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四章 新しい仲間たちの始まり

わくらば、邂逅

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 「話には聞いていたが、スゲーな」

 ディートリヒが周囲を見渡しながら呟いた。

 ここはアダド地下大迷宮グレートダンジョンの五十一層の入り口。
 五十層から繋がる階段を降りてすぐの場所だ。

 降りてすぐ……と言っても、グリおじさんの話の通りなら、ここは五十層まで下がった後の折り返し地点であるらしい。
 つまり、五十層から上へと登った場所だった。

 妖精王カラカラの魔法により、空間が歪んでいるのだ。
 体感としては間違いなく階段を降りたのに、実際の位置関係は上へと登っている、そんな不思議な空間となっていた。

 しかも、歪みはそれだけではない。

 「どう見ても、平原ね。ダンジョンの外に出たのかと思ったわ」

 コルネリアも呆然と周囲を眺めながら言葉を漏らす。

 五十一層は、距離感すら歪んでいた。
 目を凝らして周囲を見渡してみても、平原にしか見えない。
 ところどころに背の高い木々が生えるだけで、視界を遮るものはほとんどない。見渡す限り青々とした草が生い茂っている。
 視界の果てには地平線まで見える、広大な大地が広がっていた。

 上には突き抜けるような青空が見えている。高さの感覚すら歪んでいる。
 空に太陽が無いのが不思議なくらいだ。

 望郷のメンバーたちは、冒険者ギルドから事前の説明は受けていた。
 アダド地下大迷宮グレートダンジョンは特別な場所であり、五十一層以降は地下の空洞なのに地上と見間違う場所になっていると。

 今見ている広大な平原はもとより、溶岩の流れる山岳地帯や猛吹雪の氷の世界もあるらしい。

 そういった不思議な場所がある理由や理屈は判明しておらず、冒険者ギルドにもただ漠然と「古代からあるダンジョンだから多少の不思議は当然だろう」という認識をしていた。
 過去に調査団が結成されたこともあったらしいが、そういう時は何故か過去にないほど強力な魔獣が現れ阻止される。そのため、調査不可能となっていた。

 <へーん!方向がおかしい!>
 <変だよね。まっすぐが、まっすぐじゃない!>

 双子の魔狼ルーとフィーは周囲の臭いを嗅ぎながら、せわしなく耳を動かいている。

 視覚だけでなく嗅覚や聴覚を駆使して周囲を探る魔狼だからこそ、この空間が正常でないと感じているのだろう。二匹は真っ先にボス部屋を出て階段を下って行ったが、階段を降りた場所で立ち止まっていた。
 違和感を感じ、二匹だけで進むべきではないと判断したのだ。

 身勝手な子狼に見えて、そういう判断は外さない。

 <ふむ。広大な空間に見えるが、魔法の鞄マジックバッグのように別の空間に繋げている訳ではないようだな。どちらかといえば、幻覚に近い。方向や距離の感覚が狂って、真っすぐ進んでいるつもりでも同じ場所をぐるぐると巡らさせる。それによって、体感的にも広大な場所だと思わせるようになっているようだな>

 グリおじさんの索敵魔法にはこの空間の正しい形が感じられていた。
 グリおじさんの感覚では、この広大な平原も今までの層とほとんど変わりない。違うのは、外に出たかのように感じる草の生えた地面と、青空の様に見えるほどに魔法の光で照らされていることだけだろう。

 <チャラいの、貴様の探知魔法ではどのような感じだ?>
 「へ?」

 急に話を振られ、クリストフは情けない声を上げた。
 クリストフはまだ、ディートリヒに荷物の様に抱えられていた。
 片腕で抱えられ、手足はだらしなく垂れ下がっていた。

 <貴様、いつまでグズグズと泣き言をほざいて呆けているつもりだ?ここからは妖精王の掌だ。気を引き締めよ!>

 グリおじさんの辛辣な言葉に、クリストフは頭を上げた。
 だが、その顔は不満げだ。

 「……」

 気を引き締めよと言い放ったグリおじさんこそ、つい先ほどまで質の悪いイタズラで遊んでいたのだから不満に思うのも当然だ。急に真面目になられても、素直に従えない。
 無言ながらもグリおじさんだけには言われたくないと、不貞腐れる。

