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四章 新しい仲間たちの始まり
開幕の、炎
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アダド地下大迷宮の最深部に作られた、巨大な円形闘技場。
魔獣たちの歓声が響き渡り、振動となって肌にまで伝わってくる。
まるで押し寄せる大波のようだ。
望郷のメンバーたちとグリおじさんは、その中心に立っている。
魔獣たちがいるのは観客席。
魔獣たちは興奮状態で凄まじい殺気を放っているのに、一匹として円形闘技場の中に入ることはない。
魔獣はよほど高位でない限りは、本能に従う。観客席にいる魔獣のほとんどは、言葉すら理解できない低位の魔獣だ。
それなのに一匹たりとて興奮に任せて円形闘技場の中に雪崩れ込まないのは、指示を出して抑えている妖精王の影響が強い証だ。
まさに、ここは妖精王が完全支配する王国だった。
「来るぞ」
クリストフはゆっくりと開いていく扉を見つめながら、小さく呟いた。
円形闘技場の一端の大扉が開いていく。
ちょうど望郷たちが入って来た扉の反対側。主賓席から真正面に当たる場所にある。
扉には華やかな彫刻や彩色、飾り金具が施されており、いかにも闘技場の主役が登場する場所といった印象があった。
扉が開ききると、そこにあるのは四つの人影……。
……いや、人型の影と言うべきか。人間の形をしているが、それは人ではない。
妖精。
このダンジョンの主と同じ種族の魔獣だ。
「強そうね」
緊張から乾く唇を軽く噛み締めて湿らせながら、コルネリアが言う。
この戦いに登場する妖精と言うことは、妖精王の腹心と考えて間違いないだろう。
強さが保障されているようなものだ。
<先頭のヒラヒラした腰巻の兵士風のやつは、ライアーグだな。生死を掛けた決闘を喜びとしている危ないやつだ>
登場した四体の魔獣を睨みつけている望郷のメンバーたちに、グリおじさんが妖精の情報を教えてくれる。
機嫌がいいのか、やけに親切だった。
決闘を求める妖精は、その好戦的な性格から血塗れの妖精とも呼ばれている。人間と変わりない大きさで武装していて、見た目はほとんど人間の兵士としか見えない。妖精特有の翅もない。
ただ、特徴的なのはその右腕だ。
剣を握る右腕が血に塗れたように赤い。手甲などの武装に留まらず、皮膚まで真っ赤だった。
<ちなみに、決闘に勝っても、深く恨まれて二週間以内に死ぬらしいぞ>
さらりと、不穏な情報を付け加えた。
「……リーダーの担当だな」
「殺しても死ななさそうな人じゃないとね」
クリストフとコルネリアも、もさらりとディートリヒに押し付けた。
「おう!」
だが、ディートリヒもいつもの様な軽口ひとつ言わず、引き受ける。
彼はもう、戦うことしか眼中になく、現れた妖精たちをひたすら睨みつけている。辛うじて周りの声は聞こえているようだが、深く考えられなくなっているのだろう。
<小さい赤い帽子のは、レッドキャップ。流血沙汰を好み、血で染めた帽子をより赤くすることが目的の変なやつだ>
「あれは、知ってるな。村人が惨殺される事件が連続して討伐しに行ったことがある」
「あれは悲惨だったわね」
グリおじさんの説明に、クリストフとコルネリアは付け加えた。
赤帽子の妖精はとにかく惨殺を好むとりわけ質の悪い妖精だ。人間の子供程度の背丈で、ライアーグと同じく翅がない。
手斧を武器にしていることが多いが……。
レッドキャップの武器を目にした途端、クリストフの目つきが変わった。
「混戦になったら、あれはオレの獲物な」
混戦になったらと了解を得てはいるものの、その目はもう獲物を狙う目だ。
クリストフにしては珍しい、戦いに焦っている様な雰囲気を纏いだした。
レッドキャップの武器は、暗殺者刀。我が物顔で扱っている。それが、クリストフは気に入らない。
手にしたアサシンナイフをレッドキャップが愛おしそうにペロリと舐めた瞬間、クリストフの怒りは絶頂に達していた。
