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四章 新しい仲間たちの始まり

自信と、柱

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 「良かったのかな……」

 ロアは、ポツリ呟く。
 ここはアダド地下大迷宮グレートダンジョンの最下層。その一部に作られた円形闘技場コロッセウムの中だ。
 円形闘技場コロッセウムはすでにボロボロ。いたるところが壊れてもう瓦礫でしかない。細かな地揺れも続いており、壊れた破片が至る所から崩れ落ち続けていた。

 ロアは、氷で作られた半球形の建物の中にいた。いわゆる、防衛陣地トーチカという物である。
 その氷のトーチカには、絶え間なく攻撃魔法が降り注いでいた。だが、トーチカは揺らぐことすらない。

 ロアがこの場に留まって、おおよそ一時間。
 今、この場にいるのは一人と一匹。
 ロアと、氷のトーチカを作り出している青い魔狼フィーだ。
 
 いや、その二だけではない。もう一体、攻撃魔法を使っている者がいる。

 それは、二重存在ドッペルゲンガー
 迷宮核ダンジョンコアから株分けされたヒヒイロカネの一部を使って作り出された、ロアの記憶を持つロアのそっくりの偽者。
 ロアが頼んでくる仕事量に限界を感じたカラくんによって、分業するために生み出された存在。

 ただの仕事の手伝い用のはずだったはずのドッペルゲンガーは、ロアと対峙した瞬間に消滅するはずだった。
 自分の偽者を見てロアが不快に思わないように、自壊の命令が組み込まれていた。

 だが、ドッペルゲンガーがロアの記憶を持っていたことで、誤算が生まれた。
 ロアの頑固さを受け継いだドッペルゲンガーは、ロアの目に触れても消滅はせず、自壊の命令が発動する切っ掛けとなるロアを攻撃し始めたのである。

 そして、今も、ドッペルゲンガーはロアを攻撃し続けている。

 ドッペルゲンガーはロアたちと一定の距離を取り続けていた。
 それはドッペルゲンガーの攻撃手段が、符術を元にした遠距離の攻撃魔法しかないためだろう。付かず、離れ過ぎず、目視できる距離からロアだけを執拗に狙っている。
 その単調な動きは、まるで予め決められた動きしかできない魔道具のようだ。自壊の命令を拒絶し続けていることで、思考に不調が出ているのかもしれない。

 <どうしたの?>

 ロアの呟きに気付いた青い魔狼フィーが、優しくロアに頬を寄せる。
 今の青い魔狼フィーは大人の姿だ。海竜とイルカの魔獣の魔力を借りて、赤い魔狼ルーと共に変化していた。
 ドッペルゲンガーの絶え間ない攻撃を防げているのも、大人の姿だからこそ使える、強力な魔法のおかげだ。

 「勝手にカラくんを助けるって決めちゃって、良かったのかなって。みんなを危険にさらすことになっちゃったから……」

 青い魔狼フィーは完全にロアを守っている。氷のトーチカは、雨のように降り注いでいる攻撃魔法にも揺らぐどころか欠け一つできない。
 トーチカの中で、青い魔狼フィーは寝そべり、その腹にロアは背を預けて座っていた。

 透き通るような青い宝石の色合いの青い魔狼フィーの毛皮だが、冷たくはない。安心できる暖かな体温を伝えてきてくれる。ロアは寄せられた青い魔狼フィーの頬を、優しく撫でた。

 <ロアの気持ちがだいじ!フィーは、ロアのお手伝いができて幸せだよ?>
 「フィー……」

 ロアは青い魔狼フィーの優しい言葉を噛み締めた。だが、ロアの表情は緩むことはなかった。
 他のみんなが走り回ってる中、原因である自分が、こんなにゆっくりしていていいのだろうかという不安は消えることはない。

 ロアの役目は囮。
 ドッペルゲンガーを引き付ける役目だ。

 だから、今はこの場から動く訳にはいかない。少なくとも、準備が整うまでは。

 その事はロア自身が一番よく分かっているのだが、それでも動けないことが辛かった。
 の決断で、他の者たちが命を懸けて動き回っている現状が耐えられなかった。

 <あ!ロア、今、自分なんかって考えなかった?なんかはきんし!ロアはもっと好きにやるべき!おじちゃんみたいに!!>

 心の中を読んだかのように、青い魔狼フィーが声を掛けてくる。
 言い当てられて、ロアは慌てつつも苦笑を浮かべた。

 「なんかは禁止」とは、誘拐される直前までクリストフに口癖のように言われていた言葉だ。ロアの自己評価の低さを治すために、ことある毎に言われ続けていた。
 その頻度が高すぎて、青い魔狼フィーも覚えてしまったのだろう。

 「……好きにか」

 ロアは、記憶を失っていた間の事を振り返った。
 記憶を失っていた間の事は、当然ながらロアは覚えている。自分の記憶が間違っているのではないかと疑いつつも、色々と生産できて楽しかった。
 カラくんに好き勝手に指示を出し、無理を強いることもかなりしていた。

 あの間は「自分なんか」などとは考えもしなかった。
 思えば、記憶を失っていた間の自分の性格は、冒険者を始める前の……万能職になる前の性格だったのかもしれない。冒険者であることも、冒険者になる夢も完全に忘れていたのだから。
 未来に希望を持っていた、純粋に生きることを楽しんでいた子供の時の性格……。

 「そうだね、もう少し、好き勝手にするよ」

 すぐには性格は変えられないが、助けてくれる者たちのためにも、もう少しは自信を持って行動するべきだろう。嫌だった時のことを引きずっているのは、今、周りにいてくれる人たちに失礼だ。

