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四章 新しい仲間たちの始まり
再会と、記憶
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「よかったぁ!!本当に、本当に苦労したんだから!リーダーはバカだし、グリおじさんはいつも以上に好き勝手するし、ルーとフィーは無口になるし、ベルンハルトはいつも通りだし、クリストフまで変になるし!!」
感極まった様子で、コルネリアが叫びながらロアを強く抱きしめる。
喜びの強さが、そのまま抱きしめる強さになった。その強さにロアの喉から「ぐえ」と妙な音が漏れたが、気になどしていられない。
目に浮かんだ涙は、ロアとの再会の喜びか、それとも今までの苦労を思い出しての物か。
「リーダーはバカだしぃ。本当に、本当に、苦労したんだからぁ。よかったよぉ……」
同じことを繰り返して言っているが、それだけ苦労をしたということなのだろう。なにせ、ダンジョンに入ってから一貫して常識的だったのは、コルネリアただ一人だけだったのだから。
感情的なコルネリアに戸惑い苦笑を浮かべつつも、ロアも両手でコルネリアを抱きしめた。
「……」
ベルンハルトは、ロアに近付くと無言で軽く抱擁した。
コルネリアが正面から抱き着いているため横からの、本当に軽い抱擁だ。そして、優しく笑みを浮かべるとすぐに場所を譲る様に傍らへと移動した。
「よう!」
笑顔でクリストフが話しかける。
だが、言葉が続かない。感慨無量。溢れ上がる感情を噛み締め、口を開こうとして口を閉じるのを繰り返すだけだ。
そして言葉が選べないのを自覚すると、ベルンハルトが譲ってくれた場所に移動して、ロアの肩を抱いた。
ロアの頬に自分の頬を寄せ、くっ付ける。
照れ隠しなのか、空いている手で乱暴にロアの頭を撫でた。
「ろあーーーー!!」
ディートリヒはもう、涙でグシャグシャだ。フィーの作った氷の壁にぶつかった時に出た鼻血と混ざり合い、顔面が酷いありさまだ。
つい先ほどまで、魔獣たち相手に浮かべていた凶悪な表情など完全に消えている。安心しきった、緩み切った顔でロアを真っ直ぐに見つめ、飼い主に駆け寄る大型犬の様に全身で喜びを表していた。
「リーダー!痛い!!」
ディートリヒもロアに抱き着こうとしたが、コルネリアに強烈な肘打ちを食らう。コルネリアの後頭部に、鎧が当たったからだ。
流石はコルネリア。肘打ちは的確に鎧の脇腹の隙間に当たり、ディートリヒは一瞬身を丸めて膝を突いた。
「ロア!ホントに、無事でよかった……」
膝を突いたものの、ディートリヒはへこたれない。脇腹を抑えながら、膝を突いた状態でロアへと抱き着く。
背の高いディートリヒと、少年の様なロア。
ディートリヒが膝を突いたまま抱き着くと、わずかにディートリヒが低くなり抱き着くのに丁度良い高さとなった。今度はゆっくりと、鎧が当たらないようにロアに抱き着いた。
コルネリアとディートリヒに抱き着かれ、クリストフに肩を抱かれたロア。
少し困った表情を浮かべながらも、笑みを浮かべて受け入れていた。
温かい空気が、流れ始める。
だが、その空気が持ったのは、わずか数秒だった。
<寝坊助。顔は押し当てるな!涙と鼻水で小僧が汚れる!>
即座にグリおじさんが、水を差したからだ。
<おじちゃん、おとなげない~>
<感動の再会くらい、何も言わずにみまもろーよ>
口を挟んだグリおじさんに、双子の魔狼が呆れたように言った。
<我は大人だぞ!正当な主張をしただけであろう!見ろ、あの寝坊助の涙と鼻水まみれの顔を!あんなものを押し当てたら小僧の服が汚れるではないか!!>
<しっと?おじちゃんも跳び付きたいのにできないから、悪口を言ってるんだよね?>
<みえはり!他の人がいるから、すなおになれないんだよね?ガマンしなくていいのに。おじちゃんも抱きつけばいいのに>
<なっ!?>
双子の言葉に、グリおじさんは閉口する。
