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四章 新しい仲間たちの始まり
夢から、覚めたら
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……グリおじさんは、目の前に立つ人物を見て目を見開いた。
<かあさま……>
子供のような、小柄な女性。
高く尖った大きな帽子が、幼さを強調している。本人は少しでも身長を高く見せたくて被っているらしいが、逆効果だ。
全身を覆う黒い魔術師のローブの隙間から見えるのは、レースをふんだんに使ったワンピース。幼く見えるのを気にしているくせに、彼女は少女趣味だった。
長いまつ毛に、薄く青く塗られた目蓋。
角度によって真紅に見える赤茶色の瞳が、グリおじさんを真っ直ぐに見つめていた。
グリおじさんは零れ落ちそうなほど開いた目でしばらく女性を見つめてから、目を閉じた。
ゆっくりと、自分を落ち着かせるように息を吐く。
<……いや、我の主だった人は、もういない。魂と肉は我が身に混ざり合い、二度と息を吹き返すことはない>
これは妖精の魔法にかけられたのだと、グリおじさんは結論を出した。
グリおじさんは身体に魔力を巡らせ、ゆっくりと目を開く。
すると、目の前にいた人物の姿は掻き消え、一匹の魔獣が現れた。
<夢魔か。いや、妖精であったか?>
妖艶な人間の女性のような姿。
背には複数の蝙蝠を思わせる翅を背負い、一部は身体に纏わり付いて寝間着のような形を取っている。
夢魔などと呼ばれ、人間には独立した種族だと思われているが実際は違う。
その正体は、妖精の一種。
愛を求める妖精。
性愛、親愛、家族愛、母性愛……様々な愛を求める心を利用し、夢を見せる魔法を使う。
愛する者の姿を見せ、自身も愛を得ようとする妖精だ。
リャナンシーの魔法にかかった者は夢を見続け、幸せの果てに衰弱し死に至るという。性愛を利用することが多く、その場合は自らの肉体を重ねることもあるらしい。
<白昼夢か。一瞬とはいえ、我を惑わせるとはな!褒めてやるぞ!!>
グリおじさんは真っ直ぐにリャナンシーを見つめて、傲慢に吠えた。
リャナンシーはその声でやっと魔法が破られたことに気付いた。戸惑い、リャナンシーは逃げようと後ずさる。しかし、グリおじさんに睨まれ逃げる隙を見つけられない。
<だが、なぜ、攻撃を仕掛けなんだ?我が惑っている一瞬であれば、我に勝てる望みもあったであろうに?>
そう言いながら、グリおじさんは周囲に目を這わせた。
リャナンシーはグリおじさんの視線が外れたことで、じりじりと後ろに下がり出す。慌てて逃げ出さないのは、背を向ければグリおじさんに即座に殺されると分かっているためだろう。
高位の妖精ではないが、リャナンシーの知能は高い。状況を判断できるだけの知能を持っていた。
倒れている望郷のメンバーたち。
ディートリヒはやけに幸せそうに「ルー、フィー」と呟いて両腕を大きく開いている。コルネリアは脂汗を浮かべてうなされており、クリストフはだらしない顔で悶えていた。
唯一、ベルンハルトが全身に魔力を生き渡したりして、必死に魔法に抵抗しようとしていた。幸せな顔をしているのが不釣り合いだが、必死に魔法を解こうとしているようだった。
リャナンシーは夢を見せることに特化した妖精だが、魔獣に違いない。細腕の女性の様な外見をしているが、人間とは桁違いの腕力を有している。
その気になれば、人間をひと捻りで殺すことができる。
それに、人型であることで分かる通り、武器も使える。グリおじさんであっても、惑わされている不意を突けば、殺すのは不可能でも傷つけるくらいは出来ただろう。
さらに言うなら、リャナンシー自らが手を下す必要もない。この場に別の魔獣を引き込み、グリおじさんを攻撃させることもできたはずだ。
なぜ、それをしなかったのか……。
<……なるほど、我であってもこうするか……>
少し考えてから、グリおじさんは納得したように呟いた。
このダンジョン内の畑は、ロアのための畑で間違いない。グリおじさんの予測が確信に変わった。
ロアのために作られた畑で、ロアのために育てられた薬草たち。
ならば、妖精王にとって、荒らすことも汚すことも許されない場所だ。
もし、派手な戦闘で薬草が傷付いたら。
魔獣たちに畑の土が踏み荒らされたら。
敵に血を流させ、土に混ざったら。
