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五章 新し世界の始まり
五章 プロローグ 4
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深い深い地下。
小さめの広間くらいの部屋で、グリおじさんは眠ってた。
周囲を囲む壁の岩に、繋ぎ目はない。それどころか天井や床まで一体になっている。
知識のある者が見れば、魔法で作られた物だとすぐに気が付くだろう。土を岩になるまで圧縮し、作り出されていた。
膨大な魔力の持ち主でないとこの様な真似は出来ないが、できる存在が今ここにいる。
この空間は、グリおじさんが作った物だ。
この空間だけではない。
ここの外にも、大小多数の部屋が広がっている。その全てが、グリおじさんによって作られていた。
ここは、ロアの家の地下室。
……ただ、通常「地下室」と言われて思い浮かぶ印象からはかけ離れている。
グリおじさんが調子に乗って作りまくった所為で、アマダン伯領の地下全体に広がっていた。部屋数も使いきれないほど多い。
もはや地下室と言うより、地下迷宮と言っていい程だった。
その事実をロアは知らない。
ロアはちょっと広すぎる地下室としか思っておらず、無謀な大規模建設の全貌は、当事者のグリおじさんしか把握していない。
<……やっと、来たか>
グリおじさんは小さく呟くと、ゆっくりと目を開けて頭を上げる。
そして、大きく欠伸をして見せた。
グリおじさんが大口を開いている間に、目の前に光が集まり始める。
光は見る見る間に大きくなり、垂直に立つ輝く円盤となった。
円盤の表面に影が浮かび上がり始める。影は濃くなっていき、段々と人型を取り始める。
影の濃さが限界を迎えると、浮かび上がるように二人の人間と一匹の魔獣が姿を現した。
ロアとコルネリア、そして、カラくんだ。
円盤は、妖精王であるカラくんの『妖精の抜け穴』。遠方同士を繋ぐ、移動用の魔法だ。
地下深くにある地下室は、強力な土魔法でしか出入りできなくしてあるが、妖精の抜け穴を使えば一瞬だった。
「グリおじさんも来てたんだ?」
「げっ……」
ロアはグリおじさんに気が付くと笑みを浮かべただけだが、コルネリアは女性らしからぬ潰れた声を上げた。本日二度目だ。
「あの、私は諸悪の根源なんて思ってないからね?リーダーが言ってただけだから!」
<くぁ……。何を言っているのだ、うるさい女は?>
大口を閉じて欠伸を終わらすと、グリおじさんはやけに慌てているコルネリアに視線を向ける。
「え?何って……。あ、抜け穴の向こうで話したことは聞こえてない?何でもない!何でもないの!!」
自分が余計な事を言ってしまったと察したのだろう。コルネリアはさらに慌てる。
その様子を見て、グリおじさんも察した。
<ふむ、つまり貴様は、妖精王の抜け穴の向こうで我の悪口を言っていたのだな?>
「だから、私じゃなくて、リーダーが言ってた話なの!!」
<慌てているという言ことは、貴様も同意していたのであろう?>
ニヤニヤと器用に嘴を歪めて嫌な笑みを浮かべているグリおじさん。それに対してコルネリアの顔色は段々と悪くなっていく。
今はロアが目の前にいるから、グリおじさんがコルネリアに手を出すことは無いだろう。怖いのは、その後だ。
根に持たれて悪質なイタズラを仕掛けられないとは限らない。現に、グリおじさんの目は面白い玩具を見つけた子供のように輝いている。
「グリおじさん。コルネリアは、アダドからの帰り道の話をしてただけだから」
妙な緊張感が漂う状況に、ため息を漏らしながらロアが口を挟んだ。
「そうそう、あの時に妖精の抜け穴があったら、私たちも酷い目に合わなくて済んだなーーって、話してただけなの。抜け穴は便利だって感想よ、感想」
