10 / 36
冬
冬の壱 牛頬肉の赤ワイン煮
しおりを挟む
「クリスマス……クリスマスねぇ……」
クリスマスイブである。
ビクターが買い物に出ると、いたるところが飾りつけされているのが目に付いた。
足を止めて見上げると、街路樹にはライトアップ用のLEDライトが巻き付けられているのが見える。
ビクターはもちろん、キリスト教徒ではない。
すっかり日本に馴染んでいるが、ビクターは生まれつきの日本人というわけでもなく、クリスマスが特別な日という印象もない。
しかし、イベントの日というくらいの認識はあった。
「恋人がいれば盛り上がるんだろうなぁ」
ひたすら自炊で一人飯をしていることでも分かるが、ビクターに恋人はいない。
自分自身がこの世界では特別な人間だということは重々理解しており、普通の人と特別な関係になる気はなかった。そして、同じように異世界から落ちてきた者たちとそういった関係になるのも、慰め合うようで何か違うと感じていた。
と、いった感じの言い訳をして自分自身までごまかしてるが、実際のところはビクターは昔から奥手で、おまけに女運がひたすら悪いのだ。
前の世界でひたすら女性に騙されまくり、臆病になってしまっていた。
恋愛対象になる女性相手だと、警戒してしまって上手く行動できなくなるのである。
「クリスマスらしいこと、するか」
少しだけ寂しそうに、ポツリ呟いた。
ビクターが言う『クリスマスらしいこと』というのはパーティーしたり、教会のミサに出たりということではない。そういう発想すらない。
クリスマスらしい料理を作ること一択だ。
「肉屋と酒屋に寄って帰るか」
ごちそうと言えば肉である。
それをクリスマスディナー風にしてみよう。
「そうすると、パンも買いに行った方がいいな。ついでにクリスマスらしくケーキも買うかぁ」
買う物を決め、再び歩き始めた。
「さて、作るか」
帰宅したのは昼過ぎ。
普通なら夕食の準備をするには早いが、今日作るものは時間がかかる。
「いつもならデミグラスソースで煮込むけど、今日はお洒落な感じにワイン煮だ!」
まず、人参、タマネギ、セロリをみじん切りにする。
そして取り出したのは牛頬肉。
トロトロになるまで煮込むと最高の逸品である。
ビクターは手抜きしてデミグラスソースの缶詰で煮込んでいくのが好きだが、今日はお洒落な感じにいくらしい。
フライパンに油を入れて、熱し、塩コショウした牛頬肉を丸ごと焼き始めた。
しっかり前面に焼き色が付くまで焼き固める。
それを鍋に移し、同じフライパンでみじん切りにした野菜をしっかり炒める。
鍋で直接やってもいいのだが、わざわざ一度フライパンで焼くのは、鍋で炒めると焦げ付きが気になるからだ。
この後に煮込むため洗い落とせないほど酷い焦げ付きは残らないが、気分の問題だ。
炒めた野菜も鍋に移したら、赤ワインだ。
料理に使うつもりなので高いものは買ってない。実は酒屋でサービス品と書かれていたものだ。
それをフライパンに流し込み、ワインで焦げをそぎ落とすようにしてから鍋に入れた。
そのワインだけではぜんぜん足りないため、鍋に牛頬肉が浸かるくらいの量の追加を入れて、過熱を始める。
焦げ付かないように中火で、沸騰し始めたら弱火で。
この時にローリエなど入れた方がいいらしいが、ビクターは常備してないので無しだ。別に問題ない。
「あとはひたすら煮るだけだな」
本当に、煮るだけだ。やることといえば、アクを掬うことと、半分くらいまで煮詰まったら水を足すことくらいだ。
最終的には合計で2~3時間、頬肉が柔らくなるまで煮続ける。
「換気扇回してても部屋の中が煮詰まったワインの匂いになるな」
ビクターはワインは別に嫌いじゃないが、普段はあまり飲まない。
昔いた世界には水事情が怪しいところが多く、安全な水が手に入りづらい場所では水代わりにワインを飲んでいた。
とにかく一番手に入りやすく、安全な飲み物がワインだった。
そのせいでワインは飲み飽きていたのだ。
時々煮詰まりすぎないように水を足しながら数時間煮続けて、頬肉が柔らかくなったのを確認してから過熱を止めた。仕上げは夕食直前だ。
夕方になってから、仕上げを進める。
まず頬肉を別の鍋に移し、そこにザルで野菜を濾しながら煮詰まったワインも移していく。