妖精王にとって、それは大きな汚点となる。ロアは笑って許すだろうが、妖精王は自分自身を許せないはずだ。
だから、派手な戦闘しかできない配下ではなく、リャナンシーという夢を見せるだけの妖精を寄こしたのだろう。
夢を見せて惑わせるだけなら、畑は荒れない。血の一滴も流れることはない。
深く魔法がかけられれば、そのまま衰弱死させればいい。浅くても、別の場所に移動するように誘導できるかもしれない。
消極的な攻撃だが、ロアの畑を荒らさないことを優先に考えれば、最善の攻撃方法だろう。
グリおじさんは妖精王の思考を予測した。そして、自分であってもそうするだろうと納得した。
<ならば、我もその流儀に従う以外にあるまい>
リャナンシーはゆっくりと距離を取ると、羽音を立てぬように静かに宙に浮く。
徐々に速度を上げ、一直線に逃げ出していく。
息荒く全身に汗を浮かべて飛ぶ姿は、人間が見たら煽情的に思えただろう。
だが、グリおじさんにそんなことは関係ない。
パシッと、光が弾けた。
ただ、それだけだ。
光は茨の蔓となり、一直線にリャナンシーを貫いた。
貫いたのは、胸。
貫かれたリャナンシーは悲鳴すら上げられず、肺の空気を押し出す異音を喉から漏らした。
血の一滴すら流れることはなく、心臓は動きを止めた。
<満足に防御すらできぬか。夢を見せることに特化したからこそ、我に白昼夢を見せるだけの力を得たか>
光は、グリおじさんの雷の魔法だ。
ほんの一筋の雷で、グリおじさんはリャナンシーの命を奪った。
グリおじさんは、リャナンシーを風の魔法で受け止める。そのまま落下して畑に落ちたら、一撃で終わらせた意味がなくなる。
ロアの所有物は守らないといけない。
例えそれが、いけすかない妖精王が準備した薬草であっても。
「はっ!!解けた!!」
グリおじさんは、風の魔法でリャナンシーを壁際に下す。
それと同時に飛び起きたのは、ベルンハルトだった。
<遅い!あの程度、自力で解くが良い>
グリおじさんの叱責を受け、ベルンハルトは状況を悟った。目を覚ました時は自力で魔法を解いたつもりだったが、グリおじさんが妖精を倒して解けただけだった。
「……申し訳ありません。あれは夢魔ですか?やはり、精神操作系の魔法だったのですね!」
魔法を解けなかった自分を恥じながらも、ベルンハルトはやけに嬉しそうだ。壁際の死骸を目視してから、鼻息荒くグリおじさんに詰め寄る。
「はぅ!」
「お姉様ダメッ!!」
「ああ……」
クリストフ、コルネリア、ディートリヒと、次々に目を覚ましていく。
目を覚ました三人にベルンハルトが状況を説明すると、クリストフは顔を真っ赤にして恥ずかし気に膝を抱えて座り、コルネリアはホッと息を吐き、ディートリヒは暗い表情で頭を抱えた。
<貴様ら、良い夢は見れたか?>
三者三様の態度に、グリおじさんは嘴を器用に歪めて嫌な笑みを浮かべて見せた。
「貴重な体験でした!さすがは妖精王のダンジョンです!あのような魔獣までいるとは!!あれは、性欲を刺激して淫夢を見せていたのですね!ね!グリおじさん様!!」
<……まあ、そのようなものだ>
「性欲を刺激して」というのは、魔法にかけられたベルンハルトの推測だ。グリおじさんが見た白昼夢の内容からも、別に性欲だけでないことは分かっている。利用されたのは愛情全般。確かに、性欲……つまり性愛も含まれているが、含まれているだけだ。
だが、ベルンハルトにしつこく念押しされ、細かに説明するのを面倒に感じたグリおじさんは、投げやりに同意した。
「ああ……やっぱり」
「そ、そんなはず、ないじゃない!!」
「……ああああ!!」
クリストフは膝を抱えたまま納得して俯き、コルネリアは全力で否定した。
ディートリヒは苦虫を噛み潰したような表情で叫んで、頭を激しく掻きむしった。
<良い夢が見れたようで、何よりだ!>
「うるさい!!」
「違うわ!悪夢よ!悪夢!!」
言い返したのは、クリストフとコルネリアだけだった。
いつもなら真っ先にグリおじさんに噛みつくディートリヒが何も言わない。頭を抱え、掻きむしるのを繰り返していて、完全に挙動不審だ。
<……そういえば、寝坊助。寝言でルーとフィーの名を呼んでおったが……。貴様、まさかルーとフィーに発情したわけではあるまいな!?>
グリおじさんは嫌悪感いっぱいの表情でディートリヒを睨みつけた。
「……リーダー、人間の女にもてないからって……」
クリストフが呟き、全員のありえない物を見る目がディートリヒに集まった。