実のところ、その指摘は図星だ。
この瞬間、最もロアに跳び付きたかったのはグリおじさんだろう。
切望した相手が目の前にいる。その喜びを全身で表したかった。
だが、双子の魔狼がいる前で無様な姿は見せられない。威厳を保たなければならない。その思いで、自制していた。
無様なグリおじさんを見慣れている双子としては、無意味な自制である。
さらに、望郷のメンバーたち先を越されたことで、機会を逃がしてしまった。今更感情に任せて動くわけにいかなくなってしまった。
望郷のメンバーたちに、少し嫉妬して邪魔をしたくなるのも仕方がない。
<いや、我は、そのだな。そう、ここは敵地なのだぞ!そんな緩み切った、隙だらけの行動をとるべきではないであろう!!さあ、貴様ら!離れて周りを警戒するがいい!周囲には妖精王の配下が満ちておるのだぞ!>
「……なんだよ!邪魔すんな!」
グリおじさんの見苦しい言い訳を、ディートリヒの涙に湿った叫びが抑えた。
「ここの魔獣はロアの従魔なんだよな?だったら、ロアがここに来た以上は決着がついたも同然だろう?そのつもりで、性悪グリフォンもロアが来るまで時間稼ぎをしてたんじゃなかったのか?」
ディートリヒの叫びを補足するように、クリストフが言う。
グリおじさんの<ここは敵地>という主張はもっともだ。
だが、それも、ロアが来るまで。
ロアは妖精王カラカラの主であり、ここにいる魔獣たちはカラカラの配下だ。
ロアがいれば容易に抑えられる。逆らえる者は、いないはずだ。
敵地であった場所も、ロアが来たことで安全地帯になっている。
その証拠と言っては何だが、円形闘技場の観客席にいる魔獣たちは身動き一つせず、一言も発せないで息を潜めて事の成り行きを見守っていた。
<くっ、しかし、小僧がまだ妖精王に記憶を操作されている可能性があるではないか!!セコくて性格が悪くて見苦しい妖精王なのだぞ!小僧にどんな工作をしている分からぬ!敵地であることは変わってはおらぬ!>
「いや、どう見てもロアは普通だろう?なあ、ロア。記憶を操られてるのか?」
なおも食い下がるグリおじさんを納得させるために、クリストフはロアに問いかけた。
ロアはと言うと、抱き着いて泣いているコルネリアとディートリヒに困った笑みを向けていたが、問われて顔を上げた。
「えっと、もう大丈夫です。ちゃんと治しましたから!」
「もう?」
笑顔で答えるロアに、クリストフは戸惑う。
「もう」と言うことは、実際に妖精王に記憶を操作されていた自覚があったということだ。その可能性はあるだろうと思っていたが、こうも平然と言われると衝撃的だ。
なにより、「治した」という言葉が理解できない。
「元々、オレはグリおじさんと従魔契約をしたおかげで精神操作系の魔法の抵抗力が高いみたいなんですよ。|グレーターリッチと会っても大丈夫でしたし」
「グレーターリッチ?」
「あ……」
大魔術師死霊《グレーターリッチ》はロアが城塞迷宮で出会った魔獣の一体だ。
大魔術師が死して残る深い恨みの力で魔獣化したものである。
不死者の王と言われる魔術師死霊の上位種で、人間は目にするだけで心を病み、深い絶望から死に至ると言われている。
ロアは、グリおじさんがその大魔術師死霊《グレーターリッチ》と色々な因縁を持っていたことから、会ったことを望郷のメンバーたちにも内緒にしていた。
「ふーん。まあ、グレーターリッチの事はいずれ聞かせてもらうことにして。じゃあ、一度魔法にかかったけど、抵抗できて治ったってことか」
大魔術師死霊《グレーターリッチ》に会っても問題なかった抵抗力だ。妖精王の魔法であっても抵抗できるだろうと、クリストフは納得した。
大魔術師死霊《グレーターリッチ》について問い質さなかったのは、今は関係ないのと、ロアが隠したがってることを察したクリストフの優しさだ。
「いえ、カラくんの魔法は強力で、忘れさせられてるのに気付いた程度で、何も思い出せなくて。結局、魔法薬を作りました」
「魔法薬?ああ、なるほど……」
クリストフも思い当たる節がある。
