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秋
秋の参 レンコンのフライ
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それはビクターが直売所の閉店作業をしている時だった。
ビクターは直売所のシフトの穴埋め要因で、人手が足りない時だけ手伝っている。
時間も様々で、朝早い時もあれば閉店作業だけを手伝うこともあった。
直売所で働いているのは農家の女性が多く、ほとんどが既婚者のため、子供の送り迎えの時間だけとか農作業の忙しい時期に代理で入ってくれなどかなりビクターの存在は重宝されていた。
「ビクターくん、約束してたもの!」
一人の女性からビニール袋を手渡された。
「あ!ありがとうございます!」
中身は以前にビクターがお願いしていたものだった。
「崩れてて腐りやすくなってるから早く食べてね!」
「うわ、こんなにたくさん。嬉しいです」
ビクターが袋の中を確認すると、そこにあったのは大量の蓮根だった。
それも割れたり欠けたりして見た目が不格好なものばかりだ。
手渡してきた女性は兼業で蓮根農家をやっており、収穫の際に割れたり欠けたりする売れない物が大量に出るという話をしていたのだ。
それを耳聡く聞きつけたビクターが、ダメ元で安く売ってもらえないかと言ってみたのだった。
ビクターは本当に買うつもりだったが、売り物にならないし大量にあるからとタダで譲ってくれたのである。
仕事を終わらせて、ビクターはお礼に何を返そうかと考えながら帰路についた。
「とりあえず、全部皮を剥いて水に浸けておかないとすぐに悪くなるよな」
蓮根は腐りやすい。しかし、水に浸けて冷蔵庫に入れておけばしばらくは持つ。
「ぼろぼろになってるものばかりかと思ったら、上手く切ればきれいな形になるところも結構あるな。じゃあ、無理に全部きんぴらとかにしなくてもいいか」
そう呟きながら、蓮根を使った料理を頭に浮かべていった。
きんぴらにするのは当然で、刻んだ蓮根を入れた餃子、鳥と煮たり、筑前煮にしたり、素揚げにするのもいいだろう。
新鮮な旬の蓮根なので、生のまま軽く酢に漬けてサラダにするのもいいだろう。
だが……。
「やっぱり、フライにするのが一番好きだなぁ。今日はフライにしよう」
蓮根を水洗いしながら材料が家にあるかを頭の中で確認し、ビクターは本日の料理を決めたのだった。
「♪~~♪~」
鼻歌を歌いながら、野菜洗い用にしているミニタワシで丁寧に蓮根の泥を落としていく。
泥付き蓮根ほどではないがけっこう泥がついている。
しっかり洗うと、瑞々しく白い蓮根が姿を現した。
「泥パックすると美容にいいらしいけど、艶があって美味そうな見た目になってるなぁ」
目を細め、どことなく性的な発言になってしまうが相手は蓮根である。
皮むき器でざっと皮を剥き、凹みや細かい部分は包丁を使って剥いた。
割れたり欠けたりしている部分を切り落とし、形を整えてから厚めの輪切りにしていく。
あく抜きするためにボウルに水を貯め、酢を少し入れてそこに切った蓮根を入れていく。
ビクターは料理に使う酢は純米酢を使うことが多いが、あく抜き用に格安の醸造酢も常備している。
これはあく抜きだけではなく唐辛子とニンニクを漬け込んで鉢植えハーブなどの害虫除けにも利用していた。
使った道具を洗う間に酢水に十分ほど浸けてから取り出し、さっと水洗いする。
型崩れしてない輪切りの部分を選び出し、それ以外は水に浸けなおして冷蔵庫保存だ。
「他にも何か揚げるか?でも、今日は蓮根を楽しみたいから、付け合わせにポテトフライくらいかな?」
山芋やブロッコリーもあるし、ササミや豚ロース肉なんかも冷凍庫にある。しかし、今日は蓮根と付け合わせ程度にしたかった。
