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秋 2
秋の伍 チキン南蛮
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風が心地い季節になってきた。
夕方になるとひんやりとした空気が汗ばむ季節の終わりを告げてくる。
庭木に水を撒きながら、ビクターは心地よさに頬を緩めた。
「……今日は揚げ物だな」
調理器具がIHだといっても、揚げ物は暑い。
それに暑い季節の時は揚げ物はあまり胃が受け付けない。
どうしても冷たいものが多くなってしまう。
だからこそ、暑さが収まると揚げ物が食べたくなるのだった。
「せっかくだから、がっつりチキン南蛮だな」
揚げ物にタルタルソースを合わせる背徳感。
お腹がプニッとしているのが気になっているお年頃のビクターには、禁断の料理である。
ビクターは全身をモフモフの毛で覆われている狼男だが身体自体が丈夫なため、残念ながら……というと変だが、夏バテもせずほとんど体重は変わらなかった。
そんな状況でチキン南蛮は自殺行為だが、食べたくなったものを作らないわけにはいかない。
欲望には忠実なのだ。
「ラッキョウもピクルスも去年漬けたのがまだ少し残ってるんだよな。減らさないと」
今年も初夏にラッキョウ、真夏にピクルスを漬けたが、去年のものがまだ残っていた。
ラッキョウはもうパリッとした食感が無くなっているが味は変化していない。特に料理の材料として使うなら問題なかった。
無水で作っているので腐っているということも無い。
ビクターはタルタルソースはラッキョウとピクルスで作る。
そうすると生の野菜を使っていないので、数日は日持ちするのである。
一度タルタルソースを作るとそれなりの量になるため、一人暮らしのビクターには重要なことだった。
「まず卵を堅茹でにして……」
水撒きを終わらせ、さっそく料理に取り掛かる。
堅茹でにすればいいだけなので、茹で時間は適当だ。
卵は冷蔵庫に入れてあったのを、適当に十分くらい茹でる。
半熟卵だと常温に戻した卵をちゃんと時間管理しても狙った堅さにならなかったりするが、堅茹でなら気にする櫃世もない。ただ、あまり長すぎると黄身が青っぽくなったりするが、よっぽど茹ですぎない限り問題ない。
どうせ刻むので、黄身が真ん中にある必要もないので転がしたりもしない。面倒なことはできるだけしない主義のビクターだ。
茹でている間にピクルスとラッキョウを刻む。
口当たりが悪くならないように細かく。
風味にパセリも入れるが、作ったタルタルソースが日持ちするようにさっと茹でて火を通しておく。
生の風味が欲しければ、そのまま入れればいいが、早めに食べきらないといけない。
パセリも庭先に置いた植木鉢で育てたものだ。
小さな鉢なので大きくは育たないが、それでもちょっとした薬味程度には役に立ってくれた。
それに小さいとなぜかアゲハチョウが来ないようなので丁度いい。
アゲハチョウと戦うのは柚子の木と山椒の木だけで十分だ。
そうこうしていると卵が茹で上がるので、お湯を捨てて冷水で冷やす。
そうすると、冷えた時に中身と殻に隙間ができてするっと殻がむける。
半割にして、黄身はそのままボールへ。
白身は小さく刻む。
刻んだものをすべてボールに入れ、好きなだけマヨネーズをぶっかけて混ぜる。
黄身は堅茹でなら混ぜるときに自然と崩れてしまうので気にしない。
「よし!」
出来上がりを味見して、ビクターは満足げに呟いた。
そして、出来上がったタルタルソースをじっと見つめる……。
「……やっぱ、野菜もタルタルソースで食いたいよな」
そう思いつくと、もう口がタルタルソースの口になっている。
それは体重増量の罠だが、チキン南蛮を作っている時点で今更だ。
自分に言い訳するために少し悩むフリをしながら、ビクターは油を温めながらサラダや他の副菜の準備を作り始めた。
「おっと、甘酢も作っとかないと。……えーと、比率はどうだっけ?久しぶりで忘れた……」
そう言いながら、スマホを操作してレシピを探す。
うっかり忘れただけなので、調味料の比率を見る程度だ。
「醤油が二、酢が二、砂糖が一の比率か……」
