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四章 新しい仲間たちの始まり

机の、下の

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 冒険者ギルドのアダド本部。
 その奥まった位置にあるギルドマスターの部屋で、ギルドマスターは執務を進めていた。

 ここのギルドマスターはふくよかな体形をしている女性だ。
 一見、肝っ玉母ちゃんという単語が似合う人物だった。

 アダドは軍国主義で、女性を下に見る傾向が強い国だ。だがそれでも、彼女はギルドマスターとして高い信頼を得ている。
 それは彼女が有能な人物である証明であった。そしてまた、昔は名の売れた冒険者であり、体形が変化した今でも多くの軍人よりも高い戦闘力を有していることも一端となっている。

 彼女は事務机の上で、一心不乱に書類にペンを滑らせていく。

 彼女が使っている桃花心木マホガニーの事務机は、このアダド本部の象徴と言っても良い逸品だ。
 天板は下手な食卓よりも広く、いくつも処理待ちの書類が積み上がっていても余裕がある。厚みのある一枚板で、余程の大木を材料として使ったのだろう、木目が芸術的な文様を刻んでいた。

 足元は対面から見えない様に板が張られているが、広々としている。ギルドマスターの様な女性どころか大柄な男が足を延ばしたとしても、どこかに当たることもない。
 それどころか、冷え込む冬の日に足元に暖房器具を置いても邪魔にならないだけの広さがあった。

 この事務机は、ここの初代ギルドマスターがアダド本部を立ち上げる時に、懇意にしていた錬金術師から贈られた物だった。

 噂では、その錬金術師の手によって不壊の魔法がかけられているという。
 その噂を裏付けるように、重厚な事務机は長い年月が経った今でも軋み一つ上げることもない。破損どころか傷すら付くこともなく、現役で使われ続けていた。

 静かな部屋の中、ひたすらペンで文字を書く音だけが部屋に響いている。
 その音は、見事な二重奏デュエットとなっていた。

 トントンと。不意に、ペンの音にドアをノックする音が混ざった。

 「はいよ。入りな」

 ギルドマスターが返事を返すと、ペンの音は止まった。

 「失礼します」

 ギルドマスターが顔を上げると同時に、一人の男性職員がドアを開け入って来た。
 
 「なんだい?」
 「軍の伝令が来ているのですが……」
 「何の用だい?」

 ギルドマスターは人の良さそうな顔を少しだけ強張らせた。
 冒険者ギルドに軍の伝令が来ることは滅多にない。余程の事情が無い限りは、互いに不干渉を貫いている。

 「それが、マムに直接伝えたいとのことで……」
 「へぇ……」

 マムというのは女主人、つまりは女性ギルドマスターを指す敬称だ。
 職員を通さずに直接話をしたいという軍の伝令の言葉に、ギルドマスターは頬の肉に持ち上げられて細くなっている目を、さらに細めた。
 まるで笑っているように見えるが、その眼光は鋭い。
 余程の事情のある出来事が、起こってしまったらしい。ギルドマスターは気を引き締めた。

 「いいよ、ここに通しな」
 「はい!」

 職員は短く返事をすると、すぐにドアから出ていく。
 しばらくして、戻ってきた時には伝令らしい一人の兵士を連れていた。

 「それで、何の用だい?」

 兵士の姿を見るや否や、挨拶も無しにギルドマスターは問いかける。

 「……」

 だが兵士は答えることはせずに、無言で案内してくれた職員に意味ありげな視線を向けた。
 ギルドマスター以外に伝えられない内容だから、人払いをしろということだろう。

 「……失礼します」

 察しの良い職員は、ギルドマスターに一度目をやり、ギルドマスターが軽く頷くを見てから退出した。
 
 「それで?」
 「軍よりの通達です。昨夜、重要犯罪者を宿屋街にて捕縛しました。特殊な事情があるため、拉致の様な手段を取らざるを得ませんでした。このことに対して、軍は苦情を受け付けません。事情説明等もできません。ご了承ください」
 「なんで、うちに犯罪者の捕縛の話なんか……ああ、そうかい」

 途中まで疑問を口にしてから、ギルドマスターは事態を察して納得したように頷いた。

 このアダド本部は地下大迷宮グレートダンジョンに特化した冒険者ギルドである。
 護衛依頼すらほとんどなく、犯罪者の捕縛など、完全に無関係だ。

 それなのにわざわざ伝令まで使って知らせて来たということは、その犯罪者そのものが冒険者ギルドに関係しているということなのだろう。

 つまり、その犯罪者自身が冒険者か、もしくは冒険者の関係者だ。

 もしその犯罪者に仲間がいて、拉致同然の捕縛に抗議しようと思った場合。その仲間は後ろ盾に冒険者ギルドを選んで、相談を持ち込む可能性は高い。
 ギルドが後ろ盾になって苦情を言えば、軍でも安易に拒否できなくなるからだ。

 「それで?」
 「軍は恩に報いる組織です!」

 さらに問い掛けると、兵士は胸を張って叫んだ。
 上官からそうするように指示されたとしか思えない、芝居がかった行動だった。

 ギルドマスターはそれを見て、わずかに口元を緩める。

 軍は恩に報いる。
 その言葉の裏を返せば、報いるべき恩を軍に売ってくれということだ。要するに、恩を対価に何かを依頼したいという意味に取れる。

 ギルドマスターは、考えを巡らせる。
 先ほどの通達と合わせて考えると、抗議の後ろ盾になるなということだろう。

 もし、冒険者ギルドが後ろ盾になった場合。騒ぎは大きくなり、その犯罪者の捕縛は広く知られることになる。

 そうならないために先手を打って来たということは、軍が知られたくない、隠したい何かが関わっている可能性が高い。
 ならば、依頼には関係者への口止めまで含まれていると考えた方がいい。