<貴様らはまだ、あの時の事を根に持っているのか?あれは我は悪くないであろう?もちろん、急いで帰りたがったルーとフィーも悪くないがな!>
「原因はグリおじさんでしょ!」
思わず、自分が誤魔化していたことを忘れてコルネリアは叫んだ。それほどまでに、あの時の状況は耐え切れないものだった。
アダドからの帰り道。コルネリアたちは、地獄を見た。
そして原因は、グリおじさんだ。
アダドから帰るとなった時、悪事がバレたくないグリおじさんが、ロアだけを連れて先に飛んで帰ってしまった。
当然ながら、双子の魔狼がそれを容認するはずがない。双子はグリおじさんを追って急いで帰ることを主張し、望郷のメンバーたちはそれを止めきれなかった。
結果、大人姿になった双子が、望郷のメンバーたちを背に乗せて全力疾走することになったのである。
アダド帝国は大陸の南東部。ペルデュ王国は大陸中央だ。
ペルデュ王国の中でもアマダン伯領は南寄りにあるとはいえ、大陸の内側なのは変わらない。とんでもない距離がある。
その距離を、双子は夜を徹して一日足らずで走り抜けた。
この世界の人間が経験したことのない速さだ。
しかも人目を避けて街道以外を主に走ったのだから、乗り心地は想像に絶する。双子が望郷のメンバーたちに気を使う訳もなく、文字通り地獄のような時間だった。
……ちなみに、双子だけで先に帰さずに、絶対に一緒に帰ると言い張ったのは、ディートリヒだ。彼だけは自業自得だろう。
<我は悪くない!それに、我はちゃんと罰を受けたぞ>
ヘロヘロになりロアの家にたどり着いた望郷のメンバーが見たのは、涙目のグリおじさんの姿だった。
ロアに説教をされ、首に『私は皆を置いて帰って来てしまいました。食べ物を与えないでください』という板をぶら下げられ、その後は二週間の飯抜きを食らっていた。
グリおじさんは長期の空腹にも耐えられる身体をしているが、それでもさすがに辛かったらしい。
<……そのどうでもいい話をまだ続ける?なら、ボクはご主人様と先に起動しちゃうけど?>
吐き捨てるように言ったのは、カラくんだ。冷めた目で一人と一匹を見ている。
グリおじさんとコルネリアの言い争いなど、本当にどうでもいいのだろう。表情に出まくっている。
<なに?どうでもいい話だと!?我の名誉が掛かってるのだ!どうでも良くないであろう!>
<どうでもいいよ。ボクはさっさと成功させてご主人様に褒めてもらいた……じゃなくて、詰まらない話でご主人様とボクを待たせて悪いと思わないの?>
今度はグリおじさんとカラくんが睨み合う。この二匹は、どうにも仲が悪い。
自分が標的から外れたことで、コルネリアは静かに息を吐いた。
<ダンジョンコアの設置だって、虫嫌いの君が願い出てきたことでしょ?なのにご主人様を待たせて。ああ、ダンジョンに虫がいれば、戦いが楽だったのに。あの設定は昔の主人がしたものだから、簡単には変更できなかったんだよね。虫を怖がってピーピー泣くのを見たかったなぁ>
カラくんが派手な手振りでグリおじさんを煽って見せた。
<妖精王よ!我は別に虫が怖いわけではないぞ!ただ、この地下室を『虫一匹入り込めない』場所にしたいと思っただけだ!『虫一匹は入れ込めない』だけで、虫そのものは関係ない!防犯の……そう、防犯の観点から必要なのだ!変な勘違いをするな!!>
<勘違いだって?ハッ。ボクはご主人様の記憶で知ってるんだよ?君が虫に怯えて叫びを上げてたのも知ってるんだ。誤魔化さないでよ>
鼻先が付きそうなほどの距離でグリおじさんとカラくんが睨み合う。
その会話が途切れた一瞬に、声が上がった。
「え?ダンジョンコアって!!?」
コルネリアだ。時間をおいて、やっと、言葉の意味を理解できたらしい。
驚きの表情でロアの方を振り向く。
「そうなんですよ。ここにダンジョンコアを設置しようと思って。最初に起動と初期設定?ってのが必要らしくて、それをしに来たんです」
ロアの声は呑気なものだ。
