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四章 新しい仲間たちの始まり

夢で、会えたら

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 ダンジョンの壁が崩れる。
 崩れた破片が土埃を上げ、周囲が一瞬真っ白に煙った。

 崩れて空いた穴は、人間が通れるほど。ちょうど、扉一枚程度の広さだった。

 「げほっ……」

 舞い上がった土埃が晴れると、そこから人影が現れる。ディートリヒだ。
 崩れた壁を潜り出て、咳をしながらも剣を片手に素早く広い場所に躍り出て周囲を警戒する。

 「げほっ」
 「ケホッケホッ」

 続いてクリストフとコルネリアが飛び出すと、ディートリヒの脇に並んだ。
 
 「ごほっ」

 さらにベルンハルトがその背後に出て来る。彼もまた咳き込みながらも、いつでも魔法を使えるように控えていた。

 <待ち受ける敵は、おらぬようだな>

 最後に出てきたのはグリおじさんだ。
 グリおじさんは流石に咳き込んではいないものの、疲れた表情をしていた。
 グリおじさんが壁の穴を通り抜けると、その背後で崩れた壁の破片が動き穴を塞ぐ。グリおじさんの土魔法だ。
 壁の向こう……望郷とグリおじさんが今までいた場所に満ちていた毒が、この場に流入して来るのを防いだのだった。

 望郷のメンバーは咳き込みつつも周囲の安全を確認し、やっと剣を下した。

 彼らが咳き込んでいるのは、舞い上がっている土埃のせいではない。
 今までいた通路に満ちたガス状の毒の影響だ。

 毒消しを飲んでから時間が経ったことで、徐々に効果が弱まっていた。
 その影響で、敏感な喉や鼻に痛みを覚えて咳き込んでいたのだ。
 それでもロア特製の毒消しの魔法薬は強力で、新鮮な空気を吸い込むと感じていた痛みは即座に消えた。

 「時間かけ過ぎだ、害獣!毒消しが切れて死ぬんじゃないかとヒヤヒヤしたぞ!」

 咳が治まると同時に、ディートリヒはグリおじさんに向かって叫んだ。

 グリおじさんがダンジョンの壁を壊し始めてから、すでに数十分が経過している。グリおじさんであっても、ダンジョンの壁を壊すにはそれだけの時間が必要だった。
 ダンジョンの壁を壊すのは、普通の魔法建築の建物を壊すのとはわけが違う。

 グリおじさんの魔法は、魔力を吸いだして魔法を無効化させて壊す。
 魔法建築の建物を壊すのを樽から桶で水を汲みだす行為に例えるなら、ダンジョンの壁は樽ごと凍った水を砕きながら溶かして盃で汲みだすのに等しい。
 難度が段違いだ。

 <強引に魔法を使って、魔力切れになるわけにはいかぬのでな。死ななんだのだから、よかろう?>

 グリおじさんは、悪びれもせずに返した。

 「そりゃまあ、そうなんだろうけどな!」
 <ならば、よかろう>

 グリおじさんが魔力切れになれない理由は、ディートリヒたちも分かっている。
 流石のグリおじさんでもダンジョンの壁の向こうの索敵は出来ず、どんな魔獣が待ち構えているかわからないからだ。
 もし、望郷が絶対に勝てない様な強い魔獣が待っていたら。それこそ、妖精王のような凶悪な魔獣がいるなら。

 頼りはグリおじさんしかいない。
 壁を抜けた途端に戦闘になって、グリおじさんが魔力切れで戦えなければ即全滅だ。

 だからといって、死にかけたのだから、ディートリヒたちが文句の一つも言いたくなるのも仕方ないだろう。

 <我の魔力の残りは、三分の一程度。妖精王を相手にするには心許ない。少しここで休んで回復するぞ>
 「そうだな。オレたちも死にかけたしな。ちょっと気を落ち着けたい」

 グリおじさんの休憩の提案をディートリヒが受け入れると、他のメンバーたちから安堵の息が漏れた。
 図太い神経の持ち主のディートリヒすら、気を落ち着けたいと思う状況だ。他のメンバーたちもかなり疲弊していた。

 「それにしても、ここは畑か?」

 探知の魔法と目視で、敵の存在を再確認していたクリストフが呟いた。

 そこは、ダンジョンには似つかわしくない畑だった。
 キレイに作られた畝が並び、そこに青々とした植物が生い茂っている。それも、かなり広大だ。
 天井から光が降り注いでいる大空洞に、見渡す限り埋め尽くすように畑が広がっていた。

 「薬草畑ね」

 コルネリアは、植えられている作物がロアの家で見慣れた物だと気が付いた。どうやら薬草畑で間違いなさそうだ。様々な薬草が存在している。

 今までは希望を含めた予測のみで、ダンジョン最深部に近付いていると考えていた。だが、こうやって薬草畑があるということは、実際に最深部に近いのは間違いないだろう。
 収穫に手間がかかるような場所に、畑を作るはずがない。