「そっちは、違う!いや、全部違う!!違うからな!オレは発情なんかしてない!絶対に認めないからな!!」
ディートリヒの叫びが大空洞に空しく響き渡り、畑の薬草の葉を大きく揺らした。
<かあさま……>
子供のような、小柄な女性。
高く尖った大きな帽子が、幼さを強調している。本人は少しでも身長を高く見せたくて被っているらしいが、逆効果だ。
全身を覆う黒い魔術師のローブの隙間から見えるのは、レースをふんだんに使ったワンピース。幼く見えるのを気にしているくせに、彼女は少女趣味だった。
長いまつ毛に、薄く青く塗られた目蓋。
角度によって真紅に見える赤茶色の瞳が、グリおじさんを真っ直ぐに見つめていた。
グリおじさんは零れ落ちそうなほど開いた目でしばらく女性を見つめてから、目を閉じた。
ゆっくりと、自分を落ち着かせるように息を吐く。
<……いや、我の主だった人は、もういない。魂と肉は我が身に混ざり合い、二度と息を吹き返すことはない>
これは妖精の魔法にかけられたのだと、グリおじさんは結論を出した。
グリおじさんは身体に魔力を巡らせ、ゆっくりと目を開く。
すると、目の前にいた人物の姿は掻き消え、一匹の魔獣が現れた。
<夢魔か。いや、妖精であったか?>
妖艶な人間の女性のような姿。
背には複数の蝙蝠を思わせる翅を背負い、一部は身体に纏わり付いて寝間着のような形を取っている。
夢魔などと呼ばれ、人間には独立した種族だと思われているが実際は違う。
その正体は、妖精の一種。
愛を求める妖精。
性愛、親愛、家族愛、母性愛……様々な愛を求める心を利用し、夢を見せる魔法を使う。
愛する者の姿を見せ、自身も愛を得ようとする妖精だ。
リャナンシーの魔法にかかった者は夢を見続け、幸せの果てに衰弱し死に至るという。性愛を利用することが多く、その場合は自らの肉体を重ねることもあるらしい。
<白昼夢か。一瞬とはいえ、我を惑わせるとはな!褒めてやるぞ!!>
グリおじさんは真っ直ぐにリャナンシーを見つめて、傲慢に吠えた。
リャナンシーはその声でやっと魔法が破られたことに気付いた。戸惑い、リャナンシーは逃げようと後ずさる。しかし、グリおじさんに睨まれ逃げる隙を見つけられない。
<だが、なぜ、攻撃を仕掛けなんだ?我が惑っている一瞬であれば、我に勝てる望みもあったであろうに?>
そう言いながら、グリおじさんは周囲に目を這わせた。
リャナンシーはグリおじさんの視線が外れたことで、じりじりと後ろに下がり出す。慌てて逃げ出さないのは、背を向ければグリおじさんに即座に殺されると分かっているためだろう。
高位の妖精ではないが、リャナンシーの知能は高い。状況を判断できるだけの知能を持っていた。
倒れている望郷のメンバーたち。
ディートリヒはやけに幸せそうに「ルー、フィー」と呟いて両腕を大きく開いている。コルネリアは脂汗を浮かべてうなされており、クリストフはだらしない顔で悶えていた。
唯一、ベルンハルトが全身に魔力を生き渡したりして、必死に魔法に抵抗しようとしていた。幸せな顔をしているのが不釣り合いだが、必死に魔法を解こうとしているようだった。
リャナンシーは夢を見せることに特化した妖精だが、魔獣に違いない。細腕の女性の様な外見をしているが、人間とは桁違いの腕力を有している。
その気になれば、人間をひと捻りで殺すことができる。
それに、人型であることで分かる通り、武器も使える。グリおじさんであっても、惑わされている不意を突けば、殺すのは不可能でも傷つけるくらいは出来ただろう。
さらに言うなら、リャナンシー自らが手を下す必要もない。この場に別の魔獣を引き込み、グリおじさんを攻撃させることもできたはずだ。
なぜ、それをしなかったのか……。
<……なるほど、我であってもこうするか……>
少し考えてから、グリおじさんは納得したように呟いた。
このダンジョン内の畑は、ロアのための畑で間違いない。グリおじさんの予測が確信に変わった。
ロアのために作られた畑で、ロアのために育てられた薬草たち。
ならば、妖精王にとって、荒らすことも汚すことも許されない場所だ。
もし、派手な戦闘で薬草が傷付いたら。
魔獣たちに畑の土が踏み荒らされたら。
敵に血を流させ、土に混ざったら。
妖精王にとって、それは大きな汚点となる。ロアは笑って許すだろうが、妖精王は自分自身を許せないはずだ。
だから、派手な戦闘しかできない配下ではなく、リャナンシーという夢を見せるだけの妖精を寄こしたのだろう。
