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四章 新しい仲間たちの始まり
エピローグ②
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アダド帝国帝都の北部。
帝都の中で最も日当たりの悪いその場所は、貧しい人々が住む場所となっていた。
そんな北部でも例外的に栄え、活気に満ちている場所がある。
迷宮地区。
アダド地下大迷宮の出入り口周辺に造られ、冒険者を支えるための宿屋や飲食店、娯楽施設や必要な道具を売る店などが立ち並んでいる。
ダンジョンから恩恵を受け、ダンジョン探索を支えるための街だ。
当然ながら、その街で最も権威があるのは冒険者ギルドとなっていた。
その冒険者ギルドの一室。
副ギルド長のために準備された部屋で、一人の男が執務を行っていた。
彼の名はスティード。
隣国ペルデュ王国のアマダン伯領のギルドマスターをしていたが、不祥事から地位を剥奪され、一時はペルデュ王国ギルド本部で飼い殺しの状態になっていた。
そこを旧知のギルドマスターに助けられ、彼は今、このギルドのサブマスターをやっている。
飼い殺しにされ追い詰められた時の心の傷から、彼は精神を病んだ。特定の言葉や、建物の軋みなどを極端に恐れるようになった。
ギルドが崩れる!メモ用紙の地獄が!!などと泣きながら騒ぎだすようになったのだ。
だが、今は安定している。むしろ、穏やかで威厳すら感じる状態だ。
机に積まれた書類を処理するスティード。その手際は良く、見る見る間に書類の山は低くなっていく。
ふと、彼はペンを走らせていた手を止めた。
「……鐘が……」
小さく呟くと、頭を上げて窓へと目を向けた。
窓を通して見える空は高く、青く。その下に広がる建物の屋根は、太陽の光に鮮やかに照らし出されている。
いつもと変わらない、穏やかな風景。
ギルドの建物の傍らに植えられた木々の葉が、ゆっくりと揺れていた。
木々を揺らす風が運んでいるのか、遠くで鐘が鳴っているのが聞こえて来ていた。
ゆったりとした間隔で繰り返される、大気に染み渡るような鐘の音だ。
「まだ昼には時間があると思ったが」
この街では、朝昼夕と三回、鐘が鳴らされる。
住民たちは鐘の音を合図に仕事に出かけ、昼の休みを取り、家に帰る。
だが、スティードの体感では昼までかなりの時間があるはずだった。
それに、一番近い鐘の音ではなく、遠くの鐘の音だけが聞こえてくるのも変だ。時を告げる鐘なら、街中の鐘が同時に鳴り響くはずだった。
「……ああ、そうか」
少し考えてから、スティードは声を漏らした。
時を告げる以外に、鐘が鳴る時がある。
異常事態を告げる時。この時は激しく打ち鳴らされるから、そうでないことはすぐに分かった。
そして、祝福の鐘。
この街の人々にとって、重要な人物のために鳴らされる。幸運を祈るために。
「あの王子たちが旅立つのか」
この鐘の音は旅立ちの時に、旅路の無事を願うための鐘だった。
この街を……いや、この国を救ってくれた人物が、今、旅立ったのだ。
「なんて事のない冒険者パーティーだと思ってたんだがな、まさか、王子様とはなぁ」
旅立った人物の事をスティードは知っていた。いや、知っていたつもりだった。
スティードは彼らを、アマダン伯領のギルドマスターをしていた時に知った。
アマダン伯領を訪れてすぐに、スティードの元に挨拶に来たのだ。
ネレウス王国からペルデュ王国へと、修行の旅をしている冒険者パーティーだと自称していた。
普通、流れ者の冒険者は、何か問題を起こして他国に逃げて来た者が多い。そういう場合でも修行の旅をしていると言うことがあるのだが、礼儀正しく挨拶に来たことで彼らの言ったことは本当だと思った。
だが、その考えはすぐに覆った。
彼らのリーダーがギルドの酒場で騒ぎを起こし、多額の賠償金を払わされたのだ。
所詮、流れ者は流れ者。他国から来る人間は、定住できない理由がある者でしかないと思い知らされた。
そして、次に彼らと関わったのが、スティード自身が飼い殺しにされる切っ掛けとなった事件だった。
