追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)

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四章 新しい仲間たちの始まり

ダンジョンの、疲労

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 ロアは青い魔狼フィーの背に乗り、ダンジョンを駆ける。

 ロアの偽者ドッペルゲンガーを引き付けながらの移動のため高速とは言えないが、普通の冒険者であれば目で追うのも辛いほどの速さだった。

 ドッペルゲンガーの攻撃は止むことが無い。
 ロアたちを追いかけながら、ひっきりなしに魔法で攻撃してくる。
 ドッペルゲンガーの魔法の源はダンジョンコアからの魔力と、符術……ロアが作った木版によって魔法式が印刷された紙だ。いつそれを取り寄せたのかは分からないが、ダンジョンコア事態に取り寄せる機能があったのか最初から持っていたのかは分からないが、大量にあるのは間違いない。

 「懐から取り出してるみたいに見えたけど、体内に入れてるのかな?」

 ロアは走り出す前に、ドッペルゲンガーが符術を使う姿を確認していた。
 ドッペルゲンガーは懐から紙を取り出し使っていた。どうやら印刷済みらしい。懐にあれだけの枚数の紙を入れていたらとんでもない膨らみになるだろうし、ドッペルゲンガーはスライムのような性質を持っているらしいので、ロアは体内に入れているのかと予測したのだ。
 でもそうすると、さらなる疑問が浮かんでくる。

 「じゃ、印刷はどうやってるんだろう?それも体内で?」

 確かにロアは紙と木版とインクがあれば量産できるようにしてあったが、印刷した状態で保存していたわけではなかった。印刷の手間は存在するはずで、あんなに簡単に大量に使えるものではない。

 考えられるのは、ドッペルゲンガーが体内に紙と木版とインクを取り込み、印刷までを済ませているということだろう。
 なんだかやけに便利だなと、ロアは変な関心を示した。

 そうこうしている内に、ロアたちはダンジョンを一気に駆け上がり、五十層に差し掛かる。

 <だから!ちゃんと理論的に説明してって言ってるの!そんな説明で分かる訳ないじゃないか!>

 五十層に入った途端、ロアの耳に叫びが響いた。
 ロアたちは、層を跨ぐ階段を登ったばかりだ。
 後を追って来るドッペルゲンガーは、まだ登り階段の中。途中で安易に魔術が使えない状況で、背後から聞こえる攻撃音は中断していた。
 おかげで叫びはハッキリと聞こえた。

 「この声、カラくんだよね?」

 なにやらカラくんが怒って叫んでいるらしい。ロアは異常事態かと青い魔狼フィーに足を止めるように指示を出す。

 <怒ってるね?かんしゃく?たんき?>

 青い魔狼フィーも気になったのか、大人姿の大きな耳を傾けた。

 <なに?我は子供にも分かるように説明してやったではないか?妖精王と言っても、所詮は羽虫だな。この程度の魔法が理解できないとは>
 <だから!子供にも分かるようにとかじゃなくて、もっと詳細に説明して欲しいんだよ!周囲の魔力を集めるなんて画期的な魔法を使ってるのに、なんでそんな感覚頼りなの?それじゃ、魔法式の予測もできないよ!>

 カラくんの声だけではなく、グリおじさんの声まで聞こえて来た。
 ロアが周囲を見渡しても、二匹の姿は見つけられない。遠方にいるか、どこか壁の陰になっている場所にいるのだろう。それでも、かなりの大声で言い合っていて、ロアの耳でも余裕で聞き取れた。

 <貴様が無能なのが悪いのであろう?それになぜ貴様は我に魔法を教えてもらえるなどと思っているのだ?懇願こんがんしてきたから簡単に説明してやったが、詳細に教えるほど貴様と慣れ合うつもりはないぞ?>
 <懇願なんてしてない!!>

 ロアはさらに周囲を探知魔法で探ると、遠方に二匹の反応があった。
 グリおじさんは現在、ロアたちに魔力を送るために魔力を集める魔法を使っていて身動きが出来ない。床に寝そべっている。
 その近くの床には大きな穴が開き、掘った痕らしい土砂が積まれていた。魔力……魔素を集めるために剥き出しにされた地脈に違いない。

 そして、その横で癇癪を起したように地団駄を踏むカラくんの姿も感じられた。

 探知魔法で確認した瞬間に、グリおじさんはチラリとロアの方向に頭を向けたので気付いたようだが、カラくんは余程怒りで血が上っているのか気付いた気配はなかった。

 <したであろう?その可愛い子ぶった見た目を生かして、上目遣いで我に媚びていたではないか。偉大な我の魔法を授けてくれと、頭を床に擦り付けて懇願したであろうが>
 <そんなことしてない!言ってない!でっち上げだ!頭だけじゃなくて、目と耳まで悪くなったの!?>

