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四章 新しい仲間たちの始まり

魔導書と、魔法陣

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 「あ、そうだ!」

 カラカラが黒い思考に沈んでいると、不意にロアが声を上げた。

 <はい!なんでしょう?>

 即座にカラカラは答える。カラカラにとってロアの言葉は絶対。自分の思考よりも優先される。

 「魔道具の作り方を教えてもらって、自分なりに魔道具用の魔法式をノートに書き出してみたんだけど……」
 <何か分からないところがありましたか?>
 「そうじゃないんだけど、ちょっと疑問に思ったことがあって」

 ロアはカラカラから魔道具の作り方を習っている。
 魔法薬と魔道具。
 錬金術師はこの二つを作り出せて一人前と言われている。

 ロアは今まで魔法薬一辺倒で、魔道具のことはほとんど学んでこなかった。

 それは冒険者の活動に有益なのは圧倒的に魔法薬であり、魔道具はほとんど役に立たないからだ。
 魔道具の魔法は、魔術師が使う魔法の劣化版でしかない。威力もないし、敵に合わせて変化させることもできない。

 それに、ロアは鍛冶屋のブルーノから譲り受けた本で魔法薬の作り方などの知識を付けた。その中には魔道具に関係するものはなく、学びたくても学べなかったというのも理由の一つだった。

 勇者パーティーを抜けてコラルド商会の下で生活するようになり、自由な時間と余りある金を得てからも、特に必要性を感じずに魔道具作りは他の物作りと同じく徐々に学んでいけばいいと考える程度だった。

 だが、カラカラに記憶を封じられてから。
 ロアは冒険者活動への拘りどころか、本物の冒険者になりたいと思っていた記憶すら失っていた。

 カラカラによって記憶は置き換えられ、自分が目指していたのは一人前の錬金術師だと思い込んでいる。
 魔道具作りを真剣に学び始めるのは当然だろう。

 <疑問ですか?何でも聞いてください!>

 カラカラは頼られることに喜びを感じて、鼻息を荒くしながら胸を張った。
 モッフリとした毛の生える着ぐるみのような胸元は触ると柔らかそうで、ロアは思わず口元を緩めた。

 「じゃあ、素朴な疑問なんだけど。どうしてノートは魔道具化しないの?」
 <はい?>

 思ってもみなかった質問に、カラカラは大きく目を見開いて聞き返した。

 「その、魔道具の基本って、物体に魔法式を刻むことだよね?だったら、こうやって魔法式を書いたノートも魔道具になるんじゃないかと思って。変な質問だった?」

 ロアは聞き返されたことで、少しだけ寂しそうな表情を作った。

 魔道具とは、魔法が関係する道具の総称である。
 単体で起動して魔法を発生させる物もあれば、魔法を効率よく使うための補助具の様な物も、魔力を流すことで同じ動きを繰り返すだけの物もある。
 とにかく、魔法と魔力が関わる道具なら、魔道具と呼んで差支えはない。

 だが、一般的に魔道具と言えば、物体に魔法式を刻んであり、魔力が流れれば魔法が発生するように作られている物を指すことが多かった。
 今ロアの言った魔道具も、そう言った物を指しているんだろう。

 魔法式を刻む物質は特に限定されていない。魔法式と魔力があれば、魔道具が完成する。

 だからこそ、ロアは魔法式を書いたノートも魔道具になるのではないかと思って尋ねたのだった。

 <いえ、その疑問を持たれるのは当然です。結論から言いますと、魔法式を書いたノートも立派な魔道具になります>

 カラカラはロアの質問に驚いて一度は丸まりかけた背中を伸ばし、再び胸を張って言い放った。

 「でも、ノートが魔道具になったって聞いたことないけど……」
 <例えば、古代では魔導書という物が使われていました。魔法式が上手く組めない魔術師が使っていた、魔法発動のための補助具ですね。本のページ毎に魔法式が書かれていて、それに魔力を流す形で魔法を発動します>
 「え?実際に使われてたんだ?」
 <そうです。ただ、本にする意味が無くて廃れた魔道具ですね>

 カラカラは興味深げに聞き返してくるロアに気分を良くして説明を続ける。

 魔導書。
 それは、古代に使われていた魔法補助具だ。カラカラの説明の通り、魔法式を書いた紙を本の形にまとめたものである。

 自分で魔法式を上手く組めない物が、既存の、本に記された魔法式に魔力を流すことで魔法を発動させるのである。

 ただ、これにはいくつかの問題があった。
 まず、植物紙や羊皮紙に問わず、薄く伸ばした物には魔力が溜まりにくいこと。魔力が溜まりにくいと魔法式全体に魔力が行き渡らず、動作不良を起こしてしまう。
 その対策として、厚みを増したり材質を変えれば……結局は石などに刻む魔道具と同じになってしまう。本の形である意味がない。

