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四章 新しい仲間たちの始まり

正式な、契約

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 <妖精王よ。貴様は、小僧との魔力回廊の繋がりを断っておっただろう?>

 問いかけるグリおじさんの声は、どこか同情じみた響きを含んでいた。
 ロアの非常識さに日々悩まされているグリおじさんだ。ロアに振り回された妖精王カラカラに、思うところがあったのかもしれない。

 <貴様、小僧に隠れてコソコソと行動していることに、後ろ暗さを感じていたのであろう?だから、魔力回廊の繋がりを断ち、絶対に気付かれないようにしていたな?>
 <……>

 床に両手をついて項垂れているカラカラにグリおじさんの言葉は届いていないのか、無言だ。
 グリおじさんは返事がないことを気にすることなく続けた。

 <そもそも、小僧には魔力回廊を通じて従魔の様子を探るなど出来ない。その事は、貴様も分かっておっただろう?それでもなお気付かれたくないという思いを優先していたのだろうが……。それが誤りだったのだ。魔力回廊さえつないだままにしておけば、小僧の記憶が戻った時に、すぐに気付けただろうに。我と双子ですら、気付けたのだからな>
 <……>

 グリおじさんの指摘に、カラカラは唇を噛み締めた。
 図星だった。
 ロアにをすると伝えてはいたものの、真実は伝えていない。
 無断でロアの従魔であるグリおじさんと双子を排除することに、後ろ暗さを抱えていた。もし、ロアが従魔たちに興味を持ち、その姿を見たら記憶を完全に取り戻すのではないかと、恐れてもいた。

 だから、絶対に気付かれないように、自らとロアとの魔力回廊の繋がりも閉じた。

 その事が、完全に裏目に出たのだ。
 確かに、魔力回廊が繋がっていたら、カラカラはロアが記憶を取り戻した瞬間に気付いていただろう。そして、即座に対応をしていれば、今のような状態にはなっていなかったに違いない。

 今は完全に詰んでいる状態だ。
 ロア単体であれば、もう一度記憶の処理をして今まで通りに過ごせたはずだ。
 だが、ここにはグリおじさんと双子がいる。目の前でロアの記憶に処理するなど、絶対に不可能だ。妖精の抜け道を使ってロアを連れて逃げることも許されない。
 その前にグリおじさんに攻撃され、双子に妖精の抜け道に干渉されて逃げられないだろう。
 もう、何もできない。

 「記憶を取り戻した事情は分かったけど、なんでルーとフィーと一緒だったんだ?」

 素朴な疑問を持ったのは、ディートリヒだった。
 ディートリヒはまだ膝を突いたままロアに抱き着いている。涙は止まっているものの、泣きじゃくったせいで涙と鼻水まみれの酷い顔だ。
 平然としているロアと比べたら、どちらが子供か分からない。

 「ああ、ルーとフィーがオレのところまで来られなくて困ってるってから、階層の全部の扉を素通り出来るようにしたんですよ」
 <……マスターキー……。ご主人様なら、持ってる。ああ……ダンジョンコアに管理を代行させてたから、気付けなかったのか……>

 ロアの言葉に納得したように、カラカラが呟いた。
 親鍵マスターキーは、迷宮ダンジョン内の全ての出入りが自由になる鍵だ。実物の鍵がある訳ではなく、迷宮の主の意思に反応する仕掛けと言っていい。
 迷宮の主……このダンジョンの場合はカラカラとさらに上位の主人であるロアだが……の意思に反応して、全ての扉を自由に通る権限を与えられる。

 ロアが「ルーとフィーを行き来させたい」と願うだけで、双子はどこの階層も出入り自由になったのだった。

 本来その管理はカラカラの仕事だが、仕事の忙しさと、グリおじさんたちへの対処に追われて迷宮核ダンジョンコアに代行させていたのもまた、気付けなかった原因だった。

 <ロアと魔力回廊がつながったから、海竜とイルカの人たちに魔力をかしてもらったの!>
 <いちばん早く動きたかったから、おとなもーど!!>

 双子が大人の姿のまま無邪気な表情を浮かべて自慢げに胸を張る。背後では、大きなシッポが激しく揺れている。

 記憶を取り戻した瞬間、カラカラによってかけられていた魔法がすべて解除された。元々そういう仕組みであったのか、カラカラの主人である自覚によって制御を奪えたのか、ロア自身にも原因は分からない。とにかく、ロアにかかっていた魔法は解かれ、魔力回廊も復活した。

 その事を感じ取った双子は、真っ先にロアの下に駆け付けるために魔力回廊経由で海竜とイルカの魔獣たちから魔力を借り、大人の姿となって駆け付けたということだった。

 そしてロアと合流してひたすら舐め回したり身体を摺り寄せたり撫ぜてもらって満足した後に、グリおじさんたちの所へと向かって、今に至っていた。

 当然ながらグリおじさんも魔力回廊が復活すると同時にその事を察した。
 丁度、望郷のメンバーたちを前座として戦わせようとカラカラが提案した時の事だ。

 グリおじさんとカラカラの実力はほぼ互角。
 地の利がある分、グリおじさんの方がわずかに分が悪い。もちろん、負ける気など無かったが、自分が手を下さずに勝てる最高の手札があるなら、そちらに賭けた方がいい。

