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四章 新しい仲間たちの始まり

拒否権のない、提案

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 円形闘技場コロッセウムの高い位置から見下ろすロア。
 その目には、確実に望郷とグリおじさんの姿も映っているはずだ。

 だが、彼は何の感情の動きを示さない。
 ただ観察の対象として見ているだけだ。

 「えっと……」

 ロアは、コロッセウムの真ん中に立つ者たちを見つめながら、ゆっくりと口を開いた。

 「ねえ、たち、何か叫んでるみたいだけど?」
 <お耳を汚さない様に、音を遮っています。このダンジョンの主であるロア様に対しての、罵詈雑言です。嫉妬や恐れから来る汚い言葉です。すべて私が対処させていただきますので、ロア様が気にかける必要はありません>
 「そうなんだ?」
 <そうです>

 このダンジョン最上位の主従は、視界の端に侵入者たちを収めたまま会話する。

 離れているのに、その会話は良く聞こえた。カラカラがあえて聞こえるようにしているのだろう。
 当然ながら、その配慮は悪意によるものだ。

 ロアは妖精王カラカラの魔法によって記憶を操作されている。望郷の事どころか、グリおじさんの事すら覚えていない。
 望郷のメンバーたちも妖精が記憶を操ると聞いていた時点で危惧していた事態だったが、現実を突き付けられて言葉を失った。

 それはディートリヒも例外ではない。鼻息荒く好戦的に騒いでいた姿は影を潜めて、悲しみと怒りが入り混じった目でただロアを見つめるしかできなかった。

 「それにしてもあのグリフォン、薄汚れてるね。ちゃんと水浴びをしてるのかな?ところどころ羽毛が捩れてるし、獣毛に毛玉も出来てるよ。毛づくろいが下手なグリフォンなんだね。あれじゃ、良い素材が取れそうにないなぁ」
 <なっ!!>

 何気ないロアの言葉に声を上げたのは、グリおじさんだ。
 
 <我は薄汚れてなどおらぬ!!そもそも、我の身づくろいは小僧の仕事だ!長々と離れている小僧が悪いのだ!我は悪くない!!>

 ロアが誘拐されてからもう一か月以上。
 グリおじさんは自分自身で身づくろいはしていたものの、ロアが手入れしていた頃に比べれば劣るのは仕方ない。それに、ダンジョンに入ってからは、戦いの連続で気に掛ける時間もなかった。

 自慢だった毛艶は保てなくなって久しい。そのことはグリおじさん自身も自覚していた。
 美しい毛艶はロアが与えてくれていた恩恵……ロアとの絆の証だったからこそ、おとしめられたことに耐えられない。
 それが、ロアの言葉であっても。

 「何か怒ってるみたいだよ、あの薄汚れグリフォン……」
 <バカな鳥はうるさく鳴くものです。ああいう手合いは、相手をしないのが一番ですよ>

 怒鳴り声を上げ続けるグリおじさんを、意に介さずに仲良く会話を続けるロアとカラカラ。
 その様子から、グリおじさんたちの声が全く聞こえていないのは事実であるようだ。

 カラカラは煽るように、自分の手入れされた毛並みをグリおじさんに見せつけた。
 間違いなく、ロアに手入れしてもらっているのだ。その事を察して、グリおじさんは悔し気に前足で地面を掻きむしった。

 <くぅ……。そんなことより、妖精王よ!貴様、このような闘技場まで用意したのだ。何か企んでいるのであろう?さっさと話すがいい!>

 グリおじさんはこれ以上抗議の声を上げても自らが惨めになると、話題を変えることにした。
 カラカラはその様子に勝利を確信して薄ら笑いを浮かべると、見下した視線をグリおじさんへと向けた。

 <ロア様とボクの会話に割り込むなんて、無粋なグリフォンだね。ロア様。少しの間、大人しくお待ちください。害虫たちと交渉します>

 そう言うと、カラカラはロアに軽く頭を下げてからロアの傍らを離れる。数歩前に出てから、グリおじさんたちと正面から対峙する。

 <このコロッセウムはね、本来は九十層にある場所なんだよ。君たちがズルい手段で飛び越えて来たから使われなかったけど、最下層に至る最後の試しの場だったんだ>

 グリおじさんと望郷は、カラカラの妖精の抜け道を逆に利用して最下層まで入り込んだ。
 そのため、本来であれば最下層へと至る最後の試練となるはずのコロッセウムは、使用されないまま飛び越えてしまっていた。

 <君たちの最下層への侵入を確認してから、どうやって君たちを排除するかロア様と一緒に考えたんだけどね。君たちは毒も効かないし、罠を仕掛けても時間と資材を浪費するだけで意味が無さそうだろう?君はボクの罠の癖だけじゃなくて、ロア様の罠も見抜けるみたいだしね。結局、直接戦うしかないって結論になった。だから、他の施設が荒らされないように、このコロッセウムを移動して準備したんだよ>