先ほどの大魔術師死霊《グレーターリッチ》の話にも繋がるので、すぐに思い出せたと言ってもいい。
ロアは、即死回避の魔法薬と言う、およそ聞いたこともない効果の魔法薬を作り出していた。
あれは精神操作系の魔法に作用する薬だったはずだ。城塞迷宮行きの時には望郷のメンバーたちも使用していたが、結局効果がある魔法薬だったのか確かめる機会はなかった。
材料は確か……。
「最初は……。ああ、オレ、カラくんに何回か記憶を消されたみたいなんですが、最初に自分が魔法にかけられてるって疑った時ですね。その時に、カラくんに新しい魔法薬を作るからって、身代わり草を畑に植えてもらう様に言ったんですよ。これは賭けだったんですが、カラくんが身代わり草で作る魔法薬の効果を知らなくて助かりました」
身代わり草とは、クリストフが思い浮かべていた即死回避の魔法薬の材料だった。
身代わりの草の成分は霊体……つまりは精神の根幹部分を強化する。それを使うことで精神操作系魔法の極致と言われる即死魔法すら耐えられる魔法薬を作ることができるのだ。
カラカラとて、その効果を知らなかったわけではない。
鑑定魔法を使える上位の妖精であり、全知の木の記憶の知識を得られるカラカラが知らないはずがなかった。
ただ、カラカラは残念なことにお手伝い妖精。自ら考え、新しいことを発想することができなかった。
身代わり草の効能が即死回避の魔法薬以外に流用できることに思い至らなかったのだ。
偶然とはいえ、ロアはカラカラの妖精としての性質の隙を突いたことになった。
「ただ、いつ気付かれるか分からなかったので、カラくんを仕事漬けにしたんですよ」
「ちょっと待って。さっきから出て来る『カラくん』っていうのは?」
疑問の声を上げたのは、コルネリアだった。
泣いてロアに抱き着いていたが、話は聞いていたらしい。もう涙は止まっており、冷静さは取り戻したようだがロアに抱き着いたままだ。
「カラくんは、カラくんで……。えーと、そこにいるじゃないですか」
ロアは説明に困って、指差した。
そこにいたのは、ロアに背を向けて座り込み、膝を抱えて体を小さくしている巨大な筋肉質の灰色熊だった。
指差されたのを感じたのか、その背がビクリと震えるように動く。
戸惑っているのか、全身が細かく震え始める。どうして気付かれたのかと言っているようだ。
カラカラはロアに正体を見せたことはない。なのに、なぜか見抜かれていたのだった。
「「妖精王の事か!!」」
コルネリアとクリストフの声が重なった。
<妖精王よ、貴様、カラくんなどと言う名前だったのか……>
グリおじさんの声色は、なぜか同情的だ。
<違う!ボクはカラカラで、でも、ご主人様はボクの事をカラくんって呼んで。何度ちゃんと呼んで欲しいって言っても呼んでくれなくて!>
駄々をこねる子供のように、カラカラは背を向けたまま叫んだ。
「ごめん。わざとカラくんって呼んで追い詰めてたんだ」
<え?>
衝撃的な発言に、カラカラは思わず振り向いてロアの顔を見つめた。
ロアは最初に自分がカラカラに何か忘れさせられてると気付いた時から、いくつか対策を考えて行動した。
あえて「カラくん」と呼ぶのもその一つだ。
まず真っ先に、かけられている魔法を予測して解除する魔法薬を作るために、材料となる身代わり草を育てることを考えた。
種自体は倉庫にあったが、隠して育ててもすぐに見つかってしまう。だからあえてカラカラたちに依頼して育ててもらうことにした。
これはロアが何をしようとしているのか、カラカラが気付くかどうかの見極めでもあった。
気付けば、身代わり草は廃棄されるはずだ。そしてロア自身の記憶も再び消されるだろう。
身代わり草が育てられていて、ロア自身が何のために育てているか覚えている間は、計画は実行可能だと判断できた。
次に、行動の自由の確保をした。
カラカラはロアといつも一緒にいたがった。好意からだが、ずっと監視されていた。そのままでは、身代わり草の確保ができても、魔法薬を作ることが出来そうになかった。