<中くらいの大きさの半裸は、スプリガンだな。何かを守るのを生きがいにしているやつだ。あれはちょっかいを掛けると面白いのだぞ。すぐに怒って身体を大きくするからな>
「あの中では、壁役っぽいわね」
イタズラ半分でちょっかいを掛けた時の事を思い出しているのか、グリおじさんは半笑いだ。
対してコルネリアは、神妙な雰囲気で返した。
コルネリアは守る妖精ついて噂程度にしか知らない。
それでも、グリおじさんが言ったような軽い存在ではないことは知っている。
遺跡を調べに行ったり、宝を得ようとした冒険者が多数殺されているからだ。
スプリガンは普段は温厚な魔獣だ。
だが、守っている物に手を出そうとした瞬間に豹変する。身体を大きく膨らませて巨大化し、殺害しようとしてくるのだ。
その武器は、巨大な手足。人間など、一撃で圧殺される。
先の二体と違って守っている物に手を出さない限りは問題ないが、今の場合、守っている物とはロアだ。
取り返しに来た望郷とグリおじさんを、スプリガンが許すはずがない。
ある意味、快楽目的のライアーグとレッドキャップより危険だろう。守る物がある以上、引くという判断は絶対にしないのだから。
<攻撃的な妖精ばかり集めたようだが、最後の一匹だけは毛色が違うな。あれはザントマンだ。眠りの砂を使って、眠らせに来る。寝穢い寝坊助などひとたまりも無いぞ>
「ザントマン?実在したのか?夜遅くまで寝ない子供を脅かすために言うあれだろ?」
ディートリヒは敵となる妖精たちを睨みつけたままだが、疑問に眉を寄せた。
眠りの妖精は、どちらかと言えば伝承に近い。実際に目にした者はいないが、子供を寝かしつける時の脅し文句に名前をよく使われていた。
「早く寝ないとザントマンが眠らせにくるよ」と言った風に親が子供に言うのだ。
伝承では砂袋を抱えた掌に乗る大きさの妖精と伝えられているが、目の前にいるザントマンの見た目は違っている。背は人間の膝程度。背に毒々しいまだら模様の蛾のような翅を持ち、砂袋は抱えていない。
見開かれた大きな目が爛々と輝いていて不気味だ。
<やつは姿を現す前に眠らせてくるからな、人間が目にする機会はあるまい。伝説になっていてもおかしくは無いな。もし、眠りらずに耐えられても、死角から目を潰しに来る。やはり、姿を見ることはない>
「どこが毛色が違うんだよ?十分武闘派妖精じゃねーか」
目を潰しに来るなら、十分に攻撃的だ。
呆れたようにディートリヒは言うと、一瞬だけベルンハルトに目を向けた。
「……」
ベルンハルトは無言で頷く。
眠りの砂とやらが魔道具の一種なのか魔法薬なのか分からないが、戦いの最中で使われては大問題だ。耐えられたとしても戦いが難しくなる。
可能な限り使わせないようにしないといけない。
小さな身体とその能力では、最初から前に出て来ることは無いはずだ。
遠距離攻撃する必要が出て来る。間違いなく、ベルンハルトの出番だった。
「それで、あんたの見込みではオレたちは勝てるのか?」
ベルンハルトからグリおじさんに視線を移し、ディートリヒは尋ねる。
弱気な発言に見える。
だが、ディートリヒは挑発的な笑みを浮かべていた。
<さあな、貴様らも敵の力量を計るくらいはできるであろう?>
グリおじさんは素っ気なく言うものの、嘴を器用に歪めてニヤニヤと笑っている。
相変わらずの上機嫌だ。
不気味なところはあるものの、ディートリヒはその笑みを見て覚悟を決めた。
<両選手が出揃いました!>
妖精側も準備ができたのか、この場を仕切っているヤギ足の妖精の声が響き渡る。
彼女の声は風の魔法で拡散されているらしく、魔獣たちの歓声が響き渡る円形闘技場であっても隅々まで聞き取ることができた。
<我らの勇士四名と、無謀にも侵入してきた害虫たちとの、前代未聞の対戦だ!>
ヤギ足の妖精は、弾む声で芝居の前口上のような説明を始めた。
完全に余興扱いだ。命懸けの戦いが、娯楽になっている。
長々と戦いの雰囲気を煽るような言葉が繰り返され、観客席の魔獣たちの興奮は最高潮を迎えていく。
