追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)

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9巻

9-2

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「その……お困りだろうか?」

 どれくらい時間が過ぎただろうか。泣き疲れた頃に、彼の頭上から不意に声が掛かった。彼は驚き、顔を上げる。

「…………」

 いつの間にか、彼の目の前に騎士服を着た女性が立っていた。下級騎士なのだろう、この国の騎士にしては地味な色合いの服だ。

「……困っているように見えるのだが、間違いないな?」

 彼は目の前に立つ女性を見つめる。男性のような口調だが、声はやわらかな響きを含んでいて不快ではない。

「……」
「すまない。不躾ぶしつけな質問で気分を害したなら謝ろう。普段から街を見回っている兵士たちなら気のいた言葉で警戒されないようにできるのだろうが、私は慣れていないんだ」

 女性は少し困ったように小首を傾げる。
 見上げる形で、背後に透き通るような青空が見えるせいだろうか。彼の目にはその女性が輝いて見えた。

「……いや……大丈夫だ……」

 涙と鼻水の跡が残る情けない顔を向けながら、彼が発せた言葉はそれだけだった。

「生来の不器用者でな。すまない。……それで、困っているなら助けたいと思うのだが、よろしいか? いや、その、警戒しないでくれ。他の街では食い詰め者は牢屋に入れたり追い出したりするらしいが、この街ではそういうことはない。領主の方針でな、救護施設という場所があり、保護した者たちは生活できるようになるまで面倒を見ることになっている。安心して欲しい」

 安心して欲しいと言ってはいるものの、会話の中に「牢屋」や「追い出す」という言葉を入れるのは失敗だろう。その言葉を聞いた時点で不安に感じて逃げ出す者が出るかもしれない。
 確かに、言葉通り彼女は不器用な人間なのだろうと、彼は思った。

「……不器用か……」

 思えば、自分も不器用な人間だった。兄である第二皇子に蹴落けおとされ、周りにいた部下たちに見捨てられるほどに。
 彼はそう自覚した瞬間、なぜか少し心が軽くなるのを感じた。

「どうした、助けられるのは嫌か? 矜持きょうじもあるのかもしれないが、そうは言ってられないように見えるぞ? そ、そうだ、私の身分を明かしていなかったな! それなら、警戒されるのも仕方ない」

 彼が少し考え込んでいると、なぜか女性が慌て出して言葉を重ねてきた。

「私は侯爵家の騎士で、イヴという。一応、少し前までは街を見回る兵士をしていたのだが、こういった人助けの機会にめぐまれなくてな。本当に不慣れなんだ、すまない」

 彼女はそう言うと、笑みを彼へと向けて見せた。
 安心させようとしてくれているのだろう。だが、作り笑いに慣れていないのか、ぎこちない不器用な微笑ほほえみだった。

「ダースだ」

 彼はそう名乗り、口元を緩める。
 この一か月使っていた偽名だが、名乗らないよりは良いかと口にした。何より、この女性には名乗って、自分のことを覚えておいて欲しかった。

「ダースか。良い名だな。まずは落ち着ける場所に移動して、食事を出そうと思う。立てるか? 肩を貸そうか?」

 女性……イヴは立つのを助けるために、彼に向かって手を伸ばした。
 女性にしては大きな手。そうとうきたえてきたのだろう。騎士に相応しい、礼節と強さを感じさせる手だった。

「頼む」

 そう言って、彼はその手を握り返した。
 握った手は、今まで触れた誰の手よりも温かかった。


 ロアたちはいつも朝の剣の鍛錬を、侯爵邸の敷地内にある空き地でおこなう。
 小高くなっている場所で、海が見渡せて景色も良い。
 空き地といっても侯爵邸の敷地内なので手入れはされている。えている草は短く刈り込まれて、まるで緑の絨毯じゅうたんのようだった。
 鍛錬に熱が入って転んだとしても草が衝撃を吸収してくれるので、剣の鍛錬をするには最適の場所だ。
 もちろん侯爵邸の中にも鍛錬場があるが、そちらは主に侯爵家の兵たちが使用している。一応は客人として逗留とうりゅうしているロアたちは、兵たちの邪魔にならないようにここでやることにしているのだった。