だから、カラカラに大量の仕事を押し付けて、仕事漬けにした。共にいる時間が限界まで減るように仕向けた。
さらに、疑われる危険を減らした。
ロアはカラカラが記憶を操作できるなら、記憶を覗き見ることも可能だと考えた。疑われた時点で、記憶を見られて計画は発覚してしまう。
だから、疑う余裕も無くなるくらい、カラカラを精神的に追い詰めた。
カラカラは自分の仕事に拘りを持っていた。だから目の前でカラカラより仕事を早く丁寧にやって見せて、カラカラが悩むように仕向けた。
「カラくん」と呼ばれるのを本心から嫌っていることに気付いて、あえて呼び続けて精神的に追い詰めた。
満足に睡眠を取れないほど仕事漬けにしたことも、カラカラをさらに追い詰めた。
これもロアの狙い通りだ。
肉体が疲労すれば、思考も鈍る。良い考えより悪い考えに傾いていく。ロアはこれを自身の体験から知っていた。目の下に隈が出来るほどに疲労したころには、カラカラはロアに疑いの目を向ける余裕もなくなっていった。
これらが上手く作用して、カラカラに気付かれることなく、ロアは記憶の魔法を解除できる魔法薬を作ることができたのだった。
ただ、これは、全てを思い出した今だから言えることだ。
記憶を失っている間は、計画していることすら曖昧だった。
ロアは何度か発作的に記憶を取り戻しかけ、カラカラに記憶を消し直されている。
記憶の消去具合によって、何度も計画自体が忘れ去られた。
それでもロアは、成し遂げた。
自分が納得するまで、貫き通すのがロアだ。頑固者の部分の本領発揮と言ってもいい。
何度記憶を消し直されようが、鋼のごとき固い信念でそれまで自分がやってきた行動の意味を読み解いて計画を継続した。
<小僧の執念の勝利だな>
ロアの説明を聞き、ポツリとグリおじさんが呟く。
「うーん。皆が迎えに来てくれたのも、大きかったと思うよ。ある時から極端にカラくんの行動がおかしくなったからね。あれって、グリおじさんたちが来たからだと思うし」
グリおじさんたちがダンジョンの中に入り込んだことで、すでに余裕が無かったカラカラはさらに余裕を無くした。
そのおかげで、ロアはさらに自由に動ける時間が確保でき、身代わり草が育つと同時に行動できたのだ。
<……そんな……>
今まで自分が悩んでいたことが、全部ロアの計画の内だと知って、カラカラは絶望から床に両手をついて突っ伏したのだった。
※ ※ ※ ※ ※
いつも読んでいただきありがとうございます。
5月下旬刊行予定のと案内されていた書籍9巻ですが、明確な日程が出ました。
出荷日:5/20(月)
※地域や書店によってズレがあります。
とのことです。
よろしくお願いします。
感極まった様子で、コルネリアが叫びながらロアを強く抱きしめる。
喜びの強さが、そのまま抱きしめる強さになった。その強さにロアの喉から「ぐえ」と妙な音が漏れたが、気になどしていられない。
目に浮かんだ涙は、ロアとの再会の喜びか、それとも今までの苦労を思い出しての物か。
「リーダーはバカだしぃ。本当に、本当に、苦労したんだからぁ。よかったよぉ……」
同じことを繰り返して言っているが、それだけ苦労をしたということなのだろう。なにせ、ダンジョンに入ってから一貫して常識的だったのは、コルネリアただ一人だけだったのだから。
感情的なコルネリアに戸惑い苦笑を浮かべつつも、ロアも両手でコルネリアを抱きしめた。
「……」
ベルンハルトは、ロアに近付くと無言で軽く抱擁した。
コルネリアが正面から抱き着いているため横からの、本当に軽い抱擁だ。そして、優しく笑みを浮かべるとすぐに場所を譲る様に傍らへと移動した。
「よう!」
笑顔でクリストフが話しかける。
だが、言葉が続かない。感慨無量。溢れ上がる感情を噛み締め、口を開こうとして口を閉じるのを繰り返すだけだ。
そして言葉が選べないのを自覚すると、ベルンハルトが譲ってくれた場所に移動して、ロアの肩を抱いた。
ロアの頬に自分の頬を寄せ、くっ付ける。