 「……そうかい。それは素晴らしいね」

 こんな風に依頼をしてまで隠したい、よっぽどの事情があるんだろうね。……と、ギルドマスターは愛想笑いを浮かべながら考えた。

 軍は冒険者ギルドと同じく、力が全ての組織だ。軍は体面を重んじるため、冒険者ギルドに何かを依頼してくることは滅多にない。依頼があったことを知られれば、その時点で騒ぎになる。
 だからこそ、こんな風に遠回しな依頼方法を取ったのだろうとギルドマスターは考えた。

 「冒険者ギルドも恩には報いるよ」
 「喜ばしい事です!」

 これで交渉成立。
 苦情を言っても受け付けない、事情説明もしないと先に言われている。それに、軍の頂点はこの国の王である。どうあがいても、最終的にはギルドは黙らされることになる。
 それならば頼みを受けて、それで得た利益を冒険者たちに還元した方がいい。

 そう判断して、ギルドマスターはこの遠回しな頼みを受けることにした。

 「では、失礼します」

 伝令の兵士は軽く頭を下げると、足早にギルドマスターの部屋から立ち去った。

 しばらくして。
 ハアーと、ギルドマスターは大きく息を吐いた。

 「まったく、ここ最近は訳の分からないことが多いね。剣聖ゲルトの隠し子がやってきたと思ったら、黒幕フィクサーからの手紙が来て、グリフォンがダンジョンに現れて、あげくに軍も変な動きをしてさ……」
 
 呟きながら、ギルドマスターは椅子の背に身体を預けて大きく伸びをした。

 「そう思わないかい?……こら、人が話しかけてるのに黙ってるんじゃないよ!」

 そう言いながら、ギルドマスターは事務机の下へと向けて、蹴りを放った。

 「イテッ!」

 同時に、野太い悲鳴が聞こえる。
 その声は、事務机の下から聞こえた。
 
 ギルドマスターは身体ごと椅子を後ろに下げると、事務机の下を覗き込む。

 「こんなところに居るのを許してやってるんだよ?相槌ぐらいちゃんとしなよ!」
 「……へい、マム……」

 ギルドマスターが覗き込んだ先……事務机の下には男が潜んでいた。
 筋肉隆々の、髪に白い物が混ざった初老の男だ。膝を抱え、身体を丸めて床に座っていた。

 「まったく、建物が崩れるのが怖いからって、机の下に隠れてるなんて、子供じゃないんだからさ」
 「すいやせん」

 ギルドマスターに睨まれて、男は申し訳なさそうに丸めた身体をさらに小さくした。

 この男。
 このアダド本部の副長サブマスターである。名前はスティードだ。

 「魔法建築のここが、そう簡単に崩れる訳が無いだろう?」
 「アマダンのギルドも魔法建築だった!!あそこが崩れたんだ!!ここも危ない!!崩れたら、メモ用紙の地獄が……」

 スティードは怯え、机の下のさらに隅に身体を寄せた。

 スティードは心の傷トラウマを持っている。
 彼は、かつてペルデュ王国のアマダン伯領のギルドマスターだった。その時の失敗からペルデュ王国のギルド本部でひたすらハサミでメモ用紙を作る作業に従事させられ、精神に変調をきたした。

 その結果、グリフォン、フィクサー、錬金術師、メモ用紙など嫌な記憶を呼び起こす物に怯えるようになってしまったのだ。

 グリフォンも、フィクサーも、錬金術師も、メモ用紙も、単体なら問題ない。耐えられる。
 だが、その複数が重なり限界を超えると心の傷トラウマが刺激され、ギルドが崩れる!メモ用紙の地獄が!!などと泣きながら騒ぎだすのだ。
 昔は勇敢な冒険者だったのに、どうしてこうなってしまったのかギルドマスターにもよく分からない。

 そしてつい先日、条件が重なってその心の傷トラウマが発動してしまった。

 ギルドは崩れるから行きたくない。しかし、仕事をしなければメモ用紙の地獄に落とされる。
 妄想からそう思い込み、どちらも避けたいスティードは、解決策を模索した。

 そして、不壊の魔法がかけられていると言われている、ギルドマスターの事務机の下に安息の地を発見した。

 不壊の魔法が掛かっているなら、ギルドの建物が崩れても安全。しかもちゃんとギルドに来て仕事をしているのだから、メモ用紙の地獄に落とされることもない。
 そういった理屈らしい。
 
 しかも、事務机は大きく、スティードが下に潜り込んでも十分な広さがあり、木の板を膝の上に置いて机代わりにして事務仕事をすることも可能だった。

 唯一の問題はギルドマスターの足元に常にスティードが潜り込んだままになることだが、彼女は広い心でそれを受け入れた。とてつもない面倒見の良さである。

 こうして、スティードは怯えることもなく、事務机の下で仕事をすることになったのだった。

 「……はあぁ……。これじゃ、相談相手にならないね。まったく、この街で何が起こってるんだろうね?」

 ギルドマスターは再び大きなため息をつく。
 それから机の下で怯えているスティードの頭を、母親の様に優しく撫で始めたのだった。

 
 
 
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