追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)

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四章 新しい仲間たちの始まり

頑固者の、作用

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 クリストフに「ヤバいんじゃないか?」と言わしめた物。
 それに皆の視線が集まる。

 円形闘技場コロッセウムの上に設けられた、箱型の玉座のような場所にそれはあった。
 それはいつの間にか椅子から立ち上がり、ロアたちを見下ろし見つめていた。

 「ひっ!」

 思わず声を上げたのは、コルネリアだ。
 血の色。
 それが目にした時の、一番の印象だった。

 ロアそっくりに作られた、ロアの身代わり。
 それが全身……皮膚も髪も、眼球までが真っ赤に染まっている。

 いや、染まっているという表現自体が間違っているだろう。
 赤で構成された、ロア。
 そう言うのが正しいと思えるほどに、真っ赤だった。

 学園服だけが元の色を残しており、逆に異様な印象を強調していた。

 それだけではない。
 真っ赤なロアの表面は細かく波打ち、皮膚一枚下で小さな虫がうごめいているようだ。

 「ピッ」

 生理的嫌悪を刺激されたのか、コルネリアに続いて短い悲鳴を上げたのはグリおじさんだ。
 声ではなく鳴き声なのは、本能で叫んでしまったためだろう。 

 <そんな……消えるはずだったのに……>

 まだ跪いていた妖精王カラカラ改め『カラくん』が、頭だけを上げて驚き見つめていた。

 「カラくん、ずっと気になってたんだけど、あれは?」
 <ご主人様の二重存在ドッペルゲンガーです>

 ロアの問い掛けに、カラくんは即座に答えた。

 「ドッペルゲンガー?」
 「古代遺跡に現れる人の真似をする魔獣の事か?」
 <はい>

 ロアの疑問にクリストフが補足し、カラくんが肯定する。
 もっとも、カラくんの返事は、クリストフの問い掛けに対しての物ではない。カラくんは望郷のメンバーまでを認めたわけではない。無視だ。
 だが、ロアの言葉にだけ反応した返事でも、肯定であることは間違いなかった。

 <忙しい時に身体が二つあったらと考えたことはありませんか?あれは、古代の錬金術師たちが、その夢を叶えるために作った錬金生物です。もっとも、目の前の物は古代の記録から、以前の主人が当時の技術で作れるように考え出した物ですけどね。ヒヒイロカネの一部を分離させて手を加えてご主人様の外見を与え、考え方と物作りに対しての記憶を複製して移しました>
 
 本来の二重存在ドッペルゲンガーの成り立ちはカラくんが説明した通りだろう。だが、主人を失い、野生化した個体は凶悪な魔獣として知られていた。
 特定の人間の姿と能力をそっくりそのまま模倣して集団の中に入り込み、混乱させることで殺戮と捕食を行うのだ。クリストフの知識にあるドッペルゲンガーは、それらの事だった。

 「へぇ……。便利そう」

 ロアは呑気に呟く。
 自分の姿を模倣され、不気味な真っ赤な物体になっているのに気にすることもない。興味深そうに見つめるだけだ。

 <どうしてあのような気持ち悪い物を……>

 グリおじさんの方が、わずかだがまともな感覚を持っているらしい。嫌悪感を剥き出しにして視線を逸らした。双子の魔狼ルーとフィーも、牙を剥いて鼻先に皺を寄せて見つめていた。

 <手が足りなかったんだよ!ご主人様の要求は増え続けるし!配下は役に立たないし!!どうしても、ボクと同じくらい錬金術が使える存在が必要だったんだ!だから……無礼を承知でご主人様のドッペルゲンガーを作ったんだよ!悪い!!?>

 叫ぶカラくんは、涙目だ。
 要求が増え続けたと聞けばたいしたことがない様に聞こえるが、カラくんにとっては死活問題だった。あの時は本当に、命の危機を感じていた。
 ドッペルゲンガーでも作って、作業量を減らさないとどうにもならなかった。ロアの考え方を複製されたドッペルゲンガーは生産でも役に立ってくれたし、ロアに近い判断もできる為、相談相手にもなった。

 それに、ロアのドッペルゲンガーを作っておけば、グリおじさんたちがやってきた時の囮に使えると考えていた。実際、ロアの操られている姿を見せて絶望させようと思った時には、役に立ってくれた。
 そういう意味でも、カラくんには必要だったのだ。

 <……むぅ……逆切れとは。ならば自分のドッペルゲンガーを作れば……>
 <自分の記憶を、他の物に移す方法が分からなかったの!!そうじゃなきゃ、ご主人様のドッペルゲンガーなんて作らないよ!見られたらご主人様に嫌われるかもしれないのに!!>
 <……>

 まだ正体を現したままの巨体のカラくんに涙目で詰め寄られ、さすがのグリおじさんも閉口する。

 カラくんの根本はお手伝い妖精だ。自分で試行錯誤することができず、新しい技術は作り出せない。指示されるか、過去に誰かの作業手順を踏まえることしかできない。
 そうでなければ、何とかして自分のドッペルゲンガーを作り出していただろう。

 <ご主人様の存在を感知したら自壊するようにしたし、ご主人様が不快な思いをしないようにしてあったんだ!なのに……>
 「自壊……消滅しないと?」

 問いかけたのはクリストフだ。
 クリストフは、偽のロアを観察していた。どう見ても様子がおかしいため、警戒していた。
 今、唯一冷静に状況を見ているのはクリストフだけだろう。