「……頼む! 一度だけでいい‼ な?」
〈……〉

 ロアと望郷のメンバーのディートリヒとコルネリア、クリストフが黙々もくもくと剣を振っている。
 その周囲を従魔の双子の魔狼ルーとフィーが走り回って遊んでいる。蹴られた草が海風に舞った。
 剣の鍛錬なので、同じ望郷のメンバーでも魔術師のベルンハルトの姿はない。昨夜は魔法の研究のために深夜まで起きていたので、まだ眠っている。

「一度だけ! もう一度だけやれば、スッキリあきらめるから! 頼む!」
〈…………〉

 少し離れた小高くなった場所に、グリおじさんが寝そべっていた。だらしなく翼を広げて、朝日にさらしている。

「な? 一度だけだ。いいだろう?」

 そして、そのすぐ近くで、剣聖であり元ヴィルドシュヴァイン侯爵のゲルトが、いつくばって頭を下げていた。

〈………………〉

 頭を下げて頼んでいる剣聖を、グリおじさんは完全に無視している。
 グリおじさんだけではない。ロアも、ディートリヒも、とにかくこの場にいる全員が無視していた。
 剣聖の願いは、グリおじさんとの再戦だ。
 グリおじさんと剣聖は一度戦っている。それも、魔獣であるグリおじさんが剣をくちばしくわえて戦うという、かなり変則的な戦いだ。
 その結果は、グリおじさんの圧勝。
 剣聖は人型でない魔獣と剣同士で戦うのは初めてだった。その不慣れな状況と、グリおじさんの剣の腕前が自身を上回っていたことから、彼は一撃も入れられずに終わってしまった。
 その時の悔しさが忘れられないのだろう。毎朝、剣聖はグリおじさんに頭を下げて再戦を頼み続けていた。
 ディートリヒいわく、剣聖は戦いたい相手がいたら、なりふり構わず奇襲を仕掛けてでも戦うらしいが、今回の場合は違っている。
 剣聖が望んでいるのは、あくまでグリおじさんとの剣での戦いだ。
 奇襲を仕掛けても、魔法で追い払われるだけだろう。剣での戦いにはならない。グリおじさん自身を説得して剣を取らせないと無意味なため、ひたすら頭を下げ続けているのだった。
 朝の鍛錬の場を狙って頭を下げ続けているのは、近くにロアがいるからだ。
 ロアがいれば、グリおじさんは剣聖のことを無下むげにはしない。魔法で追い払われたり倒されたりすることもないし、せいぜい無視される程度だ。
 それに、剣聖にも立場というものがあり、ロアたち以外の人目に付かない場所を選ぶのは当然だろう。
 剣聖は脳筋のうきんでありながら、意外と周囲や自分の立場を考えている。
 ちなみに、ロアたちも最初から今のように無視していたわけではない。実はグリおじさんと剣聖は、ロアのとりなしもあって一度だけという約束で再戦していた。
 その時も圧勝とまではいかないものの、グリおじさんが勝って終わっていた。
 これでもう文句はないだろうと安心していたら、剣聖は次の日にまた再戦を申し込んで来たのだ。
「もう一度だけ」と言いながら。
「この戦闘狂ジジイは、勝つまで続けるぞ。ロアみに諦めが悪いからな」と、ディートリヒがあきれながら言ったため、それ以降は全員が無視することに決めたのだった。
 ……ロアは自分を引き合いに出されたことに納得のいかないものを感じていたが。