柔らかくなっている野菜を木ヘラでザルに押し付けて濾し、それも入れる。
ちゃんとした店ならシノワを使うんだろうが、ビクターはそんなものは持っていないのでザルで代用だ。
ふたたび過熱をはじめ、三分の一くらいまで煮詰めていく。
「付け合わせは何にしよう?いつも適当だからなー。それっぽくジャガイモ茹でたのと、人参と蕪をグラッセしてみるか」
人参と蕪を適当な大きさに切り、小鍋に入れる。
浸かるくらいの水とバターひとかけら、砂糖をひと匙入れた。
これで水がなくなるまで煮ていけば、グラッセの完成だ。
ジャガイモは皮の薄いものだったので皮ごとレンジで蒸す。
「あとは、サラダかな。副菜も欲しいけど……ピクルスでいいか」
自家製ピクルスを小鉢に盛り、サラダはホウレン草のシーザードレッシングサラダにした。
買ってきたバケットがあるので、切ってガーリックトーストに。
「いい感じに煮詰まってきたな」
ワインが三分の一まで煮詰まってきたので、頬肉を皿に取り出して、煮詰まったワインをソースに仕上げていく。
塩コショウで味を調え、水溶きの片栗粉(ジャガイモでんぷん)でトロミをつけた。
皿の頬肉をナイフで切ると、全く抵抗なく切れた。
「ん、良い感じで柔らかくなってるな」
ビクターは口に湧き上がってくるヨダレが抑えきれず、ペロリと長い舌で口元を舐めた。
ソースと付け合わせを盛りつけたら完成だ。
食卓に料理を並べ……。
「うん、クリスマスっぽい」
満足そうに頷く。
そして、牛頬肉の赤ワイン煮を口に入れた。
「……ちょっと渋みが気になるかな?でも肉とは合うな。パンにソースをつけても美味い」
頬肉はトロトロでほろりと抵抗なく口の中で崩れる。
渋みが気になるといっても許容範囲だ。嫌味な感じはしない。
ワインを変えればまた違った風味になるのだろう。
好みとしては牛頬肉はシチューにした方が好きだが、たまにはこういうのも良いだろう。
料理に使った残りのワインを飲み、なんとか彼が想像するクリスマスらしいクリスマスイブの夜を過ごしたビクターだった。
クリスマスイブである。
ビクターが買い物に出ると、いたるところが飾りつけされているのが目に付いた。
足を止めて見上げると、街路樹にはライトアップ用のLEDライトが巻き付けられているのが見える。
ビクターはもちろん、キリスト教徒ではない。
すっかり日本に馴染んでいるが、ビクターは生まれつきの日本人というわけでもなく、クリスマスが特別な日という印象もない。
しかし、イベントの日というくらいの認識はあった。
「恋人がいれば盛り上がるんだろうなぁ」
ひたすら自炊で一人飯をしていることでも分かるが、ビクターに恋人はいない。
自分自身がこの世界では特別な人間だということは重々理解しており、普通の人と特別な関係になる気はなかった。そして、同じように異世界から落ちてきた者たちとそういった関係になるのも、慰め合うようで何か違うと感じていた。
と、いった感じの言い訳をして自分自身までごまかしてるが、実際のところはビクターは昔から奥手で、おまけに女運がひたすら悪いのだ。
前の世界でひたすら女性に騙されまくり、臆病になってしまっていた。
恋愛対象になる女性相手だと、警戒してしまって上手く行動できなくなるのである。
「クリスマスらしいこと、するか」
少しだけ寂しそうに、ポツリ呟いた。
ビクターが言う『クリスマスらしいこと』というのはパーティーしたり、教会のミサに出たりということではない。そういう発想すらない。
クリスマスらしい料理を作ること一択だ。
「肉屋と酒屋に寄って帰るか」
ごちそうと言えば肉である。
それをクリスマスディナー風にしてみよう。
「そうすると、パンも買いに行った方がいいな。ついでにクリスマスらしくケーキも買うかぁ」
買う物を決め、再び歩き始めた。
「さて、作るか」
帰宅したのは昼過ぎ。
普通なら夕食の準備をするには早いが、今日作るものは時間がかかる。
「いつもならデミグラスソースで煮込むけど、今日はお洒落な感じにワイン煮だ!」
まず、人参、タマネギ、セロリをみじん切りにする。
そして取り出したのは牛頬肉。
トロトロになるまで煮込むと最高の逸品である。
ビクターは手抜きしてデミグラスソースの缶詰で煮込んでいくのが好きだが、今日はお洒落な感じにいくらしい。