ディートリヒはその声に耳を傾けることなく背後を振り向き、高い位置にある箱型の主賓の席を仰ぎ見た。
そこにいるのはロアだ。
ロアは興味深い見世物を見る目で闘技場を見下ろしているだけだった。
望郷のメンバーたちやグリおじさんに感情を動かす様子はない。
「絶対、取り戻してやるからな」
決意を込めて、小さくディートリヒは呟いた。
<……さあ、銅鑼の音が開始の合図です。両者、準備をしてください。戦いに参加しない薄汚れたグリフォンは、後方の扉の位置まで下がってくださいね>
ヤギ足の妖精は長めの口上を言い終わると、闘技場の中の者たちに戦いの準備を促す。
そして、思わず余計な一言を付け加えた。
ロアの「薄汚れグリフォン」という発言を聞いていて、うっかり口を滑らせただけだろう。
だが、グリおじさんが敵側から侮辱されて許すはずがない。
<貴様、殺すぞ!>
<ひぃいいい!>
グリおじさんが威圧を込めて睨みつける。
瞬時に、ヤギ足の妖精は震え上がった。
饒舌なことから高位の妖精なのだろうが、あまり強くはないのだろう。震え上がったヤギ足の妖精は、無意識に後ろに下がってしまった。
さらには、恐怖で足がもつれ、背後に倒れ込んだ。
運悪く、彼女の背後には開始の合図に使うタムタムがあった。
倒れ込んだ頭が、見事に当たる。
ゴーーーーーーーーーンと長い余韻を引いて、タムタムが鳴り響いた。
準備も何もない、突然の開始の合図。
だが、望郷のメンバーたちは慌てることはない。無言で武器を構える。
ディートリヒとクリストフは剣。
コルネリアは、盾だ。背には長い前口上の間に準備していた戦槌を担いでいる。
そして。
「炎よ!」
短い詠唱と共に、彼らの背後からベルンハルトが放った火球が飛んだ。
長く尾を引く炎の球。
それは戦いの開幕に相応しく、派手で美しかった。
※ ※ ※ ※ ※
いつも読んでいただきありがとうございます。
「追い出された万能職に新しい人生が始まりました」コミックス8巻が発売されることとなりました。
今回も宇崎鷹丸先生が素晴らしい作品にしてくださいました。
4月15日から全国の店舗で順次発売となります。
これも読んでくださっている皆様のおかげです。
今後も小説、漫画合わせてよろしくお願いします。
魔獣たちの歓声が響き渡り、振動となって肌にまで伝わってくる。
まるで押し寄せる大波のようだ。
望郷のメンバーたちとグリおじさんは、その中心に立っている。
魔獣たちがいるのは観客席。
魔獣たちは興奮状態で凄まじい殺気を放っているのに、一匹として円形闘技場の中に入ることはない。
魔獣はよほど高位でない限りは、本能に従う。観客席にいる魔獣のほとんどは、言葉すら理解できない低位の魔獣だ。
それなのに一匹たりとて興奮に任せて円形闘技場の中に雪崩れ込まないのは、指示を出して抑えている妖精王の影響が強い証だ。
まさに、ここは妖精王が完全支配する王国だった。
「来るぞ」
クリストフはゆっくりと開いていく扉を見つめながら、小さく呟いた。
円形闘技場の一端の大扉が開いていく。
ちょうど望郷たちが入って来た扉の反対側。主賓席から真正面に当たる場所にある。
扉には華やかな彫刻や彩色、飾り金具が施されており、いかにも闘技場の主役が登場する場所といった印象があった。
扉が開ききると、そこにあるのは四つの人影……。
……いや、人型の影と言うべきか。人間の形をしているが、それは人ではない。
妖精。
このダンジョンの主と同じ種族の魔獣だ。
「強そうね」
緊張から乾く唇を軽く噛み締めて湿らせながら、コルネリアが言う。
この戦いに登場する妖精と言うことは、妖精王の腹心と考えて間違いないだろう。
強さが保障されているようなものだ。
<先頭のヒラヒラした腰巻の兵士風のやつは、ライアーグだな。生死を掛けた決闘を喜びとしている危ないやつだ>
登場した四体の魔獣を睨みつけている望郷のメンバーたちに、グリおじさんが妖精の情報を教えてくれる。
機嫌がいいのか、やけに親切だった。