 言い争う声はなおも続く。
 グリおじさんがロアたちに気付いているということは、会話を聞いているのも気付いているだろう。
 つまり、グリおじさんはロアに向かって、暗にカラくんがこんな恥ずかしい行動をする奴だと伝えているのだ。
 もちろん、グリおじさんとカラくん両方の性格を知っているロアが、信じるはずもないのだが。

 「……まあ、仲良くなったみたいだし良いか」

 言い合いはしているが、険悪な雰囲気はない。グリおじさんが揶揄って、カラくんが言い返しているだけだ。
 本人たちは絶対に否定するだろうが、仲がよさげな様子にロアは苦笑を浮かべた。

 背後では攻撃音が聞こえ始める。
 五十層への階段を登り切ったドッペルゲンガーが、攻撃が再開した音だ。もちろん、こちらへ飛んでくる攻撃は全て青い魔狼フィーによって防がれている。

 「フィー、先に進もう」
 <うん!>

 ロアは声を掛けてから軽く手を横に振る。すると、至る所に光の柱が現れてまだ揺れているダンジョンを支えた。
 その時になってカラくんもロアたちが同じ階層にいるのに気付いたようだが、同時に青い魔狼フィーは走り始めている。
 
 <あ、ご主人様……>

 背後でカラくんの情けない声が聞こえてきた気がしたが、ロアは気にせず進むことにした。
 カラくんには魔力を集めているグリおじさんの補助を任せてある。互いに今は自分の役割に集中すべきだ。
 
 そのままドッペルゲンガーを引き付けつつ、ロアたちは一気に進んでいく。
 そして、順調に階層を登って行き、十八層を進んでいる途中に。

 <ロア!>

 不意に青い魔狼フィーが足を止めた。

 「どうしたの?」

 ロアが問い掛けたが、その答えを待つまでもなく異変に気付く。
 目の前に、何かがいた。

 手前の空間から、浮き上がるように薄っすらと、姿を現してくる何か。ロアは警戒したが、青い魔狼フィーは平然とそれを見つめていた。
 ならば、危険な存在ではない……。

 「ヴァル!」

 その輪郭が分かった時点で、ロアは叫んでいた。見慣れた形の、もう一匹のロアの従魔。
 青い魔狼フィーの背から飛び降り、ロアは駆け寄ると抱きしめた。

 ヴァルは半魔道具の魔獣、魔道石像ガーゴイルだ。姿を隠して、影ながらロアを守るのを仕事としていた。

 だが、ロアが誘拐された時に、カラくんに破壊されて別れたままだった。
 グリおじさんたちがダンジョンの中に入った時も、冒険者ギルドで従魔として登録できないという理由で排除され中には入れなかった。ロアとは久々の再会となる。
 ロアも記憶を取り戻してから、心配していたのだ。

 <うんうん、感動の再会だね>

 そんな再会に水を差すように無粋な声が響いた。

 「ピョンちゃん。さっきはありがとう」

 ロアはヴァルを抱きしめたままで、その声に冷静に返した。
 声の主はピョンちゃんだ。本体は遠く離れたところにいるが、魔力回廊を通して声だけを届けることが出来る。

 ちなみに、ロアの言う「さっき」というのは、双子との再会方法を教えてくれたことだ。
 ロアが記憶を取り戻し時に、真っ先に接触してきたのがピョンちゃんだった。その時にピョンちゃんは他の従魔たちの現状を教え、ダンジョン内で移動できなくて困っている双子の事を教えてくれた。
 そして、カラくんと従魔契約しているロアなら、ダンジョンに指示を出すことが出来るのではないかと、提案してくれたのだ。
 その予測は当たり、ロアは従魔たちがダンジョン内を自由に移動できるようにできた。

 今思えば、あの時に従魔たちが自由に移動できるようにしていなければ、今こうして移動できていないだろう。ピョンちゃんの提案が無ければ、詰んでいた。

 「ヴァルも連れて来てくれたんだね。ありがとう!」
 <まあ、グリおじちゃんの指示だけどね。ボクもヴァルくんがいる方が都合がよかったし>

 ピョンちゃんは魔力回廊を通してロアの従魔の感覚を使うことが出来るが、一番使い勝手が良いのがヴァルだ。
 ヴァルは常に半径一キロほどの範囲を探知をしており、他の従魔の目や耳を借りるより効率が良い。なにより、半魔道具ということもあって余計な情報が混ざらない。実に都合が良い存在なのだ。

