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冬 2

冬の陸 手作りクロテッドクリームとスコーン

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 寒さが厳しくなってきたある日。
 窓際のわずかな陽だまりの中で、ビクターは丸まっていた。
 柔らかな日差しがビクターの灰色の獣毛を銀色に輝かせている。

 狼男ウルフマンであるビクターだが、普段は人間そのものの生活をしている。
 風呂に入ると、ちょっと乾かすのに時間がかかる程度だ。

 しかし、陽だまりに負け丸まっている姿は、実に獣じみていた。
 暖房を利かせてある室内にもかかわらず、日の光の誘惑には逆らえないのだろう。 

 丸めた身体に日差しの暖かさを感じながら、ビクターはいつになく真剣にスマホを見ていた。
 いつもはスマホを使う時は何か分からないことを調べているか、ぼんやりと動画などを見ている程度である。
 真剣に見つめる姿は珍しい。

 「……炊飯器スゲー……」

 ぽつりと呟く。
 ビクターは炊飯器調理レシピのサイトを見ていた。
 
 調理機能のない炊飯器で加熱調理するのは危険らしく、保温機能を生かした調理だけを見ていたのだが、それでも多くのレシピが存在した。

 特にビクターが気になったのはクロテッドクリームだ。

 「美味いんだよな、あれ……」

 クロテッドクリームはイギリスのバターと生クリームの中間くらいのクリームだ。
 アフタヌーンティーセットなどでスコーンに付いて出てくるアレである。
 脂肪分の高い牛乳をゆっくり煮詰めて作るものらしい。

 ビクターも自分で買ったりはしないが、何度かカフェなどで食べたことはあった。

 「生クリームがあれば作れるのか。……作ってみるか」

 口の中に食べたときの味が再現され、どうしても食べたくなって作ってみることにしたのだった。

 早速買い物に行って準備したのは生クリーム。
 ホイップクリームでは作れないので要注意。
 紛らわしいが、生クリームが動物性で、ホイップクリームが植物性のクリームだ。

 できるだけ脂肪分が高い方が多く作れるらしいが、近場のスーパーでは三十六パーセントのものしか手に入らなかった。
 レシピによると、量が少なくなるだけで問題はないらしい。

 サイトで見たレシピでは炊飯器に直接生クリームを入れて保温で加熱していくらしいが、大量に作っても悪くなる前に消費しきれない。
 それに買ってきたのは二百ミリリットルのみだ。
 炊飯器に直接入れても底にちょっぴり溜まる程度の量でしかない。

 そこでビクターはお湯を炊飯器に入れ、生クリームを入れたボウルを浮かべて湯煎で作ることにした。

 ボウルに生クリームを入れ、結露したものが入らないようにラップをしておく。
 そしてお湯を入れた炊飯器に浮かべた。

 あとは蓋を閉めて炊飯器を保温にして放置だ。
 保温温度は高温設定で。
 半日くらいかけて、じっくりと過熱していく。

 「黄色い物ができてる」

 保温を続けて、半日以上。
 寝る前に中を確かめると表面に黄色っぽい塊ができていた。

 「これを冷やすんだな」

 保温を止め、ボウルごと冷蔵庫に入れる。
 そして、明日の朝に食べるのを楽しみにしながら、眠りについたのだった。



 そして朝。

 「お!できてるできてる!!」

 ビクターは起きてすぐに冷蔵庫の中を確認した。

 ボウルの中身は冷えてしっかり脂肪分と液体部分に分離していた。
 固まった脂肪分がクロテッドクリームだ。
 丁寧にスプーンで掬いあつめて、器に盛ると完璧だ。


 「よし!スコーンを作ろう!」

 クロテッドクリームには、やっぱりスコーンだろう。
 歯を磨いたら、すぐに作り始める。 

 「えーと、レシピは……」

 スマホでレシピを調べながら材料を取り出していく。
 スコーンは雑に作ってもそれなりの味になるのでありがたい。むしろ雑さを推奨してるサイトすらある。

 薄力粉と強力粉が二対一のレシピが分かりやすいので、それで作ることにした。

 まずオーブンを二百度に予熱する。
 予熱している間に、スコーンの生地作りだ。

 バターは冷えている物を三十グラムほど準備する。有塩でOKだ。多用の量の誤差もまあ、問題ない。
 バターを先に適当にサイコロ状に切っておいて、ボウルに入れる。これは作業を楽にするためなので、混ぜる時に手間がかかってもいいなら切らなくても大丈夫。

 そこに薄力粉百グラムと、強力粉五十グラム、ベーキングパウダー五グラム、砂糖二十グラム、塩一つまみ入れる。

 レシピにはそれをスケッパーという金属ヘラみたいな物でバターを切りながら混ぜていくと書いてあるが、ビクターは持っていないのでお好み焼き用のヘラで代用した。

 バターを切り砕きながら粉と混ぜて、そぼろ状になってきたら牛乳を七十ミリリットル投入するのだが、ビクターはそれをクロテッドクリームの副産物で代用することにした。
 脂肪分が分離した、生クリームの残りだ。

 さっくりとゴムヘラで混ぜて、多少粉っぽい感じを残して終了。
 生地が纏まるなら粉っぽい方がスコーンらしい仕上がりになる。

 作業台がわりのまな板に打ち粉をして、生地を置いて綿棒で適当に一センチくらいの厚みに伸ばす。
 四つ折りにして、今度は二センチくらいの厚みにして、終了。

 それを食べやすい適当な大きさに切り分ける。
 そこまでした時点で、ちょうどオーブンの温度が二百度に上がった。

 クッキングシートを敷いた天板に切り分けた記事を乗せて、焼き時間は十五分。

 ビクターは焼いている間に料理器具を洗ったり、朝の身支度やお茶の準備などした。
 お茶は当然ながら紅茶だ。
 クロテッドクリームの味に負けない、ちょっと風味がきつめの紅茶を準備した。
 
 「焼けた!食べる!!」

 焼けたら速攻で食べる。
 ジャムを切らしていたので、付けるのはクロテッドクリームとハチミツだ。


 スコーンをひび割れ部分から半分に割ると、ふわりと湯気が上がる。
 そこにまずはクロテッドクリームのみ付ける。
 たちまちトロリと溶けだした。

 齧り付くと、スコーンがさっくりと崩れると同時に、バターよりもあっさりとした旨味が舌に伝わる。
 
 「美味いなぁ……」

 ハチミツとクロテッドクリームの両方を付けると、また味わいが変わる。
 クロテッドクリームの味が甘みでさらに引き立つ感じがする。
 ジャムだったらもっと美味しかったかもしれない。

 春になったらイチゴジャムも手作りして食べようと、心に誓うビクターだった。




 



 
 




 
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