 カラカラはまったく面倒だったと言いたげに、両手を広げて首を振って見せる。
 いかにもバカにしたようなその様子に、グリおじさんの目つきがさらに悪くなる。

 移動したと、言葉で言うのは容易い。だが、これだけの巨大な円形闘技場だ、簡単にできるはずがない。
 それを、いくら空間の魔法を持っているからと言っても、こうやってやってのけるのだから、いかにカラカラの力が凄まじいかが察せられる。
 グリおじさんはともかく、望郷のメンバーたちが敵う相手ではない。

 <このコロッセウムで配下全員で総力戦ってのも、ちょっとは考えたんだけど……君はボクの配下全てを同時に相手をしても問題なく全滅させてしまうよね?>

 そう言いながら、カラカラはコロッセウムの中心へと向けていた視線を上げ、観客席へと這わせた。

 そこにいるのは妖精王であるカラカラの配下の魔獣たち。
 千を越える数の魔獣がひしめき合って、妖精王と侵入者の会話の成り行きを見守っている。

 <その程度の事、生産に特化しているボクにだって可能だからねぇ>

 棘のある口調。カラカラの瞳が怪しく虹色に輝く。
 そこには、不甲斐ない手下たちへの怒りの色が浮かんでいた。

 <結局、君とまともに戦えるのが僕だけなんだよ。本当に不甲斐ない連中だよね。こんなのがボクの配下だなんて、恥ずかしいよ>

 小さな熊の着ぐるみを着た子供の様に見えるが、まさに王の風格。
 視線を這わせるだけで観客席にいる魔獣たちは身を縮ませ、妖精王の怒りを逸らすために目を背けた。

 どれだけ知性が高かろうが、魔獣は弱肉強食。力が全てだ。
 支配できるのは、恐怖によってのみ。

 それが、魔獣の本質だ。
 人間に仕えることを望もうが、享楽を求める種族だろうが、愛らしい外見をしていようが、それは変わらない。

 <では、貴様と我だけで戦うのだな?>

 グリおじさんは、カラカラを睨みつける。

 その口元に笑みが浮かんでいた。
 やっと長々と続いていた苛立ちの元が断てる。しかも、自分の手で。

 カラカラとの一対一の戦い。グリおじさんにとって、これ以上に喜ばしい事はない。

 <その方が良いと思ってさ。そうすれば、ボクも配下を無駄に失わなくて済むし、君の方も無駄な犠牲が無くていいだろう?でも、だけど、それじゃダメなんだよ。うちの配下たちの面目が保てなくなって、今後のダンジョン運営が難しくなるんだ。だから、ちょっとだけ趣向を凝らそうと思う>

 そう言うと、カラカラは望郷のメンバーたちに視線を向けた。
 威圧されたわけではない。しかし、クリストフとコルネリアは武器に手を掛け、ベルンハルトも魔法を使えるように身構える。

 ただ、ディートリヒは射殺す勢いで瞬きもせずカラカラを見つめていた。

 <前座として、ボクの配下から選び出した血気盛んな四匹と、君のお仲間の四人を戦わせてあげようと思ってさ>
 <なに?>
 「えっ?」
 「はぁ?」

 眼中にないと思っていたのに突然自分たちの事に触れられ、グリおじさんだけでなくコルネリアとクリストフも思わず声を漏らした。
 一人、凶悪な笑みを浮かべたのは、ディートリヒだ。
 今の彼は、好戦的な性格が剥き出しになっている。戦いは、望むところだろう。

 <深く考えなくていいよ。所詮は、ボクの配下の面目を保つための余興さ。そうそう、お仲間さんたちが勝てば、ボクが君を殺した後でも、生かしてダンジョンの外まで送ってあげるよ?悪い提案じゃないでしょ?>

 カラカラはとてもいい提案をしたとばかりに、満足げに言ってのけた。

 王とは、最も守られるべき者。その不文律を崩すことは許されない。
 妖精王であるカラカラが真っ先に戦ったとなれば、配下を従えている意味が無くなってしまう。配下は存在意義を見失い、忠誠心にまで影響が出かねない。

 これが人間であれば、言葉で納得させることもできただろうが、カラカラの配下は魔獣。理屈よりも行動で示す必要がある。少しでも先に配下を戦わせて、自分たちは王の役に立ったと思わせないといけない。