照れ隠しなのか、空いている手で乱暴にロアの頭を撫でた。
「ろあーーーー!!」
ディートリヒはもう、涙でグシャグシャだ。フィーの作った氷の壁にぶつかった時に出た鼻血と混ざり合い、顔面が酷いありさまだ。
つい先ほどまで、魔獣たち相手に浮かべていた凶悪な表情など完全に消えている。安心しきった、緩み切った顔でロアを真っ直ぐに見つめ、飼い主に駆け寄る大型犬の様に全身で喜びを表していた。
「リーダー!痛い!!」
ディートリヒもロアに抱き着こうとしたが、コルネリアに強烈な肘打ちを食らう。コルネリアの後頭部に、鎧が当たったからだ。
流石はコルネリア。肘打ちは的確に鎧の脇腹の隙間に当たり、ディートリヒは一瞬身を丸めて膝を突いた。
「ロア!ホントに、無事でよかった……」
膝を突いたものの、ディートリヒはへこたれない。脇腹を抑えながら、膝を突いた状態でロアへと抱き着く。
背の高いディートリヒと、少年の様なロア。
ディートリヒが膝を突いたまま抱き着くと、わずかにディートリヒが低くなり抱き着くのに丁度良い高さとなった。今度はゆっくりと、鎧が当たらないようにロアに抱き着いた。
コルネリアとディートリヒに抱き着かれ、クリストフに肩を抱かれたロア。
少し困った表情を浮かべながらも、笑みを浮かべて受け入れていた。
温かい空気が、流れ始める。
だが、その空気が持ったのは、わずか数秒だった。
<寝坊助。顔は押し当てるな!涙と鼻水で小僧が汚れる!>
即座にグリおじさんが、水を差したからだ。
<おじちゃん、おとなげない~>
<感動の再会くらい、何も言わずにみまもろーよ>
口を挟んだグリおじさんに、双子の魔狼が呆れたように言った。
<我は大人だぞ!正当な主張をしただけであろう!見ろ、あの寝坊助の涙と鼻水まみれの顔を!あんなものを押し当てたら小僧の服が汚れるではないか!!>
<しっと?おじちゃんも跳び付きたいのにできないから、悪口を言ってるんだよね?>
<みえはり!他の人がいるから、すなおになれないんだよね?ガマンしなくていいのに。おじちゃんも抱きつけばいいのに>
<なっ!?>
双子の言葉に、グリおじさんは閉口する。
実のところ、その指摘は図星だ。
この瞬間、最もロアに跳び付きたかったのはグリおじさんだろう。
切望した相手が目の前にいる。その喜びを全身で表したかった。
だが、双子の魔狼がいる前で無様な姿は見せられない。威厳を保たなければならない。その思いで、自制していた。
無様なグリおじさんを見慣れている双子としては、無意味な自制である。
さらに、望郷のメンバーたち先を越されたことで、機会を逃がしてしまった。今更感情に任せて動くわけにいかなくなってしまった。
望郷のメンバーたちに、少し嫉妬して邪魔をしたくなるのも仕方がない。
<いや、我は、そのだな。そう、ここは敵地なのだぞ!そんな緩み切った、隙だらけの行動をとるべきではないであろう!!さあ、貴様ら!離れて周りを警戒するがいい!周囲には妖精王の配下が満ちておるのだぞ!>
「……なんだよ!邪魔すんな!」
グリおじさんの見苦しい言い訳を、ディートリヒの涙に湿った叫びが抑えた。
「ここの魔獣はロアの従魔なんだよな?だったら、ロアがここに来た以上は決着がついたも同然だろう?そのつもりで、性悪グリフォンもロアが来るまで時間稼ぎをしてたんじゃなかったのか?」
ディートリヒの叫びを補足するように、クリストフが言う。
グリおじさんの<ここは敵地>という主張はもっともだ。
だが、それも、ロアが来るまで。
ロアは妖精王カラカラの主であり、ここにいる魔獣たちはカラカラの配下だ。
ロアがいれば容易に抑えられる。逆らえる者は、いないはずだ。
敵地であった場所も、ロアが来たことで安全地帯になっている。
その証拠と言っては何だが、円形闘技場の観客席にいる魔獣たちは身動き一つせず、一言も発せないで息を潜めて事の成り行きを見守っていた。