決闘を求める妖精は、その好戦的な性格から血塗れの妖精とも呼ばれている。人間と変わりない大きさで武装していて、見た目はほとんど人間の兵士としか見えない。妖精特有の翅もない。
ただ、特徴的なのはその右腕だ。
剣を握る右腕が血に塗れたように赤い。手甲などの武装に留まらず、皮膚まで真っ赤だった。
<ちなみに、決闘に勝っても、深く恨まれて二週間以内に死ぬらしいぞ>
さらりと、不穏な情報を付け加えた。
「……リーダーの担当だな」
「殺しても死ななさそうな人じゃないとね」
クリストフとコルネリアも、もさらりとディートリヒに押し付けた。
「おう!」
だが、ディートリヒもいつもの様な軽口ひとつ言わず、引き受ける。
彼はもう、戦うことしか眼中になく、現れた妖精たちをひたすら睨みつけている。辛うじて周りの声は聞こえているようだが、深く考えられなくなっているのだろう。
<小さい赤い帽子のは、レッドキャップ。流血沙汰を好み、血で染めた帽子をより赤くすることが目的の変なやつだ>
「あれは、知ってるな。村人が惨殺される事件が連続して討伐しに行ったことがある」
「あれは悲惨だったわね」
グリおじさんの説明に、クリストフとコルネリアは付け加えた。
赤帽子の妖精はとにかく惨殺を好むとりわけ質の悪い妖精だ。人間の子供程度の背丈で、ライアーグと同じく翅がない。
手斧を武器にしていることが多いが……。
レッドキャップの武器を目にした途端、クリストフの目つきが変わった。
「混戦になったら、あれはオレの獲物な」
混戦になったらと了解を得てはいるものの、その目はもう獲物を狙う目だ。
クリストフにしては珍しい、戦いに焦っている様な雰囲気を纏いだした。
レッドキャップの武器は、暗殺者刀。我が物顔で扱っている。それが、クリストフは気に入らない。
手にしたアサシンナイフをレッドキャップが愛おしそうにペロリと舐めた瞬間、クリストフの怒りは絶頂に達していた。
<中くらいの大きさの半裸は、スプリガンだな。何かを守るのを生きがいにしているやつだ。あれはちょっかいを掛けると面白いのだぞ。すぐに怒って身体を大きくするからな>
「あの中では、壁役っぽいわね」
イタズラ半分でちょっかいを掛けた時の事を思い出しているのか、グリおじさんは半笑いだ。
対してコルネリアは、神妙な雰囲気で返した。
コルネリアは守る妖精ついて噂程度にしか知らない。
それでも、グリおじさんが言ったような軽い存在ではないことは知っている。
遺跡を調べに行ったり、宝を得ようとした冒険者が多数殺されているからだ。
スプリガンは普段は温厚な魔獣だ。
だが、守っている物に手を出そうとした瞬間に豹変する。身体を大きく膨らませて巨大化し、殺害しようとしてくるのだ。
その武器は、巨大な手足。人間など、一撃で圧殺される。
先の二体と違って守っている物に手を出さない限りは問題ないが、今の場合、守っている物とはロアだ。
取り返しに来た望郷とグリおじさんを、スプリガンが許すはずがない。
ある意味、快楽目的のライアーグとレッドキャップより危険だろう。守る物がある以上、引くという判断は絶対にしないのだから。
<攻撃的な妖精ばかり集めたようだが、最後の一匹だけは毛色が違うな。あれはザントマンだ。眠りの砂を使って、眠らせに来る。寝穢い寝坊助などひとたまりも無いぞ>
「ザントマン?実在したのか?夜遅くまで寝ない子供を脅かすために言うあれだろ?」
ディートリヒは敵となる妖精たちを睨みつけたままだが、疑問に眉を寄せた。
眠りの妖精は、どちらかと言えば伝承に近い。実際に目にした者はいないが、子供を寝かしつける時の脅し文句に名前をよく使われていた。
「早く寝ないとザントマンが眠らせにくるよ」と言った風に親が子供に言うのだ。
伝承では砂袋を抱えた掌に乗る大きさの妖精と伝えられているが、目の前にいるザントマンの見た目は違っている。背は人間の膝程度。背に毒々しいまだら模様の蛾のような翅を持ち、砂袋は抱えていない。
見開かれた大きな目が爛々と輝いていて不気味だ。