揚げ油を準備し、温度を上げていく。
クッキングヒーターの設定温度は190度。ビクターの家のクッキングヒーターは性能がいまいちなのか設定より油の温度が低くなる傾向にあるので設定は高め。実際の油の温度は180度になる予定だ。
ビクターの好みは中の蓮根にシャッキリとした感じが残るくらいなので、二度揚げはしない。肉類は二度揚げが正義だが、今回は違う。
温度が上がるまでの間にキャベツの千切りをして、簡単なサラダを作り、糠漬けを出した。
それからまな板などを洗って場所を作ると、小麦粉、溶き卵、パン粉を準備する。
「揚げ物は作業に場所をとるのがなぁ」
ビクターは愚痴るが、ビクターが住んでいるおいなり荘休館の部屋の流し台は十分広い。シンクに調理スペースにクッキングヒーターもグリル付きの三口だ。普通の一戸建ての流し台と同じくらいの広さがある。
新館の方はワンルーム用で、この半分くらいの大きさしかないのだから贅沢すぎるだろう。
それにビクターは流し台のすぐ近くに作業台代わりに小さめのテーブルを置いていて、愚痴るのがばかばかしいくらいの調理スペースを確保していた。
小麦粉はビニール袋に少量だけ入れ、パン粉はバットに広げてある。油を切るための網つきバットもある。
サラダと漬物も食卓に移動させ、飲み物も準備した。蓮根のフライにつける塩も準備した。準備万端だ。
揚げ物は時間との戦いだとビクターは思っている。
揚げ終わったら速攻食べられる体制を作っておかなければいけない。
食べてる間に冷めるのは仕方がないが、せめて最初の一口だけでも熱々を食べなければいけない。
油の温度が上がり、まずはポテトフライを揚げる。
ちゃんとジャガイモを揚げてもいいのだが、今回は冷凍庫に常備している冷凍ポテトで。
それから本番だ。
キッチンペーパーで蓮根の水をしっかり切る。
「あ、半分梅肉つけよう」
思いついて梅干を取り出し包丁で叩いて梅肉を作っていくつかの蓮根に塗った。
この梅干もビクターの手作りだ。
紫蘇梅干と白梅干の両方作っているが、今回は蓮根に合う紫蘇梅干を使った。
それから小麦粉の入ったビニール袋に放り込む。
梅肉が剥がれたり蓮根が割れたら台無しなので、ゆっくり揺すってまんべんなく小麦粉をまぶした。
以前はバットに小麦粉を広げてつけていたが、こっちの方が早くて全体に粉がついて楽だ。後始末もそのまま捨てるだけなので格段に楽だ。
蓮根についた粉を軽くたたき落してから溶き卵にくぐらせて、パン粉をつける。それからもう一度、溶き卵とパン粉の工程を繰り返えす。こうするとしっかりと衣ができる。
油に蓮根を全部入れたら、急いで使った道具を洗った。
「ほっとくと、こびりつくからなぁ」
水分を含んだパン粉を放置しておくと洗ってもなかなか落ちなくなるのだ。
ふやかしてから洗うことを考えると、揚げている間に洗った方が時間の節約にもなるし手間もかからない。
「あっ、スープも作ってもよかったな。もう遅いけど」
残った溶き卵がもったいないので、卵スープにすればよかったと思いついたが、揚げ始めてるのでもう作っている時間はなかった。スープなら多少パン粉や小麦粉が混ざっても問題ないと考えたが、もう遅い。
「よし!揚がった!速攻食う!」
宣言通り油を切って器に盛ると、速攻で食べる態勢に入った。
「いただきます!」
と、言ったと同時に塩を少しつけて蓮根のフライを口に放り込んだ。
ビクターは蓮根のフライに関しては塩で食べる派だ。
衣のサックリとした感覚と、シャッキリとした蓮根の歯ごたえ。
「うまい!」
蓮根を最初に食った奴は天才だとビクターは思う。
あんな泥の中に埋まってる根っこを何を考えて食おうと思ったのだろう?