 そんなこんなで剣聖のことを無視したまま、ロアたちは朝の剣の鍛錬を終える。
 その後は朝食を食べ、ロアは出かける準備を始める。
 ロアが向かうのは学園だ。
 そのため、制服に着替える必要があった。
 この国で学園と呼ばれるのは、ネレウス王立学園のことである。王都にある貴族が学ぶための学校で、教師も一流の者が揃っている場所だった。
 ロアは王都を救った功績から、ネレウスに滞在中限定で学園に通うことを許されていた。
 最初は色々な問題が起こっていたが、それも今では収まっている。
 そもそもその問題も、学校に通ったことがないロアが「教師」という仕事を少し誤解ごかいしていたことから発生していたものだった。
 ロアは教師とは教えるのが仕事なのだから、専門の分野であれば何でも知っていて、何でも教えてくれる存在だと思っていた。
 確かに大きくは間違ってはいない。それが、度を越していなければ。
 ロアが知識を得る手段と言えば、本を読むか、職人などの作業を見ながら時々教えてもらう程度だ。教師というのが、どの程度の教育をしてくれるものなのかよく分かっていなかった。
 ロアは教師も学生が納得するまで教え続けてくれるものだと思っていた。教師側も、気安く「何でも聞いてくれ」と、たかが庶民がしてくる質問だからと甘く見て答えた。
 だから、ロアはひたすら質問を続けた。
 錬金術や物作りに関係することや、自らも魔法や魔獣についての知識や体験を語り、時には実践じっせんを交えて意見を求めた。
 これがもし、教師の想定通りに普通の庶民が持っている程度の知識なら……せめて、普通の学生程度の知識だったら、学ぶのに熱心な学生だと思われて終わっていただろう。
 だが、ロアは非常識だった。
 ロアは錬金術や物作り、魔法、魔獣については教師と同等かそれ以上の知識があった。特に錬金術は異常と言って良いほど詳しい。質問の内容も、教師の想像がつかないものばかりだった。
 教師たちは質問に答えるどころか何を質問されているのかすら分からず、やんわりと誤魔化ごまかして逃げ出そうとした。
 だが、逃げ出せなかった。
 学園に出入りを許されていた三匹の従魔が、ロアの死角から威嚇いかくして逃げるのを許さなかったのである。
 特にグリおじさんは陰湿いんしつで、答えられなかった教師には、ロアに気付かれないように嫌がらせまでやらかしていた。
 グリおじさんにしてみれば、遊び半分の軽いイタズラもねていたのだろう。それでも、やられた方はたまったものではない。
 その結果、教師たちは病んだ。多くの教師が潰れた。
 ロアに付いた仇名あだなは『教師潰し』。
 教師たちはおろか、生徒たちにまで恐れられてしまったのだ。
 それが収まったのは、まず、ロアがグリおじさんの所業に気付いたことが切っ掛けだった。グリおじさんがしかられたことで、双子もやってはいけないことだと理解してやめた。
 それからロアは、教師は教科書に沿って教育するのが基本で、無制限に知識を与えてくれる存在ではないと知った。病んだ教師たちに、泣きながら説明されたのである。
 さらにクリストフに説教され、ロアは過剰な質問をやめた。
 クリストフは一緒に誘拐された後から、ロアのやらかしを叱り、すごいことをしたら褒めて、ロアの自己評価の低さの改善を目指している。
 今回も「教師はロアほど知識がないんだから、無茶をするな」と説教をし、「本だけで学んだ自分なんかより、教師は色々知っているはずだ」と引き下がらないロアが納得するまで気長に話し合った。
 ロアの博識はくしきを褒めて、ロアの発想力を本人が恥ずかしがって顔を真っ赤にするまでたたえた。
 そのおかげで、ロアは何とか納得したのだった。
 ……それでも、頑固者がんこもののロアは渋々しぶしぶといった感じだったが。

「さて、行こうか」

 学園の制服を着て、いつもの魔法の鞄マジックバッグを持って、準備は終了だ。部屋の入り口で待っていた双子の魔狼ルーとフィーに声を掛ける。
 今のロアは、知識を得る場所という点では学園に行く必要性をあまり感じていない。自分で図書館に行って学ぶ方が有益そうだと思っているくらいだ。
 しかし、ロアは学園自体に魅力を感じていた。
 学園にはロアと同じ年頃の学生がたくさんいる。ロアが考えを改め、教師潰しの異名いみょうを返上し始めたあたりから、学生たちが接触して来るようになった。
 すると次第に、ロアも交流を楽しむようになった。ロアにとって、初めての同年代の友達と言ってもいいだろう。
 その交流がロアに良い影響を与えているようだ。

「そうだ、あれも持って行こう。読む時間があるかもしれないし」

 部屋を出ようとしていたロアは立ち止まると、机の所に引き返した。
 そこにあるのは、早朝に読んでいた革張りの本『魔獣考察』だ。ロアはその本を掴むと愛用の魔法の鞄マジックバッグに入れ、胸をはずませて部屋を出て行くのだった。