彼らは、事件に間接的に関わり、巻き込まれた。
「しかも、妖精王の使徒様とはな。オレがフィクサーから目を付けられたのも、その関係だったんかなぁ」
スティードは、全国の冒険者ギルドを取り仕切っている黒幕と呼ばれる人物に目を付けられて飼い殺しにされた。
逆らうことは許されず、ギルドを辞めることすらできなかった。
彼はその原因が事件の中心人物である万能職の少年にあると思っていたが、どうやら違っていたらしい。
魔獣は人間の敵だが、それでも地方によっては人を助け、神のように崇められる魔獣もいるのだ。それどころか、国家が影で魔獣に助けられてる例すらある。
例えば、この国アダドのように。
冒険者ギルドの黒幕と、妖精王が繋がっていてもおかしくない。
もしそうならば、妖精王が自らの使徒を危険に巻き込んだと考え、黒幕に責任者の処罰を求めることもありうるだろう。
「でもまあ、今回はやつらを助けた訳だし……」
処罰の原因が彼らを巻き込んだことだったとしても、今回はむしろスティードが彼らを救ったのだ。感謝されこそすれ、また処罰されることは無いだろう。
「……」
彼らを助けた時の事を思い出し、スティードは自分の手に目を落とす。
剣を振るうために皮手袋の様に皮膚が厚くなった手。傷も多数付いている。
その手は、もう震えることはなかった。
あれほど恐怖していたのに、嘘のようだ。
もう、ギルドの建物が崩壊する妄想に憑りつかれることもない。むしろ、どうしてあんな妄想をしていたのか不思議なくらいだ。
あの時。
スティードはギルドマスターの部屋の机の下で怯えていた。
絶えることのない地揺れに、恐怖で足がすくんで動けなくなっていた。
外から聞こえる戦闘の音。度々上がる叫び声。魔法の爆音。
何かが起こっていることは分かっていたのに、どうしても机の下から這い出ることはできなかった。
机の下で身を縮めていると、突然、音が止んだ。
地揺れも気付かない内に収まっていた。
外で起こっている何かが、終わったと思った。
そうなると、どうしても外が気になる。
何が起こっていたのか。自分が何に怯えていたのか知りたいと思ってしまった。
だから、ゆっくりと周囲を確認しながら机の下から這い出た。音がしていた方向の窓に近付いた。
そこにまた、戦闘の音が聞こえ始める。
人々の叫びも聞こえてくる。
再び恐怖に震えて頭を抱えようとした瞬間。
視界の端に映ったのは、窓の外を舞うメモ用紙。
雪でも振るように。秋の落葉のように。
大量のメモ用紙が空を舞っていた。
ブチリと、頭の中で何かが千切れ飛ぶのを聞いた。
オレが病みながら作ったメモ用紙を粗末に扱いやがって!!……その怒りだけが、頭を埋め尽くした。
そして気付けば、部屋に飾られていた古い剣を手にして、窓の外へと飛び出していた。
ギルドマスターの部屋は、当然ながらギルドの一番良い場所にある。つまり、上階だ。落下の衝撃に耐えられるように、身体強化を全力で掛けながら剣を振った。
剣を振り落とした先は舞い散るメモ用紙の中心。どう見てもこの騒ぎの原因としか思えない、目を引く真っ赤な人型の魔獣だった。
メモ用紙の恨みを込めて、全力で叩き斬った。
それ以降、彼の恐怖は消えた。
心の傷も克服できた。
もう、特定の言葉にも、建物が軋む音に怯えることもない。怒りが恐怖を上回って、吹っ切れたのだろう。
ピシリ。
そんなことを考えていると、部屋の隅で小さな音がする。建物が軋む音だ。
「……」
思わず音の方向に目を向けるものの、以前のような恐怖は無い。自分はもう大丈夫だと、スティードは思う。
ギシギシ……。
また、どこかで建物が軋む音がする。ギルドの中で誰かが暴れているのだろうか?事件の後始末で走り回っている職員でもいるのかもしれない。
軋む音が連続すると少しは動揺してしまうが、大丈夫だ。
「まあ、このギルドも古い建物だしな。それに戦闘の余波を受けてたし」
魔術師が防御の壁を張っていたとはいえ、中庭で行われた戦闘の衝撃に晒されていた。
ダンジョンから魔獣が飛び出した時に、一部の壁も壊された。軋みくらい上げても仕方が無いだろう。
そう、スティードは自分に言い聞かせる。
額に冷たい汗が伝ったが、手が震えることは無い。
