追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)

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四章 新しい仲間たちの始まり

魔法と、剣と

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 「うおっ!!」

 ディートリヒが号令をかけ全員が気合を入れた瞬間に、冒険者ギルドの建物の壁が吹き飛んだ。
 その様子に、ディートリヒが思わず声を上げる。

 吹き飛ばしたのは数種の魔法。しかも、いずれも数が多い。
 まるで、魔法の奔流だ。

 一直線に飛んでくる、火の玉ファイアーボールの炙られるような赤い輝き。その間を縫うように、雷光ライトニングの紫の光が縦横無尽に暴れ狂っている。
 それだけでも絶望的な光景なのに、不可視の風の刃ウインドカッターが魔法を避けた者を狙って潜んでいた。

 並みの冒険者なら瞬時に絶望し、親しい者たちの顔を思い浮かべて棒立ちになる光景だろう。
 だが、ここにいる者たちは並ではない。

 <ファイアーボールつまんない>

 赤い魔狼ルーの一言で、燃え盛っていた火の玉ファイアーボールが消滅する。高位魔獣の本能と高い魔力操作能力を持つ双子は、炎と氷であれば他者が放った魔法でも制御を奪える。
 防ぐ必要すらないのだ。

 <おじちゃんの魔法じゃ、こんなにかんたんに防げないけどー>

 そう言いながら、青い魔狼フィーが氷の壁であっさりと雷光ライトニング風の刃ウインドカッターを防ぐ。グリおじさんの魔法と比較することで稚拙な魔法だと言いたいらしい。
 魔法を防ぐ間も双子は微動だにすることはなく、ロアとディートリヒを背に乗せたまま。退屈そうな顔すらしていた。

 最初こそ声を上げたディートリヒだったが、あっさりと魔法が防がれたことで動揺は無かった。
 ロアも、双子が身近にいることで落ち着いている。ダンジョンの中を進む間、ずっと途切れることなく攻撃されていて完全に防げていたのだから、双子が揃っている状況で慌てる理由は無かった。

 「うわ!あぶねぇ!!」
 「ちょっと!防ぎきれてないわよ!」

 半面、動揺しまくっているのは残りの望郷の面々だ。
 火の玉ファイアーボールは全て消滅しているものの、雷光ライトニング風の刃ウインドカッターを防いだのは双子の正面だけ。わずかだが氷の壁の範囲から外れていた魔法は、そのまま望郷の面々のところまで届いていた。
 危なげなく避けられたものの、自分たちも守ってもらえると思っていたせいで声は慌てていた。

 <じこせきにん!>
 <自分のみをまもれない人が、戦場にでちゃダメなんだよ?>

 望郷の非難に、双子は反論する。戦場では自分の身は自分で守るもの。まさに正論だ。

 「適当に撒き散らしてるだけの魔法だから避けられないことはないが、この量は……」
 「ルーとフィーの後ろに逃げ込むわよ!」
 「「応!」」

 追い打ちとばかりに、さらに多くの魔法が飛んで来ている。全て避けるのは面倒とばかりに、コルネリアの声に即座に答えて望郷のメンバーたちは双子の影に逃げ込んだ。

 <あ、ひきょう!>
 <ずるーい!!>
 「命がかかってるのに、ズルもないわよ!」
 「そうだそうだ!!」

 口論しつつも、魔法は打ち消され、氷の壁で防がれ、跳ね返されていく。
 氷の壁によって跳ね返った魔法は周囲の結界の壁へと散って行った。

 「大丈夫そう……だね」

 結界に飛んでいった魔法を見つめながら、ロアが呟く。集中していて、双子と望郷の言い争いも耳に届いていないらしい。
 ロアが見つめ、見極めていたのは結界の機能だった。

 以前に作った島を覆う結界には、魔法を吸収する機能が存在していた。完全に吸収することで、周囲の被害も抑えられていた。

 しかし、今回はそんな複雑な機能を持たせる時間は無い。
 だからと言って、そのまま放置しておくわけにもいかない。魔法で壊れない様にした結界は、魔法を跳ね返してしまうのだ。
 広い空間があるならともかく、冒険者ギルドの中庭程度の空間では、跳ね返った魔法が自分たちに再び向かってくる可能性がある。背後から飛んできた場合は、致命傷になりかねない。