 ネレウス王国の王城深く。
 女王スカーレットの私生活の場プライベートスペースに程近い一室では、ごく少数の者たちによる会議が行われていた。

「それで、あのお話はどうなったかしら?」
「順調です。着実に王都から国中に広まっています。有志で金を出し合って神狼しんろうの像を作る動きもあるほどです」

 女王の問い掛けに答えたのは、カールハインツ王子だ。
 カールハインツは女王の密偵である。勅命ちょくめいで動き、諜報ちょうほうをはじめとした様々な命令をこなす部隊の頂点だ。そういった才能を買われて、王女の養子にされた男だった。
 今、この部屋の中には女王と、そして彼女以外にカールハインツを含めた五人の男たちがいた。
 皆平等だと言わんばかりの円卓えんたくの席に着いている。円卓はそれほど大きい物ではなく、その気になれば互いの手が届きそうな距離で顔を突き合わせていた。
 王城深くの部屋を会議に使うということは、女王が主宰しゅさいする密談という意味合いが強い。その証拠に、彼ら以外の側近そっきん侍従じじゅうどころか護衛すら入室は許されていない。

「その……神狼信仰しんこうというのは……本当によろしいのでしょうか?」

 少しおびえた感じで口を開いたのは、この国の宰相さいしょうだった。白い髭をたくわえ、おおよそ悪だくみとは無縁の雰囲気を纏った、人の好さそうな老人だ。
 彼が伏し目がちの視線をちらりと向けると、女王は赤くいろどられたくちびるを笑みの形にゆがめた。それを見て、宰相は怯えたようにまた目を伏せる。

「よろしいのとは?」
「はい……。民草たみくさには秘されておりますが、この国の大地は聖獣せいじゅうフェニックス様の縄張り。その、安易に別の魔獣の名を広めますと、フェニックス様の不興ふきょうを買わぬかと心配で……」

 宰相はこの国の政治の中心人物である。
 政治には関わらないと公言している女王に代わり、国家運営の全てをり仕切っている。有力貴族相手でも対等以上に渡り合う、堂々とした男であった。
 だが彼は女王が苦手だった。文官の出身であり、執務に人生をささげてきた彼は、圧倒的な力を持つ女王の前では怯えた子供のような態度になってしまう。
 ここにいる者たちはそのことをよく理解しており、誰も卑屈ひくつな態度を取る彼をとがめたりはしない。
 何より、女王にとっては、宰相であっても子供のようなものである。年老いた老人の宰相よりも、女王の方が遥かに長い時を生きているのだから。

「問題ないわ。それがフェニックスの望みだもの」

 女王は当然とばかりに告げた。

「ここはあくまで仮の縄張りなのよ。魔獣の事情は分からないけど、代わりがいるなら手放したいそうよ。ここがフェニックスの縄張りだとおおやけにするのを禁じているのも、そのためらしいわね」
「で、では別の魔獣でもいいのではないか!!?」

 興奮気味に口を挟んで来たのは、騎士団長だ。たけ二メートルを超える大男で、剃り上げた頭も顔も傷だらけ。金糸きんしと宝石で飾られた騎士服を着ているから騎士だと分かるが、騎士というより海賊のおかしらと言われた方が納得いく見た目だ。

「騎士団長。貴方あなたはどうせグリフォンをすのでしょう?」
「まさに‼ あの強さ、我が国を縄張りにするのに相応しいっ‼」

 彼の声に部屋全体が揺れる。戦場で指揮をするには相応しい大声だったが、室内ではいささか迷惑だ。女王以外の男たちは耳を押さえた。
 彼が推しているグリフォンとは、当然ながらグリおじさんのことである。
 グリおじさんは過去にこのネレウス王国の港を襲撃するなどかなりの迷惑をかけているはずなのだが、強さが全ての脳筋男たちにはあこがれられている。
 騎士団長も例に漏れず、グリおじさんの信奉者しんぽうしゃであった。

「ダメよ。迷惑グリフォンさんの縄張りだなんて、この国がほろびるわよ? 城塞迷宮シタデルダンジョンの周辺みたいに人が住めない土地にしたいの? 私はそれはそれで面白そうだからいいんだけど……双子ちゃんの方が都合が良いのよね」
「都合⁉」

 騎士団長は首を傾げてから、他の人間たちの顔を見回す。
 自分では理解できない疑問の答えを他の者たちに求めたのだが、誰一人として口を開こうとはしなかった。

「うちの国の人間、それも王子が二人、双子ちゃんにから、都合が良いのよ。ね? カールハインツ」
「…………」

 楽しそうに微笑みかける女王から、カールハインツはそっと目をらして首元に巻かれているスカーフへと無意識に手を伸ばした。その下には双子に付けられた下僕紋げぼくもんがある。
 ……先ほどから話題に上がっている神狼だが。それはロアの従魔の双子の魔狼ルーとフィーのことだ。
 双子が誘拐されたロアを探すために王都全体に響かせた遠吠とおぼえ。それは多くの人々を心酔しんすいさせた。そして、大きな狼がネレウスの海の守り神である海竜と共に噴火を抑える姿を見たという噂が出回ったことで、神狼と呼ばれるようになっているのだ。
 かなり作為的に広められた噂だが、それでも国民たちには好意的に受け入れられている。
 幸い、目撃された神狼は、魔力で変化して大人状態になった時の姿だ。子魔狼の姿とは同一視されていないらしく、双子が街を歩き回っていても気付かれることはない。