 「……えっ、あっ!」

 不意に、クリストフの身体が宙に浮いた。
 抱きかかえていたディートリヒが手を離したのだ。

 「痛っ……。何すんだよ、リーダー」

 いきなりだったためにクリストフは手を突くのも間に合わず、無様に地面へと転げ落ちた。
 幸い、地面には草が茂っている。ケガをすることはない。 

 クリストフが軽く地面にぶつけた頭を押さえながら上を向くと、見下ろしてくるディートリヒの姿が目に入った。

 「正気に戻ったなら、自分で歩けよ。ほら、探知魔法を使え」
 「……わかったよ」

 ぞんざいな扱いを受けて不満げに口を尖らしたものの、自分に非があると理解しているのだろう。クリストフは立ち上がってディートリヒの言葉に素直に従う。

 クリストフは真っ直ぐに立つと、探知魔法を使った。
 予備動作はない。
 クリストフは常に探知魔法を展開できることができる。周囲を目視で警戒するのと同じように使用できるように訓練している。
 そうでないと冒険者活動中の極限状態では役に立たないからだ。

 「……オレの魔法だと、広い空間に感じるな……」
 <ふむ。騙されておるな。目と耳と鼻を塞ぎ、魔法だけに集中しろ。魔力を放つ間隔を狭めよ>
 「……」

 クリストフの探知魔法は、魔力を水面の波紋の様に一定間隔で広げることで周囲を探っていた。
 元々は漁師たちが海の中の魚を探すのに使っていた魔法の改編で、断続的にしか魔力を使用しないため魔力の消費も少ない。
 実に簡単な魔法だが、長時間持続することができた。

 だが、断続的に魔力を放つので、どうしても隙間ができて正確さに欠ける部分が出て来る。
 それを埋めるために、グリおじさんは間隔を狭めろと言ったのだろう。

 クリストフはグリおじさんに言われたとおりに、断続的に魔力を放つ間隔を狭めた。
 グリおじさんの言うことの八割ぐらいは信用できないが、今はたぶん、残りの二割に入る状況だろう。信じておいた方が良さそうだ。

 クリストフは目を閉じ、耳は両手で塞げたが、鼻を塞ぐのには手が足りない。どうしようか……と思っていたら、ディートリヒに鼻を摘ままれた。

 「ふぁんがふぉ」

 鼻を摘ままれて「ありがとう」の言葉がはっきり伝えられない。
 
 視覚、聴覚、嗅覚を遮断されて、探知魔法に集中すると、なんとなく違和感を感じた。

 「探知結果が歪んで感じる……。真っ直ぐじゃなくて渦を巻いてるような、蛇の様に曲がりくねっているみたいな感じだな。ああ、なるほど、探知結果が歪んでるからこんな感じになるのか。正しい直進は……」
 <それが本当の探知結果だ。人間は感覚が弱いゆえに、様々な感覚を比較して判断する。それが有利に働くこともあるが、この場合は邪魔になるようだな。今感じているものを踏まえて魔法を使えば、多少は修正が効くであろう?>

 グリおじさんの声だけは、耳を塞いでいても聞こえてくる。
 その言葉に、やっぱりこの性悪グリフォンは正しいことを言うなと頷いて見せた。

 確かにクリストフは今まで様々な状況を合わせて判断していた。
 周囲に異常が無いか目で見て、葉擦れや土を踏む音を聞き、獣の臭いなども確かめてから、探知魔法の結果と照らし合わせていたのだ。
 それを悪いことだとは思わないが、今回の場合は邪魔になってしまったのだろう。