 そこで、ロアは魔法を吸収させる代わりに、極力跳ね返さない構造にすることを考えた。

 ロアが考えたのは、音楽堂などの壁。
 音楽堂などでは壁に凹凸を作って音の反響を押さえたり、また、意図的に反響を利用して音を広く遠くまで届けられるようにしてある。
 その事を職人たちの話から聞きかじっていたロアは、その理論を利用することを考えた。
 跳ね返りを押さえるだけなら、無差別な凸凹を作っておけばいい。魔法は散るし、跳ね返った力同士で打ち消し合う。

 そう考えた結果が、水晶の谷のような壁だ。
 そして、ロアの考えた通りに魔法の跳ね返りは抑えられた。

 「ロア!来るぞ!準備してくれ!」

 ロアが結界の構造に思いを馳せてると、ディートリヒの声が響いた。
 慌てて目を向けると、冒険者ギルドの建物から魔法を放ちながら出て来る人影が目に入った。

 ロアそっくりの見た目。全身真っ赤な存在。
 貴族風の学園服だけが本来の色で逆に異様さを引き立てている。

 ロアの二重存在ドッペルゲンガーだ。
 ゆっくりとした足取りで結界に開けた隙間を抜けて入ってくる。
 その目は虚ろながら、ロアの姿を追っていた。

 「敵……」

 呟いた口の中まで、赤く輝いていた。

 「ロア!」
 「はい!!ヴァル!」

 ドッペルゲンガーの全身が結界の隙間を通り抜けると同時に、ロアは再び片手を振るう。
 魔道石像ヴァルの補助を受け、即座に発動した魔法は結界の隙間を埋める。周囲をぐるりと取り囲む、結界の壁が完成した。

 これで逃げ場はない。ドッペルゲンガーも、ロアたちも。

 その瞬間に、ドッペルゲンガーが放っていた魔法が止まった。
 魔法が放たれる轟音から、一気に静けさが訪れる。ロア……そして、望郷のメンバーたちが息を呑む。

 「ルー、フィー。どう?」
 <だいじょうぶ。かな?>
 <魔力のながれは、ないとおもう?>

 ロアの声に、双子が答えた。
 少し不安げだが、この場にいる他の誰にも見極めはできない。双子の判断を信じるしかない。

 「ヨシ!ここまでは予定通りだな」

 ディートリヒが呟くと、全員が小さく安堵の息を漏らした。

 魔力の流れ。それが、ロアたちがドッペルゲンガーを外まで引っ張り出した理由だ。

 ドッペルゲンガーは、迷宮核ダンジョンコアであるヒヒイロカネの一部を利用して作られている。
 そのため、ダンジョンの中にいる間は、絶えずダンジョンと繋がり、魔力が流れ込んでいた。
 絶えることのない魔力で、尽きることなく魔法を放ち続けられていたのだ。

 その魔法を止めるためには、ダンジョンの外に引っ張り出せばいい。至極単純な解決方法だ。

 今、ロアを追ってダンジョンの外まで出てきたドッペルゲンガーは、ダンジョンとの繋がりが途切れて孤立した。絶えることなく使っていた魔法も途切れた。

 「後は、限界まで攻撃するだけだな」
 「はい」

 ディートリヒが口元を緩める。攻撃的な獣のような笑みに戸惑いながらも、ロアは頷いた。
 
 金属は外から力をかけ続けられると疲労して破損する。疲労破壊と言われる現象だ。
 それは、熱変化でも、圧力でもいい。とにかく、力を与え続ければ破壊できる。

 ヒヒイロカネという金属を元にして作られているドッペルゲンガーも、同じ性質を持っていた。
 弱点のないスライムのような性質を持っているドッペルゲンガーの、唯一の弱点だ。ヒヒイロカネに詳しいカラくんですら、それ以外の解決方法は浮かばなかった。

 幸いなことに、ダンジョンの奥底でグリおじさんが頑張っていてくれるおかげで、魔力はほぼ無制限に送られてくる。
 魔力を途切れさせた今、ドッペルゲンガーに抵抗策は無く、一方的に限界まで攻撃することが出来る。

 <ルーのえもの!!>

 炎が舞う。
 それは赤い魔狼ルーの魔法だ。身体から発生した火炎の流れが、ドッペルゲンガーへと襲い掛かる。
 ドッペルゲンガーは炎に巻かれると、全身から緑色の炎を上げた。