 だからこそ、カラカラはこんな提案をしたのだ。
 欺瞞的な行為だが、組織を保つために必要な行為だった。

 <まあ、提案と言っても拒否権はないんだけどね。拒否すれば、互いに総力戦になるだけだよ。ボクの配下も全滅するかもしれないけど、お仲間さんたちも確実に死ぬんだよ?君たち全員が生き残るには、ボクの提案に乗って勝つしかないんだよ>

 クリストフとコルネリア、ベルンハルトは息を呑む。周囲を取り囲んでいる観客席には、魔獣が溢れている。逃げ場はない。
 カラカラが攻撃の指示を出せば、待っているのは間違いなく死だ。

 <つまらぬな。我が貴様を倒して、配下も全て屠り尽くせばいいだけではないか。なんなら今すぐその場まで飛び上がり、貴様の首を切り落としてやろうか?貴様らが小僧に手出しできぬ以上、我が遠慮をする理由なぞ、どこにもないのだぞ?>

 グリおじさんは挑発的な笑みを向けた。

 <そもそも我は寝坊助どもの身など案じておらぬ。その脅しは成り立たぬ。無意味だ。余興など……>

 そこまで言って、グリおじさんは突然声を詰まらせた。
 眉間に深く皺が寄り、羽毛がわずかに逆立つ。
 じっくりと……いや、じっとりと言っていいほど纏わり付くような視線をカラカラへ向けた。

 そしてしばらく見つめた後、器用に嘴を歪ませてニヤリと笑った。

 <なるほど、なるほど。王たる者、狭量であってはならぬということか。配下にわずかばかりでも汚名を返上できる機会を与えるとは、さすがだ。狡猾で卑怯で姑息で性格が悪い妖精王であっても、王は王なのだな。ふむ。その提案、乗ってやってもいいぞ?我もに出番なしの苦渋を舐めさせるような真似はさせたくないのでな!>
 <どうしたの、突然?気持ち悪い>

 急激なグリおじさんの変化に、カラカラは戸惑った。
 ニヤニヤと笑いながら言うグリおじさんを本気で気持ちが悪く感じたようで、総毛立つのを抑えるために両腕で自らの身体を抱きしめた。

 <なに、貴様の王としての態度に感銘を受け、我もに度量を示そうと考えただけだ。我の優しさの表れだな!我ほど下の者に心を砕き、慈悲深いものなどおらぬのだぞ?>
 「……ちょっと待て。さっきからあんたが言ってる下僕だの下の者だのってのは、オレたちの事か?」

 さすがに軽口が過ぎるとばかりに、ディートリヒが口を挟んだ。
 
 <それ以外に誰かおるか?>
 「誰が、あんたの下僕だよ!?」
 <貴様はルーとフィーの下僕であろう?ならば我の下僕も同然。リーダーである貴様が下僕であれば、当然ながらパーティーメンバーも下僕だ。問題あるまい?>
 「そんな理屈あるかよ!!」

 ディートリヒは、双子の魔狼ルーとフィーによって両足に下僕紋あしあとを付けられたことで下僕となっている。
 あくまで魔法的な繋がりの下僕だが、双子に甘いディートリヒは、なんだかんだ言って受け入れてしまっている。
 実際、双子に下僕と呼ばれても、否定も拒絶もしない。

 だが、だからと言って、双子の保護者的立場のグリおじさんにまで下僕扱いされて納得できるはずがない。
 ディートリヒは先ほどまでカラカラに向けていた刺すような視線を、グリおじさんへと向けた。

 <つまらない内輪揉めは止めてくれるかな。ロア様を待たせてるんだよ?>

 今にも軽い喧嘩を始めそうな雰囲気の一人と一匹に、呆れたようにカラカラが呟いた。
 そして大きくため息をつくと、仕切り直しとばかりに軽く目を閉じてからグリおじさんを見据え直す。

 <……なんだか上手く誤魔化された気がするけど、まあいいや。何か企んでるとしても、もう逃げ場はないからね。多少の小細工くらいは大目に見てあげるよ。魔法に詳しいって言っても、鳥頭のグリフォンの浅知恵。たかが知れてるよね>

 それだけ言うと、カラカラは言うべきことは終わったとばかりに、身を翻してロアの傍らへと戻っていった。

 <ふん。貴様こそ脳などない羽虫ではないか。擬態で可愛い子ぶりおって。我の可憐さの足元にも及ばぬ、毛むくじゃらが>

 グリおじさんは吐き捨てるように言ったが、カラカラは何も言い返してこなかった。
 もう、眼中にないようで目にはロアしか映っていない。

 <ロア様。交渉は終わりました。予定通りに>
 「そう。じゃあ、始めようか」

 ロアの短い言葉が合図であったかのように、観客席から鳴き声が上がり始める。

 再びコロッセウムは魔獣たちの悪意の歓声で満ちた。

 
 



 




 


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