 騙されてしまった感覚が悪影響を与え、正しい結果を伝えていた探知魔法まで騙されてしまっていた。

 クリストフの探知魔法はまだ歪んだ結果を伝えている。だが、歪みを理解できるなら、修正は可能だ。
 修正を続ければ、いずれは騙されずに進めるだろう。

 <ねえ、何かくるよ?>
 <くるね。妖精?でも、大きい?>

 必死に探知魔法の修正方法を探っていると、双子の困惑した声が聞こえた。
 双子の声もまた、耳を塞いでいても聞こえてくる。

 クリストフもその声に促されて、周囲の異常を感じようとさらに探知魔法に集中した。

 「あれか!ふぎゃ!!」

 探知魔法に妙な感覚があり、そちらを振り向こうとしたら鼻に痛みが走った。
 ディートリヒに摘ままれていたせいで、鼻が引っ張られたのだ。

 「あ、スマン」
 「痛……。何かあるぞ!」

 鼻を押さえながら、クリストフが叫ぶ。
 傷みで涙が浮かぶ目を大きく開き、クリストフが視線を向けた先には何もない。
 だが、確かに彼の魔法はそれを感じ取っていた。

 クリストフが感じたのは道。
 歪んだ空間の中で、それだけが遠くから真っ直ぐに、自分の元に向かって伸びている。

 それが「妖精の抜け穴」と呼ばれる魔法であることは、クリストフは知らない。そして、通常は人間が知覚できない物であることも。

 「なにこれ!?」
 「こ……これは!!何かの魔法ですか?魔法ですよね?」

 コルネリアが叫び、それをさらに大きなベルンハルトの声が掻き消した。
 二人が……いや、この場にいる全員が目にしたのは小指の先ほどの小さな光の点だった。
 それは、見る見る間に大きく、強くなっていく。

 望郷のメンバーと双子は、敵襲に備えて身構えた。
 ただ、グリおじさんだけが動くこともなく、目を細めてその光を見つめていた。

 「攻撃か?」
 <違うぞ、奴だ>

 ディートリヒは敵襲と考えて剣を構えたが、それを否定したのはグリおじさんだ。

 光は目を眩ませるほどに強くなり、望郷のメンバーたちは目元を手で覆って光を遮ろうとするが、光は手を透過してくる。
 間違いなく、魔法の光だ。普通の光ではありえない現象が起こっている。

 光は次第に形を作る。
 光なのにまるで粘土か液体のような動きで形を歪ませると、光は輝く円盤となった。円盤の直立し、直径はディートリヒの身長よりも大きい。

 「……水魔法?」

 ベルンハルトがそう判断したのは、こちらを向いている光の円盤の表面が波打っていたから。
 だが地面からわずかに浮かんで直立しているのに、その表面から水が零れることはない。あきらかに、水ではなかった。

 <いつみても、忌々しい魔法だ。拒否することもできぬ>

 グリおじさんは憎々し気な表情を浮かべながら、光の円盤を見つめている。
 だが、円盤に対して攻撃を仕掛ける気はないらしい。魔法を使う気配もなく、動くことも無かった。

 円盤の表面に影が浮かび上がり始める。影は濃くなっていき、段々と人型を取り始める。
 そして気付けば、円盤の前に小さな男が立っていた。

 小さな男は、子熊の着ぐるみを着ていた。
 男は子供の様に小さな身体だ。服装もふざけている。なのに、望郷のメンバーたちが思わず恐怖を覚えるほどの威圧感があった。
 虹色に輝く瞳が、只者ではないことを伝えていた。

 その異様さに、誰も声を出せない。
 グリおじさんを除いては。 

 <何をしに現れた?妖精王!!>

 グリおじさんの口から男の正体が伝えられると、さらに全員が混乱した。
 子供の様な見た目が与える印象と、妖精王という言葉が伝える印象が違い過ぎるのだ。だが、男が発している威圧と異様さがそれが真実だと伝えてくる。

 その事がなおさら、混乱させた。

 <その呼び方は好きじゃないよ。まるでボクがここの主みたいじゃないか!ここの主はこの方さ!>

 再び、光の円盤の表面に人影が浮かび上がる。
 そして、姿を現したのは……。

 <<ロア!!>>

 声を揃えて真っ先に叫んだのは、双子の魔狼ルーとフィーだった。
 
 
 

 

 
 
 
 
 
 

 
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