そう呟きながら、小鍋にスプーンでその比率の調味料を入れて軽く煮立てる。
砂糖を溶かすのと揚げた鶏肉を漬けても冷めないようにするためなので、沸騰する手前でとめる。
「鶏肉は……モモ肉かな?いや……」
ビクターとしてはチキン南蛮に使う鶏肉は脂ののったモモ肉でも、あっさりとした胸肉でもどちらも美味しいと思ってる。その日の気分でいつもは選んでいた。
だが、今日はモモ肉を選ぼうかと思ったものの、理性がストップをかけた。
自分の腹を軽くつまみ、その弾力を確かめてから、結局は胸肉を選択した……。
冷凍庫にストックしてる胸肉を取り出し解凍して、一口サイズに切り分けていく。
そのまま一枚で揚げても良いのだが、衣に甘酢が染みている感じが好きなので、衣がしっかりと付く一口サイズだ。
胸肉に軽く塩コショウして下味をつけてから小麦粉をまぶし、溶き卵をつけて揚げ始めた。
揚げる温度は最初は百七十度。しっかりと揚げてから一度取り出し、油の温度を百八十度以上に揚げて二度揚げをする。
揚がったらさっと油を切って甘酢に投入、スプーンで甘酢をかけるようにして鍋の中で転がしながらしっかりとなじませ器へ。
「よし、できた!」
先にかけると食べてる途中で付いているタルタルソースのバランスが悪くなるので、甘酢掛けした鶏肉とタルタルソースは別盛だ。
「チキン南蛮はビールだよなぁ」
とか言いながら、ビールを準備する。
モモ肉を止めて胸肉を選んだ理性は、この場面では仕事をしない。
すでに口の中には唾がいっぱいたまり、油断するとヨダレがたれてきそうだ。
「いただきます!」
犬っぽく口先を長い舌で舐めながら、キラキラした目で鶏肉とタルタルソースを載せる。
もうシッポはブンブンと振れている。
そしてタルタルソースが零れ落ちないように注意しながら、パクリと口に放り込んだ。
「………」
無言で咀嚼し、飲み込むと同時にビールを流し込んだ。
くううううううーーーとばかりに、大口を開けて吐息を吐き出す。
「美味い!!」
口に満ちる重層構造の美味さに、プヨっとしてきた腹のことなど頭から吹き飛んでしまう。
その後は心行くまでチキン南蛮を楽しんだビクターだった。
夕方になるとひんやりとした空気が汗ばむ季節の終わりを告げてくる。
庭木に水を撒きながら、ビクターは心地よさに頬を緩めた。
「……今日は揚げ物だな」
調理器具がIHだといっても、揚げ物は暑い。
それに暑い季節の時は揚げ物はあまり胃が受け付けない。
どうしても冷たいものが多くなってしまう。
だからこそ、暑さが収まると揚げ物が食べたくなるのだった。
「せっかくだから、がっつりチキン南蛮だな」
揚げ物にタルタルソースを合わせる背徳感。
お腹がプニッとしているのが気になっているお年頃のビクターには、禁断の料理である。
ビクターは全身をモフモフの毛で覆われている狼男だが身体自体が丈夫なため、残念ながら……というと変だが、夏バテもせずほとんど体重は変わらなかった。
そんな状況でチキン南蛮は自殺行為だが、食べたくなったものを作らないわけにはいかない。
欲望には忠実なのだ。
「ラッキョウもピクルスも去年漬けたのがまだ少し残ってるんだよな。減らさないと」
今年も初夏にラッキョウ、真夏にピクルスを漬けたが、去年のものがまだ残っていた。
ラッキョウはもうパリッとした食感が無くなっているが味は変化していない。特に料理の材料として使うなら問題なかった。
無水で作っているので腐っているということも無い。
ビクターはタルタルソースはラッキョウとピクルスで作る。
そうすると生の野菜を使っていないので、数日は日持ちするのである。
一度タルタルソースを作るとそれなりの量になるため、一人暮らしのビクターには重要なことだった。
「まず卵を堅茹でにして……」
水撒きを終わらせ、さっそく料理に取り掛かる。
堅茹でにすればいいだけなので、茹で時間は適当だ。
卵は冷蔵庫に入れてあったのを、適当に十分くらい茹でる。
半熟卵だと常温に戻した卵をちゃんと時間管理しても狙った堅さにならなかったりするが、堅茹でなら気にする櫃世もない。ただ、あまり長すぎると黄身が青っぽくなったりするが、よっぽど茹ですぎない限り問題ない。