ロアはコルネリアとグリおじさん、そして、カラくんとグリおじさんの言い争いも楽し気に眺めていた。
「皆、仲が良いな」と言いたげな、満足げな笑みを浮かべて。
ロアの目には言い争いも、仲の良いじゃれ合いとしか見えなかったらしい。
<もう設置は出来てますよ!魔力も通ってます!ほら!>
カラくんが掌で部屋の奥を指し示す。
今までグリおじさんと睨み合っていたのが嘘のような、満面の笑顔だった。
「え……ホントに?これがダンジョンコア?」
「さすが、カラくんは仕事が早いよね」
<ありがとうございます!!ご主人様のために頑張りました!>
<この場と台座は我が作ったのだぞ!そっちも褒めろ!>
コルネリアが戸惑うが、ロアたち主従は自分の手柄を誇るように好き勝手に話し始めている。
実に自分勝手な連中だと、コルネリアは思う。
迷宮核は、伝説の存在だ。
ダンジョンと呼ばれる場所は数多くあるが、ダンジョンコアで管理されている所は数えるほどしかないと言う。本当に希少な存在。
緋緋色金という生きている金属で作られ、ダンジョン全体に根を張って支えて管理する、半魔道具の魔獣。
幸いな……いや、不幸なことに、コルネリアはすでに一部分ながら目にしていた。ダンジョンコアの一部を使って作られた、ロアの偽者二重存在。それと戦ったのだ。
コルネリアがダンジョンコアの詳細を知ったのも、その時の事だった。
だが、本体そのものを目にするのは初めてだ。
部屋の奥の、一段高くなったところにダンジョンコアはあった。
小鳥の卵ほどの球形の物体。派手な装飾をされた白い大理石の台座に収まっている。
目が覚めるほどの、鮮やかな赤。
その内側には怪しいほどの輝きを宿している。
コルネリアは自分が心惹かれるのを感じた。
ドッペルゲンガーの時はその赤さに血の様な不吉さを感じていたが、今の姿はどんな宝石よりも美しかった。
そう言えば、ネレウスの女王が欲しがっていたなと、改めて思い出す。
女王ですら得られない、希少な物体。それが目の前にある。
「……キレイね」
思わず、手を伸ばす。
その瞬間に、ダンジョンコアの内に秘めた光が歪んだ。
ほんの一瞬の出来事。光が歪んだかと思うと表面が波打って、一筋の触手がコルネリアへと伸びる。
「あ!」
慌ててコルネリアが手を引こうとしたが、もう遅い。ダンジョンコアの触手が伸ばしていた右手の手首を捉え、巻き付いた。
「コルネリア!」
ロアが慌てて声を上げ、コルネリアに駆け寄る。
だが、カラくんが前に割って入り、ロアはコルネリアを助けることはできなかった。
<大丈夫ですよ、ご主人様>
思わせぶりな笑顔を見せるカラくん。カラくんは、全て分かっているようだ。
<妖精王よ、貴様の言っていた通りになったな>
<すでに魔力は通っていたしね。女が来ると言った時点で、こうなるのは確定だったね>
呑気に会話をし、穏やかな表情でコルネリアの手首に巻き付いた触手を見つめる二匹。
ロアはその様子を見て、見守ることにした。きっと、悪い事ではないのだろう。
触手はコルネリアの手首を一回りした後に動きを止め、プツリと千切れた。
手首に巻き付いた触手は動きを止め、固まって赤い腕輪となった。
「カラくん、何が起こったの?」
<身体の一部を、装身具として預けることにしたようですね>
「……?」
話が読めないロアは、首を傾げた。
コルネリアは話を聞くどころではない、半狂乱で必死に手首に取り付いた腕輪を外そうとしているが、何をしても外れることは無く、傷も付けられない。
<このダンジョンコアは、ご主人様たちが倒したドッペルゲンガーの素材を再利用して作られています。ご主人様たちと戦った時の記憶が、少し残っていたようです>
カラくんは、必死になっているコルネリアの肩に手を当てて、首を振って見せる。これ以上抵抗するなと言いたいのだろう。
コルネリアは手を止めて頭を上げたものの、顔には怯えの表情が貼り付いていた。