 <ずるい!フィーの!!>

 ロアがその炎の色を見て「ヒヒイロカネって銅が入った合金なのかな?」などと考えていると、今度は炎が消え去ってドッペルゲンガーが真っ白に染まる。
 霜だ。ドッペルゲンガーは瞬時に青い魔狼フィーの魔法で凍り付いていた。
 
 そこからは双子が競うように魔法をかけ、ドッペルゲンガーは身動きする間もなく攻撃に晒され続ける。燃え上がったと思えば、すぐに白く凍り付く。その繰り返しだ。
 
 「……金属を破壊するなら、熱疲労が効率良さそうだけど……」
 「容赦ないな。これじゃ、オレたちは手が出せない。下手に近付けば、オレたちも焼かれるか凍らされるな」

 呆れたようなロアの呟きに、半分笑いながらディートリヒが続けた。
 双子が攻撃している間も、二人はその背の上にいる。降りる間も無く攻撃が始まったので、降り損ねてしまったのだ。

 双子は魔法攻撃を仕掛けているだけだから、ほとんどその場から動いていない。ロアたちは呆然と見守るしかできなかった。
 
 「わ、わたしも!せっかくヴァルと契約したのだから見せ場が欲しい!実験を!!大々的に実験ができる機会を!」

 攻撃対象が無残に倒されようとしているのを見て、ベルンハルトが慌てて前に出て来た。本音を隠すことすらしない。
 ヴァルは日頃はロアの護衛をしている。戦いの最中でもないと、実験にも協力してもらえないと考えたのだろう。
 
 「ヴァル!力を貸してくれ!」
 <諾>
 「まずはファイアーボールを……おおおおおおおおおお!!」

 魔法を使おうとして、ベルンハルトが叫びを上げた。よほど興奮したのか、普段聞いたことの内容な雄叫びだった。頬も赤い。

 「これは、魔力が!魔力がどこからか流れてくる!そうか、貸与契約とはいえ従魔契約!私もグリおじさん様が集めている魔力の恩恵を受けられるのか!それに魔法式を組もうと考えれば勝手に組み上がっていく。頭の中にもう一つ頭があるようだ!!これがヴァルの補助!知らない魔法の魔法式すら流れ込んでくるようだ!!」

 火の玉ファイアーボールの魔法を使うと言っていたのに、ベルンハルトの正面には玉と言うには巨大すぎる火柱が上がっていた。
 ベルンハルトが視線を向けると、その火柱は蛇のように動いてドッペルゲンガーに直撃した。
 丁度赤い魔狼ルーが攻撃していたせいで相乗効果が発揮され、炎はさらに勢いを増して爆発する。

 <ベルンハルト、せいぎょが雑。ロアまで巻き込まれるよ!>

 爆発によって炎が盛大に飛び散ったが、ロアたちの下へ届く前に掻き消された。赤い魔狼ルーが消したのだ。
 考えてみれば、双子は派手に飛び散るような魔法は使っていない。味方へ被害が出ないように考えて魔法を使っているのだろう。競い合って魔法を使っているように見えて、周囲への配慮は欠かさないのはさすがロアに育てられた双子だった。
 
 だが、当の魔法を使ったベルンハルトは興奮して周りが見えていないどころか、赤い魔狼ルーの忠告も聞こえていない。

 「無詠唱でこれほどの魔法が使えるなんて!これはもう、大魔法ではないか!!しかも、魔力切れの気配もない!ヴァル!君には感謝しかない!!どうだ?うちの子にならないか!?好きな物をなんでも与えてやるぞ!代わりに実験を手伝って……」
 <否>
 「はっはっはっ!つれないな!!」

 ヴァルに素っ気なく拒絶されたのに、ベルンハルトに変化はない。興奮冷めやらぬままに次の魔法を使う準備に入っている。

 「オレも、やるか」

 その様子に触発されたのか、ディートリヒは赤い魔狼ルーの背中から飛び降りた。
 降りた先から少し離れ、足場を確かめるように地面を踏み均す。
 そして、短く息を吸うと、剣を抜いた。

 「ふう……」

 息を吐き出すとともに、剣を掲げる。
 その剣は、片刃の長剣ロングソード

 不思議な剣だ。
 大柄なディートリヒに合わせたロングソードなのに、細く薄い。
 細身の片刃剣らしからず、両手で扱うのを基本としている。

 刃には薄っすらと波打つ波紋があり、その輝きは極限まで研磨されていることを示していた。

 ディートリヒは剣を両手で握ると、上段に構える。
 振り上げられた剣は太陽の光を反射して、怪しいまでに美しく輝いていた。

 この剣はロアが打ったものだ。
 妖精王に誘拐され、記憶を失っているにも関わらず打った、ディートリヒのための剣。

 ドッペルゲンガーを倒せば、今回の件はひとまず決着がつくだろう。幕引きの場面ならば、この剣を使うのが相応しい。
 ディートリヒはそう考えて、この剣を振るう覚悟を決めた。