 グリおじさんにロアの様子を知る手段はなかったが、いずれ自分たちの下にやって来ると信じていた。だから、時間稼ぎを選んだのだった。
 望郷と妖精王の配下との戦いは、時間稼ぎの丁度良い手段だったので、カラカラの提案に乗ったのだった。

 ちなみに、グリおじさんはロアの偽物の事は最初から気付いていた。
 グリおじさんは遥か上空からでも小さな獲物を見つける鷹の目を持っている。妖精の抜け道や防御の魔法など幾重にも魔法の影響がある状況ならともかく、ほぼ直接目にしてロアを見分けられないということはない。
 いくら精巧に作ろうが、偽物は偽物。グリおじさんの目を騙せるはずがない。
 
 そうでなければ、闘技場でロアの偽物を見た瞬間に、一番取り乱したのはグリおじさんだっただろう。

 「カラくん、なんでオレを誘拐したり、記憶を無くさせたりしたの?」
 <それは……>

 ロアから問いかけられ、カラカラは顔を背ける。
 巨大な灰色熊グリスリーが不貞腐れた子供のような仕種をするのは、どこか釣り合いの取れない滑稽さがあった。
 
 「カラくんにも事情があったんだろうけど。オレ、カラくんに魔法にかけられてると気付いた時から、記憶を取り戻したら話し合わないといけないと思ってたんだ」

 ロアは優しく問い掛ける。
 だが、グリおじさんがビクリと背中を震わせた。

 ロアが、ブラシを軽く振っているのを見てしまったから。

 従魔用の、特にグリおじさんの羽毛と獣毛を手入れするための大きなブラシ。
 それをロアは手にしていた。

 ロアは従魔……とくにグリおじさんを叱る時は必ずそれを手にしている。
 グリおじさんにとってブラシは見た目を整えてくれる気持ちのいい道具であるとともに、ロアの怒りの象徴でもあるのだ。
 優しい口調が、逆に恐怖を掻き立てる。

 <こ……小僧……。話し合いにブラシは必要ないのではないか?>

 思わず、カラカラに対して同情的になってしまう。
 なにより、自分に向けられていなくても、ブラシが振り下ろされるのを見たくない。

 「グリおじさんも、後で話があるから。色々好き勝手やってたんだよね?ルーとフィーに聞いたよ?」
 <ルー!フィー!何を!!>

 グリおじさんが責める視線を向けると、双子はイタズラっ子の笑みを浮かべて視線を逸らした。

 「今は、カラくんが優先だから。カラくん。なんでオレを誘拐して記憶を無くさせたの?」
 <………………欲しかったから……>

 長い沈黙の後、カラカラは聞き取れないくらいの小声で呟いた。
 直後、今まで逸らしていた目をロアに向け、真っ向から見つめて返した。

 わずかな間を置いて、カラカラの目から大粒の涙が流れ落ちた。

 <ご主人様が欲しかったから!!ボクに命令してくれて!物作りの新しいアイデアをくれて!!成功したら笑いかけてくれる!そんなご主人様が欲しかったから!!>

 心からの叫び。
 グリスリーの巨体を震わせて吠えるように、カラカラは言い切った。

 円形闘技場コロッセウムに、声は響き渡る。
 やがてその声の余韻さえもが消えると、静けさが訪れた。
 望郷も、従魔たちも、観客席で見守っている魔獣たちも、誰もカラカラの叫びに驚き戸惑い、息をすることすら忘れた。

 「だったら……」

 ただ一人、ロアだけがカラカラの心からの叫びを受け止めていた。

 「だったら、最初にそう言ってくれたら良かったのに。オレと従魔契約したいって言ってくれたら、ちゃんと考えたのに」

 ロアにしては有り得ないほど前向きな言葉。 
 自己評価の低さから双子の時ですら「オレなんかが……」と言って覚悟が決まらず、従魔契約をすることを後回しにしていたロアと同一人物とは思えない。
 しっかりとした意志を感じる声。

 <ご主人様……>
 「最初からやり直そうか?誘拐されたり記憶を消されたことは腹が立ってるけど、オレ、カラくんの事は嫌いになれないんだよね。だから……」

 ロアが優しく微笑む。
 続く言葉を予測したカラカラが息を呑んだ。

 <良いんですか?>
 「うん」

 ロアが静かに頷くと、カラカラの虹色の瞳は涙の濁流によって隠された。

 <ボクと!従魔契約してください!!>
 「うん。カラくんを従魔として受け入れるよ」

 その言葉と同時に。
 ロアは目眩に襲われた。もう何度となく感じたことのある感覚。
 ロアは従魔契約の感覚に片手で頭を押さえた。

 「……もう従魔契約をしてるのに?」
 <真名が上書きされたのであろうな。妖精王よ、貴様の名は今から『カラくん』だ!!ふふふふふふ……>

 グリおじさんが楽しげに笑う。グリおじさん、ピョンちゃん……そして、カラくん。間の抜けた名前の仲間が増えたことが嬉しいらしい。
 自分に利はないのに他人の不利益を喜ぶのは、さすがは性悪グリフォンだ。
 