ビクターも前の世界の時は食料がなくなり空腹に耐えきれずに草の根まで齧ったことがあるが、それでも泥の中のものまで食べようとは思わなかった。
蓮根が食べられると発見した奴は、よほど他人と違う考え方をする人間だったのだろう。
蓮根の発見者に感謝しつつ、次のフライを口に入れるビクターだった。
ビクターは直売所のシフトの穴埋め要因で、人手が足りない時だけ手伝っている。
時間も様々で、朝早い時もあれば閉店作業だけを手伝うこともあった。
直売所で働いているのは農家の女性が多く、ほとんどが既婚者のため、子供の送り迎えの時間だけとか農作業の忙しい時期に代理で入ってくれなどかなりビクターの存在は重宝されていた。
「ビクターくん、約束してたもの!」
一人の女性からビニール袋を手渡された。
「あ!ありがとうございます!」
中身は以前にビクターがお願いしていたものだった。
「崩れてて腐りやすくなってるから早く食べてね!」
「うわ、こんなにたくさん。嬉しいです」
ビクターが袋の中を確認すると、そこにあったのは大量の蓮根だった。
それも割れたり欠けたりして見た目が不格好なものばかりだ。
手渡してきた女性は兼業で蓮根農家をやっており、収穫の際に割れたり欠けたりする売れない物が大量に出るという話をしていたのだ。
それを耳聡く聞きつけたビクターが、ダメ元で安く売ってもらえないかと言ってみたのだった。
ビクターは本当に買うつもりだったが、売り物にならないし大量にあるからとタダで譲ってくれたのである。
仕事を終わらせて、ビクターはお礼に何を返そうかと考えながら帰路についた。
「とりあえず、全部皮を剥いて水に浸けておかないとすぐに悪くなるよな」
蓮根は腐りやすい。しかし、水に浸けて冷蔵庫に入れておけばしばらくは持つ。
「ぼろぼろになってるものばかりかと思ったら、上手く切ればきれいな形になるところも結構あるな。じゃあ、無理に全部きんぴらとかにしなくてもいいか」
そう呟きながら、蓮根を使った料理を頭に浮かべていった。
きんぴらにするのは当然で、刻んだ蓮根を入れた餃子、鳥と煮たり、筑前煮にしたり、素揚げにするのもいいだろう。
新鮮な旬の蓮根なので、生のまま軽く酢に漬けてサラダにするのもいいだろう。
だが……。
「やっぱり、フライにするのが一番好きだなぁ。今日はフライにしよう」
蓮根を水洗いしながら材料が家にあるかを頭の中で確認し、ビクターは本日の料理を決めたのだった。
「♪~~♪~」
鼻歌を歌いながら、野菜洗い用にしているミニタワシで丁寧に蓮根の泥を落としていく。
泥付き蓮根ほどではないがけっこう泥がついている。
しっかり洗うと、瑞々しく白い蓮根が姿を現した。
「泥パックすると美容にいいらしいけど、艶があって美味そうな見た目になってるなぁ」
目を細め、どことなく性的な発言になってしまうが相手は蓮根である。
皮むき器でざっと皮を剥き、凹みや細かい部分は包丁を使って剥いた。
割れたり欠けたりしている部分を切り落とし、形を整えてから厚めの輪切りにしていく。
あく抜きするためにボウルに水を貯め、酢を少し入れてそこに切った蓮根を入れていく。
ビクターは料理に使う酢は純米酢を使うことが多いが、あく抜き用に格安の醸造酢も常備している。
これはあく抜きだけではなく唐辛子とニンニクを漬け込んで鉢植えハーブなどの害虫除けにも利用していた。
使った道具を洗う間に酢水に十分ほど浸けてから取り出し、さっと水洗いする。
型崩れしてない輪切りの部分を選び出し、それ以外は水に浸けなおして冷蔵庫保存だ。
「他にも何か揚げるか?でも、今日は蓮根を楽しみたいから、付け合わせにポテトフライくらいかな?」
山芋やブロッコリーもあるし、ササミや豚ロース肉なんかも冷凍庫にある。しかし、今日は蓮根と付け合わせ程度にしたかった。
揚げ油を準備し、温度を上げていく。
クッキングヒーターの設定温度は190度。ビクターの家のクッキングヒーターは性能がいまいちなのか設定より油の温度が低くなる傾向にあるので設定は高め。実際の油の温度は180度になる予定だ。