<やつは姿を現す前に眠らせてくるからな、人間が目にする機会はあるまい。伝説になっていてもおかしくは無いな。もし、眠りらずに耐えられても、死角から目を潰しに来る。やはり、姿を見ることはない>
「どこが毛色が違うんだよ?十分武闘派妖精じゃねーか」
目を潰しに来るなら、十分に攻撃的だ。
呆れたようにディートリヒは言うと、一瞬だけベルンハルトに目を向けた。
「……」
ベルンハルトは無言で頷く。
眠りの砂とやらが魔道具の一種なのか魔法薬なのか分からないが、戦いの最中で使われては大問題だ。耐えられたとしても戦いが難しくなる。
可能な限り使わせないようにしないといけない。
小さな身体とその能力では、最初から前に出て来ることは無いはずだ。
遠距離攻撃する必要が出て来る。間違いなく、ベルンハルトの出番だった。
「それで、あんたの見込みではオレたちは勝てるのか?」
ベルンハルトからグリおじさんに視線を移し、ディートリヒは尋ねる。
弱気な発言に見える。
だが、ディートリヒは挑発的な笑みを浮かべていた。
<さあな、貴様らも敵の力量を計るくらいはできるであろう?>
グリおじさんは素っ気なく言うものの、嘴を器用に歪めてニヤニヤと笑っている。
相変わらずの上機嫌だ。
不気味なところはあるものの、ディートリヒはその笑みを見て覚悟を決めた。
<両選手が出揃いました!>
妖精側も準備ができたのか、この場を仕切っているヤギ足の妖精の声が響き渡る。
彼女の声は風の魔法で拡散されているらしく、魔獣たちの歓声が響き渡る円形闘技場であっても隅々まで聞き取ることができた。
<我らの勇士四名と、無謀にも侵入してきた害虫たちとの、前代未聞の対戦だ!>
ヤギ足の妖精は、弾む声で芝居の前口上のような説明を始めた。
完全に余興扱いだ。命懸けの戦いが、娯楽になっている。
長々と戦いの雰囲気を煽るような言葉が繰り返され、観客席の魔獣たちの興奮は最高潮を迎えていく。
ディートリヒはその声に耳を傾けることなく背後を振り向き、高い位置にある箱型の主賓の席を仰ぎ見た。
そこにいるのはロアだ。
ロアは興味深い見世物を見る目で闘技場を見下ろしているだけだった。
望郷のメンバーたちやグリおじさんに感情を動かす様子はない。
「絶対、取り戻してやるからな」
決意を込めて、小さくディートリヒは呟いた。
<……さあ、銅鑼の音が開始の合図です。両者、準備をしてください。戦いに参加しない薄汚れたグリフォンは、後方の扉の位置まで下がってくださいね>
ヤギ足の妖精は長めの口上を言い終わると、闘技場の中の者たちに戦いの準備を促す。
そして、思わず余計な一言を付け加えた。
ロアの「薄汚れグリフォン」という発言を聞いていて、うっかり口を滑らせただけだろう。
だが、グリおじさんが敵側から侮辱されて許すはずがない。
<貴様、殺すぞ!>
<ひぃいいい!>
グリおじさんが威圧を込めて睨みつける。
瞬時に、ヤギ足の妖精は震え上がった。
饒舌なことから高位の妖精なのだろうが、あまり強くはないのだろう。震え上がったヤギ足の妖精は、無意識に後ろに下がってしまった。
さらには、恐怖で足がもつれ、背後に倒れ込んだ。
運悪く、彼女の背後には開始の合図に使うタムタムがあった。
倒れ込んだ頭が、見事に当たる。
ゴーーーーーーーーーンと長い余韻を引いて、タムタムが鳴り響いた。
準備も何もない、突然の開始の合図。
だが、望郷のメンバーたちは慌てることはない。無言で武器を構える。
ディートリヒとクリストフは剣。
コルネリアは、盾だ。背には長い前口上の間に準備していた戦槌を担いでいる。
そして。
「炎よ!」
短い詠唱と共に、彼らの背後からベルンハルトが放った火球が飛んだ。
長く尾を引く炎の球。
それは戦いの開幕に相応しく、派手で美しかった。
※ ※ ※ ※ ※
いつも読んでいただきありがとうございます。
「追い出された万能職に新しい人生が始まりました」コミックス8巻が発売されることとなりました。
今回も宇崎鷹丸先生が素晴らしい作品にしてくださいました。
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