 一応はグリおじさんの願いでヴァルをロアの下に誘導したが、それはピョンちゃんにとっても願ってもない提案だったのである。

 <おっと!後ろからドッペルゲンガーが迫ってるみたいだね。さっそくだけど、ヴァルくんに今のダンジョンの中の状況を見せてもらってくれるかな?>

 いつもであればピョンちゃんは長々と雑談をする場面だろうが、今は時間がない。なにせ、ドッペルゲンガーがロアたちを追ってきているのだ。
 ピョンちゃんは余計な事は言わずに、本題に入る。

 「うん。ヴァル、ダンジョンの中を見せて」
 <諾>

 ヴァルはまるで喜んでいる様に卵型の身体を震わせると、感情の起伏のない中性的な声で答えた。
 途端にロアの頭に、ヴァルの探知の結果が伝わってくる。

 ロアがヴァルの感覚を使うのは二度目だ。今更問題は無いだろうと軽く思っていたのだが、結果は違っていた。
 ロアは奇妙な感覚に襲われた。

 「!?」

 思わず眉を寄せる。

 <変な感覚がするかな?実は、カラくんに承諾を貰ったんで、ヴァルくんの探知結果だけじゃなく、カラくんの配下が見ている情報も含めて一纏めにして映像にしてもらったんだ。ダンジョン全体の状況が見れているはずだよ>

 ピョンちゃんの声が響いているが、ロアはそれどころではない。
 情報量としては問題ない。だが、精度が問題だった。
 色々な者たちが見ている物を混ぜ込んで形にしている所為か、異様に歪んでいる部分があるのだ。

 くっきりした図形に所々歪んでいる物が混ざっているようなもので、頭が混乱する。不自然な情報の継ぎ接ぎ細工パッチワークで、気持ちが悪い。どこに焦点を当てて良いか分からず、集中できない。
 頭が追い付かず、それがどういった映像なのか理解するのに時間がかかった。

 <余計なお世話だったかな?>
 「ううん、ダンジョン全体が見渡せて、今の状況がよく分かったよ。ありがとう」

 ロアは少し辛そうな表情を浮かべたまま礼を言った。

 <ロア、だいじょうぶ?>
 「大丈夫だよ。ちょっと難しかっただけだから」

 青い魔狼フィーも心配そうにロアの顔を覗き込んだが、どういった映像なのか理解できたおかげで頭の中で折り合いがついたようだ。ロアはゆっくりと息を吐くと、ヴァルが見せてくれている映像に向かい合った。

 ピョンちゃんがヴァルを通して見せたのは、精密なダンジョンの立体地図のような物だ。随時更新され、今現在のダンジョン全体の状況を見ることが出来る。

 ピョンちゃんはカラくんから配下の魔獣の感覚を使う許可をもらうと同時に、情報収集を始めた。
 その結果をヴァルに送り込み、このような地図を作らせたのである。

 もちろん、普通の人間はおろか高位の魔獣であっても、このような大量の情報を一度に処理することはできない。半魔道具のヴァルだからこそ、成し遂げられたことだ。

 「……末端から崩れ始めてるね」
 <そうだね>

 そして、こんな物を作った理由は、今現在のダンジョンに起こっている問題をロアに見せて理解してもらうためだった。

 ダンジョンは、崩れ始めていた。
 カラくんが危惧していたことが、実際に起こっている。
 ひたすら続く細かな揺れは、ダンジョン全体の構造に影響を与えて、末端から崩壊させていた。

 「金属疲労……」

 ロアは自分の知識にある言葉で思わず呟いたが、正しくはない。
 ダンジョンの構造物は金属ではない。

 ただ、現象としては同種の物だろう。
 金属疲労は金属に繰り返し負荷を与えると強度が落ちて、亀裂や破壊を生む現象だ。どんな硬い金属でも、起こりうる。
 その現象と同様にダンジョン全体が細かく揺すぶられ続けて、繰り返し負荷がかかったことで、弱い部分から亀裂や崩壊を生んでいた。

 今は影響の少ない末端だけだが、いずれはダンジョン全体に及ぶだろう。

 早急になんとかしないといけない。もしダンジョンが崩れ始めでもすれば大惨事だ。
 ロアは唇を噛んだ。

 「ヴァル、協力して!」
 <諾>
 <ちょっと、ロアくん何を!?>

 ロアが魔法を使おうとしているのを察して、ピョンちゃんが止めようとしたがもう遅かった。
 ダンジョンの中に青緑の光が満ちる。それは、ダンジョンの壁自体が発光を始めたように見えたが、そうではない。

 ダンジョンの壁に沿うように張られた、薄い光の壁だった。

 <いくら二回目だからって、発動が早すぎるよロアくん……>

 ピョンちゃんは溜め息混じりに言う。
 ロアが作り出したのは、ダンジョン内部を覆う結界だった。
 それは、ロアたちが居る場所を起点に、ダンジョン全体へと広がっていくのだった。
 
 
 
 

 

 










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