 コルネリアはロアの偽物ドッペルゲンガーの気持ち悪さに戸惑っているし、ベルンハルトは二匹の魔獣の会話に興味津々に耳を傾けて周囲が見えていない。双子は、興味を無くしてロアの傍らに寄り添い身体を擦りつけ、ロアはドッペルゲンガーを観察しているものの物作りの好奇心からだ。自分も同じ物を作りたくて、見ているのだろう。
 そして、ディートリヒは話についていけてないので、無言で真剣に聞いているフリをしていた。

 <こんなことは、ありえないはずなんだ!作る時に自壊命令を入れておいたし、魔法もかけて二重に対策してあったのに。ご主人様と顔を合わしたりは、絶対にできないはずだったのに!>

 カラくんは、自分の作る物に自信があった。元々、物作りには拘りのある性格である。
 だからこそ、ありえない事態に混乱していた。

 <…………妖精王よ。貴様、小僧の性格をアレに入れたと言ったな?>
 <性格そのものじゃないけどね。まあ、同じような考え方はできるよ>
 <ならば、自壊しないのも当然だ>
 <?>

 グリおじさんは見下した表情でカラくんを見ると、ふふふ……と楽しげに笑った。
 カラくんが知らない知識で見下せるのが嬉しいらしい。性格の悪さが滲み出ている。

 <小僧が、消えろと言われて素直に消えるわけがあるまい?貴様は小僧の頑固さを甘く見ておるぞ!!>

 胸を張って、グリおじさんは宣言する。

 <小僧だぞ?貴様も封印した記憶を取り戻されたことで、思い知ったであろう?とにかく自分の納得できない状況は放置できぬ性格だぞ?命令されたからと言って、素直に従うはずがあるまい?自分のを通すことにかけては、一流だぞ?>

 グリおじさんが自信満々に言うのを聞いて、眉を寄せたのは当のロアだけだった。

 「まあ、ロアだしね」

 コルネリアが呆れて言うと、望郷のメンバー全員が頷いて同意を示す。
 諦めが悪い頑固者。それが、共通認識になってる。

 <小僧を素直にさせようと思ったら、七年くらいかけて念入りに心を折り自己評価を最低にしないと無理だからな。それでもわずかに希望があれば、諦めずに食らいついてくるから質が悪いぞ>

 七年。
 それはロアが以前いたパーティー『暁の光』で、正式な冒険者になれないまま見習い職ばんのうしょくで過ごして追放されるまでの年月だ。しかも、暁の光からは素直に追い出されたものの、その後も希望を捨てずに色々あって、今は正式な冒険者となっている。尊敬するほどの諦めの悪さだ。

 <とにかく、人の話を聞かぬのだ。最近は我も小僧にとって良い道へ導いてやろうと考えておるが、我の知略をもってしても上手くいかぬのだぞ?我の魔力は小僧の物でもあるから自由に使えと言っても従わぬし、魔法を使わせようと思えば奇妙な気持ち悪い魔法を使いだす。ルーとフィーの名付けを渋るから、ちょっと切っ掛けを作ってやればブラシで殴られる。やっと正しく魔法式を組んで魔法を使ったと思ったら、いきなりとんでもない結界を作り上げる。目を離せば独学で聖水を開発し、超位の魔法薬を安物の傷薬か何かの様に扱う。海竜の主になり、に目を付けられて婚約者にまでなる始末。オマケに、いきなり誘拐されて妖精王の主になっておるのだぞ?まったく、小僧は非常識だ!分かるか?妖精王よ。我の苦労が!>

 カラくんに言い聞かせるというよりは、ただの愚痴だ。内容自体もズレてきている。
 グリおじさん自身も言っていて今までの苦労を思い出したのか、苦虫を噛みつぶしたような表情になっていた。

 「いや、グリおじさん。全部オレが悪いわけじゃ……」
 <しかも、まったく自覚しておらぬのだぞ!!>

 ロアが言い訳をしようとした言葉に被せ、グリおじさんは叫んだ。

 <自壊だ!?小僧が、自らを消せと言われて従うはずがないであろうが!たとえ小僧の性格全てを移したわけでなかろうが関係ない。小僧は小僧だ!身が亡びるまで抵抗し続けるに決まっておる!!>

 ドンと。
 グリおじさんが言い放つと同時に、世界が揺れた。

 グリおじさんの思いを乗せた激しい叫びの衝撃かと思われたが、違う。
 実際に揺れている。

 ダンジョン全体が、揺れている。
 最初に大きく揺れ、その後は細かく揺さぶるように。人間も魔獣も、立ってはいられるが常に身体に振動を感じるような揺れが続いている。
 壊れることが無いはずのダンジョンの壁に亀裂が入り、天井から細かな砂が零れ落ちた。

 <ドッペルゲンガーに……ヒヒイロカネの分体に、本体が共鳴してる……>
 「本体って、ダンジョンコア?」

 ヒヒイロカネは、このダンジョンの迷宮核ダンジョンコアだ。ダンジョンの全てを管理している半魔獣の金属である。
 その事実を知っているのは、この場ではカラくんとロアのみ。

 他の者たちはカラくんの呟きの意味が理解できない。なぜ、いきなりダンジョンが揺れ出したのか、その原因すら予測できずに戸惑うことしかできない。

 <ダンジョンに張り巡らされた根が暴れてる。ダンジョンが壊れる……>

 カラくんの呟きは、予言というにはあまりにも不吉だった。

 
 








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