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冬
冬の参 レンチン銀杏とレンチン茶碗蒸し
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冬と言えば銀杏のシーズンである。異論は認める。
秋にビクターはとあるお寺の境内の掃除を手伝っていた。
この寺には巨大なイチョウの木がある。
名物になるくらい巨大なイチョウの木で、秋には見事に黄色く色づいて美しいのだが、その巨大さ故に落葉の量も半端でなく多い。
寺の人間だけではその掃除の手が回らなくなり、ビクターにも手伝いに来てほしいとの声がかかったのだった。
「踏まないように気をつけてな」
ビクターは最初にそう住職から声をかけられ意味が分からなかったが、イチョウの木に近付いただけで理解できた。
銀杏が大量に落ちており、異臭と言っていいほどに臭いを放っていたのだ。
銀杏は好きだが、それでも鼻の良いビクターはその臭いはきつく、ポツリ『臭いきついな』と弱音を漏らしてしまった。すると、住職が気を使ってくれて、遠くに飛び散った落ち葉を掃き集める役にまわしてくれた。
ビクターは感謝しつつも恐縮し、銀杏自体は嫌いじゃないということを説明したのだった。
そして、冬。
その銀杏を寺の裏手の地面に埋め、果肉をゆっくり腐らせて中の種だけを回収したものが、ビクターにもおすそ分けされてきた。
掃除のときにビクターが銀杏は好きだと言っていたのを住職が覚えていてくれて、わざわざ持ってきてくれたのだ。
渡された銀杏は粒も大きく、立派なものだった。
果肉はきれいに取り除かれており、洗って干されていた。
臭いは残っているが、現場に比べれば気になるほどではない。
「まずは味見にそのまま食べよう」
そのままと言っても本当にそのままではない。過熱はする。
銀杏の調理法として一番手っ取り早くおいしいのは電子レンジでの過熱だろう。
ペンチ状の銀杏割り器で銀杏の殻にヒビを入れる。
大さじ小さじは持っていないが、こういう妙なものをもっているのがいかにもビクターらしい。
もちろんベンチでも割れるが力加減をミスると大事な中身まで崩れかねないので、専用器具を使っているのだ。
ヒビを入れて過熱しても爆発しないようにした銀杏数個を紙封筒に入れ、封筒の口を折って閉じレンジで加熱した。
加熱時間は約一分。
それで中まで熱が通る。
いわゆる、封筒銀杏と呼ばれる食べ方だ。
フライパンでじっくりと炒ったり、熱がゆっくり伝わるように大量の塩と一緒に炒るのも美味しいが、家庭だとやっぱり電子レンジを使うのが手軽だろう。
一つ殻を剥いて見ると見事な翡翠色になっていた。新しい証拠だ。
口に入れると、ねっとりとした食感でほろ苦さと甘みの混ざった複雑な味がした。
「美味いなぁ。あ、茶碗蒸しつくろう……」
ふと思いつき、そんな声を上げた。
ビクターの頭の中では銀杏と言えば茶碗蒸しだった。
しかしビクターの家には蒸し器はなく、もしあったとしても一人分のために蒸し器をわざわざ準備するのもばからしいので電子レンジで作る茶碗蒸しだ。
できたらすぐに食べたいので、ほかの料理を準備してから取り掛かることにした。
茶碗蒸しの理想は卵の量に対して出汁はその三倍らしい。ちゃんと計量してもいいが、面倒なのでビクターは目分量だ。
卵を溶き、吸い物として飲んでおいしい感じにミリン、酒、薄口醤油、塩で味付けした冷めた出汁を入れて丁寧に混ぜていく。
口当たりをよくするのと泡を取り除くために、できた卵液を目の細かいザルで濾しておく。
銀杏割り器で銀杏を割って殻をむき、生のまま器に入れる。
器は、たっぷり食べたいのでドンブリを使う。
そこまで作ってから、ビクターは気が付いた。
「あ、入れる魚がない。鶏肉もない。カマボコとかもない。まあ、いいかぁ」
入れるものがないのに気付いたが、その代わりに他の物を増やせばいいかと一人納得する。
百合根を丁寧に剥がしていき、丁寧に洗って汚れを取った。
たっぷり入れることにしたので、けっこう大量だ。
「あ、シメジがあったな。入れるか。あとは三つ葉もあるし」
シメジをかるく洗って石突を取り、ドンブリに卵液をゆっくり流し込む。
仕上げにざっと刻んだ三つ葉を浮かべた。
軽くラップをかけ、電子レンジで加熱だ。
急激な加熱にならないように、できるだけ低ワット数でじっくり過熱していく。
ビクターの使っている電子レンジは設定できるワット数の裁定が三百ワットだったので、とりあえず三分やって様子を見た。
三十秒刻みくらいで様子を見ながら過熱していって、茶碗蒸しに竹串を指して卵液の色ではない透明な出汁しか出なくなったら完成だ。
「いただきます!」
食卓に移り、木製のスプーンで掬うと、プルプルだ。
口に入れるとスッと舌の上で消えていく。
「いい感じにできたな」
中に入れた銀杏も百合根も良い感じだ。
