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冬の肆 ササミカツ

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 朝。
 ビクターはチーズトーストで優雅な朝食をとっていた。
 今日は午後から近くの農家に手伝いに行く予定で、それまではゆっくりと過ごせる。

 今食べているパンは近くにある観光地のカフェ兼パン・ケーキの店のものだ。
 ずっしりとした中の詰まったカンパーニュで、少し酸味があって味も濃く美味い。それでいて値段はさほど高くないので、ビクターは頻繁に買いに行っていた。

 前の世界の主食はパンだった。
 それは狼男ウルフマンのビクターですら硬いと感じる品物で、質の悪い麦を使っているのでボソボソして味も悪かった。
 そんなものに慣れ切っていたビクターには日本のパンは甘すぎて、しかも柔らかすぎた。
 前の世界で食べていたものより格段に美味いのだが、食事というよりもお菓子を食べている感じで、しっくりこなかったのである。

 その不満を解消してくれたのが、今食べているパンである。
 地元出身の日本人女性と結婚したフランス人パティシエが経営しており、パンもフランス人が日常食べているものに近いらしい。
 さすがパンが主食だった国のパンで、食事として満足できる食べ応えがあり、しかも美味い。
 
 ビクターにとっては、前の世界のパンと日本のパンの良いところを兼ね備えた理想のパンだったのである。

 そして、上に載っているチーズ。
 これはビクターの知り合いの山羊人サテュロスから贈られたものだ。

 彼はこのおいなり荘で数年過ごした後、天職を見つけたと牧場で働き始めた。
 前の世界では農業をしていたらしく、穏やかな性格で勤勉な男だった。
 その性格がよかったのか、それとも元々の山羊人という種族的な特徴なのか家畜から好かれ、牧場ではまさに天職とっていい働きをしているらしい。

 ちなみにビクターは家畜から全力で嫌われる。
 一度牧場見学に行ったときは、家畜がパニックを起こして逃げていってしまった。
 やはり、家畜は狼を嫌うものなのだろう。ビクターが家畜を美味そうな食材を見る目で見てしまったのが原因かもしれないが……。

 とにかく、そんな山羊人の勤めている牧場の商品だけあって質も高い。
 ブランド化されており、人気もあるらしい。
 今食べているチーズも絶品で、濃厚ながらくどさもなく、熱すればトロリと溶けるのにどっしりとした存在感がある。
 口の中が幸福になる味だ。

 「あ……夜はササミカツにしよう……」

 食事中なのに夕食のことを考えているあたりがビクターらしい。どこまでもブレがない。


 そして、夜。
 仕事を終えてから買い物をして、ビクターは帰宅した。
 
 「冬はブロッコリーが安くていいなぁ」

 などと呟きながらサラダや副菜を準備してから油を温め始める。
 油の温度が上がるまでにメインの準備だ。

 ササミを取り出して筋のある面を上に向け、筋の横、左右に少し切り目を入れる。それから裏返して筋の端を摘まんで、身の方を包丁の背でそぎ落とすようにして筋を取り除いていく。
 気持ちよくスッと筋だけが取り除けると、ビクターは満足げに笑みを浮かべた。

 ササミをもう一度裏返し、穴が開かないように注意しながら切り目を入れてできるだけ面積が広くなるように開いていった。

 「んー。チーズを多く入れたいから縦折りにするか」

 軽く下味をつけてからササミの表面に軽く小麦粉をつけ、その上に切ったチーズをのせると縦に折り曲げてササミでチーズを包んだ。

 「チーズばっかりも何だし、一個は梅肉にするか。ササミ梅肉も美味いよな」

 梅干を持ってきて種を取って包丁で叩いて梅肉にすると、宣言通り一個にチーズの代わりに包む。
 この梅干はビクターの手作りだ。
 田舎風のしっかりと塩の利いた塩辛い梅干だった。
 紫蘇梅干も作っているが、今回は白梅干を使った。

 「付け合わせはポテトでいいか。ブロッコリーはサラダに使ったしな」

 まだ温度が上がりきってない油に、常備している冷凍ポテトを入れる。
 ポテトは温度が上がりきってなくても問題ないのでありがたい。

 ポテトを揚げている間に、小麦粉や溶き卵、パン粉を準備する。
 ポテトが揚がったら、チーズと梅肉を包んだササミに小麦粉を薄くつけ、溶き卵に浸けてからパン粉をまぶす。
 ビクターは衣がしっかりしている方が好きなので、溶き卵とパン粉をもう一度つけてから温度の上がった油の中へ。

 ササミもチーズもすぐに熱が通るので、二度揚げはしない。
 最初から油の温度は百八十度以上だ。

 しっかりと揚がったら出来上がり。
 油を切ったら速攻で皿に盛って食卓に着く。



 揚げ物は出来上がったらすぐに食べるのがビクターの正義だ。

 「いただきます!」

 ビクターの背後では灰色の大きなシッポが揺れている。
 さっそくササミカツに齧り付くと、サクリと衣が音を立てた。
 直後に火の通ったササミのふんわりとした感覚が伝わり、最後にトロリとチーズが噴出してくる。
 糸を引くチーズを落とさないように丁寧に口に収めてから、満面の笑みを浮かべた。

 「うまい!やっぱり美味いチーズだと、ソースもケチャップもいらないな」

 ウイスキーの水割りで口の中の油を流し込み、もう一口。
 チーズ入りを食べきったら、次は梅肉入りだ。
 塩辛い梅肉のおかげでこちらも味付けいらずだ。口の中がさっぱりして、食べ続けるのにちょうどいい。

 口の動きが止まることはないが、ビクターは心の中でチーズを贈ってくれた山羊人に感謝した。
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