 そう考えて、コルネリアは少しだけ表情を緩めた。

 「ダンジョンに畑があるって噂だったけど、本当だったとはな」

 クリストフは、ダンジョンに入る前に予備調査をしていた。その調査途中で、ダンジョンに広大な畑があるという噂も聞いていた。

 ダンジョン内には、いたるところに様々な薬草などが生えている。冒険者たちはそれを採取するのだが、採取してしばらくすると同じ場所に同じ品種の薬草が、同じような育ち具合で再成長リポップする。

 これは、どれだけ狩っても再発生する魔獣と同じく、このアダド地下大迷宮グレートダンジョンの謎として知られていた。

 このアダド地下大迷宮グレートダンジョンは妖精王の縄張りであり、冒険者を対象とした巨大な人体実験施設である。
 その事実を知っていれば、姿を隠した妖精たちが魔獣も薬草も管理していること。そして、数が減ればどこかの生産場所から補充していることも、思い当たることだろう。 

 だが、普通の冒険者はそんなことは知らない。妖精が関わっていることすら、知られていない。
 冒険者ギルドの上層部は知っているのかもしれないが、冒険者に伝えてはいない。
 それでも、誰かが植え直しているとしか思えない状況に、どこかに畑があって何者かが管理しているのではないかと噂になっているのだった。

 そんな噂を知っていたクリストフだが、この畑には驚かされた。
 グリおじさんたちから裏事情も聞いていたが、いくらなんでも、地下にここまで広大な畑があるとは思っていなかったのである。

 <薬草畑か。意外と、小僧が望んで作らせたのかもな>

 グリおじさんが口元を緩める。懐かしい物を見たような、そんな表情を浮かべていた。
 確かに、ロアならダンジョン内でも薬草畑を作らせることもありえるだろうと、全員が同意した。

 青々と茂っている様々な薬草を眺めながら、しばしの休息をとるグリおじさんと望郷のメンバーたち。
 ここは敵の本拠地の近く。いつどこから敵が攻めて来るか分からない場所だ。
 なのに、畑の風景を眺めていると、心が休まって来る。

 今にもどこかの通路からロアがジョウロを片手に歩いて来そうな、そんな予感さえ感じてしまう。
 非日常的な空間に紛れ込んだ日常的風景に、心を癒された。

 畑の周囲は様々な薬草の香りが混ざり合い、草原とは違う独特の香りとなっていた。青臭くもない、少し刺激的な香りだ。
 だがその香りは薬草の効果か、何日もダンジョンの中をさまよっていた望郷のメンバーたちの心を落ち着かせてくれた。

 そこに、風が運んでくるのか、柔らかな甘い香りが混ざり始めた…………。

 ……ディートリヒは地面に座り込んで、水袋から水を飲んでいた。
 身体を休めながらも、警戒は怠っていない。気を緩めてもいなかった。

 なのに、何かが近付いてくるのを、目前まで気が付かなかった。

 「……!?ルー?フィー!!?」

 近付いてきた物に気付いて、ディートリヒは水袋を投げ捨てて立ち上がる。心配していた相手に無事に出会えたのだ。最高の出迎えをしなくてはいけない。
 跳ねる様に走り寄ってくる双子。その表情は喜びに満ちていて、輝く目は真っ直ぐに彼を映していた。
 ふわふわとした赤と青の毛皮は輝き、動く度に光の粒子を撒き散らす。

 今にも飛びついてきそうな双子の魔狼ルーとフィーを、ディートリヒは大きく両腕を開いて迎えた。
 双子は開いた腕の中に飛び込むと、身を預けてくる。ギュッと抱きしめるディートリヒ。双子は胸に頬を寄せ、腕の間に優しく顔を埋めた。
 幸せな重みと柔らかな毛皮を感じて、ディートリヒは歓喜に震えた。

 不意に、腕に感じていた重みが軽くなる。
 首に、何かが…………女性の腕が回される。
 白く細い、折れてしまいそうな腕。吸いつくような肌の感触に、首元が覆われる。

 目の前には、女性の赤い唇。
 白い肌に浮き上がるような鮮烈な赤。それは、煽情的な潤いを帯びていた。

 視界の端には、揺れる銀色の髪。そして、見据えてくる銀の瞳。
 ディートリヒの唇と、赤い唇が重なり合った。

 途端に、唇に痛みが走る。女性が、ディートリヒの唇を噛んだのだ。甘えた噛み方ではなく、本気で、肉を噛みちぎるように。
 だが、ディートリヒは表情を変えることすらしない。いつもの事だ。