 そして、今、ドッペルゲンガーは絶え間ない双子の魔法攻撃に晒されている。近付くことはできない。
 ならば、この剣で見せる技も決まってくる。

 遠距離の技。魔法を使う剣技。

 「……不安を感じるな」

 ディートリヒは自分に言い聞かせる。
 自分にできるのか?などと考えてはいけない。余計な思考は集中力の妨げになる。
 ディートリヒは、あの時の事を思い出す。
 性悪グリフォンが、ディートリヒの身体を使って技を見せたあの時を。

 「基本は、風の刃ウインドカッター。それを剣に纏わせる」

 性悪グリフォンが語った言葉思い出して、繰り返す。剣の周囲に風が渦巻き、全体を覆った。
 ここまでは良い。剣に風の魔法を纏わせるのは、今まででもやったことがあった。

 「風の刃ウインドカッターは可能な限り、薄く」

 纏った風が収まり、薄い膜となる。その膜の中で風は流れ速さを増していく。
 ディートリヒはその感覚にわずかに眉を上げた。
 不思議な事に、魔法が扱いやすくなっている。今までなら、こんな風に簡単に魔法を扱うことはできなかった。

 それはグリおじさんが、ディートリヒの身体を使っていた間に行った調整の結果なのか?それともロアの打った剣の効果なのか?
 ディートリヒには判断はつかないが、両方の相乗効果なのかもしれない。

 「魔力を限界まで込めて……」

 剣に纏った風は薄さはそのままに、込めた魔力の分だけ速さを増した。

 精神が研ぎ澄まされている所為か、誰かに見られている視線を感じた。周囲はロアの結界で囲まれていて、外の者たちは見ることはできないはずだ。
 望郷の仲間たちの視線かと思ったが、何かが違う。ねっとりと纏わり付くような、嫌な感じがする視線だ。

 「ああ、あいつか」

 そう言えば、グリおじさんが魔力を通して見ていたんだなと、今更ながら思い出した。魔力を通しての視線だから、纏わり付くような嫌な感じなのだろう。とりあえず、安心した。

  「一気に振り下ろす!」

 ハッという鋭い吐息と共に、ディートリヒは剣を振り下ろした。
 同時に、風が唸った。

 振り下ろされた剣の先から、風が離れ、飛んでいく。
 剣の形を保ったまま、真っ直ぐに。
 それはグリおじさんが放った物よりははるかに小さいが、間違いなく斬撃に乗せて放たれた風の刃ウインドカッターだった。

 <……>

 どこかで誰かがニヤリと笑った気がしたが、ディートリヒはそれを無視した。

 放たれた風の刃ウインドカッターはドッペルゲンガーに到達し、あっさりと縦に真っ二つに引き裂いた。
 断末魔すらない。

 ドッペルゲンガーはゆっくりと左右に分かれて崩れていく。
 ロアの姿そっくりだった物は、形が保てなくなったのか溶けるように液体になると、ベシャリと音を立てて飛沫を撒き散らしながら地面に落ちた。

 真っ赤な液体は、まるで血のようだ。
 そのまま、液体は動かない。絶え間なく攻撃していた双子も、ベルンハルトも魔法を使うのを止めて様子を伺う。
 だが、動く気配はない。

 「……え?オレの攻撃で、終わったのか?」

 まさか、自分の攻撃がトドメを刺すことになるなど思ってもいなかったディートリヒは、あっけない終わりに間の抜けた声を上げた。

 <えー?獲物のよこどりはルールいはん!>
 <ディートリヒ、罰!ご飯ぬき!>

 双子の幼い声が響く。言葉は辛辣だが、声は楽し気なものだ。本気で起こっている訳ではないらしい。

 そして、しばらくの時間が経ち。
 誰もが終わったのだと安堵し、気持ちが緩み始めた頃に。

 「「「「「「「「「「「「「「「敵!」」」」」」」」」」」」」」」

 不気味な声が響いた。
 それは、地面に広がる赤い液体の表面びっしりと生まれた、から出ていた。



 
 
 






 
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