「それでね、その仲良くしてる人に、次の王をやってもらおうと思ってるのよね」
「じょっ、女王! それは‼」

 宰相が慌てた声を上げて椅子から立ち上がる。その発言は王太子の任命と、女王自身の引退を意味するものだった。
 それに、双子と特別仲良くしている二人の王子というのは、カールハインツとディートリヒ。どちらも現在の王位継承権の順位は低い。今ある継承権順位を無視すると言っているようなものだ。

「だって、同じ土地を治めるなら表と裏、人間の王とは仲が良い方が良いでしょう? 敵対してる土地は互いに潰し合いよ? 悲惨よ? 大陸全土で見ても、今は仲良くするか放置するかが主流だもの。だから、より濃い縁を結んだ人の方が都合がいいの」

 人間は人間のことわりで国を治め、魔獣は魔獣の理で縄張りを治めている。治める範囲が重なるのは当然のことで、長い年月をかけて互いに均衡を保つようになっていた。

「神狼信仰が広まれば、丁度いい感じになりそうじゃない? それに……」

 女王は微笑みを強めた。五人の男たちは、それで何かを察したのか頬をらせた。

「「「「「「女王は飽きちゃったのよ」」」」」」

 この場にいる六人の声が、ピタリと重なった。
 よほど頻繁ひんぱんに言われているのだろう、男たちは口調までしっかり真似まねている。
 一時いっときの沈黙の後、女王以外の全員が円卓に突っ伏して頭を抱えた。女王はというと、なぜかご機嫌だ。

「……女王、その計画は破綻はたんしてるんじゃないかなぁ……失礼。その計画は破綻していると思われます。いくら魔狼といっても、幼い子狼が国単位の縄張りを維持できるようになるのを待っていては、私もディートリヒも老人ですよ」

 カールハインツは気が抜けたのか最初は口調を崩してしまったものの、姿勢を正して女王に人の好さそうな笑みを向けると言い切った。論破してやったとでも言いたげだ。
 だが、女王は表情を変えることはない。

「あら。双子ちゃんは生まれつき強い魔獣よ? 成長と共に魔力も増えていって、一国くらいすぐに支配できるようになるわ。それに、高い魔力を持つ魔狼の下僕が、普通の寿命じゅみょうで終われると思わない方が良いわよ」
「え……」
「貴方とディートリヒボクちゃん、どちらに王になってもらおうかしら。楽しみだわ!」

 まるでもう決まったことのように明るく言う女王に反して、男たちはお前が止めろと目で牽制けんせいし押し付け合っている。
 ふと、上機嫌だった女王の表情がくもる。
 スッと波が引くように笑みを消した女王は、空中に視線を這わせた。

「…………また、お仕置きしなきゃいけないかしら?」

 人形のように表情を消し呟いた女王を見て、男たちは異常事態だと察した。緊張した空気が場を支配する。

「……何かありましたか?」

 たずねたのは宰相だ。
 彼に先ほどまでの怯えた様子はない。女王の様子で国に関わる一大事だと判断し、施政者としての堂々とした態度に切り替わっていた。

「グリおじさん……グリフォンが王都の学園で暴れているわ。建物が、崩壊してる」
「なっ‼」

 騎士団長が椅子をね飛ばして立ち上がった。王都の平和を守るのも騎士団の仕事である。彼にとっては早急に対応しなくてはいけない事態だ。
 ただ、グリフォンとの戦いを期待して頬が緩みそうになるのをこらえていたりもするのだが。
 グリフォンが暴れている。まさしく大事件。
 グリフォンは錬金術師の少年の従魔であり完全に支配下に置かれていると、女王が保証していた。この国を噴火から救う際に貢献こうけんしていたこともあり、安全な存在として扱われていた。
 それが、暴れている。

「……王都にロアくんがいないわ。たぶん、この国のどこにも……」

 女王の呟きは、またもや予想外のものだった。


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