 傷みも、流れる血も気にならない。ディートリヒは自分の血の味がする舌を受け入れた……。

 ……コルネリアがその存在に気が付いた時、頭を抱えた。
 
 「なんでここにお姉様がいるのよ!?」

 薬草畑の中に立っているのは、コルネリアの姉のエミーリア。
 やけに熱っぽい視線を向けてきている。身体を意味深げにくねらせ、珍しく女性的だ。

 「ちょっとちょっと、マズいって。どう見ても欲情してるわ、お姉様!」

 悲鳴に似た叫びを上げる。彼女は身の危険を感じた。

 コルネリアが実の姉であるエミーリアの性癖を知ったのはつい最近。アダド帝国の艦隊にネレウス王国が攻められた時の事である。

 エミーリアは男性より女性の方が好きらしい。
 多くの女性を周囲に侍らせるのが理想だと語っていた。

 今までちょっと姉妹にしては皮膚接触スキンシップが多めだとは思っていたが、コルネリアもまたその対象だった。
 一応は倫理的に不味いと思ったのか『観賞用』と言うことで手は出してこないつもりらしいが、そうは言われても身の危険を感じてしまう。

 ゆっくりと、近付いてくるエミーリア。

 「だめ!動けない。なんで、腰が抜けて……」

 コルネリアは必死で逃げ出そうとするが、身体が思うように動かない。這うのがやっとだ。
 段々と、エミーリアが近付いてくる。いつもと変わらない優しい笑みを浮かべているのに、恐怖を感じる。

 「お姉様!お願い!やめて!」

 コルネリアの必死の叫びが空しく響いた……。

 ……クリストフは、座り込んで探知魔法を使いながら畑の風景を見つめていた。はずだった。
 だが、気付けば背中に人肌の温かさを感じた。

 「誰だ!?」

 望郷のメンバーに、こんなことをする者はいない。
 慌てて振り返ると、艶やかな黒髪の美女がクリストフの背中を抱くようにして立っていた。猫のような大きな目で、褐色の肌が魅力的だ。

 誰だっただろう?昔の知り合いの気がする。……と、記憶を探れば、子供の頃に憧れていた海賊船の女性船員だった。
 海賊船に女性船員は珍しいが、少なからずいる。豪快な性格で、笑顔が魅力的な子供に優しい人だった。

 いわゆる、憧れのお姉さんというやつだ。クリストフの初恋の相手である。
 顔を見てもすぐに思い出せなかったのは、その頃の彼は胸ばかりに興味を持つエロガキだったからだろう。
 子供の頃のクリストフは、強く抱きしめてもらいたいと思ってばかりいたから、背中から抱きしめてくれたのだと思った。

 「これは、夢か?」

 何で今更、子供時代に憧れていた女性が夢に出て来るのだろう?そもそも、自分はいつ寝たのか?
 だが、その考えも、背中に当たる柔らかな物の感触に吹っ飛んだ。

 「まあ、夢なら良いか」

 背後からクリストフの胸に回される手。指先が、優しくシャツの中に忍び込んでくる。
 クリストフは、抵抗せずにこの夢を楽しむことに決めた……。

 ……ベルンハルトは、薬草畑に立つ人影を見て眉を寄せた。
 立っていたというのは、少し語弊がある。正しくは、立ったり座ったり……屈伸運動をしていた。
 
 目の前にいるのは、コルネリアだ。
 なにやら鼻息荒く身体を鍛えている。今度は腕立て伏せを始めた。
 困ったことに全裸だが、色気は全くない。

 その姿を見つめながら、ベルンハルトは少しだけ考える。

 「母上でなくて良かった」
 
 そして、やけに奇妙な感想を漏らしたのだった。

 「これは、精神操作系の魔法ですか。性欲を刺激しているのでしょうね」

 彼は冷静に分析を始める。

 ベルンハルトの推測が正しいなら。
 彼らは今、精神攻撃を受けているはずだ。性欲を利用した幻覚で、惑わせられているのである。
 ベルンハルトの場合は欲情する対象がいないので、苦肉の策で身近な女性を全裸で登場させたのだろう。

 だからこそ、彼は最初に「母上でなくて良かった」と呟いたのだった。
 さすがに、母親の全裸姿は見たくない。別の意味で精神攻撃になってしまう。

 ベルンハルトは思う。自分を誘惑するなら、珍しい魔導書でも登場させればいいのにと。
 だが、この魔法を使っている者は、それほど器用ではないらしい。幻覚として出て来るのは人物……少なくとも生き物に限定しているのだろう。
 定型式テンプレートのような物があって、記憶を当てはめることで魔法式を簡易化しているのかもしれない。

 そうでないとしても、誘惑して来る魔導書などという存在が、容易に作り出せるとは思えないが。

 「さて、何もしなければグリおじさん様に怒られますね。自力で解けるか試してみますか」

 そう呟きながらも、ベルンハルトの表情は輝いている。
 珍しい性欲を利用した精神操作系の魔法。それにかかった状態で分析できるのだ。滅多にできる経験ではない。
 ベルンハルトは鼻歌を歌いださないのが不思議なほど、楽し気に分析を始めた。

 彼に無視をされた幻覚のコルネリアは、どこからともなく現れた謎の棒に捕まって懸垂を始めた。

 バカリーダーと同じくらいの筋肉バカ。これがベルンハルトがコルネリアに対して持っている印象だ。
 本人に知られれば、顔の形が変わるほど殴られるのは間違いない。

 このことは絶対に隠し通そうと、ベルンハルトは一人で誓った……。


 



 
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