出汁の利いた卵を纏うと、銀杏もさらに美味しくなる。
ハフーと、茶碗蒸しで温まった身体から満足げな吐息を漏らすのだった。
秋にビクターはとあるお寺の境内の掃除を手伝っていた。
この寺には巨大なイチョウの木がある。
名物になるくらい巨大なイチョウの木で、秋には見事に黄色く色づいて美しいのだが、その巨大さ故に落葉の量も半端でなく多い。
寺の人間だけではその掃除の手が回らなくなり、ビクターにも手伝いに来てほしいとの声がかかったのだった。
「踏まないように気をつけてな」
ビクターは最初にそう住職から声をかけられ意味が分からなかったが、イチョウの木に近付いただけで理解できた。
銀杏が大量に落ちており、異臭と言っていいほどに臭いを放っていたのだ。
銀杏は好きだが、それでも鼻の良いビクターはその臭いはきつく、ポツリ『臭いきついな』と弱音を漏らしてしまった。すると、住職が気を使ってくれて、遠くに飛び散った落ち葉を掃き集める役にまわしてくれた。
ビクターは感謝しつつも恐縮し、銀杏自体は嫌いじゃないということを説明したのだった。
そして、冬。
その銀杏を寺の裏手の地面に埋め、果肉をゆっくり腐らせて中の種だけを回収したものが、ビクターにもおすそ分けされてきた。
掃除のときにビクターが銀杏は好きだと言っていたのを住職が覚えていてくれて、わざわざ持ってきてくれたのだ。
渡された銀杏は粒も大きく、立派なものだった。
果肉はきれいに取り除かれており、洗って干されていた。
臭いは残っているが、現場に比べれば気になるほどではない。
「まずは味見にそのまま食べよう」
そのままと言っても本当にそのままではない。過熱はする。
銀杏の調理法として一番手っ取り早くおいしいのは電子レンジでの過熱だろう。
ペンチ状の銀杏割り器で銀杏の殻にヒビを入れる。
大さじ小さじは持っていないが、こういう妙なものをもっているのがいかにもビクターらしい。
もちろんベンチでも割れるが力加減をミスると大事な中身まで崩れかねないので、専用器具を使っているのだ。
ヒビを入れて過熱しても爆発しないようにした銀杏数個を紙封筒に入れ、封筒の口を折って閉じレンジで加熱した。
加熱時間は約一分。
それで中まで熱が通る。
いわゆる、封筒銀杏と呼ばれる食べ方だ。
フライパンでじっくりと炒ったり、熱がゆっくり伝わるように大量の塩と一緒に炒るのも美味しいが、家庭だとやっぱり電子レンジを使うのが手軽だろう。
一つ殻を剥いて見ると見事な翡翠色になっていた。新しい証拠だ。
口に入れると、ねっとりとした食感でほろ苦さと甘みの混ざった複雑な味がした。
「美味いなぁ。あ、茶碗蒸しつくろう……」
ふと思いつき、そんな声を上げた。
ビクターの頭の中では銀杏と言えば茶碗蒸しだった。
しかしビクターの家には蒸し器はなく、もしあったとしても一人分のために蒸し器をわざわざ準備するのもばからしいので電子レンジで作る茶碗蒸しだ。
できたらすぐに食べたいので、ほかの料理を準備してから取り掛かることにした。
茶碗蒸しの理想は卵の量に対して出汁はその三倍らしい。ちゃんと計量してもいいが、面倒なのでビクターは目分量だ。
卵を溶き、吸い物として飲んでおいしい感じにミリン、酒、薄口醤油、塩で味付けした冷めた出汁を入れて丁寧に混ぜていく。
口当たりをよくするのと泡を取り除くために、できた卵液を目の細かいザルで濾しておく。
銀杏割り器で銀杏を割って殻をむき、生のまま器に入れる。
器は、たっぷり食べたいのでドンブリを使う。
そこまで作ってから、ビクターは気が付いた。
「あ、入れる魚がない。鶏肉もない。カマボコとかもない。まあ、いいかぁ」
入れるものがないのに気付いたが、その代わりに他の物を増やせばいいかと一人納得する。
百合根を丁寧に剥がしていき、丁寧に洗って汚れを取った。
たっぷり入れることにしたので、けっこう大量だ。
「あ、シメジがあったな。入れるか。あとは三つ葉もあるし」
シメジをかるく洗って石突を取り、ドンブリに卵液をゆっくり流し込む。
仕上げにざっと刻んだ三つ葉を浮かべた。
軽くラップをかけ、電子レンジで加熱だ。
急激な加熱にならないように、できるだけ低ワット数でじっくり過熱していく。
ビクターの使っている電子レンジは設定できるワット数の裁定が三百ワットだったので、とりあえず三分やって様子を見た。
三十秒刻みくらいで様子を見ながら過熱していって、茶碗蒸しに竹串を指して卵液の色ではない透明な出汁しか出なくなったら完成だ。
「いただきます!」
食卓に移り、木製のスプーンで掬うと、プルプルだ。
口に入れるとスッと舌の上で消えていく。
「いい感じにできたな」
中に入れた銀杏も百合根も良い感じだ。
出汁の利いた卵を纏うと、銀杏もさらに美味しくなる。
ハフーと、茶碗蒸しで温まった身体から満足げな吐息を漏らすのだった。
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