どうせ刻むので、黄身が真ん中にある必要もないので転がしたりもしない。面倒なことはできるだけしない主義のビクターだ。
茹でている間にピクルスとラッキョウを刻む。
口当たりが悪くならないように細かく。
風味にパセリも入れるが、作ったタルタルソースが日持ちするようにさっと茹でて火を通しておく。
生の風味が欲しければ、そのまま入れればいいが、早めに食べきらないといけない。
パセリも庭先に置いた植木鉢で育てたものだ。
小さな鉢なので大きくは育たないが、それでもちょっとした薬味程度には役に立ってくれた。
それに小さいとなぜかアゲハチョウが来ないようなので丁度いい。
アゲハチョウと戦うのは柚子の木と山椒の木だけで十分だ。
そうこうしていると卵が茹で上がるので、お湯を捨てて冷水で冷やす。
そうすると、冷えた時に中身と殻に隙間ができてするっと殻がむける。
半割にして、黄身はそのままボールへ。
白身は小さく刻む。
刻んだものをすべてボールに入れ、好きなだけマヨネーズをぶっかけて混ぜる。
黄身は堅茹でなら混ぜるときに自然と崩れてしまうので気にしない。
「よし!」
出来上がりを味見して、ビクターは満足げに呟いた。
そして、出来上がったタルタルソースをじっと見つめる……。
「……やっぱ、野菜もタルタルソースで食いたいよな」
そう思いつくと、もう口がタルタルソースの口になっている。
それは体重増量の罠だが、チキン南蛮を作っている時点で今更だ。
自分に言い訳するために少し悩むフリをしながら、ビクターは油を温めながらサラダや他の副菜の準備を作り始めた。
「おっと、甘酢も作っとかないと。……えーと、比率はどうだっけ?久しぶりで忘れた……」
そう言いながら、スマホを操作してレシピを探す。
うっかり忘れただけなので、調味料の比率を見る程度だ。
「醤油が二、酢が二、砂糖が一の比率か……」
そう呟きながら、小鍋にスプーンでその比率の調味料を入れて軽く煮立てる。
砂糖を溶かすのと揚げた鶏肉を漬けても冷めないようにするためなので、沸騰する手前でとめる。
「鶏肉は……モモ肉かな?いや……」
ビクターとしてはチキン南蛮に使う鶏肉は脂ののったモモ肉でも、あっさりとした胸肉でもどちらも美味しいと思ってる。その日の気分でいつもは選んでいた。
だが、今日はモモ肉を選ぼうかと思ったものの、理性がストップをかけた。
自分の腹を軽くつまみ、その弾力を確かめてから、結局は胸肉を選択した……。
冷凍庫にストックしてる胸肉を取り出し解凍して、一口サイズに切り分けていく。
そのまま一枚で揚げても良いのだが、衣に甘酢が染みている感じが好きなので、衣がしっかりと付く一口サイズだ。
胸肉に軽く塩コショウして下味をつけてから小麦粉をまぶし、溶き卵をつけて揚げ始めた。
揚げる温度は最初は百七十度。しっかりと揚げてから一度取り出し、油の温度を百八十度以上に揚げて二度揚げをする。
揚がったらさっと油を切って甘酢に投入、スプーンで甘酢をかけるようにして鍋の中で転がしながらしっかりとなじませ器へ。
「よし、できた!」
先にかけると食べてる途中で付いているタルタルソースのバランスが悪くなるので、甘酢掛けした鶏肉とタルタルソースは別盛だ。
「チキン南蛮はビールだよなぁ」
とか言いながら、ビールを準備する。
モモ肉を止めて胸肉を選んだ理性は、この場面では仕事をしない。
すでに口の中には唾がいっぱいたまり、油断するとヨダレがたれてきそうだ。
「いただきます!」
犬っぽく口先を長い舌で舐めながら、キラキラした目で鶏肉とタルタルソースを載せる。
もうシッポはブンブンと振れている。
そしてタルタルソースが零れ落ちないように注意しながら、パクリと口に放り込んだ。
「………」
無言で咀嚼し、飲み込むと同時にビールを流し込んだ。
くううううううーーーとばかりに、大口を開けて吐息を吐き出す。
「美味い!!」
口に満ちる重層構造の美味さに、プヨっとしてきた腹のことなど頭から吹き飛んでしまう。
その後は心行くまでチキン南蛮を楽しんだビクターだった。
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