<くっ、しかし、小僧がまだ妖精王に記憶を操作されている可能性があるではないか!!セコくて性格が悪くて見苦しい妖精王なのだぞ!小僧にどんな工作をしている分からぬ!敵地であることは変わってはおらぬ!>
「いや、どう見てもロアは普通だろう?なあ、ロア。記憶を操られてるのか?」
なおも食い下がるグリおじさんを納得させるために、クリストフはロアに問いかけた。
ロアはと言うと、抱き着いて泣いているコルネリアとディートリヒに困った笑みを向けていたが、問われて顔を上げた。
「えっと、もう大丈夫です。ちゃんと治しましたから!」
「もう?」
笑顔で答えるロアに、クリストフは戸惑う。
「もう」と言うことは、実際に妖精王に記憶を操作されていた自覚があったということだ。その可能性はあるだろうと思っていたが、こうも平然と言われると衝撃的だ。
なにより、「治した」という言葉が理解できない。
「元々、オレはグリおじさんと従魔契約をしたおかげで精神操作系の魔法の抵抗力が高いみたいなんですよ。|グレーターリッチと会っても大丈夫でしたし」
「グレーターリッチ?」
「あ……」
大魔術師死霊《グレーターリッチ》はロアが城塞迷宮で出会った魔獣の一体だ。
大魔術師が死して残る深い恨みの力で魔獣化したものである。
不死者の王と言われる魔術師死霊の上位種で、人間は目にするだけで心を病み、深い絶望から死に至ると言われている。
ロアは、グリおじさんがその大魔術師死霊《グレーターリッチ》と色々な因縁を持っていたことから、会ったことを望郷のメンバーたちにも内緒にしていた。
「ふーん。まあ、グレーターリッチの事はいずれ聞かせてもらうことにして。じゃあ、一度魔法にかかったけど、抵抗できて治ったってことか」
大魔術師死霊《グレーターリッチ》に会っても問題なかった抵抗力だ。妖精王の魔法であっても抵抗できるだろうと、クリストフは納得した。
大魔術師死霊《グレーターリッチ》について問い質さなかったのは、今は関係ないのと、ロアが隠したがってることを察したクリストフの優しさだ。
「いえ、カラくんの魔法は強力で、忘れさせられてるのに気付いた程度で、何も思い出せなくて。結局、魔法薬を作りました」
「魔法薬?ああ、なるほど……」
クリストフも思い当たる節がある。
先ほどの大魔術師死霊《グレーターリッチ》の話にも繋がるので、すぐに思い出せたと言ってもいい。
ロアは、即死回避の魔法薬と言う、およそ聞いたこともない効果の魔法薬を作り出していた。
あれは精神操作系の魔法に作用する薬だったはずだ。城塞迷宮行きの時には望郷のメンバーたちも使用していたが、結局効果がある魔法薬だったのか確かめる機会はなかった。
材料は確か……。
「最初は……。ああ、オレ、カラくんに何回か記憶を消されたみたいなんですが、最初に自分が魔法にかけられてるって疑った時ですね。その時に、カラくんに新しい魔法薬を作るからって、身代わり草を畑に植えてもらう様に言ったんですよ。これは賭けだったんですが、カラくんが身代わり草で作る魔法薬の効果を知らなくて助かりました」
身代わり草とは、クリストフが思い浮かべていた即死回避の魔法薬の材料だった。
身代わりの草の成分は霊体……つまりは精神の根幹部分を強化する。それを使うことで精神操作系魔法の極致と言われる即死魔法すら耐えられる魔法薬を作ることができるのだ。
カラカラとて、その効果を知らなかったわけではない。
鑑定魔法を使える上位の妖精であり、全知の木の記憶の知識を得られるカラカラが知らないはずがなかった。
ただ、カラカラは残念なことにお手伝い妖精。自ら考え、新しいことを発想することができなかった。
身代わり草の効能が即死回避の魔法薬以外に流用できることに思い至らなかったのだ。
偶然とはいえ、ロアはカラカラの妖精としての性質の隙を突いたことになった。
「ただ、いつ気付かれるか分からなかったので、カラくんを仕事漬けにしたんですよ」
「ちょっと待って。さっきから出て来る『カラくん』っていうのは?」
疑問の声を上げたのは、コルネリアだった。