ビクターの好みは中の蓮根にシャッキリとした感じが残るくらいなので、二度揚げはしない。肉類は二度揚げが正義だが、今回は違う。
温度が上がるまでの間にキャベツの千切りをして、簡単なサラダを作り、糠漬けを出した。
それからまな板などを洗って場所を作ると、小麦粉、溶き卵、パン粉を準備する。
「揚げ物は作業に場所をとるのがなぁ」
ビクターは愚痴るが、ビクターが住んでいるおいなり荘休館の部屋の流し台は十分広い。シンクに調理スペースにクッキングヒーターもグリル付きの三口だ。普通の一戸建ての流し台と同じくらいの広さがある。
新館の方はワンルーム用で、この半分くらいの大きさしかないのだから贅沢すぎるだろう。
それにビクターは流し台のすぐ近くに作業台代わりに小さめのテーブルを置いていて、愚痴るのがばかばかしいくらいの調理スペースを確保していた。
小麦粉はビニール袋に少量だけ入れ、パン粉はバットに広げてある。油を切るための網つきバットもある。
サラダと漬物も食卓に移動させ、飲み物も準備した。蓮根のフライにつける塩も準備した。準備万端だ。
揚げ物は時間との戦いだとビクターは思っている。
揚げ終わったら速攻食べられる体制を作っておかなければいけない。
食べてる間に冷めるのは仕方がないが、せめて最初の一口だけでも熱々を食べなければいけない。
油の温度が上がり、まずはポテトフライを揚げる。
ちゃんとジャガイモを揚げてもいいのだが、今回は冷凍庫に常備している冷凍ポテトで。
それから本番だ。
キッチンペーパーで蓮根の水をしっかり切る。
「あ、半分梅肉つけよう」
思いついて梅干を取り出し包丁で叩いて梅肉を作っていくつかの蓮根に塗った。
この梅干もビクターの手作りだ。
紫蘇梅干と白梅干の両方作っているが、今回は蓮根に合う紫蘇梅干を使った。
それから小麦粉の入ったビニール袋に放り込む。
梅肉が剥がれたり蓮根が割れたら台無しなので、ゆっくり揺すってまんべんなく小麦粉をまぶした。
以前はバットに小麦粉を広げてつけていたが、こっちの方が早くて全体に粉がついて楽だ。後始末もそのまま捨てるだけなので格段に楽だ。
蓮根についた粉を軽くたたき落してから溶き卵にくぐらせて、パン粉をつける。それからもう一度、溶き卵とパン粉の工程を繰り返えす。こうするとしっかりと衣ができる。
油に蓮根を全部入れたら、急いで使った道具を洗った。
「ほっとくと、こびりつくからなぁ」
水分を含んだパン粉を放置しておくと洗ってもなかなか落ちなくなるのだ。
ふやかしてから洗うことを考えると、揚げている間に洗った方が時間の節約にもなるし手間もかからない。
「あっ、スープも作ってもよかったな。もう遅いけど」
残った溶き卵がもったいないので、卵スープにすればよかったと思いついたが、揚げ始めてるのでもう作っている時間はなかった。スープなら多少パン粉や小麦粉が混ざっても問題ないと考えたが、もう遅い。
「よし!揚がった!速攻食う!」
宣言通り油を切って器に盛ると、速攻で食べる態勢に入った。
「いただきます!」
と、言ったと同時に塩を少しつけて蓮根のフライを口に放り込んだ。
ビクターは蓮根のフライに関しては塩で食べる派だ。
衣のサックリとした感覚と、シャッキリとした蓮根の歯ごたえ。
「うまい!」
蓮根を最初に食った奴は天才だとビクターは思う。
あんな泥の中に埋まってる根っこを何を考えて食おうと思ったのだろう?
ビクターも前の世界の時は食料がなくなり空腹に耐えきれずに草の根まで齧ったことがあるが、それでも泥の中のものまで食べようとは思わなかった。
蓮根が食べられると発見した奴は、よほど他人と違う考え方をする人間だったのだろう。
蓮根の発見者に感謝しつつ、次のフライを口に入れるビクターだった。
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