ゆっくりと息を吐き出しながら、スティードは怯えることのない自分を幸せだと思うのだった。
帝都の中で最も日当たりの悪いその場所は、貧しい人々が住む場所となっていた。
そんな北部でも例外的に栄え、活気に満ちている場所がある。
迷宮地区。
アダド地下大迷宮の出入り口周辺に造られ、冒険者を支えるための宿屋や飲食店、娯楽施設や必要な道具を売る店などが立ち並んでいる。
ダンジョンから恩恵を受け、ダンジョン探索を支えるための街だ。
当然ながら、その街で最も権威があるのは冒険者ギルドとなっていた。
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副ギルド長のために準備された部屋で、一人の男が執務を行っていた。
彼の名はスティード。
隣国ペルデュ王国のアマダン伯領のギルドマスターをしていたが、不祥事から地位を剥奪され、一時はペルデュ王国ギルド本部で飼い殺しの状態になっていた。
そこを旧知のギルドマスターに助けられ、彼は今、このギルドのサブマスターをやっている。
飼い殺しにされ追い詰められた時の心の傷から、彼は精神を病んだ。特定の言葉や、建物の軋みなどを極端に恐れるようになった。
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だが、今は安定している。むしろ、穏やかで威厳すら感じる状態だ。
机に積まれた書類を処理するスティード。その手際は良く、見る見る間に書類の山は低くなっていく。
ふと、彼はペンを走らせていた手を止めた。
「……鐘が……」
小さく呟くと、頭を上げて窓へと目を向けた。
窓を通して見える空は高く、青く。その下に広がる建物の屋根は、太陽の光に鮮やかに照らし出されている。
いつもと変わらない、穏やかな風景。
ギルドの建物の傍らに植えられた木々の葉が、ゆっくりと揺れていた。
木々を揺らす風が運んでいるのか、遠くで鐘が鳴っているのが聞こえて来ていた。
ゆったりとした間隔で繰り返される、大気に染み渡るような鐘の音だ。
「まだ昼には時間があると思ったが」
この街では、朝昼夕と三回、鐘が鳴らされる。
住民たちは鐘の音を合図に仕事に出かけ、昼の休みを取り、家に帰る。
だが、スティードの体感では昼までかなりの時間があるはずだった。
それに、一番近い鐘の音ではなく、遠くの鐘の音だけが聞こえてくるのも変だ。時を告げる鐘なら、街中の鐘が同時に鳴り響くはずだった。
「……ああ、そうか」
少し考えてから、スティードは声を漏らした。
時を告げる以外に、鐘が鳴る時がある。
異常事態を告げる時。この時は激しく打ち鳴らされるから、そうでないことはすぐに分かった。
そして、祝福の鐘。
この街の人々にとって、重要な人物のために鳴らされる。幸運を祈るために。
「あの王子たちが旅立つのか」
この鐘の音は旅立ちの時に、旅路の無事を願うための鐘だった。
この街を……いや、この国を救ってくれた人物が、今、旅立ったのだ。
「なんて事のない冒険者パーティーだと思ってたんだがな、まさか、王子様とはなぁ」
旅立った人物の事をスティードは知っていた。いや、知っていたつもりだった。
スティードは彼らを、アマダン伯領のギルドマスターをしていた時に知った。
アマダン伯領を訪れてすぐに、スティードの元に挨拶に来たのだ。
ネレウス王国からペルデュ王国へと、修行の旅をしている冒険者パーティーだと自称していた。
普通、流れ者の冒険者は、何か問題を起こして他国に逃げて来た者が多い。そういう場合でも修行の旅をしていると言うことがあるのだが、礼儀正しく挨拶に来たことで彼らの言ったことは本当だと思った。
だが、その考えはすぐに覆った。
彼らのリーダーがギルドの酒場で騒ぎを起こし、多額の賠償金を払わされたのだ。
所詮、流れ者は流れ者。他国から来る人間は、定住できない理由がある者でしかないと思い知らされた。
そして、次に彼らと関わったのが、スティード自身が飼い殺しにされる切っ掛けとなった事件だった。
彼らは、事件に間接的に関わり、巻き込まれた。