 そして、全ての魔道具に言えることだが、魔法式自体の問題もあった。
 魔道具に刻む魔法式は、魔術師が脳内で作り出す魔法式に比べて膨大になる。これは、魔法式の性質上、仕方がない事だった。
 魔道具に刻む魔法式は、刻むために明確に言語化する必要があるのだ。

 例えば、「歩く」という動作。
 人間が歩こうと思えば、身体はその思い通りに歩くことができる。特に細かく指示をする必要は無い。

 だが、「歩く」ということを知らない者に言語だけで説明しようとすると、途端に問題が起こる。
 一歩踏み出すだけでも、身体の動きの全てを説明しないといけない。足を上げる角度や速さ、降ろす角度と速さ。転ばない様に姿勢や重心調整の説明なども必要になる。
 結果、膨大な文章となるのだ。

 それと同じことが、魔道具に使う魔法式では発生する。
 魔導士が脳内で組む魔法式だと単純な指示で済むのに対し、魔道具では望んだ通りに発生するように事細かく指定する必要があるのだ。

 そして、膨大となった魔法式を一枚の紙に収めようとすると、極小の文字を書いてもかなりの大きさが必要になってくる。魔力の溜まりにくい紙では全体に魔力を通すのが困難になってくる。
 結局は、別の魔力の溜まりやすい材質に刻む方が良いという話になり、これまた本にする意味が無くなってしまうのだった。

 だから、魔導書は廃れた。

 「…………」

 説明を聞いて、ロアは顎に手を当てて考え込む。
 ロアはカラカラの話を理解して、さらに何かを考えているようだ。

 そのことに気付いたカラカラは話すのを止め、主人であるロアが口を開くのを待った。

 「……魔法式って何だろうね?」

 しばらくの沈黙の後、ロアは小さく漏らした。

 <意思を伝えるもの、ですね>
 
 すでに答えを準備していたかのように、カラカラは即答した。予測できた問答なのだろう。誰もが一度は辿り着く疑問だったに違いない。

 「魔力に?それも謎なんだよね。意思が伝わるって、魔力って生き物みたい」
 <それは私にも分かりません。太古の昔から、誰も答えを持っていない問い掛けです。分かっていることは、魔力は脳内の魔法式や、物体に記された魔法式を読み取って、その通りの魔法に変わるってことぐらいです>

 ロアは眉間に皺を寄せる。
 カラカラの説明に納得がいかないものを感じたのもあるが、以前に同じような疑問を抱えた気がするのだ。そして、自身でそれなりの結論を出した気も。
 だが、その時のことをいくら思い出そうとしても、思い出せなかった。

 「……不思議だね」

 ロアは呟きながら思い出すことを諦め、新たに考え始めた。

 <不思議です>

 カラカラも、ため息混じりに言う。
 結論が出ない疑問に思いを馳せながらも一人と一匹の目が輝いているのは、溢れ出る探求心を持っているからだろう。
 もし可能なら、その謎を解き明かして、自分たちが作る物に利用したいと考えている。

 <そう言えば、魔法式はどんな言語で組んでも発動することはご存じですか?>
 「それは……そうだよね。古代遺跡の魔道具には古語が使われているから。古語は無数にあるし」

 大陸でほぼ統一の言語が使われるようになったのは、千年ほど前からと言われている。
 それ以前は無数の言語が溢れ、現在ではそれらは一纏めに古語として扱われている。

 <それなのですが、ごく少数の人間が考えた独自の言語でも大丈夫らしいのです。古代文明時代には紙に書く魔法式用に作られた言語もあったそうです。独自言語の魔法式を使って、簡易的な魔法が使えたとか>
 「そうなんだ!?」

 またもや知らない知識を教えてもらい、ロアの声は弾んだ。

 <魔力を通す場所からの距離が最小になる様に集約した形で書かれたことから魔法陣と呼ばれたり、書かれた紙片の形から符術と呼ばれたりしていたとか。でも、小集団だけの言語でしたから、すぐに廃れて記録すら無くなってしまったようです……>

 カラカラの声は次第に小さく弱くなっていった。
 その言語があれば、どんな魔道具が作れるのか想像して、廃れてしまったことを残念に思っているのだろう。

 「……そうなんだ……」

 同様に、ロアも気落ちしたように力なく呟く。考えていることは、同じだ。
 考え方次第で使えそうな技術が、廃れたことを惜しんでいる。

 「もったいないね」
 <もったいないですね>

 同時に、ため息をつく。
 なんだかんだ言って、この一人と一匹は似た者同士だった。
 

 






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