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春の弐 春キャベツの和風オムレツ

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 その日、ビクターは朝から直売所へ入荷される野菜などの受け取りと品出しをしていた。

 ビクターの勤務は決まっていない。
 所詮は穴埋め要員で、人が足りないところに自由に入るようになっている。
 今日は子供が熱を出して仕事に来られない人の代わりに呼び出されて急遽入っていた。

 「お!春キャベツ!!」

 入荷した段ボール箱をチェックしていて、ビクターは声を上げる。

 基本的に直売所の商品は近隣の農家が育てた農作物などだが、たまに目玉商品として農協経由で他の地方の商品が入ってくることがある。
 だいたいはそのまま流通に載せてしまうと値崩れするほど大量に採れた商品や、流通に載せるには数が少ない半端な商品だ。

 「それ、ひと玉百円で値段付けてね」
 「オレも買います!」

 箱を開けて品物をチェックしながら、ビクターは即決した。

 春キャベツは単純に春に採れるキャベツだと思っている人も多いが、品種から違う。
 新ジャガや新タマネギなんかと同じだ。

 普通のキャベツに比べて球形に近いか、もしくは縦に長い楕円形になっている。
 巻きが緩く、外葉の色も鮮やかな黄緑色。甘みが強くて、葉も柔らかい。選び方は普通のキャベツとは逆で巻きの緩い軽いものを選ぶ。

 ビクターは品出ししながらできるだけ質の良いものを選んで、分かりやすい場所に配置した。
 ビクターの今日の仕事は開店準備だけで終わる。仕事が終わったオープン直後に最初の客として入って購入するためだ。
 一応、公私混同のギリギリのラインだろう。

 そして、ビクターは予定通りに狙った春キャベツを手に入れた。



 「塩でバリバリ食べるだけでも美味いんだよなぁ。外葉は煮込んでオムレツにするか」

 春キャベツなら外側の葉でも柔らかく、苦かったりすることもない。むしろ甘い。さらに煮込むと柔らかくなる。
 
 ビクターは牛肉の切り落としと、タマネギを準備した。
 春キャベツは適当な大きさに刻み、タマネギはくし切り、牛肉の切り落としはそもそも切るほど大きくない。
 牛肉は肉を食べるというよりは味付けの一部くらいの気持ちで、どんな肉でもいい。

 それらを油を引いた鍋に入れて、軽く炒める。
 そのまま出汁を入れて煮込んでいく。出汁は味付け程度しか使わないので、今回は水と顆粒出汁だ。キャベツとタマネギから水が出る前提で、入れる量は控えめに。
 醤油と酒、砂糖で甘辛く味付けして下準備完了。
 そのまま少し煮込んで味をしみこませていく。

 ビクターが作ってるのは具沢山の和風オムレツだ。
 ビクターに料理を教えてくれた人に言わせると、古い日本人向けのオムレツらしいが、ビクターにはよく分からない。美味しければそれでいいと思う。

 「副菜どうしよう?サラダ……というか春キャベツはいいとして、もうちょっと他にも欲しいよな」

 そう言いながら冷蔵庫を覗き、漬物を出しながら他の物を探す。
 結局、数日前に作ったちりめん山椒を出して、山芋を刻んで梅肉和えにした。

 春キャベツは洗って適当な大きさに千切って器に盛る。
 付けるのは塩と胡麻ドレッシング。これで十分。

 「よし、あとはメインだな」

 フライパンを熱して、油を入れる。
 卵は二個割り、水を少しだけ入れた。これは卵がふんわりするようにだ。入れすぎるとベチャベチャになるので要注意。
 そして塩コショウを入れて、しっかり混ぜる。

 「卵巻くの下手なんだよなぁ」

 自信なさげに呟くと、それでも気合を入れた。
 一気に卵をフライパンに流し込み、広げる。表面がまだ固まってないうちに煮ておいた春キャベツなどの具をのせ、軽くフライパンを揺すって焦げ付いてないのを確認してからひっくり返しながら皿の上に……。

 「うわ、破けた!焦げ付いてなかったのに。なんで……?」

 痛恨。
 皿の上に移すときに卵が破れてしまった。

 「仕方ない……味は変わらないし。うん、変わらない」

 自分をごまかしつつ、ケチャップを少しと一味を散らす。
 中の具に和風の味が付いているので無くてもいいが、オムレツにはケチャップ派のビクターはついついケチャップを添えてしまう。

 「まあ、できた。食うか」

 

 
 卵が破れたことに凹みながらも、食卓に着いて手を合わせた。

 「卵はふんわり焼けてるんだよな。悔しい……」

 破れた卵でも味は変わらない。
 口に入れると、和風に味付けられた甘辛い野菜と肉の味が広がる。肉の油の味が卵の味にやさしく受け止められ、まろやかな味になっている。

 「これはビールなんだよな」

 珍しくビールを注ぐと、一気に飲んでプハーと幸せそうに息を吐いた。
 日本酒と同じく、腹ㇷ゚ヨ対策節制しているビクターはビールを飲むのも久しぶりだ。
 そして春キャベツに軽く塩をつけて齧る。

 「春キャベツ甘いなー。いくらでも食べられる」

 葉が柔らかく、芯の部分までバリバリと食べられる。

 そういえば、と、思い返せばビクターが生野菜を食べるようになったのはこの世界に来てからだ。
 前の世界では生野菜すら寄生虫の危険があって過熱しないと食べるのに勇気が要った。
 それに簡単な品種改良すらされておらず、栽培方法に工夫もなかった前の世界では、野菜はえぐ味や苦みがあって生で食べるのに適している野菜はほとんどなかった。

 やっぱり、農家スゲーな。
 育ててくれた農家に感謝しつつ、春キャベツの味を堪能するビクターだった。

 
 

 
 
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