泣いてロアに抱き着いていたが、話は聞いていたらしい。もう涙は止まっており、冷静さは取り戻したようだがロアに抱き着いたままだ。
「カラくんは、カラくんで……。えーと、そこにいるじゃないですか」
ロアは説明に困って、指差した。
そこにいたのは、ロアに背を向けて座り込み、膝を抱えて体を小さくしている巨大な筋肉質の灰色熊だった。
指差されたのを感じたのか、その背がビクリと震えるように動く。
戸惑っているのか、全身が細かく震え始める。どうして気付かれたのかと言っているようだ。
カラカラはロアに正体を見せたことはない。なのに、なぜか見抜かれていたのだった。
「「妖精王の事か!!」」
コルネリアとクリストフの声が重なった。
<妖精王よ、貴様、カラくんなどと言う名前だったのか……>
グリおじさんの声色は、なぜか同情的だ。
<違う!ボクはカラカラで、でも、ご主人様はボクの事をカラくんって呼んで。何度ちゃんと呼んで欲しいって言っても呼んでくれなくて!>
駄々をこねる子供のように、カラカラは背を向けたまま叫んだ。
「ごめん。わざとカラくんって呼んで追い詰めてたんだ」
<え?>
衝撃的な発言に、カラカラは思わず振り向いてロアの顔を見つめた。
ロアは最初に自分がカラカラに何か忘れさせられてると気付いた時から、いくつか対策を考えて行動した。
あえて「カラくん」と呼ぶのもその一つだ。
まず真っ先に、かけられている魔法を予測して解除する魔法薬を作るために、材料となる身代わり草を育てることを考えた。
種自体は倉庫にあったが、隠して育ててもすぐに見つかってしまう。だからあえてカラカラたちに依頼して育ててもらうことにした。
これはロアが何をしようとしているのか、カラカラが気付くかどうかの見極めでもあった。
気付けば、身代わり草は廃棄されるはずだ。そしてロア自身の記憶も再び消されるだろう。
身代わり草が育てられていて、ロア自身が何のために育てているか覚えている間は、計画は実行可能だと判断できた。
次に、行動の自由の確保をした。
カラカラはロアといつも一緒にいたがった。好意からだが、ずっと監視されていた。そのままでは、身代わり草の確保ができても、魔法薬を作ることが出来そうになかった。
だから、カラカラに大量の仕事を押し付けて、仕事漬けにした。共にいる時間が限界まで減るように仕向けた。
さらに、疑われる危険を減らした。
ロアはカラカラが記憶を操作できるなら、記憶を覗き見ることも可能だと考えた。疑われた時点で、記憶を見られて計画は発覚してしまう。
だから、疑う余裕も無くなるくらい、カラカラを精神的に追い詰めた。
カラカラは自分の仕事に拘りを持っていた。だから目の前でカラカラより仕事を早く丁寧にやって見せて、カラカラが悩むように仕向けた。
「カラくん」と呼ばれるのを本心から嫌っていることに気付いて、あえて呼び続けて精神的に追い詰めた。
満足に睡眠を取れないほど仕事漬けにしたことも、カラカラをさらに追い詰めた。
これもロアの狙い通りだ。
肉体が疲労すれば、思考も鈍る。良い考えより悪い考えに傾いていく。ロアはこれを自身の体験から知っていた。目の下に隈が出来るほどに疲労したころには、カラカラはロアに疑いの目を向ける余裕もなくなっていった。
これらが上手く作用して、カラカラに気付かれることなく、ロアは記憶の魔法を解除できる魔法薬を作ることができたのだった。
ただ、これは、全てを思い出した今だから言えることだ。
記憶を失っている間は、計画していることすら曖昧だった。
ロアは何度か発作的に記憶を取り戻しかけ、カラカラに記憶を消し直されている。
記憶の消去具合によって、何度も計画自体が忘れ去られた。
それでもロアは、成し遂げた。
自分が納得するまで、貫き通すのがロアだ。頑固者の部分の本領発揮と言ってもいい。
何度記憶を消し直されようが、鋼のごとき固い信念でそれまで自分がやってきた行動の意味を読み解いて計画を継続した。
<小僧の執念の勝利だな>
ロアの説明を聞き、ポツリとグリおじさんが呟く。