 ロアはやっと、クリストフが言い続けていた言葉を受け入れた。

 もしクリストフが聞いていたら、やっとその気になってくれたのかと涙することだろう。それほどまでに、ロアの自己評価の低さは筋金入りで変わることは無かった。少しは改善傾向がみられたこと自体が、奇跡に近い。
 その切っ掛けが妖精王カラくんに記憶を消されたことなのは、微妙な気分になりそうだが。

 「あ!」
 <あ!>

 不意に、ロアと青い魔狼フィーが同時に声を上げた。

 「繋がったみたいだね」
 <さすが、おじちゃん!>

 珍しく、青い魔狼フィーがグリおじさんを褒めた。

 一人と一匹が声を上げた時に感じたのは、膨大な魔力の流れ。魔力回廊を通して、流れ込んでくる魔力の奔流。
 グリおじさんがこのダンジョンの本当の最下層まで行き、ダンジョンの床を破壊して地脈を剥き出しにしたのだ。

 グリおじさんは大気から魔力を集めて取り込める。
 その応用で地脈から魔力を取り込んで、ロアたちに送り始めたのだ。

 グリおじさんが出ていってから一時間ほど。
 待っていたロアたちには長く感じたが、ダンジョンを五十層分移動してからダンジョンの床を破壊したと考えると異常な速さだ。
 青い魔狼フィーが褒めるのも当然だった。

 「じゃあ、行こうか」
 <行こう!!>

 ロアと青い魔狼フィーは跳ねるように立ち上がった。
 準備は整った。待ちに待っていた時間だ。

 立ち上がると同時に、氷のトーチカが崩れる。
 魔法の攻撃で崩れたのではない。青い魔狼フィーが自ら崩したのだ。
 その証拠に、どこか一部が崩れるのではなく、全体が、吹き飛ぶように崩れていった。

 崩れた氷はロアたちには一粒も触れることはなく、周囲へ広がって白く輝く冷気の雲となる。
 魔法の攻撃は続いているが、宙に浮かんだ氷の盾によって的確に防がれる。

 ロアは青い魔狼フィーの背に飛び乗ると、一度周囲を見渡してから軽く手を振った。

 「光の柱を支保工しほこうに」

 短く呟いた言葉は、魔法の略式詠唱。
 ロアの周囲に光の粒が集まる。それは円形闘技場コロッセウムがある空間全体に一度広がってから、再び集まり複数の光の柱となった。
 光の柱はやがて、水晶のような物質の形を取り始める。

 遥か高く、ダンジョンの天井まで伸びる、水晶のような結晶の柱。
 よく見れば、天井には横向きに同じ柱が這わされ、梁のようになっていた。その梁と柱が円形闘技場コロッセウムの天井を支える形になった。

 それがロアの呟いた、支保工だ。
 支保工は、建築現場で乾燥や硬化が必要な建材を支えるための仮の支えとしてよく知られている。
 だが、今ロアが作ったのは、鉱山で利用される支保工。鉱山で落盤事故が起きないように支える、坑道内部の上や横に施された柱の事だ。

 要するにロアは、この空間全体が崩れないように、支えを施したのだった。
 しかも、光を結晶にした柱で。

 今もダンジョンは揺れ続けている。
 きっと、その原因であるドッペルゲンガーがいなくならない限りは、揺れは続くのだろう。
 簡単にダンジョンは崩れたりはしないだろうが、ダンジョンコアの不調という不安要素はある。大丈夫だと思っていても、突然崩れて生き埋めになったら大惨事だ。
 従魔たちは自分で何とか出来ても、望郷のメンバーや、ダンジョン内にいる他の冒険者では何もできない。死の結末が待っているだけだ。

 だからロアは、崩れないように補強を施すことにした。

 それが、この光の柱だった。
 光の柱を作るには膨大な魔力を必要とするため、グリおじさんが地脈から魔力を集めて送ってくれるのを待っていたのだった。

 光の柱は、光魔法の防御壁、不滅の盾アイギスの応用。
 ロアはこの魔法の応用で、一度は海に浮かぶ島を覆う結界を作り出していた。その時の経験が生きている。魔法式もまだ記憶に残っている。

 「今はヴァルがいないから、これが限界かな」

 結界を作り出した時には、魔法の補助をしてくれる魔道石像ガーゴイルのヴァルがいた。だが、今はヴァルはダンジョンの外だ。補助は望めない。
 巨大な物や、複雑な形、特殊な能力を持った物は作り出せそうにない。

 「まあ、仕方ないよね」

 ロアは彼の感覚からしたら稚拙な形状をした光の柱を見て、残念そうに呟いた。生産者の矜持から不完全な物に不満を感じるのは仕方ない。だが、今は最低限で我慢するしかない。

 ロアは目で青い魔狼フィーに合図をする。
 ドッペルゲンガーの魔法を防いでいた青い魔狼フィーは、ロアの視線を感じ取って駆け出した。

 「最初はゆっくり走ってね。柱を作るのに慣れたら、合図するから速くして」
 <うん!>

 青い魔狼フィーは入り口の扉を抜け、円形闘技場コロッセウムがある空間の外へと出た。
 そこは長く続く石造りの通路だ。

 ロアが再び腕を振ると、通路にも光の柱が現れる。
 ロアと青い魔狼フィーが駆け抜けた後には、光の支保工が満ちた。

 「付いて来てるね。引き離し過ぎないでね」
 <もちろーん!>

 一人と一匹が頷き合う。
 ロアの役目は囮。ドッペルゲンガーの引き付け役だ。

 先ほどまでは一か所に引き付けていたが、これからは違う。
 ドッペルゲンガーを魔力の供給源から遠ざけるために、移動しする。光の支保工を作りながら、誘導する。

 目指す場所は、ダンジョンの外だ。
 

 


 
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