夢を見せて惑わせるだけなら、畑は荒れない。血の一滴も流れることはない。
深く魔法がかけられれば、そのまま衰弱死させればいい。浅くても、別の場所に移動するように誘導できるかもしれない。
消極的な攻撃だが、ロアの畑を荒らさないことを優先に考えれば、最善の攻撃方法だろう。
グリおじさんは妖精王の思考を予測した。そして、自分であってもそうするだろうと納得した。
<ならば、我もその流儀に従う以外にあるまい>
リャナンシーはゆっくりと距離を取ると、羽音を立てぬように静かに宙に浮く。
徐々に速度を上げ、一直線に逃げ出していく。
息荒く全身に汗を浮かべて飛ぶ姿は、人間が見たら煽情的に思えただろう。
だが、グリおじさんにそんなことは関係ない。
パシッと、光が弾けた。
ただ、それだけだ。
光は茨の蔓となり、一直線にリャナンシーを貫いた。
貫いたのは、胸。
貫かれたリャナンシーは悲鳴すら上げられず、肺の空気を押し出す異音を喉から漏らした。
血の一滴すら流れることはなく、心臓は動きを止めた。
<満足に防御すらできぬか。夢を見せることに特化したからこそ、我に白昼夢を見せるだけの力を得たか>
光は、グリおじさんの雷の魔法だ。
ほんの一筋の雷で、グリおじさんはリャナンシーの命を奪った。
グリおじさんは、リャナンシーを風の魔法で受け止める。そのまま落下して畑に落ちたら、一撃で終わらせた意味がなくなる。
ロアの所有物は守らないといけない。
例えそれが、いけすかない妖精王が準備した薬草であっても。
「はっ!!解けた!!」
グリおじさんは、風の魔法でリャナンシーを壁際に下す。
それと同時に飛び起きたのは、ベルンハルトだった。
<遅い!あの程度、自力で解くが良い>
グリおじさんの叱責を受け、ベルンハルトは状況を悟った。目を覚ました時は自力で魔法を解いたつもりだったが、グリおじさんが妖精を倒して解けただけだった。
「……申し訳ありません。あれは夢魔ですか?やはり、精神操作系の魔法だったのですね!」
魔法を解けなかった自分を恥じながらも、ベルンハルトはやけに嬉しそうだ。壁際の死骸を目視してから、鼻息荒くグリおじさんに詰め寄る。
「はぅ!」
「お姉様ダメッ!!」
「ああ……」
クリストフ、コルネリア、ディートリヒと、次々に目を覚ましていく。
目を覚ました三人にベルンハルトが状況を説明すると、クリストフは顔を真っ赤にして恥ずかし気に膝を抱えて座り、コルネリアはホッと息を吐き、ディートリヒは暗い表情で頭を抱えた。
<貴様ら、良い夢は見れたか?>
三者三様の態度に、グリおじさんは嘴を器用に歪めて嫌な笑みを浮かべて見せた。
「貴重な体験でした!さすがは妖精王のダンジョンです!あのような魔獣までいるとは!!あれは、性欲を刺激して淫夢を見せていたのですね!ね!グリおじさん様!!」
<……まあ、そのようなものだ>
「性欲を刺激して」というのは、魔法にかけられたベルンハルトの推測だ。グリおじさんが見た白昼夢の内容からも、別に性欲だけでないことは分かっている。利用されたのは愛情全般。確かに、性欲……つまり性愛も含まれているが、含まれているだけだ。
だが、ベルンハルトにしつこく念押しされ、細かに説明するのを面倒に感じたグリおじさんは、投げやりに同意した。
「ああ……やっぱり」
「そ、そんなはず、ないじゃない!!」
「……ああああ!!」
クリストフは膝を抱えたまま納得して俯き、コルネリアは全力で否定した。
ディートリヒは苦虫を噛み潰したような表情で叫んで、頭を激しく掻きむしった。
<良い夢が見れたようで、何よりだ!>
「うるさい!!」
「違うわ!悪夢よ!悪夢!!」
言い返したのは、クリストフとコルネリアだけだった。
いつもなら真っ先にグリおじさんに噛みつくディートリヒが何も言わない。頭を抱え、掻きむしるのを繰り返していて、完全に挙動不審だ。
<……そういえば、寝坊助。寝言でルーとフィーの名を呼んでおったが……。貴様、まさかルーとフィーに発情したわけではあるまいな!?>
グリおじさんは嫌悪感いっぱいの表情でディートリヒを睨みつけた。
「……リーダー、人間の女にもてないからって……」
クリストフが呟き、全員のありえない物を見る目がディートリヒに集まった。
「そっちは、違う!いや、全部違う!!違うからな!オレは発情なんかしてない!絶対に認めないからな!!」
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