「しかも、妖精王の使徒様とはな。オレがフィクサーから目を付けられたのも、その関係だったんかなぁ」
スティードは、全国の冒険者ギルドを取り仕切っている黒幕と呼ばれる人物に目を付けられて飼い殺しにされた。
逆らうことは許されず、ギルドを辞めることすらできなかった。
彼はその原因が事件の中心人物である万能職の少年にあると思っていたが、どうやら違っていたらしい。
魔獣は人間の敵だが、それでも地方によっては人を助け、神のように崇められる魔獣もいるのだ。それどころか、国家が影で魔獣に助けられてる例すらある。
例えば、この国アダドのように。
冒険者ギルドの黒幕と、妖精王が繋がっていてもおかしくない。
もしそうならば、妖精王が自らの使徒を危険に巻き込んだと考え、黒幕に責任者の処罰を求めることもありうるだろう。
「でもまあ、今回はやつらを助けた訳だし……」
処罰の原因が彼らを巻き込んだことだったとしても、今回はむしろスティードが彼らを救ったのだ。感謝されこそすれ、また処罰されることは無いだろう。
「……」
彼らを助けた時の事を思い出し、スティードは自分の手に目を落とす。
剣を振るうために皮手袋の様に皮膚が厚くなった手。傷も多数付いている。
その手は、もう震えることはなかった。
あれほど恐怖していたのに、嘘のようだ。
もう、ギルドの建物が崩壊する妄想に憑りつかれることもない。むしろ、どうしてあんな妄想をしていたのか不思議なくらいだ。
あの時。
スティードはギルドマスターの部屋の机の下で怯えていた。
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外から聞こえる戦闘の音。度々上がる叫び声。魔法の爆音。
何かが起こっていることは分かっていたのに、どうしても机の下から這い出ることはできなかった。
机の下で身を縮めていると、突然、音が止んだ。
地揺れも気付かない内に収まっていた。
外で起こっている何かが、終わったと思った。
そうなると、どうしても外が気になる。
何が起こっていたのか。自分が何に怯えていたのか知りたいと思ってしまった。
だから、ゆっくりと周囲を確認しながら机の下から這い出た。音がしていた方向の窓に近付いた。
そこにまた、戦闘の音が聞こえ始める。
人々の叫びも聞こえてくる。
再び恐怖に震えて頭を抱えようとした瞬間。
視界の端に映ったのは、窓の外を舞うメモ用紙。
雪でも振るように。秋の落葉のように。
大量のメモ用紙が空を舞っていた。
ブチリと、頭の中で何かが千切れ飛ぶのを聞いた。
オレが病みながら作ったメモ用紙を粗末に扱いやがって!!……その怒りだけが、頭を埋め尽くした。
そして気付けば、部屋に飾られていた古い剣を手にして、窓の外へと飛び出していた。
ギルドマスターの部屋は、当然ながらギルドの一番良い場所にある。つまり、上階だ。落下の衝撃に耐えられるように、身体強化を全力で掛けながら剣を振った。
剣を振り落とした先は舞い散るメモ用紙の中心。どう見てもこの騒ぎの原因としか思えない、目を引く真っ赤な人型の魔獣だった。
メモ用紙の恨みを込めて、全力で叩き斬った。
それ以降、彼の恐怖は消えた。
心の傷も克服できた。
もう、特定の言葉にも、建物が軋む音に怯えることもない。怒りが恐怖を上回って、吹っ切れたのだろう。
ピシリ。
そんなことを考えていると、部屋の隅で小さな音がする。建物が軋む音だ。
「……」
思わず音の方向に目を向けるものの、以前のような恐怖は無い。自分はもう大丈夫だと、スティードは思う。
ギシギシ……。
また、どこかで建物が軋む音がする。ギルドの中で誰かが暴れているのだろうか?事件の後始末で走り回っている職員でもいるのかもしれない。
軋む音が連続すると少しは動揺してしまうが、大丈夫だ。
「まあ、このギルドも古い建物だしな。それに戦闘の余波を受けてたし」
魔術師が防御の壁を張っていたとはいえ、中庭で行われた戦闘の衝撃に晒されていた。
ダンジョンから魔獣が飛び出した時に、一部の壁も壊された。軋みくらい上げても仕方が無いだろう。
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