 <ご主人様。生涯の忠誠を誓わせていただきます>

 当のカラカラ……いや、カラくんはもう『カラカラ』という名に拘る気は無くなったらしく、素直に受け入れた。
 ロアに向かって跪き、胸に手を当てると恭しく頭を下げた。
 
 同時に、観客席からワッと歓声が沸き起こる。
 激しく歓喜の声を上げたのは、見守っていたカラくんの配下の魔獣たちだ。
 自分たちの主人が正しく従魔契約をしたことに喜び騒いでる。

 グリおじさんと望郷に殺意を向けていた凶悪な様子はもう無く、心の底からカラくんを祝福していた。
 
 <……さて、小僧。いい話風に纏めようとしているが、我らに言うことはないか?>

 祝福の穏やかな空気が流れ始めた場に、グリおじさんの冷ややかな声が差し込まれた。

 「え?言うこと?何?」

 いきなり言われ、ロアは焦る。
 ロアには珍しいほどの挙動不審ぶりだ。何か隠しているのが丸分かりだ。

 <小僧。我らと再会した時、気まずそうな顔をしたな?>
 「え?何のこと?」
 <我の目を欺けると思うな、小僧よ。妖精王との従魔契約に前向きなのには、理由があるのであろう?我らが迎えに来ておらねば、妖精王と話し合いをした後、しばらくはここに滞在する心積もりだったのではないか?>
 「「「えっ!?」」」

 グリおじさんの発言に、思わず声を上げたのは望郷のメンバーたちだ。
 彼らにしてみればせっかく敵地まで迎えに来たのに、帰る気が無かったと聞かされて驚かないわけがない。

 <小僧のために準備された薬草畑を見たぞ。他の施設も充実しているのであろう?ダンジョン内の魔獣から採れる素材も魅力的であろうな?しかも、有能な助手と手足となって働く配下が付いてくる。小僧が滞在したいと思わぬわけがないであろう?そのためなら、妖精王を従魔にすることぐらい、安い代償であろうな>
 「「「あー……」」」

 望郷のメンバーたちも納得する。
 直接目にしたのは薬草畑だけだが、他の生産のための施設もカラくんが充実させているのは間違いない。
 なにせ、今いるような円形闘技場コロッセウムを簡単に準備するくらいだ。自分の主人の為には、心血を注いで、快適過ぎるほど快適な生産施設を準備しているだろう。

 そして、そんな施設を準備されたなら。ダンジョンで採れる大量の素材を目の前に積まれれば。ロアが抵抗できるはずがない。記憶が戻っても、滞在したいと思うのは当然だ。
 いつもの自己評価の低さすら、吹き飛んでいてもおかしくない。

 「その、だって……。だって、もうすぐ反射炉もできるんだよ?暴力鍛冶屋ブルーノさんの目の届かないところで、製鉄から鍛冶までできる機会だよ?倉庫には魔法薬の素材が大量にあって、まだ一割も試せてないし。持って帰れるような量じゃないから、勿体ないよね?滅多に手に入らない素材もたくさんあるんだよ?オレの知らない物もあるし、カラくんに説明してもらわないと使いこなせないし。ここなら手も多いし、手間のかかる実験や、大規模な生産もできるんだよ?」

 ロアは戸惑いながら必死に言い訳を並べる。その数々が、グリおじさんの言葉が正しかったことの裏付けとなった。

 <小僧……>
 「「「「ロア……」」」
 <<ろあ……>>

 従魔たちと望郷のメンバーたちの、残念な物を見る目がロアに集中した。
 滅多にロアを否定しない双子ですら、擁護のしようがない。

 <まさか今も、適当な理由をつけて、帰るのを引き延ばそうと考えている訳ではあるまいな?>
 「そっ、そんなわけ、ないじゃない!!」

 両手をブンブンと振りながら、ロアは否定する。
 だが、その様子を見て、この場にいる全員が思った。そのつもりだったのだなと。

 命懸けだったダンジョンでの戦いの数々。なにより、グリおじさんのせいで被った苦労。それらが思い出され、誰もロアを擁護できない。
 むしろ、能天気なロアの態度に、怒りすら湧いてくる。
 一気に、ロアを責めるような、冷ややかな空気が流れ始めた。

 とにもかくにも。
 こうして、ロアがカラくんを正式な従魔にしたことで、ロア誘拐事件は丸く収まり、幕引きになろうとしていた。

 ……だが、事態はまだ終わりそうになかった。

 「なあ、あれ、ヤバいんじゃないか?」

 クリストフが不安げな声を上げたからだ。
 その目は、円形闘技場コロッセウムの上方。ロアの偽物がいた場所に向けられていた。

 

 

 

 



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