<この女がトドメを刺していましたし、攻撃を当てたのも一番多かったのでしょうね>
カラくんはロアの方を見ると、重要な事を話す準備とばかりに軽く息を吸った。
<ご主人様。ダンジョンコアは暴力的な強さが好きなようです。最も自分を苦しめ、撃破した者の傍にいたいと思うほどに>
「つまり?」
なんとなく話が読めて来て、ロアは息を呑む。
<身体の一部……分身なら、従魔として預けても良いと思ったようです>
<うるさい女を選ぶとは、妖精王に造られただけあって悪食だ>
二匹が、同時に苦笑を浮かべる。悪趣味な冗談を聞いたかのように。
「ちょっと!笑ってないでどうにかしてよ!」
その笑みを不愉快に感じたのだろう。コルネリアが叫びを上げた。
それでも、二匹は動こうとはしない。笑みの強さを増すだけだ。
<女、気が向いたら名前を付けてやれ。そうすれば、腕輪はダンジョンコアから独立し、完全なお前の従魔になる。失望させるなよ>
カラくんの虹色に輝く瞳で見つめられ、コルネリアは何も言葉を返すことができなかった。
手首で赤く輝くダンジョンコアの腕輪。巻き付いた時の繋ぎ目すら消えてしまったそれは、宝石を流して固めたようだ。
美しい。確かに美しいのだが……。
<さて、ご主人様。ダンジョンコアの起動をしますか>
<そうだな、小僧。これ以上無駄な事に時間を割いてはいられぬぞ>
自分勝手の権化のような魔獣たちは、もう話は終わったとばかりにコルネリアから目を離す。
ロアの背中を押して、ダンジョンコアの前へと促した。
「ロア」
コルネリアは、すがるような目をロアに向けた。
だが、ロアは困ったような、それでいてちょっと嬉しそうな微妙な表情を浮かべた。
まるで、同類を憐れむような。
「名前を決めたら教えてくださいね。オレが大丈夫だったんですから、コルネリアなら大丈夫です!」
そうだった。ロアは魔獣たちからほぼ強制的に従魔契約をされて、全て受け入れてきた人間だった。
その事に気付いたコルネリアは、ガックリと肩を落としたのだった。
小さめの広間くらいの部屋で、グリおじさんは眠ってた。
周囲を囲む壁の岩に、繋ぎ目はない。それどころか天井や床まで一体になっている。
知識のある者が見れば、魔法で作られた物だとすぐに気が付くだろう。土を岩になるまで圧縮し、作り出されていた。
膨大な魔力の持ち主でないとこの様な真似は出来ないが、できる存在が今ここにいる。
この空間は、グリおじさんが作った物だ。
この空間だけではない。
ここの外にも、大小多数の部屋が広がっている。その全てが、グリおじさんによって作られていた。
ここは、ロアの家の地下室。
……ただ、通常「地下室」と言われて思い浮かぶ印象からはかけ離れている。
グリおじさんが調子に乗って作りまくった所為で、アマダン伯領の地下全体に広がっていた。部屋数も使いきれないほど多い。
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ロアはちょっと広すぎる地下室としか思っておらず、無謀な大規模建設の全貌は、当事者のグリおじさんしか把握していない。
<……やっと、来たか>
グリおじさんは小さく呟くと、ゆっくりと目を開けて頭を上げる。
そして、大きく欠伸をして見せた。
グリおじさんが大口を開いている間に、目の前に光が集まり始める。
光は見る見る間に大きくなり、垂直に立つ輝く円盤となった。
円盤の表面に影が浮かび上がり始める。影は濃くなっていき、段々と人型を取り始める。
影の濃さが限界を迎えると、浮かび上がるように二人の人間と一匹の魔獣が姿を現した。
ロアとコルネリア、そして、カラくんだ。
円盤は、妖精王であるカラくんの『妖精の抜け穴』。遠方同士を繋ぐ、移動用の魔法だ。
地下深くにある地下室は、強力な土魔法でしか出入りできなくしてあるが、妖精の抜け穴を使えば一瞬だった。
「グリおじさんも来てたんだ?」
「げっ……」
ロアはグリおじさんに気が付くと笑みを浮かべただけだが、コルネリアは女性らしからぬ潰れた声を上げた。本日二度目だ。
「あの、私は諸悪の根源なんて思ってないからね?リーダーが言ってただけだから!」
<くぁ……。何を言っているのだ、うるさい女は?>
大口を閉じて欠伸を終わらすと、グリおじさんはやけに慌てているコルネリアに視線を向ける。
「え?何って……。あ、抜け穴の向こうで話したことは聞こえてない?何でもない!何でもないの!!」
自分が余計な事を言ってしまったと察したのだろう。コルネリアはさらに慌てる。
その様子を見て、グリおじさんも察した。
<ふむ、つまり貴様は、妖精王の抜け穴の向こうで我の悪口を言っていたのだな?>
「だから、私じゃなくて、リーダーが言ってた話なの!!」
<慌てているという言ことは、貴様も同意していたのであろう?>
ニヤニヤと器用に嘴を歪めて嫌な笑みを浮かべているグリおじさん。それに対してコルネリアの顔色は段々と悪くなっていく。
今はロアが目の前にいるから、グリおじさんがコルネリアに手を出すことは無いだろう。怖いのは、その後だ。
根に持たれて悪質なイタズラを仕掛けられないとは限らない。現に、グリおじさんの目は面白い玩具を見つけた子供のように輝いている。
「グリおじさん。コルネリアは、アダドからの帰り道の話をしてただけだから」
妙な緊張感が漂う状況に、ため息を漏らしながらロアが口を挟んだ。
「そうそう、あの時に妖精の抜け穴があったら、私たちも酷い目に合わなくて済んだなーーって、話してただけなの。抜け穴は便利だって感想よ、感想」
<貴様らはまだ、あの時の事を根に持っているのか?あれは我は悪くないであろう?もちろん、急いで帰りたがったルーとフィーも悪くないがな!>
「原因はグリおじさんでしょ!」
思わず、自分が誤魔化していたことを忘れてコルネリアは叫んだ。それほどまでに、あの時の状況は耐え切れないものだった。
アダドからの帰り道。コルネリアたちは、地獄を見た。
そして原因は、グリおじさんだ。
アダドから帰るとなった時、悪事がバレたくないグリおじさんが、ロアだけを連れて先に飛んで帰ってしまった。
当然ながら、双子の魔狼がそれを容認するはずがない。双子はグリおじさんを追って急いで帰ることを主張し、望郷のメンバーたちはそれを止めきれなかった。
結果、大人姿になった双子が、望郷のメンバーたちを背に乗せて全力疾走することになったのである。
アダド帝国は大陸の南東部。ペルデュ王国は大陸中央だ。
ペルデュ王国の中でもアマダン伯領は南寄りにあるとはいえ、大陸の内側なのは変わらない。とんでもない距離がある。
その距離を、双子は夜を徹して一日足らずで走り抜けた。
この世界の人間が経験したことのない速さだ。
しかも人目を避けて街道以外を主に走ったのだから、乗り心地は想像に絶する。双子が望郷のメンバーたちに気を使う訳もなく、文字通り地獄のような時間だった。
……ちなみに、双子だけで先に帰さずに、絶対に一緒に帰ると言い張ったのは、ディートリヒだ。彼だけは自業自得だろう。
<我は悪くない!それに、我はちゃんと罰を受けたぞ>
ヘロヘロになりロアの家にたどり着いた望郷のメンバーが見たのは、涙目のグリおじさんの姿だった。
ロアに説教をされ、首に『私は皆を置いて帰って来てしまいました。食べ物を与えないでください』という板をぶら下げられ、その後は二週間の飯抜きを食らっていた。
グリおじさんは長期の空腹にも耐えられる身体をしているが、それでもさすがに辛かったらしい。
<……そのどうでもいい話をまだ続ける?なら、ボクはご主人様と先に起動しちゃうけど?>
吐き捨てるように言ったのは、カラくんだ。冷めた目で一人と一匹を見ている。
グリおじさんとコルネリアの言い争いなど、本当にどうでもいいのだろう。表情に出まくっている。
<なに?どうでもいい話だと!?我の名誉が掛かってるのだ!どうでも良くないであろう!>
<どうでもいいよ。ボクはさっさと成功させてご主人様に褒めてもらいた……じゃなくて、詰まらない話でご主人様とボクを待たせて悪いと思わないの?>
今度はグリおじさんとカラくんが睨み合う。この二匹は、どうにも仲が悪い。
自分が標的から外れたことで、コルネリアは静かに息を吐いた。
<ダンジョンコアの設置だって、虫嫌いの君が願い出てきたことでしょ?なのにご主人様を待たせて。ああ、ダンジョンに虫がいれば、戦いが楽だったのに。あの設定は昔の主人がしたものだから、簡単には変更できなかったんだよね。虫を怖がってピーピー泣くのを見たかったなぁ>
カラくんが派手な手振りでグリおじさんを煽って見せた。
<妖精王よ!我は別に虫が怖いわけではないぞ!ただ、この地下室を『虫一匹入り込めない』場所にしたいと思っただけだ!『虫一匹は入れ込めない』だけで、虫そのものは関係ない!防犯の……そう、防犯の観点から必要なのだ!変な勘違いをするな!!>
<勘違いだって?ハッ。ボクはご主人様の記憶で知ってるんだよ?君が虫に怯えて叫びを上げてたのも知ってるんだ。誤魔化さないでよ>
鼻先が付きそうなほどの距離でグリおじさんとカラくんが睨み合う。
その会話が途切れた一瞬に、声が上がった。
「え?ダンジョンコアって!!?」
コルネリアだ。時間をおいて、やっと、言葉の意味を理解できたらしい。
驚きの表情でロアの方を振り向く。
「そうなんですよ。ここにダンジョンコアを設置しようと思って。最初に起動と初期設定?ってのが必要らしくて、それをしに来たんです」
ロアの声は呑気なものだ。
ロアはコルネリアとグリおじさん、そして、カラくんとグリおじさんの言い争いも楽し気に眺めていた。
「皆、仲が良いな」と言いたげな、満足げな笑みを浮かべて。
ロアの目には言い争いも、仲の良いじゃれ合いとしか見えなかったらしい。
<もう設置は出来てますよ!魔力も通ってます!ほら!>
カラくんが掌で部屋の奥を指し示す。
今までグリおじさんと睨み合っていたのが嘘のような、満面の笑顔だった。
「え……ホントに?これがダンジョンコア?」
「さすが、カラくんは仕事が早いよね」
<ありがとうございます!!ご主人様のために頑張りました!>
<この場と台座は我が作ったのだぞ!そっちも褒めろ!>
コルネリアが戸惑うが、ロアたち主従は自分の手柄を誇るように好き勝手に話し始めている。
実に自分勝手な連中だと、コルネリアは思う。
迷宮核は、伝説の存在だ。
ダンジョンと呼ばれる場所は数多くあるが、ダンジョンコアで管理されている所は数えるほどしかないと言う。本当に希少な存在。
緋緋色金という生きている金属で作られ、ダンジョン全体に根を張って支えて管理する、半魔道具の魔獣。
幸いな……いや、不幸なことに、コルネリアはすでに一部分ながら目にしていた。ダンジョンコアの一部を使って作られた、ロアの偽者二重存在。それと戦ったのだ。
コルネリアがダンジョンコアの詳細を知ったのも、その時の事だった。
だが、本体そのものを目にするのは初めてだ。
部屋の奥の、一段高くなったところにダンジョンコアはあった。
小鳥の卵ほどの球形の物体。派手な装飾をされた白い大理石の台座に収まっている。
目が覚めるほどの、鮮やかな赤。
その内側には怪しいほどの輝きを宿している。
コルネリアは自分が心惹かれるのを感じた。
ドッペルゲンガーの時はその赤さに血の様な不吉さを感じていたが、今の姿はどんな宝石よりも美しかった。
そう言えば、ネレウスの女王が欲しがっていたなと、改めて思い出す。
女王ですら得られない、希少な物体。それが目の前にある。
「……キレイね」
思わず、手を伸ばす。
その瞬間に、ダンジョンコアの内に秘めた光が歪んだ。
ほんの一瞬の出来事。光が歪んだかと思うと表面が波打って、一筋の触手がコルネリアへと伸びる。
「あ!」
慌ててコルネリアが手を引こうとしたが、もう遅い。ダンジョンコアの触手が伸ばしていた右手の手首を捉え、巻き付いた。
「コルネリア!」
ロアが慌てて声を上げ、コルネリアに駆け寄る。
だが、カラくんが前に割って入り、ロアはコルネリアを助けることはできなかった。
<大丈夫ですよ、ご主人様>
思わせぶりな笑顔を見せるカラくん。カラくんは、全て分かっているようだ。
<妖精王よ、貴様の言っていた通りになったな>
<すでに魔力は通っていたしね。女が来ると言った時点で、こうなるのは確定だったね>
呑気に会話をし、穏やかな表情でコルネリアの手首に巻き付いた触手を見つめる二匹。
ロアはその様子を見て、見守ることにした。きっと、悪い事ではないのだろう。
触手はコルネリアの手首を一回りした後に動きを止め、プツリと千切れた。
手首に巻き付いた触手は動きを止め、固まって赤い腕輪となった。
「カラくん、何が起こったの?」
<身体の一部を、装身具として預けることにしたようですね>
「……?」
話が読めないロアは、首を傾げた。
コルネリアは話を聞くどころではない、半狂乱で必死に手首に取り付いた腕輪を外そうとしているが、何をしても外れることは無く、傷も付けられない。
<このダンジョンコアは、ご主人様たちが倒したドッペルゲンガーの素材を再利用して作られています。ご主人様たちと戦った時の記憶が、少し残っていたようです>
カラくんは、必死になっているコルネリアの肩に手を当てて、首を振って見せる。これ以上抵抗するなと言いたいのだろう。
コルネリアは手を止めて頭を上げたものの、顔には怯えの表情が貼り付いていた。
<この女がトドメを刺していましたし、攻撃を当てたのも一番多かったのでしょうね>
カラくんはロアの方を見ると、重要な事を話す準備とばかりに軽く息を吸った。
<ご主人様。ダンジョンコアは暴力的な強さが好きなようです。最も自分を苦しめ、撃破した者の傍にいたいと思うほどに>
「つまり?」
なんとなく話が読めて来て、ロアは息を呑む。
<身体の一部……分身なら、従魔として預けても良いと思ったようです>
<うるさい女を選ぶとは、妖精王に造られただけあって悪食だ>
二匹が、同時に苦笑を浮かべる。悪趣味な冗談を聞いたかのように。
「ちょっと!笑ってないでどうにかしてよ!」
その笑みを不愉快に感じたのだろう。コルネリアが叫びを上げた。
それでも、二匹は動こうとはしない。笑みの強さを増すだけだ。
<女、気が向いたら名前を付けてやれ。そうすれば、腕輪はダンジョンコアから独立し、完全なお前の従魔になる。失望させるなよ>
カラくんの虹色に輝く瞳で見つめられ、コルネリアは何も言葉を返すことができなかった。
手首で赤く輝くダンジョンコアの腕輪。巻き付いた時の繋ぎ目すら消えてしまったそれは、宝石を流して固めたようだ。
美しい。確かに美しいのだが……。
<さて、ご主人様。ダンジョンコアの起動をしますか>
<そうだな、小僧。これ以上無駄な事に時間を割いてはいられぬぞ>
自分勝手の権化のような魔獣たちは、もう話は終わったとばかりにコルネリアから目を離す。
ロアの背中を押して、ダンジョンコアの前へと促した。
「ロア」
コルネリアは、すがるような目をロアに向けた。
だが、ロアは困ったような、それでいてちょっと嬉しそうな微妙な表情を浮かべた。
まるで、同類を憐れむような。
「名前を決めたら教えてくださいね。オレが大丈夫だったんですから、コルネリアなら大丈夫です!」
そうだった。ロアは魔獣たちからほぼ強制的に従魔契約をされて、全て受け入れてきた人間だった。
その事に気付いたコルネリアは、ガックリと肩を落としたのだった。
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