フライパンに油を入れて、熱し、塩コショウした牛頬肉を丸ごと焼き始めた。
しっかり前面に焼き色が付くまで焼き固める。
それを鍋に移し、同じフライパンでみじん切りにした野菜をしっかり炒める。
鍋で直接やってもいいのだが、わざわざ一度フライパンで焼くのは、鍋で炒めると焦げ付きが気になるからだ。
この後に煮込むため洗い落とせないほど酷い焦げ付きは残らないが、気分の問題だ。
炒めた野菜も鍋に移したら、赤ワインだ。
料理に使うつもりなので高いものは買ってない。実は酒屋でサービス品と書かれていたものだ。
それをフライパンに流し込み、ワインで焦げをそぎ落とすようにしてから鍋に入れた。
そのワインだけではぜんぜん足りないため、鍋に牛頬肉が浸かるくらいの量の追加を入れて、過熱を始める。
焦げ付かないように中火で、沸騰し始めたら弱火で。
この時にローリエなど入れた方がいいらしいが、ビクターは常備してないので無しだ。別に問題ない。
「あとはひたすら煮るだけだな」
本当に、煮るだけだ。やることといえば、アクを掬うことと、半分くらいまで煮詰まったら水を足すことくらいだ。
最終的には合計で2~3時間、頬肉が柔らくなるまで煮続ける。
「換気扇回してても部屋の中が煮詰まったワインの匂いになるな」
ビクターはワインは別に嫌いじゃないが、普段はあまり飲まない。
昔いた世界には水事情が怪しいところが多く、安全な水が手に入りづらい場所では水代わりにワインを飲んでいた。
とにかく一番手に入りやすく、安全な飲み物がワインだった。
そのせいでワインは飲み飽きていたのだ。
時々煮詰まりすぎないように水を足しながら数時間煮続けて、頬肉が柔らかくなったのを確認してから過熱を止めた。仕上げは夕食直前だ。
夕方になってから、仕上げを進める。
まず頬肉を別の鍋に移し、そこにザルで野菜を濾しながら煮詰まったワインも移していく。
柔らかくなっている野菜を木ヘラでザルに押し付けて濾し、それも入れる。
ちゃんとした店ならシノワを使うんだろうが、ビクターはそんなものは持っていないのでザルで代用だ。
ふたたび過熱をはじめ、三分の一くらいまで煮詰めていく。
「付け合わせは何にしよう?いつも適当だからなー。それっぽくジャガイモ茹でたのと、人参と蕪をグラッセしてみるか」
人参と蕪を適当な大きさに切り、小鍋に入れる。
浸かるくらいの水とバターひとかけら、砂糖をひと匙入れた。
これで水がなくなるまで煮ていけば、グラッセの完成だ。
ジャガイモは皮の薄いものだったので皮ごとレンジで蒸す。
「あとは、サラダかな。副菜も欲しいけど……ピクルスでいいか」
自家製ピクルスを小鉢に盛り、サラダはホウレン草のシーザードレッシングサラダにした。
買ってきたバケットがあるので、切ってガーリックトーストに。
「いい感じに煮詰まってきたな」
ワインが三分の一まで煮詰まってきたので、頬肉を皿に取り出して、煮詰まったワインをソースに仕上げていく。
塩コショウで味を調え、水溶きの片栗粉(ジャガイモでんぷん)でトロミをつけた。
皿の頬肉をナイフで切ると、全く抵抗なく切れた。
「ん、良い感じで柔らかくなってるな」
ビクターは口に湧き上がってくるヨダレが抑えきれず、ペロリと長い舌で口元を舐めた。
ソースと付け合わせを盛りつけたら完成だ。
食卓に料理を並べ……。
「うん、クリスマスっぽい」
満足そうに頷く。
そして、牛頬肉の赤ワイン煮を口に入れた。
「……ちょっと渋みが気になるかな?でも肉とは合うな。パンにソースをつけても美味い」
頬肉はトロトロでほろりと抵抗なく口の中で崩れる。
渋みが気になるといっても許容範囲だ。嫌味な感じはしない。
ワインを変えればまた違った風味になるのだろう。
好みとしては牛頬肉はシチューにした方が好きだが、たまにはこういうのも良いだろう。
料理に使った残りのワインを飲み、なんとか彼が想像するクリスマスらしいクリスマスイブの夜を過ごしたビクターだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
334
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる