろ苦くて美味しい。

 「よし!」

 次は、ぬたの和え衣だ。

 すり鉢で胡麻を少量擦って、細かくする。
 香りづけなので、無ければ胡麻は無くても大丈夫。胡麻を辛子に変えても風味が出て美味しい。
 そこに白味噌を入れて混ぜてから、酢と味醂を少量ずつ入れながら食材に絡みやすい硬さに調整していく。
 ビクターの好みは、少し酢の酸味があるくらい。
 味醂が無ければ砂糖でもいいが、砂糖を使うなら控えめに。

 「あとは和えるだけだな」

 準備した食材を、和え衣に入れて混ぜる。
 ホタルイカ、焼いた薄揚げはそのまま、青ネギはしっかり絞って水分を取っておく。独活も酢水から出してキッチンペーパーで水分をしっかり切ってから投入した。

 よく混ぜて全体に和え衣を馴染ませる。

 「あしらいに、木の芽を添えるかな」

 あしらいと言うのは、要するに料理の飾りだ。ちょっと見た目が華やかになる。
 器にできたホタルイカのぬたを盛って、庭で採った山椒の葉きのめを添えた。



 「タケノコを煮たのがあるし、あとは、何品か常備菜を出すか」

 そう言いながら食卓に色々な料理を並べていく。
 もちろん、ぬたに使った独活の皮も手早くキンピラにした。独活は火を通さなくてもいいくらいなので、軽く炒めるくらいでいいから楽だ。

 「日本酒だな!」

 料理を並べ終わってから、並んでいる料理を見つめて即決した。
 どう考えても、ホタルイカのぬたは日本酒と楽しむ料理だろう。
 ダイエット?なにそれ美味しくない……と一応は節制しているのは頭から追い出した。

 日本酒を準備し、さっそくビクターはホタルイカのぬたを口に入れた。

 味噌と酢の風味、柔らかく瑞々しく茹でられたホタルイカのうま味。独活の爽やかな香りとシャキシャキとした食感……。

 「春らしい味だなぁ」

 季節の味に頬を緩ませながら、ビクターは日本酒を口に流し込むのだった。
 




 
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