「うーん。皆が迎えに来てくれたのも、大きかったと思うよ。ある時から極端にカラくんの行動がおかしくなったからね。あれって、グリおじさんたちが来たからだと思うし」
グリおじさんたちがダンジョンの中に入り込んだことで、すでに余裕が無かったカラカラはさらに余裕を無くした。
そのおかげで、ロアはさらに自由に動ける時間が確保でき、身代わり草が育つと同時に行動できたのだ。
<……そんな……>
今まで自分が悩んでいたことが、全部ロアの計画の内だと知って、カラカラは絶望から床に両手をついて突っ伏したのだった。
※ ※ ※ ※ ※
いつも読んでいただきありがとうございます。
5月下旬刊行予定のと案内されていた書籍9巻ですが、明確な日程が出ました。
出荷日:5/20(月)
※地域や書店によってズレがあります。
とのことです。
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ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
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貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
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この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
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(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
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容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
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治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
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※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
孫のいじめを無視した学園にぶちキレた元最凶魔女。今ふたたび大暴れする!
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そう言うバーコードハゲ教頭と、イケメソ三十代校長に軽く頭を下げられながらも、目では早く帰れ!モンペが!と言われたアタクシ80代元魔女。
そっちがその気なら…
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コンナバショ、マゴニハイラナイ…
コワソウ…
コロソウ…
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理不尽な理由でいじめを受けた孫を気にして、学園に事実確認したものの、ぞんざいな扱いを受け、血気盛んな若かりし頃を思い出してしまったお婆さんは、今再び、その力を取り戻すのでありました。
思いつきのショートショートから始めたこちらの作品ですが、思った以上に反応があったため、長編として物語を書き直しています。
あちらこちらを少しずつ直していますので、見苦しい点が多々あるかと思いますが、よろしくお願いいたします。
とうちゃんすらいむ
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